KEN筆.txt

鈴木健.txtブログ――プロレス、音楽、演劇、映画等の表現ジャンルについて伝えたいこと

【編集&執筆媒体情報】
〔書名〕月刊スカパー!2017年3月号
〔発行〕ぴあ株式会社
〔発売日〕2月24日(金)
〔価格〕500円
〔内容〕連載「鈴木健.txtの場外乱闘」第40回のゲストはDDT・高木三四郎選手。「秀吉の立身出世のような旗揚げ20周年ビッグマッチ」と題し、3・20さいたまスーパーアリーナ大会への意気込みを語っています

〔書名〕ローカルプロレスラー図鑑2017
〔一般頒布〕http://supertakoyakimachine.com/directory/3153/
〔内容〕特別寄稿「プロレスと大衆の距離を近づけた地方団体の“かな”のようなやさしさ」を執筆。地方発信団体の元祖・みちのくプロレスから現在まで続くローカルプロレス団体の意義について書いています




〔携帯サイト名〕週刊プロレスモバイル
〔コーナータイトル〕「EYEコラム」月曜更新「週モバ野郎NOW」
〔2月20日更新〕がんと闘う女子プロレスラー・亜利弥’引退興行の支援について

〔雑誌名〕月刊ローチケHMV 2017年3月号
〔価格〕無料(フリーペーパー)
〔配布場所〕全国のローソン、ミニストップ、HMV
〔内容〕たこやきレインボーインタビュー記事を執筆。関西を拠点に活動する女子5名によるユニットが4月より始まる5大都市ツアーについて、そして結成当初からの夢である「甲子園進出」について語っています
〔WEB版〕関西の良さを世界へ届けたい。たこ虹の全部乗せパワー



〔サイト名〕FIGHTING TV SAMURAI公式サイト
〔コーナータイトル〕鈴木健.txtの場外乱闘番外編
〔URL〕http://www.samurai-tv.com/jougai_full/
〔2月3日更新〕第19回ゲストはスターダム・紫雷イオ選手。「まだ思い出すと目に涙が浮かんできちゃうぐらいに残っています。それでも『私はプロレスをやってしあわせです』って言えるんです」と題し現在の姿からは想像できないデビュー時の話、あの事件についての当時と現在の心境、さらには10年目を迎えての夢などを語っています。10年の集大成的ロングインタビュー

〔サイト名〕中日新聞プラス 
〔コラム名〕達人に訊け!「鈴木健.txtの文化系名古屋プロレス講座」
〔URL〕http://chuplus.jp/blog/list.php?category_id=237
〔1月19日更新〕岩本煌史の新たなる道がスタート――老舗・全日本プロレスのリングで孤高の芸術を極めよ!

【TV出演情報】
〔本放送〕
■サムライTV「DDT3・20さいたまスーパーアリーナ大会生中継」:3月20日(月)13:00~19:30/リピート放送:3月20日(月)20:00~26:30、3月26日(日)8:00~14:30
※実況:村田晴郎、コメンテーター:鈴木健.txt
http://www.samurai-tv.com/

■GAORA SPORTS「WRESTLE-1 3・20後楽園ホール大会」:3月30日(日)23:00~25:00
※実況:高橋大輔、解説:鈴木健.txt
http://www.gaora.co.jp/wrestling/1776080

〔リピート放送〕
■サムライTV「DDT2・19後楽園ホール大会生中継」:2月25日(土)13:00~16:30、3月7日(火)22:00~24:00、3月8日(水)20:00~22:00、3月9日(木)8:00~10:00、3月10日(金)18:00~20:00、3月11日(土)13:00~15:00、3月14日(火)18:00~20:00、3月20日(月)11:00~13:00
※実況:村田晴郎、コメンテーター:鈴木健.txt

■サムライTV「DDT1・29後楽園ホール大会生中継」:2月28日(火)16:00~18:00
※実況:村田晴郎、コメンテーター:鈴木健.txt

■GAORA SPORTS「武藤敬司プロデュースPRO-WRESTLING MASTERS2・8後楽園ホール大会」:2月24日(金)25:00~27:00、3月7日(火)24:00~26:00、3月19日(日)27:00~28:58
※実況:高橋大輔、解説:鈴木健.txt

