お知らせ | 続・テラウチ部屋

続・テラウチ部屋

書き込み(コメント)募金サイトです。

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大変長らくお待たせ致しました。
いや、ホント、なんと言うか、本人が一番ビックリしているのですが、まさか二年も経とうとは!!
申し訳ない。申し訳ないと言うことすら申し訳ない。

何でしょうね……一体何があったのでしょう?もちろん当然当たり前にその間の状況説明はします。確実に言い訳、間違いなく言い訳になりますが、それでも説明はします。
以下、長くなりますので、お時間のある方のみお付き合い下さい。


まず、何をおいても話さなければならないのは、愛犬が亡くなったことです。
今年の6月。6月5日。
14歳でした(たぶん)。
とてつもなく悲しいし、寂しいし、不思議で仕方ありませんが、覚悟はしていたし、手もかけたので、思いのほかショックは受けていません。

詳しいことを書くとホントに長く、語っても語りきれないこと、涙なくして語れないことなので省きますが、亡くなる1年ほど前(4月頃かな?)から夜泣きが始まり、耳の腫瘍が次第に大きくなり、それが爆発して毎日大量の血を流し、それでも懸命に生き、自力で歩いて食事を摂り、ぼろぼろの皮膚でぼろぼろの身体で精一杯「生きる姿」を示してくれていました。
このまま夏を越えられるかな?10月の誕生日を迎えられるかな?そんなことを思っていました。
耳からの出血を抑えるために、ガーゼを巻いてタオルで覆っていたので、夏の暑さに耐えられるかどうか心配でした。

6月10日に、両親が一泊旅行を予定していました。そのときは面倒を見るのがテラウチ一人だけになるので、不安を抱いていました。

それを見越したように、まるでそれを察したかのように、6月5日の夜に静かに息を引き取りました。仕事中だったので、看取ることが叶いませんでした。ただ、母がしっかりと側に寄り添ってその全てを見守ってくれました。
テラウチでは動揺して取り乱してしまうだろうし、父では何をどうしたら良いかなんてことはまるでわからないだろうし、そうなると母が一番無難なのではないかな?と選んで、その日に逝ったのだと思っています(満場一致)。その頃、兄は海外を放浪していてまったくアテになりませんでした(笑)。

1年以上、夜泣きに付き合いました。1時間ごと、ひどい時は30分置きに呼ばれるので、自分の睡眠は狂い、慢性的な睡眠不足になりました。少し眠って仕事に行って、帰宅後はまた付きっきりで……という生活を続けていました。
老犬介護についてのサイトに、「赤ちゃんの頃のようにもう一度世話をさせてくれる!と思えば気持ちが楽になる」云々が書かれていました。
「んなワケねぇだろ!」というのが本音です。実体験から出る、嘘偽りない言葉です。そんな生易しいもんじゃありません。気が狂いすぎて、「今この手で殺してしまえば双方楽になれるかもしれない……」とまで考えました。

ただ、その身をもって「生きる」こと、生まれてから死ぬまでを見せてくれようとしている姿に、考え方を改めました。有限の時間。まず間違いなく、テラウチにとっては最も大切な唯一の存在。そっちがその気ならこっちだってとことん付き合うよ、と。いつの時代も、いついかなる時も可愛いのは揺るぎない事実なので。

……そんなわけで、とても濃く、とても長いあっという間の日々を過ごしていました。矛盾だらけ。愛しく憎く楽しく辛く、笑いながら泣きながら一緒の時間を過ごしました。圧倒的に幸せでした。他のことなど何も考えられないほどに。

はい、そうです……、まったく何も考えられませんでした。募金のこと、参加者のこと、支援を必要としている人々のこと……。テラウチにとっての世界、愛犬と過ごす目の前の世界が大荒れ模様だったので、忘れたことはないけれど、忘れたことにしていました。偽善者にもなれない偽善者です。

こうして文章を書くのも、ひどく久しぶりな気がします。やろうとしていたことを全て棚上げにしていました。全て後回しに。
今になってようやく多少まともに、少しは余裕が出てきたのかな?という感じです。相変わらずテラウチの世界は愛犬と共にありますが、それでもその世界に色んなものを取り入れる余地が生まれた……みたいな(ちょっとよくわかりませんね)。
そんなこんなで帰ってきました。
今さら何を……と思われるかも知れません。それでも、帰ってきちゃいました。どうしましょう?

ひとまず、延び延びになっていた前回分の募金、2000円。これを、近いうちに「国境なき医師団」へ送金します。話はそれからですね。今回はこれまでの報告と、「生きてますよ」というお知らせでした。ご迷惑をおかけいたしました。

それでは近いうちに、また……。