ルオー 「サラ」 1956
宗教的絵画の巨匠晩年の絶作。この晴れやかな光彩はまさにspirituel な世界のものである。表情にイザベルさんの面影が感ぜられる。実娘のイザベルさんは円熟期のルオー最大の協力者であった。訪問したルオー家の居間にはこの実画が画架に掛けられて在った。どうして相互に似ていないことが、似てこないことがあろうか。これが巨匠最後の作であったことは幸いなことである。現実世界がどんなであろうと、愛の想念(イデー)が人間に求めるものは変わらない。これはルオーのイデアリスムの証の作品であると思う。写真は全体を再現していないが、ぼくがこの画から受けた本質印象をよく留めていると感ぜられ、愛着するのでこれにした。説明的・概念的構成などこの期のルオーには勿論一切無く、内に輝く感覚のみで描いている。そのようにして繰り返しキリストの受難の顔を描いた彼が最後に描いたのはサラであった。
〔サラは旧約「創世記」第18章・第21章で話題となるアブラハムの妻。年老いて神の告知通り息子イサクを産む。「神はわたしを笑わせてくださった。」とある。〕