テーマ:
BGM:清水健太郎『失恋レストラン』
 
8日はプロレスリングマスターズ後楽園ホール大会へ。レジェンドが集結する大会は「レジェンド・ザ・プロレス」という先行例があり、武藤敬司のプロデュース大会としてどんなカラーになるのか注目されたところ、フタを開けてみると1589人(超満員札止め)の入りに。そこで繰り広げられたのは、名優たちによる、名シーンの数々が繰り広げられる、現代版のプロレス名画座だった。
 
 
この日詰めかけた客層はやはり年配の方々が多かったが、その沸きようは若いファンさながら。つまり、大のオトナたちが童心に返って楽しめるものがそこにあったことになる。もともとプロレスは、そういうものだった。
 
メイン終了後、ニコニコプロレスチャンネルスタジオへ急ぐべくすぐ会場を出たところ、5Fから降りてきたおじさんとおばさんのグループ数名が「いやあ、プロレスはやっぱり最高だわ!」と口々に言い合っていた。言葉使いが若返っているその様子を目撃し、マスターズの意義を実感したのだ。
 
テーマ曲、コスチューム、得意技、決めのポーズ、いつか見たあの攻防…プロレスには、いくつもの共通言語があり、それが見られた瞬間に一体となれる。マスターズはその要素がこれでもかとばかりに詰まっているから、独特な空間が現出したのだろう。
 
メインイベントは昭和の名調子といえばこの方、田中ケロリングアナウンサーが務め「時代は変われど絶対に変わらぬものがこのリングにある。蘇る、テレビの前で客席で、手に汗握り熱く燃えた時!」と前口上を響かせ、平成維震軍を呼び込んだ。この日のために新調された黄色い道着(当時は赤、青、黒。越中詩郎のみ白袴を履く場合も)に身を包み越中、ザ・グレート・カブキ、AKIRAに“覇”と記された大旗を振りながら齋藤彰俊が登場。セコンドには黒服姿の青柳政司がついた。
 
 
この時点での盛り上がりは完全に90年代。そこへ武藤、獣神サンダー・ライガー、長州力、藤波辰爾の順でピン入場。この中に入ると“プロレスリングマスター”の武藤がもっとも若いという、とんでもない世界が現出。
 
 
今では、開始のゴング前にテレビカメラがリング内に入りコールされる選手をアップでとらえるのは当たり前の光景。だが、そこに長州がいると「蹴飛ばされて追い出されるのでは」という緊張が走る。ツワモノ揃いの中でも、やはり威圧感は突出している。
 
 
序盤から得意のヒップアタックを全開する越中。58歳とは思えぬ打点の高さに場内がどよめく。維震軍は太鼓の乱れ打ちも披露。これも昭和の技であり、長州とアニマル浜口が革命軍(のちに維新軍へ)を結成したさい編み出した合体技だ。
 
中盤まで捕まった武藤に対し、カットに入ったライガーが「しっかしろ!」とばかりにストンピングを放ったシーン。これもWRESTLE-1ではあり得ない。公式プロフィルの生年月日は1989年4月24日で現在27歳のライガーだが、闘魂三銃士のひとつ上の先輩とあり、このあたりは容赦ない。
 
 
ピンチを脱した武藤のあとを受けた長州が右腕を振るう。リキ・ラリアットこそ不変のフォーム。そして彰俊の見事なまでの受けっぷり。松永光弘と同級生だった学生時代、彰俊は水泳部で活躍し気合を入れるために「パワーホール」をかけていたというおとぎ話がある。誠心会館の一員として新日本に殴り込んできた彰俊を最初に認めたのも長州だった。
 
 
藤波と武藤によるドラゴンスクリュー→足4の字固めの二重奏。ロイヤリティーに関しては口うるさい武藤だが、さすがに藤波へ請求することはないと思われる。
 
 
シャイニング・ウィザードがカウント2で返される。その時、小佐野景浩さんによると長州が指をクルクルと回し武藤へムーンサルト・プレスをリクエストしたらしい。大先輩に言われたら出さざるを得まい。今もってヘビー級とは思えぬ飛距離とスピードを誇る一発で、AKIRAから3カウントを奪取した。
 
