高田先生、森氏の、わたしの本来の主題にとっての重要文を紹介しておく。去年あたりせっせと自分の勉強のために機械に打ち込んだ。友情・愛情面で沈潜する事柄があるが、これは思想面で沈潜すべき事柄である。いずれ問題にすべき事柄であるので、さきに核心テキストをここに呈示する。
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〔高田博厚 森有正兄への手紙Ⅰ〕

…僕は、高台から遠いパリの風景を眺めることには、二十数年たどって来た自分の軌(わだち)が一条(ひとすじ)に遠いあそこまで跡を止めているのを見るような愁感(ノスタルジー)を持っている。そうして孤独の豊かさ、そういうものを感じる。
  君と二人きりで会う時には、笑談や与太は止して、いつも僕達の考えについて語り合い、外界と感覚の関連や、それらと思念との照応について、僕達が感じ会得したことを話し、そうして、終りには、僕達にとって「神」がなにであるかに至りつく。それでいて僕達は「信仰」の問題には入って行かないのだ。僕にはまだその能力がない。たぶん僕達は、僕達の意識の網に要心ぶかくありたく、感覚の純粋性を通して「神」に接したいのであろう。あるいは、「神」というものが包摂している感覚の領域から門をくぐりたいのだろう。音楽や美術の傑作に僕達が感動するとき、その作品を解釈してみようとするよりも、自分の感動の根拠をつきとめてみたいのと同じだと思う。
…A君、僕は実に長いことかかって、この頃ようやく解りだしたことがある。今日君に手紙を書きたくなった根拠もそこにあるのだろう。君は僕の『フランスから』を幾度も読んでくれ、「あの本は日本人にはまだなかなか判らないでしょう……結局、あなたは『神』を求めておられる……」と言った。谷川徹三君もそのように書いてくれた。そうなのだろう。ただ僕はかつて「神」を予定したことはなかった。僕にはまだまだ禁断の言葉だ。とても力がない。だから「形而上的」という言葉でしか言えなかった。けれどもようやく解ったことがあるのだ。そしてそれに気がついた時、「自分も思索の長い道を通って来たな、これ一つに至りつくために……」と感慨するのだった。キリスト教精神、あるいは西欧精神も、結局「絶対」を求めてきたのであった。そして「絶対」に「神」を置き代え得た。東洋の観念的思念を以てすれば、これにまた「無」をも置き代え得べきであろう。ところが「神」は絶対に「無」によって更えられないのだ。絶対に……。そしてこれは、「神」と「キリスト」を結びつけることが出来、また「キリスト」に「人間」を置き更え得る、思念質と同じことなのだ。これは西欧精神にある実に不抜な経験実証から思想が生れることの精緻さから来ていると思う。アランも最後の書『神々(レ・ディユー)』の中で、このような言い方はしていないが、同質のものを見抜いているので、さすがだと僕は思った。「生命とは可能性そのもの」と見るヴァレリー的神秘(ミスティク)の裡に、クロオデルの「絶対神」を窺い得ることは、なんという精神のよろこびであろう!  君、なにものにも置きかえられない「神」があるのだよ。
(こんなことを書いて、しかしカトリック信者が喜んでくれることには、僕は警戒する。僕はまだ「信仰」問題には触れ得ない。君がパリではじめて僕に会った時、顔を見るなり、「僕はパスカルを勉強していますが、カトリックではありませんから……」と断わったので、少しおかしかったが、僕は今の君の裡にデカルトとパスカルが矛盾していないことを知っている)。

