城村優歌Webooks

       


テーマ:

その顔を見て、高屋敷は慌てたように、大きく手を振った。

「いや、すみません、そんな意味じゃ……」

って、どんな意味だよ、と自分に突っ込みながら、彼は肩幅を狭め項垂れる。

「あなたがあの日、ご主人を思ってあんなに泣いていたから……僕なんて、死んだって泣いてくれる人いませんから……」

 

子どものような口調で言い訳しながら萎れていく高屋敷を見て、私は口角を上げ直した。

そして、からかうように、

「ほんと。無神経です」

と言って、はっきり伝わるように微笑んでみせた。

それを見て、高屋敷は少しほっとした顔をし、

「そうでした、すみません」

と、その後の沈黙を埋めるように私の杯に酒を注ぐ。

 

「良いご夫婦だったんでしょうね」

私は頷いた。

「喧嘩したことなんてなかったです。娘と、いつも三人で出かけるのが趣味のような人で」

また夫の思い出を話してしまう、と思いながら口は止まらなかった。

三人で行った場所の思い出を、思いつく順に語った。

高屋敷はこまめに猪口を口に運びながら、微笑んで聞いてくれた。

 

その様子に安心し、私は調子に乗って、娘の愚痴まで話してしまう。

「あの子は、もうすっかり忘れたように、自分のことばかりなんです。

それがなんだか薄情に思えて。

頭では、前を向いてちゃんと歩いてる娘のほうが、私などよりよほどしっかりしていると、思ってはいるんですけど……」

どうしてこんなに自分のことを知ってもらいたいのだろう。

話しすぎて内心嫌われていたらどうしようと思いながらも、唇は自分語りを溢れさせる。

 

「そりゃあ、若けりゃ若いほど、立ち直りが早いでしょう。

20代じゃ、まだまだ自分のことで精いっぱいです。

ウチの生徒だって、じっちゃん聞いて、って悩みを持ってきたな、と思ったら翌日ケロリですからね。

こっちは真剣に対応してるのに、拍子抜けです。

あ……まあ、あなたの場合はそういう軽いものではないでしょうけど」

 

なんだかなぁ、と呟きながら、高屋敷は掌で自分の頬を軽く二、三度叩く。

「いやぁ、普段はこれでも教員の端くれですから、物の言い方は十分に気を付けているつもりです」

……なのに、今日はどうしたんだろうなあ、と高屋敷はひとりごちて、杯を干した。

運ばれてきた肴も空になり、気まずい間ができる。

「シメに、お茶漬けでも」

と言うなり高屋敷は立って、注文をした。

 

「今日は、私ばかり話してしまって」

頭を下げた私に、それでいいんですよ、と彼は笑った。

「前回は僕の話を聞いてもらった。だから、これでチャラです。

それで」

と、言葉を切って真面目な眼差しを向ける。

 

「今度は、どこかへ行きませんか。食事だけじゃなく」

どこか……と視線を落として呟いた私に、次の言葉を言わせないように、彼は話し出した。

「セレンディピティ、っていう言葉があるでしょう。

偶然に探していたものに出会ったり…という幸運。

それは、外に出ないと偶然も起きないんです。

ネガティヴな考えに囚われると、人はどんどんネガティヴな悪循環を起こしてしまう。

それって、動物なら仕方のないことなんです。脳のしくみがそうなってる、というか」

 

お茶漬けが運ばれてきたが、彼は茶づけ椀に手もつけず、話し続けた。

「こういう実験があります。ラットを狭い箱の中に入れて、動き回ると体に電流が流れて、痛い思いをするようにしておく。

ラットは最初、ちょろちょろと動き回るんですけど、痛いでしょ。そのうち、動かなくなっちゃうんです。

動くと痛いから、何しても痛いんだと思ってしまって、挙句、何もしてなくても痛いような気がして、動けなくなっちゃう」

私は、部屋に閉じこもった自分を思い返した。

外に出ると、幸せそうな人を見るのが辛いから、誰かに自分の状況を説明するのが辛いから……。

そのうち、何かするのも辛くなって、何もしたくなった……。

 

「そのネズミはどうなっちゃうんですか」

私の問いに、高屋敷は微笑んでみせた。

「まぁ、そのラットはかわいそうだけど、治す方法はある」

「どうやって」

「痛みを消すために、幸福感を与えてあげればいいんです」

幸福……。

そんなものが、また自分の手に落ちてくるのだろうか、と思いながら高屋敷を見ると、わけもないという顔をして彼は頷いた。

 

「外に出ればいいんです。

外に出れば、偶然の出来事が起こるでしょう。

誰かに会う。それも、いい人に。自分に幸福感をもたらす人に。

1回だと、痛みはなくならない。でも何度も、大丈夫だって思えるまで繰り返す。

すると、いつのまにか、その痛みのことを忘れてしまう。

きっと、あなたの悲しみも」

でも、と言いかけた私の言葉を、彼はまた遮った。

 

「僕と会ったことが、それに値しませんか」

「私の、セレンディピティだと……」

夫に似たその風貌に、私は改めて眼差しを向けた。

確かに、こんなことはそうそう起こらないだろう。

偶然が偶然を呼び、今日まで来た。

けれど、そんなことで、夫のことを忘れるなんて……。

 

とてもできない。

 

その気持ちを察したのか、高屋敷は静かに言った。

「悲しみから立ち直るのと、ご主人を忘れるのとは、まったく別の次元ですよ」

恐れに似た表情を浮かべた私の背中を押すように、彼は微笑んだ。

「あなたは、僕にとっても、セレンディピティかもしれないから」

そして、「冷めちゃったな」と呟き、やっと茶漬け椀に手を伸ばした。

 

にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ

 

お読みくださり、誠にありがとうございます。

ぼちぼちやっております。

学校図書館楽しそうでよかったと、

いろんな方にメッセージやコメント欄でお声かけていただいて、

お心遣いに深く感謝しております。

 

今、新年度予算で購入した新刊が届く時期で、届いた本をPC処理してから、

ブッカーと言って、専用のカバーをかけて配架する作業に追われているんですが、

書架に並んだ新刊を生徒が手に取って、「あ、これおもしろそう」

なんて言った本が、自分が選書した本だったりすると、

まぁなんというか、とても幸せで。

心の中で、よっしゃー!とガッツポーズしたりしています。

 

書店みたいに、ポップ作るのも好きなので、

私が入ってから、図書館がポップだらけになりました。ジュ○ク堂状態(笑)。

 

物の配置もバンバカ替えてしまって、そのあたり先任の方が自由にやっていいと

おっしゃってくださったので、

居心地良くなったという評価もいただき、なんだか嬉しいです。

 

学校の中で、ちょっとほっとできるような癒しの場所にしていこうと思っています。

って、ここで決意表明しても……なんですが(汗)。

 

何より子どもたちはかわいいし、ただ本に囲まれてるってだけでも幸せで……。

でも、基本、生徒が来る時間以外は、ひとりで作業をしているので、

とても孤独な職場ではありますが……ひとり大好きなので(笑)。

 

そんな感じで元気にやっております。

梅雨時期ですが、皆さまどうかお体にお気をつけてお過ごしください。

今年は空梅雨ですかね……。

 

引き続きよろしくお願いいたします。

AD

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。