 
4人揃っての勝ち名乗りも、そこに長州がいるのはレア。基本、勝負が決した直後に手を挙げたらすぐにリングを降りてしまうからだ。だが、この日は藤波とライガーにうながされエプロンからもう一度ロープをまたいで、この名シーンが実現した。
 
 
敗者チームが最後に残ったものの、それを包んだのは万雷の拍手。越中の『SAMURAI』がエンド曲となったがまったく違和感がないばかりか、むしろ観客は大喜び。
 
 
この日のラインナップは全5試合。にもかかわらずモノ足りなさは微塵もなく、むしろ満腹感が得られたほどだった。それはおそらくメインに加え、セミファイナル(ウルティモ・ドラゴン&獅龍&アンディ・ウーvsNOSAWA論外&MAZADA&ディック東郷)によるところが大きかったと思う。この試合こそが、まさに“達人”のプロレスだった。
 
全員ルチャがベースにあり、その神髄を存分に見せつけた一戦となったわけだが、とにかくやることなすことがわかりやすい。もともとプロレスは言語を必要としない表現ジャンルであり、中でもルチャは技を出さずとも選手同士のやりとりだけでオーディエンスを手の平に乗せることができる。開始後5分ほどは観客にコールを要請→少ないとリングを降りて帰ってしまう→続きが見たい観客がコールを送る…といった“お約束”だけで引っ張った。
 
そして獅龍が入るとルチャムーブの定番である欽ちゃんジャンプを披露。この日は海援隊☆DXを結成する前の、みちのく正規軍として闘っていた頃のコスチュームを引っ張り出しメキシコからやってきた。
 
 
また中盤には、獅龍とアンディが対角線上で振られながら同士打ちを回避→それを見た東京愚連隊のお二方が俺たちもできるぜとばかりに振られ→どっちも上に飛んでかわそうとしたため激突する…というベッタベタな一幕も。さらにはルチャの華であるエストレージャも完成。
 
 
ベタすぎるほどにベタなシーン続出により、客席が楽しげな笑顔に包まれる。『アオイホノオ』で佐藤二朗演じる少年ジャンプの編集者・MADホーリィも「車田正美のベタを見習え!」と言っていたように、お約束の意義を理解することでエンターテインメントは間口を広げられる。プロレスは、ベタと闘いを両立できる他に比類なきジャンルなのだ。
 
お約束に関する見解についてはコチラをご一読ください→「田舎のプロレス」発言と“お約束”の意義について
 
このセミに唸らされたのは、中盤まではそうした楽しませるところに比重を置きつつもところどころに細かい技術をはさみ込み、そして終盤になると加速がついたかのように華麗な技をキッチリと決めて観客を最後まで引っ張った点。つまり“緊張と緩和”が絶妙だった。
 
仮に我々のような素人がお約束をやっても人を惹きつけられない。常人ではマネできぬ卓越したスキルを身につけた者たちが繰り広げるから、達人のプロレスたり得る。セミに顔を揃えた6人はレジェンドというより今なお現在形。その分、今大会の主旨の中だと引きが強い方ではなかった。
 
にもかかわらずセミにラインナップされたのは、そういうことだったのだ。どんなに華麗で、どんなにベタであっても、試合が終わった時に思ったのは「凄いものを見た」だった。
 
 
そんな中、コクという点で他の追随を許さなかったのが第3試合。74歳のグレート小鹿と67歳の藤原喜明が、それぞれ熊ゴロー、芦野祥太郎をパートナーに激突。この試合、組長に対する小鹿さんの負けん気が尋常ではなかった。
 
序盤は噛みつきなど得意の小賢しい攻めを見せていた小鹿さんが、いきなりロープ付近でフルネルソンの体勢となったため「すわ! 74歳のドラゴン・スープレックスが見られるのか!?」と身構えてしまったのだが、そこから崩れるようにグラウンドへ持ち込みコブラクローへと移行。フルネルソン→首絞めという常識を覆すつなぎを見せた。
 
