平成28年11月12日(土)18:00〜、西荻窪 Atelier Kanonにて。

3人の男性音楽家
その音に包まれる、3人の女優

3人の女性音楽家
その音に包まれる、3人の男優

実在の10人の人物の生涯を
脚本、音楽、全て新作で書き下ろします。

企画・作曲/伊藤靖浩

《男性ver》 
演出/赤澤ムック、石丸さち子
照明/松本永(eimatsumoto Co.Ltd.)
演奏/
ベース:岩崎なおみ.
フルート:鈴木和美
ギター:宮城由泳

『星月夜』(題材:テオドルス・ファン・ゴッホ)
脚本/エスムラルダ
出演/塚越光

『The Last Leaf for Henry』(題材:オー・ヘンリー)
出演/海老原恒和
脚本/モスクワカヌ(劇団劇作家)

『殺人を告白する忘れられた音楽家の話』(題材:アウトゥーロ・トスカーニ)
脚本/赤澤ムック
出演/永田正行

『この泡の消えるまで』(題材:アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ)
脚本・演出/石丸さち子
出演/金 すんら

『ひとくち、アイスクリン』(題材:竹久夢二)
脚本/今井夢子(椿組/Manhattan96)
出演/柳内佑介(上演順)


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先日、プレビュー公演の女性バージョンを拝見した一人芝居ミュージカル短編集の本公演を観に行った。

この回は男性バージョンの5演目を上演する拡大版。


『星月夜』
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの弟、テオを主人公として描く兄弟の関係。

明るく輝くけれど日々その形を変える不安定な月を天才ゴッホに、そして小さく瞬く星を自分に例えつつ、奮闘するテオの日々。

画商として印象派普及へ向ける夢。兄の才能へ託す希望。ささやかで平凡な家庭の幸せ。一人の人間として、そして天才の兄を支える弟として誠実に生きる姿を丁重に描く。

壁に映し出された点描画を観ながら、熱く語る印象派の絵画。

恋人に、子どもの頃の兄との思い出を語る優しい口調。今もなお、兄と弟と歩む冒険の途中なのだ、と。

それでも時には兄と妻との板挟みに思い悩んだりもして。

遠く離れても、ともに旅人を照らす月と星だと歌う声がせつなく響いた。


『The Last Leaf for Henry』 
真夜中の0時が締め切りである長編の最後の一枚を書こうとして格闘する作家。人生初の長編は、彼の人生そのものの見立てであろう。

だからたぶん、真夜中にやってくる編集者は「死」。その時間に向かう最後の30分をミュージカルとして見せる枠組がまず面白かった。

迷い込んできた野良猫に語る彼自身の生涯。夢で見た教会での葬儀と婚礼。歌詞にもO・ヘンリーの作品名が織り込まれている。

演じるのは若々しい印象の役者さんで、見えない猫を抱き上げる様子が可愛らしい。体格の良さに似合うパワフルな歌声が、小さな会場に響き渡った。わがままを承知で言えば、この内容ならもう少し年齢のいったキャストでも観てみたい気がした。


『殺人を告白する忘れられた音楽家の話』
前の作品からの転換をつなぐトークが軽妙で、客席の雰囲気を和ませる。

……と思うと奇妙な独白。殺した?誰を?

暗転で黒いスーツと蝶ネクタイの音楽家らしい姿になり、偉大な指揮者の厳しい稽古風景や逸話をユーモアを込めて語っていく。

途中から、あるオーケストラのマネージャーへと役が変わり、アントニーニへの崇拝と友情から失望へ、そして愛憎の交じり合う激情を示していく様子が印象的だった。

音楽家が音楽家を殺す。思い出すのは映画『アマデウス』である。サリエリがモーツァルトへ抱いた想いと同じく、この作品でも憎しみと愛情は表裏一体で、相手の才能に焦がれるほど、報われない想いが吹き上がる。