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〔高田博厚(同時代39.1981.12)〕

「思索」

  三十歳でフランスに行き、この国(というよりヨーロッパ)の思索伝統が自分に体質化してゆくにつれ、「思索すること」即ち「思想」は「行動」であることが理解されてきた。……「思想」そのものが「行動」である。なぜなら「思索する」ということは「人間」が「自我」に対する厳密緻密な精神態度であり、観念内で系列化しようとする「哲学」ともちがう。(中野重治がある文の中で、「高田が思想家と哲学者とはちがうと言っているが、判りにくいが、よく考えると判るようでもある」と書いている。)
…日本の高いと見られている「知性人」としても、自我内部の精神活動とは「社会」と「人間」即ち「社会悪」と「自我理念」との無限の二律背反[アンティノミー]であるのを無視して、社会力、政治悪に左右されてしまう(戦争を肯定した日本知性人がいかに多いことか!)。それでは「人間理念」の存在理由もなく、また「概念」の整理だけで解明できない課題を放置している。(日本人気質に「形式主義」が強いのは、長い間の封建制のためばかりでもあるまい。)
  そこで、私が徐々に感得してきたのは、「もの」「対象」と「自我」との関係関連であった。「自我」は永遠の謎[スフィンクス]である。「もの」に触れること、即ち「対象」との交渉の時間的連続が「自我」を形造る。ということは自我の「個性」が先ず在るのではなくて、自我が「普遍」に即し応じるにつれて「個性」つまり「形」を生んでゆく。それが本当の意味の「超現実[スュル・レアリスム]」であり「抽象[アブストレ]美」であろう。(これを私はドイツ・ロマンティスム詩人たちの多くに強く感じる。彼らは「情緒」から「感覚」へ、それから「抽象」に、彼らの「詩魂」のゆえに歩んで行っている。はじめから「超現実」なのではない。ロマンティスムの祖ゲエテ、ベートォヴェンが最大の例だろう。)「外界(自然)を写す窓に映る自我の姿。」私はこういう文句を幾度か書いたが、多分どこかでリルケがそのようなことを書いていて、そこから暗示されたのだろう。そしてまた、――もの(対象)と自我との間には、自我が照応できるだけの感覚、つまり「もの」と「自我」は直接結び合えるものではなく、(東洋流の「直感」ではない。)相方の照応がなければ、「自我感覚」とはならない、即ち両者の間に透明な幕[エクラン]が存在する。しかしこの幕はなかなか危険で、自分の感覚に雑物が入ると引幕[パラヴァン]になってしまうというようなことを文章に書いた。これは私が歩んできた思索経路が、読書よりも、むしろヨーロッパで「人間が創った美」の無数に直に触れ得たことにあるからだろう。
…「自我」の孤独を自分の思索経路によって示した者、ヨーロッパ思想、思索に深い影をさすこの「魂の孤独」が「神」に結ばれる。これが私のフランス生活が与えてくれた「感得」であり、そこにこそ「運命」の意味がある。

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〔森有正〕

盲目のアンドレ・マルシャルやガストン・リテーズの神の如き演奏を聴く時、音楽の美しさは、自己克服を<完了した人>への讃嘆と相まって、その感動は限りなく高まるのである。そしてこのことは<もの>を創り出すという人間経験の普遍的、本質的な面について、同じように言うことが出来ると思うのである。そしてこういう努力こそ一人の人間が一人でいる限りにおいてのみ出来ることなのである。またそこから出て来る喜びは自分だけが本当に判るのである。私の知っている或るオルガニストは夕暮時、ひと気のないほの暗い会堂の中で、自分の背後にあるリュック・ポジティーフのパイプ群の入っている箱の戸を開けて、演奏しながら自分の音楽に聴き入っていた。それによってその人は、自分にうち克つことを主観的感情ではなく、美しい音楽の中に確かめていたのである。

一番大切であると思われることは、バッハの音楽は、他の大部分の音楽を超えて、我々に我々が一人一人の人間であることを本質的に要求する音楽である、という点である。その点でバッハの音楽は本質的にヨーロッパ的である。

ある日、高田博厚さんが私のオルガンを聴きにスタジオへ見えたことがあった。
  高田さんは彫刻家でまた画家でもあり、すなわち造形芸術家であるが、音楽にも深い関心と鑑識力とを持っておられ、同氏が音楽や音楽家について書かれたものからは、いつも多くのことを学んでいる。高田さんは私がバッハのコラール前奏曲を二つほど弾くのを聴いておられたが、弾き終ると深いため息をつき、「これは君の心の窓だね」とひとこと言われた。それからまた「君の演奏にこういう衝動的なものがあるとは思わなかった」と言われた。この二つの言葉は私が自分でも気がつかないでいた私の中の音楽の意味を、要約して説明しているように思われた。この言葉は決して賛辞ではない。私における音楽の意味の認知である。