 
さらに、組長がアキレス腱固めを決めるも小鹿さんは露骨なまでに痛がりながらテコでもギブアップせず。そればかりか普段、あまり見せることがないアキレス腱を取りにいく。これがしばしの間続き、最後は「このまま続けてもラチがあかねえなあ」とばかりに組長の方がロープへ。年の差でサブミッションの攻防を制してしまうのも、小鹿さんぐらいのものだろう。
 
 
そんな組長も最後は名刀の斬れ味・ワキ固めで熊を捕獲。パートナーの芦野の方が嬉しそうだった。
 
 
そんなやりとりを、スマホをいじりながら観戦していたエゴサーチの鬼こと高木三四郎WRESTLE-1大CEO。登場したレジェンド勢の直撃世代だが、マスターズが起ち上げられた時に次のようなことを言っていた。
 
 
「プロレスがゴールデンでやっていた頃に活躍されていた方々っていうのは、本当にすごいものを持っているんですよ。若い人たちにとって刺激になるはずだし、やっぱりW-1の選手にも見てほしいですよね。仮にマスターズの方が集客したら、W-1の人間は悔しくならないとウソだと思うんで。そういう意味でもいい相乗効果を生み出すんじゃないかと思っています」
 
じっさい、観客動員で本体を圧倒的に上回る結果となった。出場した選手以外にも会場で観戦していたW-1勢はあちこちにいたが、プロレスの素晴らしさを満喫しただけでなく、どうやったらこの世界観と勝負できるかを各自考える必要がある。
 
大会終了から40分後には「ニコプロ一週間」でその模様を速報。ゲストコメンテーターの小佐野さん、そして第2試合で大森隆男とのノーフィアー対決をおこなった高山善廣さんと“大のオトナ”が興奮しながら語りまくった。懐メロであっても単なるノスタルジーではないこの感覚…次回大会の7月26日が今から待ち遠しい。
 
■GAORA SPORTS「武藤敬司プロデュースPRO-WRESTLING MASTERS2・8後楽園ホール大会」:2月20日(月)23:00~25:00/リピート放送:2月24日(金)25:00~27:00、3月7日(火)24:00~26:00、3月19日(日)27:00~28:58 
※実況:高橋大輔、解説:鈴木健.txt
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テーマ:
BGM:QUEEN『Radio Ga Ga』
 
7日はDDT2・19後楽園ホール大会より発売されるNEWパンフレットの原稿をギリギリで片づけ、ニコニコプロレスチャンネルのKAIENTAI DOJO1・29Blue Field大会中継実況へ。メインの「BO-SOゴールデンタッグリーグ優勝戦」では一昨年11月にデビューしてキャリア1年3ヵ月弱の吉田綾斗が、CHAMPION OF STRONGEST-K王者の真霜拳號から3カウントを奪取し、最上九とのコンビで初優勝を成し遂げた。
 
現STRONGEST-K TAG王者組だけにもはや快挙という言い方は当てはまらないが、それでも真霜から文句なしの勝利をゲットした事実は特筆すべきこと。火野裕士というライバルが千葉を離れた以後は、同じ凶月のタンク永井がS-K王者として新風景を生み出していたものの、外から見れば依然としてK-DOJOは“真霜一強”と映っているのが現状だ。
 
事実、タンク→梶トマト→真霜とベルトが移動し、昨年11月の後楽園で切り札中の切り札的カードだった凶月対決を組んだものの、真霜のバズソーキックをマトモに食らったタンクが戦闘不能状態となり、実質上のKO負けを喫するほど如実に差が表れてしまった。そんな中、2・26スーパービッグショーのTKPガーデンシティ千葉大会では滝澤大志が挑戦する。
 
この一戦に関しては、一強の牙城を崩せるかのテーマで語るものではないと受け止めている。恵まれた体格とWWE(ファーム団体のFCW)での経験から真霜、火野と並ぶポジションをモノとしながら滝澤は2013年に不祥事を起こし、当時保持していたS-K王座を剥奪された。
 
