裕美ちゃん、
なあに?
裕美ちゃんはどうしてそんなにぼくに優しいの?
笑 あなたが優しいからよ 笑
え、どうして、
笑 わかるわよ、それは。 あなたはどんなに一緒にいても安心だもの。だからわたしも自然に、そう、優しくなれるの …
そう言ってくれるのか …
あなたは、ごじぶんの主観にもっと自信をもたなくては。だから、わたしが代わりに言ってさしあげてるの。ほんとうに、あなたのようなひとは稀なのだから。とくに男性はね。
粗野な者にかぎって、じぶんは優しいと、じぶんで言っているからね。しかも優しさをはきちがえているようだ。どうしようもないね。
そういうように、ご自分の主観をもっと遠慮なくおっしゃるようになれば、それは世のなかのためにもなると思うわ。
ぼくのことを厳しいとか、思い遣りがない、とか言う者もいるよ。
笑 それはね、そう言う当人に、もっと責任があるわ。じぶんを反省したことのないひとたちよ。そういうひとたちはね、本人は気づかなくても、ほかのひとたちにも随分勝手な言動をしているから、あなたの言葉を通して、神さまの戒めがあったのよ。あなたが気にしていてはだめですよ。
ぼくの内心の密かな声を、代わりに言ってくれてありがとう。
あなたが全然間違ったことをおっしゃるはずはないわ。 わたしたちはここで、いい気になって言い合っているのではないのよ。あなたはいままで理不尽なまでに遠慮しすぎてきたの。それはあなたのためにも、世のためにもなることではないわ。
謙虚に受け止めるよ。
笑 それがあなたらしいのよね。
ぼくが先ず正しい反省をすべきだからね。それは他の判断への譲歩ではない。根底において正しい自己肯定をすることだ。反省もしないでいて自己肯定もないものだ。
ほんとうに反省したら、そこに神が現われるよ。反省はそれじたい創造的な行為だ。
(ねえ、どうして節題から「正樹さんは優しい」を消したの?
「じぶんのことをじぶんで優しいなどと言う者は、じぶんに思念を回収するエゴイストだからさ。ほんとうに優しい人間は相手にのみ心が向っている。自己肯定の表現で一度書いたとはいえ、ぼくもこの一般的範に倣うことにした。
あ、了解。)