5月17日



母方の祖母の葬式から池谷へ帰ってきた。
夜行バスで帰ってきて、疲れきっているはずなのに、
布団に入っても目が冴えてしまい、鶏小屋へ向かった。


鶏小屋から出ると、橋場さんがいた。
顔を見上げてはじめて、今日が太陽のまぶしい日だと気付いた。
「おう、帰ってきたか」
向かいの斜面のゼンマイを採るといいよと言ってくれた。
そこは、橋場さんがゼンマイを栽培している場所だった。


鶏に餌をやったら、もう一度寝ようと思っていたが、
橋場さんの顔を見ると、不思議と歩く元気が出てきた。


橋場さんが貸してくれた山菜採り用のケツ袋と足袋を履き、山へ向かう。
その斜面の下の田んぼで、橋場さんはトラクターで田かきをしていた。

きぼうしゅうらく

一通りゼンマイを採り、斜面から降りると、橋場さんも田かきを終えた。
「こっちの山へ行くかい」
田毎の月が見える道のりを二人で分け入っていった。
道中でゼンマイを採りつつ進んでゆく。
「まだゼンマイ採りが雑だなぁ。
小さいのはねじるようにして、根からこうやって採るんだよ」
その太い指を見てから、橋場さんの顔を覗いた。
とても優しい顔。


橋場さんはゼンマイを見つけたら、軽々しく斜面を渡り
飛び跳ねるようにして歩いていった。
そこにいるのは、外見だけが時間にさらわれていった少年だった。
そんな橋場さんの後ろをついてゆくだけで、本当に楽しかった。


田毎の月が見える高い場所まで来た。
橋場さんは木と木の間に小人のように立って
「この三ツ山集落ってのも、人が少ない集落なんだ」
と見下ろした。
私も同じようにして、三ツ山の水の張った田んぼを見下ろした。
風が流れていった。


その日、橋場さんは自分が採ったゼンマイも全部私にくれた。
いつのまにか、沈んだ心も晴れていた。