千葉ポートアリーナサブアリーナにて挑戦することが決まっていたにもかかわらず流れてしまった真霜は“その時点でK-DOJOが提供できるベストシングルマッチ”として火野と対戦。両者は真夏のうだるような暑さの中で愚直なまでにバチバチやり合い、38分52秒の激闘の末に火野が世界一のジャーマン・スープレックス・ホールドで勝利をあげた。
 
 
敗者が先にリングを降りると、それぞれの団体への思いが確認できた手応えを分かち合うように、握手を交わした。火野が退団した今、千葉が誇る黄金カードは封印されているが真霜は一連のことを忘れていない。
 
 
本来ならばタイトルを懸けて闘うはずだったあの日…3年7ヵ月もの間、止まっていた時を動かすべく、両者は1対1で向き合う。かつて頂点に立った男は、頭を丸めて練習生として再入寮。謹慎処分が解かれたあとは黙々とセコンド業務をこなし、2015年4月に坊主頭のままリングへ復帰。しばらくは入場時にテーマ曲を使うことなく禊の闘いを積み重ねた。
 
 
昨年4月には吉野コータローとのコンビでS-K TAG王座を奪取。シングルの最高峰にチャレンジし、自らの過ちにより手放してしまったベルトを取り戻すべく這い上がって来られたのは、滝澤がプロレスを通じて自身を改め、生まれ変わろうとする姿勢を見せてきたからだ。
 
 
こうした背景から、今回のタイトルマッチは“ストップ・ザ・真霜”というK-DOJOの宿命ともいえるテーマとは違った位置づけにある。問題はどちらが勝とうともその後に続く選手が出てくるかどうか。その意味で吉田が勝利をあげたことにより、地殻変動の期待が膨らんだ。
 
▲最上九(右)とのコンビでタッグリーグ戦を制した吉田(写真はKAIENTAI DOJO公式HPより)
 
何人もの人間が千葉を離れていく中、15年以上もKAIENTAI一筋でやってきた真霜と、一時はリングに上がる資格さえ失いながらプロレスによって生きることを許された滝澤、そしてあの時代を経験することなく自分の力で新風景を描こうとする吉田。時代は動いているのか、それとも一強のまま変わらぬのか。2017年のK-DOJOは、これまで以上のソウルフルなドラマが待ち受けている予感がする。
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テーマ:
BGM:REBECCA『White Sunday』
 
5日は新日本プロレスワールドの北海きたえーる大会生配信で観戦後、ニコニコプロレスチャンネルの二次会へ。番組用に調べた結果、いくつかの興味深いデータを発掘する。
 
 
まず、11年ぶりの雪の札幌興行と言われていたが、前回の2006年は北海道立総合体育センターではなく、月寒グリーンドームで開催されていた。しかもその前日には札幌テイセンホールでもおこなわれており、会場の規模を変えつつも2連戦だった。
 
月寒のメインは棚橋弘至と中邑真輔3度目のシングルマッチ。連敗を喫していた棚橋がドラゴン・スープレックスで初勝利をあげている。
 
試合後に「中邑と俺の闘いは新しいものを見せないといけなかった。これからは俺が新日本を引っ張っていきます」とコメントし、その通り5ヵ月後の同じ月寒でジャイアント・バーナードを破り初のIWGPヘビー級王座を奪取した。つまり、棚橋時代の幕開け前夜ということになる。
 
この日のセミでは長州力&曙が実現し、蝶野正洋&天山広吉を一蹴。これが横綱の新日本マット初参戦だった。驚いたのはこの日の第1試合でヤングライオンの平澤光秀を破った飯塚高史が、メインのあと本隊を代表し選手会長として「新日本プロレス、いろいろとありましたが、これからもよろしくお願いします」と挨拶をしている事実。
 
まさかその11年後にウガウガ言って荒れ狂うようになっているとは、この時誰も想像していなかったと思われる。では2月のきたえーるがいつ以来かとさらにさかのぼると、2004年2月1日。この年も前日にテイセンホール大会があり2連戦だった。
 
13年前のメインは、天山広吉&西村修vs高山善廣&鈴木みのるのIWGPタッグ戦…そう、驚くべきことに鈴木は「新日本2月のきたえーる」で2回連続メインを張ったのだ。
 
