いきものがかりに学ぶ。 | 愛の在る歌

愛の在る歌

アーティスト・マネジメント・プロジェクト “ai-R” 主催、kimkimの活動記録とその告知。


今更ながら、いきものがかりのNew albumを聞いているのだが。
休止期間を感じさせず、さすが色あせないなぁと思った。
 
こーゆう言い方も変な話だが。
今や日本の音楽シーンにおいて、“正統派POPS”を掲げるモノの中で、トップに立ったと言って過言ではないと思う。
 
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ちょっとした、思い出の品がある。
ジツはインディーズでの活動期に、何度かライブを見たコトがあり、今や絶版だろういきものがかりのインディーズ時代のミニアルバムを2枚手に入れていた。
すぐそこの距離感で、聖恵ちゃんとある程度の会話が出来ていた時代があったのだ。
 
ボクがライブを見ていた時代と言うのは、既にCUBEと言う事務所に所属していたのだが。
話を1年前に戻すと、休止期間を経て本格活動が再開されてから、たった3ヶ月でワンマンライブを敢行している。
その1年後にCUBEの所属が決まり、さらにその後1年足らずで、3枚のミニアルバムリリースと、計3回のワンマンライブを成功に収めている。
 
特に記録はあるワケではないので、何とも言えないが。
それでもCDはある程度の売り上げを残し、ワンマンもある程度の動員を記録したコトだろう。
 
注目すべきは、ライブハウスでの活動は、ワンマンか、あるいは都内のポイントポイントのみに絞り、後の地盤作りはほぼ路上で培っていった所だ。
ワンマンのチケットとCDと言う、極めて分かりやすく、路上で売るモノが明確だった。
 
今も尚、こうした路上をメインとした活動指針を考えるアマチュアアーティストも数多くいるとは思うが。
インディーズで実績を作り、メジャーへ行き、そしてメジャーでも瞬く間にヒットを飛ばすと言う流れは、本当にキレイで、コレ以上ない位のシンデレラストーリーだと言えるだろう。
オレ自身、キャリアを積んでしまえば積んでしまう程、実績に立ち戻ると言う話をよくしてはいるが。
このいきものがかりと言うアーティストは、それ程のモデルケース。
逆に言えば、このタイム感でウマくいかなかったら、早々とやめていてもおかしくなかったのかもしれないなぁ。
 
 
 
 
 
このブログを書く前に、wikiでいろいろ見てたんだケド。
CUBEの初代マネージャーが、初のワンマンライブにたまたま足を運んでいたのがキッカケらしいが、他に他社からスカウト等をされたケースはなかったらしい。
エピックは恐らく、最初はCUBEの呼び込みだったんだろうと思うが、それでもレーベルで他に手を挙げたトコもなかったとか。
 
最初からそーゆうヒトの目に付かなかったのか…あるいはそーゆうヒトが見ても、何も感じなかったのかは分からないが。
もし仮に後者だったとすれば、今ホントに後悔してるだろうね。
まさかこんなに売れるとはって、思ってるだろうよ。
 
ちなみにオレ自身は当時、売れるかな、売れないかな、とかって、そーゆう意識自体がまだそんなあんまなかった。
のが、むしろ悔やまれるトコだケドね(笑)
まぁその証明が、このCDってコトでイイかな、と思ってる。