アンビバレンスな独白の痛ましさとそこへ向かう途中のコミカルな語り口のギャップにインパクトがあって、これこそがまさに人間なのだ、と思った。


『この泡の消えるまで』
ピアノの側に立って目線をゆっくりと動かす。こじんまりした会場を圧するような存在感が、大舞台で観客を魅了してきた人らしさを感じさせる。

医師で作家だったチェーホフは、死を前にして自身に診断を下したらしい。かたわらの医者は彼の言葉を聞いて、追加の酸素マスクの代わりに一本のシャンパンを注文した。グラスに注がれたその泡が消えるまでの短い時間に、チェホフは自らの生涯を振り返る。

貧しい家庭に育ち、それでも奨学金を得て医者になって、作家と医師の2足のわらじで働く。そんな中での兄の死。

苦労の多い人生に射す光のような、敬愛する音楽家との交流。憧れの人について語るときのきらめき。

けれど、夢と希望は甘い毒。音楽家の死が彼の喜びに終止符を打つ。

それでも、結婚や仕事に恵まれ、彼は言う、僕は十分に生きた、と。

シャンパンの泡が消えるまでの時間に振り返る44年間を、確かな歌声でたどる30分だった。


『ひとくち、アイスクリン』
えっ、女性?とまず虚をつかれた。夢二の話でしょ?と。

白塗りしているわけでもないけれど、転換の間をつなぐ軽やかなトークは、どう聞いても女性の印象だ。着物も女性の着付けだし。

そのまま物語が始まり、彼……いや彼女は壁の前に立ち画家に話しかける。なるほど夢二の絵のモデルなのだ。

夢二の絵でよく見るとおり、肩を落として襟を大きく抜いて、体重をどちらか一方に預けるポーズ。夢二好みの呼び名を与えられて、女はほろ苦く笑う。

それから彼は愛人の元へ。儚げな口調で彼に語りかける女は、衣装も同じなのにすでにさっきとは別の女だ。彼女にせがまれて理想郷について語る夢二。ハットひとつで女と夢二の間を行き来しながら歌う様子に惹き込まれる。
 
それから夢二は自宅へ戻り、妻と向き合う。家を支え商売を支える彼女の、なかなか帰ってこない夢二への繰り言。

3人の女と1人の男を鮮やかに演じ分けて、そこに理想と現実の狭間に揺れる男の姿を描き出してみせた。

物語の面白さ、役者さんと作品の相性、歌など、いろんな面でバランスがよく完成度の高い30分となった。

これは今井夢子さんの脚本だそうで、女優さんとして拝見したことはあるけれど、こういう脚本をお書きになる方なのだと知ることができたのも収穫だった。

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 『星月夜』に出演された塚越光さん。

今回は、この企画の主宰である伊藤さんのアンダーキャストとしての参加だったそうだ。

本役に合わせたキーや少ない稽古時間など、ご苦労も多かったことと思うけれど、濃密な空間での一人芝居で、才能ある兄への憧れや屈折を含めた想いを切実に歌い上げた。

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こじんまりしたアトリエで、三方を観客に囲まれての一人芝居……しかも生演奏によるミュージカル。

そして、どの作品も実在の人物を題材にしている。

ロングランの一形態として、今回上演した作品は誰でも再演可能とし、チケット売上のうち3%ずつを脚本家・作曲家・初演キャストへ支払うようにするのだという。

今回のvol.1で10本のミュージカル。vol.10まで開催すれば100本となる。誰でも使えるオリジナルの一人芝居ミュージカルのレパートリーが100本。

それが伊藤氏のビジョン。

作品の面白さだけでなく、こういう枠組も興味深かった。

30分よりもう少し短くしても観やすいかもしれない……と思ったりもしたが、歌や演奏をきちんと聴かせるにはこのくらいの時間が必要なのかもしれない。

キャストや脚本家、題材となった人物などのうち何人かに興味を引かれて、観終わってからネットで調べたりした。

今回上演された作品をへの興味に加えて、今後の展開も楽しみな企画となった。