607冊目 時間のなかの子供/イアン・マキューアン | ヘタな読書も数撃ちゃ当る

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ある日突然ブンガクに目覚めた無学なオッサンが、古今東西、名作から駄作まで一心不乱に濫読し一丁前に書評を書き評価までしちゃっているブログです

「時間のなかの子供」イアン・マキューアン著・・・★★★★

一瞬の隙に幼い娘が消えた―絶望の果てにバランスを失っていく妻と夫、危うい喪失感のうちに浮び上がる「もうひとつの記憶」…。倒錯的な美意識と痛烈な諷刺。イギリス文学界の奇才が、90年代の「暗黒郷」を幻想的に描く。ウィットブレッド賞受賞

 

カズオ・イシグロと共にイギリス現代作家を代表する著者による1987年の作品。

 

主人公のスティーブンは児童文学作家で、イギリス政府の児童教育委員会の委員を務めている。

妻ジューリーとの間に3歳になる一人娘ケイトが居たが、スティーブンと一緒にスーパーマーケットでの買い物中に誘拐されてしまう。。。

 

人それぞれに流れる時間の不可逆性を通底に、誘拐事件を契機に亀裂が入っていくスティーブンとジューリーの関係の変化を主筋とし、スティーブンの作家としての才能を見出し、世界的作家に伸し上げた出版社の社長(後に政界に進出)チャールズ・ダークとのエピソードや、スティーブンの両親とのエピソードを描いている。

本作の執筆当時にサッチャー首相が執った政策に対する批判も本書には含まれる。

 

マキューアンといえば「愛の続き」や「贖罪」に見られるような、文章の表現百科的な文章が本作でも(特に前半)伺える。

いきなり書き出しで「公共交通機関に対する補助金交付はすなわち個人の自由の否定であると、政府が、そしてまた有権者の過半数が、この二つを同一視するようになってすでに久しかった。――」

を3回は読み返した。

 

娘を失った喪失感、怒りと悲しみ。夫婦間で揺らぐ信頼感。

ダークの栄光と凋落。

両親との過去と現在。

そこには取り返す事のできない時間があった。

しかし、結末にはこれから先の、希望ある未来を予感させて結ばれている。

 

本書には、章ごとに本文の前に英国政府が出版した「検定 子育てハンドブック」(実物?)からの引用文が載っているのだが、3章目の言葉に興味を惹いた。

 

「しかしながら、父親が幼児の世話に日々深く係れば係るほど、その権威者としての力は弱まってゆくというのが証拠の示すところである。子供が父親に愛されていると感じ、しかもその父親が愛情を注ぐことと距離を保つこととの釣合を適切に取っているならば、その子供は、来るべき別離――誰でも大人になるうえで避けて通ることのできない別離――に対する情緒面での準備がかなりできたことになる。」

 

これが真実であるとすれば、うちの娘との関係は良好のようである。≧(´▽`)≦

 

中々いい作品ではあるが、現在絶版らしい。