葬れ風よ、我を葬れ、親はらからは来もせで、さ迷える夕べと静けき土の臭のみ 

 

 

 

見よ風、我が冷たけき屍を誰が手にゆだぬべくもなし…… 

 

 

 

 

 

(石上玄一郎 訳)

 

 

 

苛酷なスターリン時代のロシアを生きた詩人。最初の夫は銃殺されたと云う。その社会背景を知っておかねば、これらの詩は誤解される。

 

 それにしても、ぼくがこれらの詩を記したのは、ロシア人の、というより、ロシアでの人間の死を羨ましく思ったからだ。政治的に家族が分断されても、その孤独な死は、大自然の懐のなかでの清澄な死だ。その大気と土が匂っている。日本のように、死さえも向こう三軒両隣の井戸端の話題として消費されるのを覚悟しなければならない俗世風土とは全くちがう。チャイコフスキーが白樺の森のなかに果てたのは彼のロマンティシズムの完成でこそあったという想念を許す自然の恩寵がある。そういう、人為の世界を無限に超出する世界感覚のなかに生きることのできるロシア人は仕合わせである。