ドパルデュー、渾身の怪作! Welcome to New York
ひとりの男がN.Y.のソフィテルホテルにチェックインする。案内された部屋では既に仲間が集まり、パーティーが行われていた。男は早速女を選び、情事に耽る。
パーティーが終わって仲間と売春婦をホテル前で送った男は、また別のコールガールを呼ぶ。3人で(コールガールが2人!)一晩たっぷりと楽しんだ。
ひと眠りしてシャワーを浴び、すっきりして浴室を出たところで清掃係の女性と鉢合わせした。
清掃係は部屋の掃除をするために部屋に入ってきたわけだが、いきなり素っ裸の男が目の前に現れたので面喰らい過ぎて声も出なかった。男も最初は少々驚いたようだったが、怯えて立ち尽くす清掃係に襲い掛かる。
男はホテルをチェックアウトしてタクシーで空港へ向かった。その途中、ケータイを忘れたことに気づく。男は空港でホテルへ電話をかけた。自宅まで小包で送ってくれと頼むと、ホテル側は空港まで持ってきてくれるという。安心した男はフライトナンバーを伝え、先にチェックインして待つことにした。
ビジネス席へ座って一杯やっていると、乗務員が呼びに来た。ホテルがケータイを届けてくれたのだろう。乗務員について飛行機の出入口まで行くと、空港職員らしきふたりの男がいた。
「デヴローだな?」
「そうだが。私のケータイを届けてくれたのかね?」
「そんなことは後でいい。まず自分の荷物を取ってこい」
「ケータイは?」
「早くしろ」
デヴローは不可解だと思いながら、荷物を取りに席へ引き返した。荷物を持ってまた出入口に行くと、有無を言わせず飛行機から下ろされた。
なんなんだ、いったい?どうなってんだ?俺は忙しいのに。このフライトで帰国しないと、また妻の文句を聞く羽目になるじゃないか!
空港職員に左右をガードされたまま、もと来たゲートを戻りアメリカに再入国した途端、そこで待ち構えていた刑事に手錠をかけられた。
「どういうことだ、これは!」
「あなたがホテルでやらかした事件について先ほど逮捕状が出ました。ただし、あなたには黙秘権があります」
「なんだと?俺を誰だと思ってるんだ!」
空港で起こった奇妙な逮捕劇は、翌日の新聞の一面を飾った。逮捕されたデヴローは、なんと国際銀行の理事であったのだ。
フランス次期大統領選への出馬も囁かれている国際銀行の現役理事が出張先のホテルで清掃係をレイプしたなど、前代未聞のスキャンダルである。
刑事に脇を固められ手錠をかけられた現役理事のショッキングな写真は、瞬く間に全世界を駆け巡った。
いくら権力を持っていようが肩書があろうが、容疑者になったからにはそれなりの扱いを受ける。デヴローは留置所へ連行された。
留置所ではまず身体検査が行われる。2名の看守の前で脱衣し、何も隠し持っていないことを示すため、まず両手を上げ、足を片足ずつ上げ、ベロを出し、看守に背中を向けた状態で屈み、尻の穴まで見せなければならない。
デヴローは一体なぜ自分がこんな事になっているのか解せぬまま、独房に入れられた。
デヴローはほどなくして留置所から解放された。妻のシモーヌが莫大な保釈金を払ってくれたのだ。しかもこれから始まるであろう裁判のために家まで借りてくれた。ここで一緒に暮らしながら、裁判を闘っていくのだ。
夫の逮捕を知ったシモーヌの行動は早かった。真夜中だというのに弁護士に連絡し、N.Y.行きのチケットを予約し、コネを使って夫の味方になりそうな人物に接触する。カネならいくらでもある。とにかく夫の無実を勝ち取らなければならない。
シモーヌが借りたのは一時しのぎのアパートなどではなく、ちゃんとした一軒家であった。リビングとキッチンはもちろんのこと、2階には気持ちの良いテラスがあり、地下にはホームシアターまで揃っていた。家賃は月に約400万である(日本円に換算)。
釈放されて借家に戻ってきたふたりは、段ボールが積まれたままになっているリビングでさっそく痴話喧嘩を始める。
「あなたの病気には困ったもんだわ!もっと自分の立場を考えてちょうだい!」
「お前が心配なのは、お前の立場だけだろう?」
「あなたは次期大統領の有力候補なのよ!それなのに、どうして・・・」
「俺は大統領になりたいと思ったことは一度もない。お前が勝手に望んでいるだけだ」
「いままで私がどれだけ我慢してきたと思ってるの!」
「それで俺を操縦してるつもりか?俺が病気になったのは誰のせいだと思ってんだ?」
