特許訴訟は「泥沼裁判」か 日経1月12日の記事について | 知財弁護士の本棚

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企業法務を専門とする弁護士です(登録30年目)。特に、知的財産法と国際取引法(英文契約書)を得意としています。

ルネス総合法律事務所 弁護士 木村耕太郎

 日経1月12日の記事「特許紛争 司法・特許庁2本立てのゆがみ 『泥沼裁判』嫌う企業多く」と題する記事についてコメントしたい。

 

 特許権侵害訴訟の件数は、ここ十数年、毎年150件から200件くらいで推移している。統計が出るまでタイムラグがあるので最新の状況ははっきりしないが、減少傾向にあると言われている。


 減少傾向の理由は、景気の問題もあろうが、侵害訴訟で特許権が無効となる確率が高く、リスクが大きすぎるということが問題だ。


 記事には、敗訴した場合に特許が無効になる割合もここ2,3年で従来の3割程度から6割以上に増えているとある。私の手元の資料では、2000年から2007年の間の無効と判断された割合は34%(2001年)から70%(2006年)の間で変動しており、中長期的に平均約40%とされている。2005年は42%、2007年は53%である。


 飯村敏明判事は記事中で「進歩性の判断基準は客観化することが難しいうえ、昔よりも特許権者に厳しくなっているので、我々も厳しい判断をせざるを得ない。」と、まるで他人事のようなことを言っている。あなた方が厳しくしているんでしょう。


 2000年のキルビー最高裁判決が出た当初は、裁判所は無効判断をすることについて、少なくとも慎重さがあり、謙抑的な姿勢が見られた。私も著書において、裁判所は、進歩性がないと言っても実質的に新規性がないような場合でないと無効とはしないと書いた。そういう抑制は今は見られない。


 そもそも旧法(大正10年法)下では、裁判所は損害額の算定をするだけで、侵害の判断すらしなかった。昭和35年に施行された現行法下でも、当初、裁判所は、鑑定書に基づいて侵害の判断をしていた。そういう慎重さがあった。

 それが今では、裁判所は、侵害判断、無効判断はおろか、訂正要件の有無すら自分たちで判断できると思っている。


 たしかに日本の裁判官は優秀だ。でも、だからと言って特許庁の存在を無視していいのかと思う。2000年のキルビー最高裁判決が出るまでは、誰もが「裁判所と特許庁の役割分担」を言っていた。今は役割分担はなくなったと思っているのだろうか。