臨津江洪水事故で見せた韓国政府の遁甲の術 | 朝鮮問題深掘りすると?

朝鮮問題深掘りすると?

初老の徳さんが考える朝鮮半島関係報道の歪み、評論家、報道人の勉強不足を叱咤し、ステレオタイプを斬る。

韓国政府は11日、臨津江の水害は北側に責任があり、それは「国際慣習法に違反している」との見解を示し、全責任を北朝鮮になすりつける方針であることを明らかにした。


だが、これは臨津江水害は一言でいって韓国政府の「総体的不実」がもたらした人災であることが明白になり、政府に対する批判が強まる気配が見えるや、李明博政権が急遽事態の根本責任を北側にかぶせるために持ち出したものだと見られている。


それは朝・中・東(朝鮮・中央・東亜の三紙のこと)など守旧保守新聞が北側に対する政府の「微温的対応」を連日叱咤する中で、8日、政府が強硬な姿勢を取り始めたことからもわかる。


政府が姿勢を変えると途端にKBSが北側による「水攻めの可能性」を持ち出し歩調を合わせた。KBSが「(北側の)意図的挑発疑惑」の根拠としてあげたのは①慢性的電力難に喘ぐ北が電力生産と用水を放棄してまで水を放流するか」「秋の渇水期を前に4千万トンも放水したばかりか、深夜時間を使って一度に放流するのは現地管理者の判断だけで実行することは出来ない」というもの。もちろん例によって勝手な憶測である。朝・中・東に尻を叩かれた政府は、一歩を踏み出すのに強い応援団を得たわけだ。


だがMBCは別の論陣を張った。「遺憾表明に終わった政府の立場が、1日過ぎるや強硬基調に一転したのには、今回の事態を適当に受け流しては、国民世論が許さないと言う判断がある」。MBCは10日前にも北側の放流があったとし、政府の対応に問題があったと指摘した。しかもそのときは今回の4倍以上の量の放流があったという。MBCはそのときは北側に最高200ミリの局地性豪雨が襲った後だったと言う。MBCは続いて「しかし当時、政府はなぜ急に増水したのかについて疑問さえ持たなかったし、従って北側に水門をなぜ開放したのかを聞きもしなかったし、別の放流に備えた警戒態勢もしかなかった。したがって政府が事前に適切に対処していたなら今回の惨事を予防することが出来たはずだという指摘が出ている」と続けた。


これについて右翼政党である自由先進党のパク・チヨン議員が、9日の国会外交通商統一委員会全体会議で、北側は8月27日にも2時間に渡って、6日の事故当時の5.3倍に達する規模の放流をしたと明かしながら、政府はこのときには国民に事実を一切知らせなかったとし、「北側が予防注射をしてくれたのに、政府はこれまで抗体をつくろうともしなかった」と右翼の立場から皮肉っている。


問題はヒョン・インテク統一部長官が、この事実を了解していたということだ。つまり過去には問題視していなかったが、今回は人命が失われたので特別だと言うわけだ。だが、そこには過去から問題になっていたにも拘らず、何の対策も立てていなかったという重大な失策に対する認識は抜けている。


そして何とか責任を北に押し付けたいという手前勝手な欲求は、北側による無通告放流は国際慣習法に違反するという判断となって現れた。最初は1997年5月21日の国連総会で採択された「国際水路の非航行的利用に関する協約」に基づいて北側に責任を負わせようとしたが、これが不可能だと分かったからである。


だが、これをもってしても北側に責任を押し付けるのは不可能であろう。それは「国際慣習法に違反する」と発表したムン・テヨン外交通商部代弁人が、「以前にも南北間の摩擦によって人命が損傷された事件について国際慣習法を適用したことがあるのか」、「今回の事故と類似した事例について、国際慣習法によって判断した外国の事例があるのか」という記者らの質問に、ろくに答えられなかったことにも現れている。つまり韓国政府の手前勝手で一方的な思い込みに過ぎないのである。


だがここにはより重大な問題が隠されている。
南北間の問題を、実際的な効果が望めないにも拘らず、いたずらに国際化しようとしていることだ。もっともそれは今回だけではない。開城工団で抑留されたユン氏の問題や金剛山観光で禁止区域に入った女性が射殺された事件でも問題を国連人権委員会やARF(アセアン地域フォーラム)に持ち込もうとしたが、うまく行かなかった。


ではなぜ南北問題をことさら国際化しようとするのか。その狙いは8月23日に北のキム・ギナム朝鮮労働党書記と李明博大統領の会談についてイ・ドングァン青瓦台弘報首席が説明した折に使った「南北関係のパラダイム・シフト」の言説に見ることが出来よう。


「南北関係のパラダイム・シフト」とは南北関係は同族という特殊な関係ではあるが、この枠から抜け出て国際的な不変妥当な関係に発展してこそ一段階アップ・グレードすることが出来る」というものである。つまり南北関係は同族同士の関係ではなく国家対国家の関係として定立すべきだという主張だ。


だが、これは「6.15」と「10.4」南北共同宣言と共に、現在の南北関係を規定している1991年の南北基本合意書の前文の規定、つまり「南北関係は国家対国家の関係ではなく統一を目指す過程で一時的に形成された特殊な関係」と言う規定を否定するものだ。


ところで「6.15」「10.4」南北共同宣言を否定し、対北関係を新たに設定しなおすべきだと主張し続けている李明博大統領は、3月に「南北頂上が合意した合意文があるがもっとも重要なのは1991年に締結された南北基本合意書の精神を守ることだ」といみじくも語っている。


だが、実際にやっていることは「南北基本合意文」さえも否定しているわけだ。臨津江洪水事故で政権に向けられる非難の矛先を避けるためには、できないことはないということなのか。あるいはこの事故を政治的(反北意識の助長、「6.15」「10.4」共同声明の反故)に利用しようということなのか。


ことさら問題を国際化することで、南北がまったく国家対国家の関係であって、統一を目指すより一般の国家関係であれば良いというその姿勢は、統一をしなくても良いということであり、民族の立場からすればまさに反統一的であり、敵対的であり、反民族的だと映るであろう。北側が李明博政権を反民族集団、逆賊と呼ぶのはまさにこうした姿勢を指しているのではなかろうか。


傍で見ても6人もの死亡者を出した事故までも政治に利用するとは、あまりと言えばあまりなやり方である。