デヴローが重度のセックス依存症であることは、業界内(財界・政界)でも有名であった。しかし妻のシモーヌはデヴローのセックス中毒には目を瞑り、メディアの前では仲の良いおしどり夫婦を演じてきた。それもこれもデヴローを大統領の椅子に座らせるためだ。
いままでだってスキャンダルは何度もあったが、その都度カネで揉み消してきた。だけど今回は難しいかもしれない。地元フランスではなく、女性スキャンダルには一番厳しいアメリカで逮捕されたからだ。
その上この事件はゴシップ記事の恰好の獲物だ。デヴローは権力側の人間だ。メディアは権力を叩くことを好む。まだ裁判を受けていないデヴローは、ただの容疑者に過ぎない。しかしメディアにそんなことは関係ない。
さて、注目の裁判は検察側が被害者女性の供述に不審点を認め起訴を取り下げたため不起訴となり、デヴローは晴れて自宅軟禁を解除された。
しかし、もう中央に返り咲くことはないだろう。俺にとっては、これで良かったのかも知れないな、とデヴローは思った。
-完-
2011年、IMF(国際通貨基金)の現役理事が、N.Y.のソフィテルホテルで清掃係の女性に対する強姦未遂事件を起こした。この事件は日本でも大々的に報じられた。
容疑者はドミニク・ストロス=カーン。フランス社会党の大物で、次期大統領選の有力候補でもあった。
上記写真で一目瞭然だが、この映画は実際の「DSK事件」をベースに作られている。ただし、フィクションという触れ込みだ。フィクションとはいうものの、プロット的には限りなくノンフィクションに近いだろう。
DSKが逮捕されたときは、そりゃもうメディアの報道が連日連夜続いた。なんてったって「権力・金・女」という下世話なアイテムがロイヤル・ストレート・フラッシュのごとく全て揃っていた上、容疑者はフランス次期大統領有力候補。
メディアは叩いた。DSKを、容赦なく叩いた。そして叩けば叩くほど、DSKからホコリが出るのだ。叩けども叩けども、永遠に出続けるのではないかと思われるほどのホコリが。
劇中で語られるセックス中毒は本当だった。その中毒が財界・政界で有名であることも本当だった。IMS専務理事に就いた翌年、女性部下にセクハラをしていたこともバレた(カネで解決してた)。また、出張との名目であちこちの乱交パーティーに出席していたこともバレた。あちこちで訴えられ、8年前の未遂事件を訴える女性ジャーナリストまで出てくる始末(DSKは合意の上だったと釈明)。
では、ソフィテルホテルで起こした強姦未遂事件の決着はどうなったのか?
被害者女性の供述が不十分として検察が起訴を取り下げ、DSKは不起訴となった。全て映画で描いてある通りだ。
しかしド派手な逮捕劇とは裏腹に、不起訴という幕切れはいかにも「裏取引」を匂わせる。取引するならカネがいる。では誰がそのカネを出したんだ?そりゃ妻のアンヌ・サンクレールに決まってんじゃん!というのが、もっぱらの噂であった。
DSK事件のもうひとりの主役が、妻のアンヌ・サンクレールである。
アンヌ・サンクレールは、フランスTV局TF1の元ニュースキャスターである。80年代では花形だったそうだ。DSKと知り合ったのも、彼女自身がキャスターを務めるニュース番組であった。
アンヌ・サンクレールは金持ちであった。画商だった祖父が、親しくしていたマチスやピカソの画を売りまくって莫大な財産を築いた。彼女はサンクレール家の、たったひとりの相続人だ。
で、どのくらい金持ちかというと、保釈金100万ドル(約8千万強)をキャッシュで払ったほどの金持ちである。しかもDSKを保釈するためには保釈金のほか供託金が500万ドル(4億円くらい?)が必要だった。DSKが保釈されたということは、その供託金も何らかのかたちで支払う約束を取り付けたのであろう。弁護団を作り、筆頭弁護士には幼児虐待事件でマイケル・ジャクソンを弁護したベンジャミン・ブラフマンを雇った。
メディアはアンヌの金持ちっぷりを、興味半分やっかみ半分で書きたてた。
被害者女性の供述の曖昧さを理由にDSKが不起訴になると、今度は「罠だったのではないか」との噂で持ち切りになる。罠だとすれば誰が罠を仕掛けたのか?
当時の大統領はサルコジであった。しかしサルコジの強行的保守路線は徐々に支持を失い始めていた。次期大統領選に立候補してもサルコジは負けるだろう。じゃあサルコジが罠を?
