小説における主人公の魅力とは | 『Go ahead,Make my day ! 』

『Go ahead,Make my day ! 』

【オリジナルのハードボイルド小説(?)と創作に関する無駄口。ときどき音楽についても】

えー、真名さんブログ で面白い創作考を展開されているので、釣られてみたいと思いますが。

 

私の場合、基本的には一人称のハードボイルド・ミステリしか書いていない(遠い昔、剣と魔法の世界の短編を書いたことがあるのを、今、思い出しましたが)ので、ちょっと視野の狭い内容になるかとは思いますが、その辺りはご容赦を。

 

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――だが、こうした卑しい街路を、ひとりの男が歩いていかねばならぬのである。彼自身は卑しくもなければ、汚れても、臆してもいない。この種の小説における探偵とは、そんな男でなくてはならないのだ。
(中略)
物語は、この男がかくされた真実を探索する冒険譚だが、それは、冒険にふさわしい男の身に起こるのでなければ冒険とはいえないであろう。

 

レイモンド・チャンドラー 「簡単な殺人法」 短編集 事件屋稼業(創元推理文庫)より引用。

 

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以前にも取り上げて、結局グダグダな内容になってしまったエントリからの再録ですが、私が読み手としても書き手としても主人公に求めることは、実はこの文章(略したところにも多くの含蓄があるのですが)でほとんど全て説明できてしまうのですよね。(←文中の男性形には拘りはありませんけどね。主人公が女性でも変わりはないと思います)

 

この一文から導き出される主人公の特質というのは様々な言葉で言い表せるのですが、ジャンルを問わずに通用する単語を選ぶとするならば、「 闘 う 」ということになるのではないかなと思います。
小説に限らず、およそストーリーと呼ばれるもので、序章から終章に至るまでの間に主人公に一つの苦難(専門用語で”劇的対立”と言うのですが)も与えられないものはあまりお目にかかりません。恋愛小説においても主人公は愛情を得るために(あるいは失わないために)苦難に立ち向かうし、昨今の流行である”泣かせる”系の小説でも、主人公の前には多くの悲劇的な運命が立ち塞がります。
稀にそういう運命に翻弄されて「……ああ、可哀そう」で終わるものもありますが、ほとんどの場合は主人公は苦難に勝利します。「エクソシスト」でカラス神父が自らの命と引き換えに少女リーガンの魂を救ったように、主人公自身は死んでしまう場合もありますが、それでも勝利には違いありません。
闘うべきものから目を背け、運命から逃れることだけに汲々とする人物に感情移入する読者は、あまりいないでしょう。「クレイマー、クレイマー」のように小さな個人的な問題であっても、あるいは「アルマゲドン」のように世界を救うような冒険であっても、読者は苦難に向かっていく人物にこそ、感情移入するのではないでしょうか。

 

チャンドラーは「冒険にふさわしい男の身に起こるのでなければ――」と書いていますが、これを逆に言い換えると、物語の勝利者となるべき主人公に求められる特質は「勝利に相応しい人物であること」に他ならないわけです。もちろん、何を持って相応しいと考えるかは、作家によって違うし、また、そうであるべきなのですが。
自作「砕ける月(連載中)」の主人公、榊原真奈に関して言うならば、私は彼女をかなりのモラリストだと設定しています。それはバックグラウンドの部分(警官の父親を尊敬して育ち、幼少の頃から武道を学んでいる)からくる要素でもあるのですが、一介の女子高生に過ぎず、事件に立ち向かうに当たって警官や探偵のような使命感や職業意識を持ち得ない彼女が主人公たり得るとしたら、それしかないだろうな、と思ったからです。

彼女が闘うのを止めないのは、失踪した親友へのやや依存的な友情のためなのですが、それを支えるのは彼女自身の強さでなければ、とても物語の終焉までは持たない。そう判断して、真奈の性格づけはなされています。

ただ、おかげでずいぶん分別くさい女子高生になっていますが……。

 

真名さんがご自分の記事の中で、

>「OVER」の永一のような、私自身にとっては分かりやすいものの、読み手の共感を得にくいような人物が主役を張ってしまったりするわけですが……。

と書かれていますが、私はそんなことはないと思います。

あとがきで「だから、愛されて赦されて救われる、そういう物語ではなく、戦って乗り越えて取り戻す物語を書きたくて、始めました」とありましたが、おそらく前者であれば、そんなに面白い話にはならなかった(失礼!!)のではないでしょうか。やはり、向坂永一という人物が、自分の運命と真っ正面から向き合って、キズだらけになりながら戦うストーリーだからこそ、共感できたんじゃないかと思いますが……。

 

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最後に、パーカーの伝説的な論文(の書籍版)から引用して、この論を終わりたいと思います。ハードボイルドに限らず、多くの小説に通用する真理だと確信しておりますが……。

 

――踏みとどまるしかないのだ。彼に救いがあるとしたら、それは踏みとどまること。世界を受け入れずに立ち向かうこと、名誉を持ってその圧力に耐えることにある。悪は、社会の機構の一部となっている。逃亡はもはや不可能だ。だが、受け入れることは恥である。従って、彼の世界が持つ暴力の潜在性との衝突は避けられない。二十世紀の都会でのそうした衝突の物語が、探偵の物語である。

 

ロバート・B・パーカー 「ハメットとチャンドラーの私立探偵」(早川書房刊)より引用。