前回はパイルドライバーで西村を沈めて新王者となり、それから13年もの歳月が経ち48歳になっても40分以上も闘うコンディションを誇っている。これもまた鈴木みのるというプロレスラーの凄さを表す事実と言えよう。ちなみに第3試合ではアメリカン・ドラゴンがタイガーマスクに勝利。言うまでもなく、のちのWWEスーパースター、ダニエル・ブライアンである。
 
さかのぼるとさまざまなものが見えてくるのがプロレス。もちろん目の前の試合を楽しむだけでも満足度は高いと思われるが、ちょっと調べれば見方が増幅する。
 
 
そんな中、オカダ・カズチカと鈴木みのるの一戦はさまざまな角度からの見方が成り立つ内容となったわけだが、ひとつ印象的だったのはオカダの肝の座りっぷり。鈴木は言葉や仕掛けによってジワジワと追いつめ、さらに試合でもその凄みで相手を飲んでしまう。ザックリ言うと威圧感だ。
 
だがいざ対戦すると、確かに負傷個所である右脚を徹底的にいたぶられもがき苦しんだものの、精神的プレッシャーに襲われているようには映らなかった。おそらく今後のオカダは、鈴木に限らず誰と闘っても恐れることなく試合をするだろう。
 
1・4東京ドームのケニー・オメガ戦…誰もが絶賛し、現代プロレスの最高傑作とまで評されたあの試合でオカダが得た最大のものは「これを経験してしまえば恐怖心など芽生えない」という自信だったのだと思う。
 
シングルでは初対決となる相手だけに、戦前の未知なる部分に対する警戒心は並大抵ではなかったはず。何をしてくるのか、どこで想定外のことやってくるのかまるで読めぬ相手ほど怖いものはない。
 
にもかかわらずあそこまで自身を全開とさせたケニーの攻撃を46分にも渡り受け続け、それでも屈することなく耐え凌ぎ、勝利へとたどり着いたとあれば今後リング上で何があっても、オカダが気持ちで下回るシチュエーションは考えにくい。あれを体感したら、恐れるものなど何もなくなって当然である。
 
だからこそ敗れた鈴木は勝ってベルトを獲るだけでなく、そこを切り崩すべく再びオカダの前に立つはず。裏を返せば、それができるのは鈴木しかいない。今回は負傷個所を攻めるところに見る側のポイントが集中する一戦だった。仮に再戦が実現したら、その時はまったく違った展開になるような気がする。
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BGM:SHOGUN『男達のメロディー』
 
4日はまずプロレスリングZERO1道場へお邪魔し、DNA2・23新宿FACE大会へ参戦する将軍岡本、曙両選手を取材。「ニコプロ一週間」の人気コーナー「邪道情報」や「報道カシン」の常連である将軍さんはその中でいくらでも語れる存在なのだが、お会いするのは今回が初めて。
 
週刊プロレスのはぐれIGF軍担当・松川浩喜記者から「岡本さんはいい人です」と聞いていた通りの方で、こんな人をはぐれIGF軍とSMOPの狭間で悩ませるケンドー・カシンは鬼だと思った。本人いわく、まだはぐれIGF軍を抜けたつもりはないのだが、自分の知らないところでカシン及びスポークスマンの鈴木秀樹選手が一方的に情報を発信し、それに対し反発することなくすべてを受け入れた結果、現在のような境遇にいたったのだという。そのあたりの心情も掲載されるので、はぐれIGF軍及びSMOPメイニアは楽しみに待っていただきたい。
 
続いて横綱にインタビュー。1対1の取材は久しぶりだったのだが、話を終えると「最近、レッスルマニアはいってますか?」と振られる。曙さんが出場し、ロサンゼルスのステープルセンターでビッグショーと相撲マッチをおこなった時に現地で取材したのだが(レッスルマニア21)そのことを憶えていただいていたことに驚いた。
 
その年の夏、曙さんが武藤部屋へ入門し初めてプロレスの巡業に参加したさい、それを追って大船渡~釧路~北見と車を運転しついていった。青森から釧路はフェリー移動。その頃、横綱は格闘技のリングでなかなか実績をあげられず苦しんでいた。だが、巡業に出て行く先々で歓迎され、大好きなプロレスを満喫することで一気に表情が明るくなった。
 