いやいやいや、こんな罠を仕掛けたところでサルコジ人気が回復するとは思えない。背も低いし(フランス人お気に入りのジョーク)。今回の事件で一番美味しい思いをするのはDSKと同じ社会党のフランソワ・オランド(現大統領)しかいないじゃないか!・・・・などなどなど、本当に下世話な噂が飛び交った。
下世話は、下世話すぎるほど面白い。
その下世話な事件を映画化すると知ったとき、マダムは「絶対見る!」と決めたのだ。しかも主人公をジェラール・ドパルデューが演じるという。なんとタイムリーな!フランス人から絶賛嫌われ中のドパルデューを持ってくるとは!
映画製作当時、ドパルデューは嫌われていた。新聞の一面で糾弾されるほどの嫌われようであった。なぜか?
2012年の大統領選で当選したフランソワ・オランドは、高所得者に対して75%の課税を決める。これに怒ったドパルデューは、ベルギーに引っ越す。世間は「税金逃れだ!」と、ドパルデューを罵った。だがさすがは大物ドパルデュー、新聞紙上にオランドへの公開文書を掲載し、今まで税金という名でいかに自分が搾取されてきたかを切々と訴える。
フランス政府とドパルデューが壮大なコントで我々を楽しませてくれている真っ只中、そのコントに参加表明した虚けが現れる。ロシアである。
ロシアは「ウチの国民になれば、所得税は一律13%ですよ!」と囁いた。フランス政府に腹を据えかねていたドパルデュー、一も二もなくあっさりとロシア国籍を取得した。なんてイージーな野郎だ!
「DSK事件」と「ドパルデューがロシア人事件」、下世話の2倍どころではない、下世話の2乗、下世話無限大、最強の下世話映画が出来上がるに違いない!ところが予期せぬ落とし穴があった。
映画は完成したものの、フランス国内での劇場上映が禁止されてしまったのだ!理由は「現在の事件だから」である。だが、そんな理由を信じる者はひとりもいない。みんな、なんらかの圧力がかかったものと思った。というか、そう思わざるを得ないではないか。
映画館での上映は禁止されたが、代わりにネットで配信することに決まった。そのネット上映が始まる直前、カンヌ映画祭で特別上映(!)された。いくつものいわくが付いた映画を観ようと、当日の会場はまるで椅子取りゲームの様相だったという。
で、評論家の感想はというと、全て肯定的だったのである!特にドパルデューに対する称賛が多かった。この映画でドパルデューは、俳優という自身の才能によって汚名を返上したのである。
と、ここまで下世話を追いかけてきたマダム、もう観たくて観たくて居ても立ってもいられない!でも日本でも劇場公開はないかもなー、需要が少なそうだしなー、きっとDVDスルーだろうなー。と思っていたところ、渋谷ヒューマントラストシネマの特集「未体験ゾーンの映画たち(既に終了)」で上映決定!ってなことで、ノコノコ出かけてって観賞したのである。
※日本語タイトルは「ハニートラップ 大統領になり損ねた男」である。分かり易いと言えば分かり易いが、これでは原題の皮肉っぽさが全く欠けててしまっている。原題のままで良かったのではないか?
凄かった。確かにドパルデューが凄かった!何が凄いって、ドパルデューの脱ぎっぷりがスゴイ!冒頭からの乱交シーン、留置所での身体検査のシーン、何のためらいもない堂々とした脱ぎっぷり!そして露わになる全然締まりのない身体!俳優というものは、それなりの体型維持をしていると思うが、ドパルデューに限ってそんなことはおかまいなし!だぶだぶの腹、だらしない体型を晒しながらも、貪欲にDSKを演じている。あっぱれである。
マダムはこの映画を喜劇であろうと予測していたのだが、意に反してシリアスであった。劇中の夫婦喧嘩やデヴローの苦悩が、とてもよく描かれていて考えさせられる。
劇中にデヴローが呟く。「貧困は、金になる」と。DSKがそう思っていたかどうかは分からないので、この辺りがノンフィクションなのだろう。しかし、この一言に、第三世界の貧困問題の全てが集約されているように思う。ほら、日本でもあるだろ?「貧困ビジネス」ってヤツが。
さて、話はDSKに戻るが、不起訴になって晴れてフランスに戻ってきてすぐ、リールで乱交パーティーを催したことにより起訴された。こちらは何人も証人がいて、しかもパーティーの主催者がDSKということで売春斡旋容疑である。
N.Y.での強姦未遂事件ではDSKの無実を訴え奔走した妻アンヌは、これで愛想が尽きたのか離婚届を突き付けて、とうとうふたりは別れてしまった。世間では、「DSKが大統領になる可能性がゼロになったから別れたのだろう」という噂が流れた。
ああ、どこまでも下世話・・・・。
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