その時、Blue Fieldは純化された空間に――稲松三郎、万感の引退試合 | KEN筆.txt

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BGM:谷村新司『儚きは』

 

12日はニコニコプロレスチャンネルにてSEAdLINNNG1・26後楽園ホール大会と稲松三郎引退興行2・5Blue Field大会の実況へ。SEAdLINNNGのコメンタリーは久しぶりだったが、メインの高橋奈七永vs中島安里紗戦が男子プロレスしか見ていない層にも響く激闘に。会場では自然発生的な拍手が起こった。

 

この試合のあとに中島が入団を直訴。後日、ディアナからSareeeが移籍することも発表され、ここに来てSEAdLINNNGの層が厚くなってきた。それにしても中島は名勝負製造機と呼ぶにふさわしい。もちろん相手の奈七永の力量によるところも大きいが、上がるリングが変わったことによる対戦相手の広がりが臨めれば、新たな流れを生み出していけるだろう。

 

思えば2015年10月、中島のニコプロ生出演中に奈七永がなんの前触れもなくやってきてタッグ結成を呼びかけたところ、キッパリと「断る!」と×を突きつけられたことがあった。しかもその場でアンケートをとったところ、視聴者も「タッグは見たくない」が80%を超え、中島が「SEAdLINNNGに上がりたい」と言うや、これまた「参戦してほしい」が80%以上を占めるという、奈七永にとってはありゃりゃな結果を迎えてしまった。そんなズンドコなやりとりがこの好勝負につながるのだから、プロレスはわからない。

 

そこから間を入れず、例によって別団体(今回は自主興行だが)の実況へと入る。いつもは特に頭の切り替えも必要なくやれるのだが…今回ばかりは構えたね。だって、さぶちゃんの引退興行だから。

 

チケットは前売りの時点で完売。当日は新日本2・5札幌と重なり足を運べず、事前に味方冬樹リングアナウンサーへ「今までお疲れ様でしたとよろしくお伝えください」と言伝を頼んでおいた。

 

稲松引退というのを抜きにしてもその場にいたかった。バックステージは、限りなく“あの頃”に近い雰囲気…いや、あの頃だけでなくKAIENTAI DOJO15年間の歴史がひとつの空間で幾重にも重なったような情景だったのだろう。そう思うと、そこにいられなかったのは悔やまれる。

 

だが、そんな個人的な思いを吹っ飛ばすようなパンパンな入りと熱気がモニター越しにも伝わってきた。2002年の日本逆上陸直後は毎週のようにBlue Fieldへ通っていた。藤田ミノル率いるF-wordsが猛威を振るい、1期生の中で早くから実績をあげた柏大五郎が加入。その頃は土日の興行となるとけっこう入っていて、この日の風景はそれを思い起こさせた。

 

10周年記念大会(2012年4月8日、後楽園ホール)の時も多くのOBが駆けつけたがバトルロイヤルに出場する選手がほとんどで、今回のようにキッチリとカードが組まれる形でこれほどの卒業生たちと現所属組が一堂に会すのは今後あるかどうか。自身の引退興行でありながら、稲松は自分の中にあるK-DOJO愛を具現化したかったのではないだろうか。

 

第1試合に出場した関根龍一は、同日にプロレスリングBASARAの大会とバッティングしていながらBozz連合総長のために千葉へやってきて、引退セレモニーには出られないのを承知で出場し、王子へと向かった。本人や団体の意向もあると思われるが、可能ならば稲松のテーマ曲を関根に受け継いでほしい。一番それが似合う男だからだ。

 

第2試合では現CHAMPION OF STRONGEST-K王者の真霜拳號が反則負けという名の完敗を喫する波乱。自転車で乗りつけ無音のテーマ曲でジョン・ケージばりに登場したDJニラは、K-DOJO所属時代にほしいままとした“千葉の青い稲妻”の異名通りの試合…というか、ワールドを展開。

 

現在、真霜が独走状態でいられるのも、ニラが在野に降り立ったからこそ。仮に現在も千葉にとどまっていたら、勢力分布図はまったく変わっていたかもしれない(maybe)。K-DOJOの興行ではないが、それに準ずる大会でしかもBlue Fieldにてデビルジョーカーが体感できる喜びは、あの頃から見続けてきたファンに対する稲松からの“お返しもの”だった気がする。

 

第3試合ではいつ組んでも精度の高い大石真翔&旭志織が勝利をあげたが、2期生コンビの十嶋くにお&PSYCHOのレア度が観客の心を惹きつけた。こういう時にこそ日本逆上陸第1戦のオープニングマッチを十嶋が務め、K-DOJOらしさを体現した試合を石坂鉄平と見せたという昔話が実況で生きてくる。

