日立事件とキヤノン事件 | 知財弁護士の本棚

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企業法務を専門とする弁護士です(登録30年目)。特に、知的財産法と国際取引法(英文契約書)を得意としています。

ルネス総合法律事務所 弁護士 木村耕太郎

 知財ぷりずむ2009年7月号の「キヤノン職務発明事件高裁判決における問題点」を読んだ。うちの事務所はキヤノン事件に関与しているので言えないことも多いが、正直「???」という感じの論稿である。


 論稿は、「使用者が受けるべき利益の額」の計算方法が日立事件と違うのが日立事件の最高裁判決の違反だと主張している。しかし、日立事件において、最高裁は「使用者が受けるべき利益の額」の計算方法について何ら判断していない。上告審の審理の対象になったのは、外国特許分についても補償しなければならないかという論点だけである。日立事件で「使用者が受けるべき利益の額」の計算方法について判断したのは高裁までである。したがって最高裁判例の違反など、ありえない。

 

 大体、著者の「職務発明訴訟研究会」というのは何者なのか。弁護士や法律学者が上記のような誤解をするとは思えない。


 日立事件では、日立とソニーの包括クロスライセンス契約に基づく「使用者が受けるべき利益の額」の計算を、ソニーのCD製品売上高に0.3%(その算定根拠は今ひとつよくわからない)を乗じ、さらに寄与率10%を乗じている。他の包括クロスライセンス契約についても同様である。


 キヤノン事件では、そもそも契約ごとに「使用者が受けるべき利益の額」を算定していない。全ライセンシーの実施品売上高に「標準包括ライセンス料率」(その説明は複雑なので省略する)を乗じ、さらに本件特許の寄与率(基本的に特許の数の件数割り)を乗じている。


 要するに両方式はまったく違う方式であり、一方が正しく他方が間違っているというような関係にはない。


 さらに、日立事件の対象特許は、ほぼすべてのCD製品に実施されていると認定されているのに対し、キヤノン事件の対象特許は、一部のLBP製品にしか実施されていない。論稿は、その違いをも看過している。