利用発明に関する日米合意 | 知財弁護士の本棚

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企業法務を専門とする弁護士です(登録30年目)。特に、知的財産法と国際取引法(英文契約書)を得意としています。

ルネス総合法律事務所 弁護士 木村耕太郎

 昨日は日米「密約」の話をしたが、実は知的財産の世界でも(密約ではないが)変な日米合意がある。


 甲さんが特許発明「A」(例えば「鉛筆」)を有しており、乙さんが特許発明「A+B」(例えば「断面六角形の鉛筆」)を有しているとき、乙の特許発明を甲の特許発明の「利用発明」という。


 重要なことは、乙は甲からライセンスを受けない限り、自己の特許発明「A+B」を実施できない。「A+B」(断面六角形の鉛筆)は「A」(鉛筆)には違いないからである。


 そこで特許法は、乙さんが甲さんに対して「ライセンスをくれ」という協議を申し出られること(特許法92条1項)、協議が成立しないときは特許庁長官に裁定を請求することができること(92条3項)を規定している。裁定が認められると、通常実施権が与えられたものとみなされる。諸外国でいうところの強制実施権(compulsory license)と同じである。


 ところが、1994年の日米合意というのがあって、「1995年7月1日以降、司法又は行政手続を経て、反競争的であると判断された慣行の是正又は公的・非商業的利用の許可以外には、日本国特許庁は、利用発明関係の強制実施権設定の裁定を行わない。」ということになっている(詳しくは知的財産研究所「プロパテント時代における権利のあり方に関する調査研究報告書」(平成14年3月)75頁以下)。要するに、特許法92条3項は死文化する、条文はあるけれど使いませんという日米合意がある。これは条約のような正式なものではなく、国会が承認したものでもない。


 日本の特許法上、利用発明に基づく裁定実施権のほか、特許権者が不実施の場合の裁定実施権(83条)、公共の利益のための裁定実施権(93条)という制度もある。しかし、いずれについても、裁定がなされた実績はゼロであると聞いている(請求はゼロではない)。


 国会が作った法律を、国会の承認なく日米合意によって死文化するということが、民主主義国家において許されてよいのか大変疑問である。


 しかしこの論点はかなり専門的であり、知らない方が普通である。民主党も知らないのではないかと思う。知っているなら改善してもらいたい。