メジロの葬送 【1】 | 城村優歌Webooks

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人生は実に不条理だ。
世の中がホールのデコレーションケーキだとしたら、
生クリームでデコった部分…いや逆か、
クリーム以外は不条理で出来ているんじゃないか。
条理で塗り固められた不条理。これが現実。

そう強く思い始めたのは就職してからだ。
胸ときめく出会い! 心躍る恋!
という期待で膨らんだ風船は年ごとに萎み、
社会人3年目の春を迎えても、私の春はまだ来ない。

そして、私は25歳になる。


「チコ、誕生日おめでとー!」
新宿の居酒屋に大学時代のサークル仲間と集まり、
グラスを掲げる。
といっても私の他、3人。エリコとテルとサキ。
ラインで声を掛け、誰かの誕生日にはみんなで集まろう、
が暗黙の了解なのに、4人という絶望的な集まりの悪さは、
明日から始まる大型連休のせいだ。

しかし、それも社会人になってからは毎年のことなので、もう慣れた。
つるんで遊び回る時代は終わった。

「いいよね、チコは。連休がっつり休めるんでしょ」
採れたてのさくらんぼのようなつややかな唇を尖らせたエリコは、
エステサロン勤務。翌日仕事というのに、毎年祝ってくれる。
「いいことないよ。私もエリコみたいに転職して、
仕事もプライベートも謳歌したいよ」

エリコは、せっかく大手デパートに就職したのに、
その年のお歳暮商戦のまっ最中にいきなり辞め、エステに乗り換えた。
体力勝負のエステシャンより、
全国に名の売れたデパートのほうが先々安心だろう
と私は思うけれど、エリコは頑くなに否定する。
「あのねえ、どんな仕事してても、最後は人間関係よ。
気ぃ遣って神経すり減らして、
毎日暗い顔して家に帰るために仕事してるんじゃないもん。
私はあの旧態依然とした体質が、どうも肌に合わなかったわけ。
会社の大小が関係ないのは、チコだってよくわかってるでしょ。
私、今の職場で女帝になるからね」

エステなど全く必要のない抜群のプロポーションと、
通りすがりの男が皆二度見するほどの美貌を持ったエリコは、
今から女帝の風格大ありだ。

「チコ、明日どっか遊び行こ?」
エリコがトイレに立つなり、ぬかりなく誘いをかけてくるテルは、
エリコの彼氏。常に目の前にいる女性を口説こうとする習性がある。
「テル、あんたいいかげん腰を落ち着けな」
向いに座っていたサキに頬を引っ張られ説教をされても、
テルはへらへらと笑い、
「いい場所があれば、俺だって落ち着くんだけどなあ」
と中腰で腰を揺すってみせた。
見た目ほぼホストのテルが、大手進学塾の優秀講師だとは、
とても思えない。が、事実は事実。


「エリコ、怒るでしょ?」
と言う私に、テルはトイレの方角に顎をしゃくって言い返す。
「あいつだって上司とやることやってんだぜ。
今度、めでたく銀座店に異動だってよ。
しかしその快挙の裏には、色仕掛けが」
双方、あまり束縛も干渉もしない関係らしい。
「逆にテルのほうから別れないのが不思議」
「だって、エリコほどのナイスバディは、
ウラハラ(裏原宿)で芸能人に逢う確率より低いぜ」

「テル、あんた、いっぺん脳みそオーバーホールしてもらいな」
溜息をついたサキは、ストレートロングの黒髪を耳にかけ、
携帯を取り出すと着信を確かめる。
「あ、悪い。私抜けるね」
彼氏からの呼び出しらしい。
そそくさと支度をすると、またねと黒髪を翻し、帰っていった。

「サキは堅実派だからな。今の男は同じ銀行の営業マンらしい。
そういうチコは、最近どうなの?」
テルはちゃっかり私の隣に席を替える。
トイレから戻ってきたエリコも、仕方ないわね、という顔をするだけだ。
「どうって、別に」
「もしかして、いまだに、あいつ引きずってんの?」
「そんな昔のこと、もう忘れたよ。
それより、ウラハラって芸能人よくいるの?
いなくない? めったに会わないんだけど」
「チコ、お前な、芸能人よか、男との出会い探せ」
「芸能人に会える確率のほうが高いかもしれない」
「街コンとか、コミュのオフ会とか、なんでもあるだろ」
「そういうの行くと、あからさまにがっついてる人しか寄ってこないし」
 私の溜息にエリコの溜息がかぶる。
「出会い最前線に赴く兵士が攻めて当然じゃない。
攻めてこられるうちが花だよ。ていうか、チコも攻めなきゃ」

勝ち負けのある場所、苦手なんだよねぇ、
と苦笑した私の手を、エリコは引っ張り、立ちあがった。
「よし、店変えよう! カラオケ行こ! パーッと騒ご!」

夜の街になだれるように繰り出し、声が枯れるほど、私は歌った。






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