ぼくは、東日本大震災の際、ぼく自身が信じ難い容喙現象経験の真っ只中であり、その中で、あの信じ難い津波の光景を報道で眺めた。それはまさに、自分の周囲の異常と、日本規模の異常とが、重なって、ぼくにたいして繰り広げられた圧倒的印象であり、文字通り意識が眩暈(めまい)と戦慄を起し、此の世全体がぼくの周囲と連動したとしか感覚されない仕方で、ぼくを超現実的な不安感で襲った。しかも、霊的介入を受けている様子が明白な周囲の者等が、報道される大災害の光景に、まったく心を動かされないどころか、愉快そうに嬉々として(同じ日本人なのに!)、〈もう分かっていた〉というように、ここで言うのを敢えて控える様な言葉を発しながら、ゆっくり眺めている様は、正常な人間のものではなく、はっきりと、超人間的な悪霊が降りてきて人格変貌させた顔と目つきであり、そのおぞましさは、ここでふれたくもない類のものであった。これは見かけがそうであるばかりではなく、実際に、霊的作用が働いた透視的な言動や、普段けっしてやらないはずの超人間的に豪快な、それ故奇怪感を与える自動車運転など、普通でない力が漲っている行動で、霊的パワーの関与の事実をぼくの前で展開してくれた。そしてそれは精神性などとは真逆の性格のものだった。
 ぼくのひどい容喙現象経験(新宿区マンションの一角での人為加害による生活異変が、帰郷してみると、周囲者を巻き込んで拡大していた。この信じ難い経験は読者には想像もつくまい。)は、だから、ぼくの環境の異変が更に、遂に、日本全体に拡大したかのような、言語道断な夢の中にいるような、現実を現実として容認できない、この世全体が悪夢に化したような、真に吐き気がする、旧約聖書の何かの物語が現実となった、言語に絶する全体異常として、経験されるに至ったのである。ぼくの、環境異常経験は、まだこれに尽きるものでは到底ないが、あの震災にぼくはこういうふうに、画面報道を通してであるが、接したので、その記憶はいまでも、ぼく自身の状況と状態の尋常でない異変経験と結びついて、思いだせば気持が吐き気を催し、意識が普通でいられない(ぼくの本来性とは真逆の)状態になるのである。

集団的に悪霊に憑かれた連中が、人非人になる様を、ぼくは客観的に目撃したと言える。どうやってこういう集団憑依ができたのか。誰が、何のために。ぼくに嫌な思いをさせるだけのためにか。 むしろそれは口実のようなものであり、霊界悪魔の傀儡を、正常だった世界に瀰漫させるためではないか。だから現在の社会は、人間的実体性が欠けたおかしな者等や、それに連関する事象が頻発しているのだ。ひとつの仮定すらぼくは用意している。日本乗っ取り、日本民族撲滅である。空想だと思わないがよい。ぼくへの加害元であるNHKの裏を洗えというのもひとつにはそのためだ。これは今の政権でなければたぶんできない。