 

セミファイナルは1期生トリオとK-DOJO現在形・NEX4の時空を超えた6人タッグ戦。前述通り柏が早くから反体制側に映ったため、本隊の主力だったHi69&ヤス・ウラノとのトリオは記憶にない(ただしHi69と柏は吉田屋で合流)。

 

さすがにこの試合は1期生の巧さが際立った。ウラノのフィニッシュがモダンタイムスというのもシブい。旭の技だが現在、DDTでけっこう使っている。つまり1期生もノスタルジーではなく現在形として闘ったということである。

 

どの試合もK-DOJOファンにとってたまらない風景が次々と現出し、そしてメインを迎える。現在のプロレス界にたった2人だけ残っている5期生同士の一騎打ち。火野はこの試合を最後にヒジの手術を受けるため欠場に入ることを公言していた。本来ならばチョップを打てる状態ではないと思われるが、同期の最後の相手を務めたいとの情念が上回った。

 

入ってきた当時から火野はモノが違った。吉田屋のメンバーとしてデビューし、新人離れした肉体で先輩たちを圧倒するその姿を見て、TAKAみちのく代表に「なんであんなすごい男がここを選んだんですか?」と失礼にも聞いたものだった。

 

その凄い男をもっとも間近から見てきたのが稲松だった。こちらは地味な風貌で、どのユニットに属しても主役にはなれず。2人のポジションはどんどん離れていった。Bozz連合の総長となり、CHAMPION OF STRONGEST-Kをやっとの思いで初奪取しながら、直後の防衛戦試合中に負傷して王座転落。

 

どこまでいっても不遇の稲松から見て火野は、いつもその背中を追い続ける存在だった。そんな2人が、これまでの過程を吹っ飛ばし“今”をぶつけ合う。あったのは共通の思いと、それを理解し稲松に力いっぱいの声援を送るファンの気持ち…なんと純化された空間か。

 

混じりけのないBlue Fieldで稲松が泣き、火野も泣いた。顔をクシャクシャにして同期の胸板にチョップを放つ。いつ、誰を相手にしてもふてぶてしい表情を崩さなかった男が、哀歌(エレジー)の似合う戦友の姿に心を揺り動かされていた。

 

▲思い残すことがないようノーガードでやり合う2人。やがていずれの表情も泣き顔に…(写真はKAIENTAI DOJO公式HPより)

 

余力が残っていない稲松を見つめたまま火野が動かない。3カウントを獲ったら自分以外の人間のプロレスラー人生にピリオドを打ってしまう。引退試合の相手を務める誰もが味わう重い重い葛藤である。

 

火野はそれを振り切りfucking bombで叩きつけ、それさえも返し最後の最後までプロレスラーとしての生命力を見せつけた稲松を“世界一”の名がつくジャーマン・スープレックス・ホールドで大往生させた…世界一の同期のために。

 

▲自身にとって最大級のフィニッシュホールドで同期の現役生活にピリオドを打った火野。まさに介錯と表すにふさわしい最後だった(写真はKAIENTAI DOJO公式HPより)

 

いつでもバイプレイヤー的存在だった稲松三郎の引退試合が、ここまでドラマティックでソウルフルになるなど誰が予想しただろう。引退セレモニーでも多くのOBが駆けつけ同じ5期生で引退した石川はじめさん、ロミー鈴木さんもリングに上がり4人で一枚のショットに収まった。

 

▲稲松と後列左から鈴木さん、石川さん、火野の5期生

 

今大会の放送は、タイムシフトで訪問者数が伸びまくり、最終的には1400人を超えた。つまり視聴した皆さんが何かを感じ、拡散していただいた結果である。この日の模様を見た者は「稲松のために」との思いに駆られたはず。

 

プロレスラーにとって実績が大切なのは言うまでもない。でも、同時に人間そのものを見られる。稲松はまさにその人間の部分で思い入れを持たれる男だった。直接的な接点がなくとも、13年間の立ち位置を見続けることでそれがファンにも伝わった。仲間たちに胴上げされてBlue Fieldを卒業した千葉のラストサムライは、愛する奥様とともに地元である埼玉県三郷市で第二の人生をスタートさせる。

 

落ち着いたら、また会いたい。現役中はさんざん「新橋のガード下が業界一似合う男」などとはやし立てながら実際には一度も足を運んだことなどなかったから、待ち合わせ場所はそこにしようと思っている。

 

▲引退の10カウントゴングが打ち鳴らされると、味方リングアナウンサーのラストコールとともにものすごい数の紙テープが投げ込まれた(写真はKAIENTAI DOJO公式HPより)

 

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