道内に入り、全日本の巡業バスの後ろを並走していると、どうも若干左の方の車体が低くなっている。サービスエリアに着いて、当時所属だった本間朋晃に確認するとやはり横綱は左側の座席に座っていたというエピソードがあった。
 
新弟子としてイチからプロレスを学ぶつもりでやっていた曙さんであるが、そこは体が大きいので旅の最中は身の周りを手伝う人間がついた。東京駅から大船渡へ新幹線で向かうところから同行したのは雷陣明だった。
 
親身になって世話をするうち、横綱は「雷陣さん、雷陣さん」とすぐに信頼を置くようになった。ところが巡業初日の大船渡大会で雷陣は試合中に首を痛め、そのまま市内へ入院することとなってしまう。
 
興行を終えた一行を乗せたバスはいったん、雷陣が運ばれた病院に寄ってその日の宿泊地である一関へと向かった。この時の曙さんは、本当に去り難そうにしていた。翌日、青森へ出てフェリーに乗ってからも「雷陣さん、一人になっちゃって寂しいでしょうね」とポツリ。笑顔に満ちた巡業も、その名前を出す時ばかりは曇ってしまう。
 
翌日からは代役として本間と、雷陣の同期・諏訪魔(当時は諏訪間幸平)がついた。本間がムードメーカーとなり、3人による珍道中が繰り広げられたのもいい思い出である。
 
あの時、プロレスをやれる喜びを味わっていなければ、その後に三冠ヘビー級王座まで到達していなかったかもしれない。だから今でも横綱は真摯な姿勢でリング上に打ち込んでいる。
 
▲2013年10月27日、両国国技館で初の三冠ヘビー級王座を獲得。3本のベルトが一本に統一され初めて手にしたのが横綱だった。笑顔とともに、相撲から転身後の苦悩がこみあげ人前で涙を見せた。その場にいた誰もが、横綱のプロレス愛が報われたと心の中で拍手を送った
 
取材後はニコニコプロレスチャンネルで全日本プロレス1・28鳩山町大会とWRESTLE-1 1・25土肥熊プロデュース興行新宿FACE大会の実況。時系列的には逆だが、どちらの中継にもSUSHIが登場。先に全日本所属としてのラストマッチを見たあと、その3日前にプロレスリングACEの頓所準を相手にサビの効いた闘いについてしゃべる。
 
もともとこのキャラクターは当時、全日本所属だったBUSHIのパートナーXとして登場したもので、はじめにBUSHI在りきだった。だが、本家(?)が新日本へレンタル移籍(その後所属に)した以後もSUSHIはSUSHとしてのカラーを模索し続け、気がつけば団体のムードメーカーとなっていた。
 
▲今後はフリーとしてプロレス活動を続けていくSUSHI。すでに全日本3・3&4沖縄大会への参戦が決まっており、鳩山町大会では秋山社長に突っ込まれていた
 
前歴の頃は何をやっても恥ずかしそうで、一生懸命であるがゆえにいっぱいっぱいだった。その純朴さがチームメイトから愛されたが、やはり本人はプロレスラーとして何かを残したいという願望があったと思われる。周りからは文字通りネタ的なものに見えても、SUSHIとはようやく出逢えた自己表現の場だったのかもしれない。そうでなければ、あの男が「へいいらっしゃい!」などと、ベタなことを人前で照れずに言うまでいたらなかっただろう。
 
秋山準との所属ラストマッチが終わるとまるで引退試合のような雰囲気となり、すかさず「SUSHI、お疲れ様でした」と大量のコメントが流れくる中、本人がマイクで「引退じゃありません!」と言って笑いを誘った。このあたりのイジられっぷりは、あの頃と変わっていなかった。
 
曙さん初の巡業風景を思い起こしたあとに、SUSHIの全日本ラストマッチを見る――そんな一日だった。
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テーマ:
BGM:THE MODS『激しい雨が』
 
1日の「ニコプロ一週間」より、レギュラーコメンテーターだった佐藤正行・週刊プロレス前編集長の枠は週替わりとなった。誰がゲストで来ようとも、その席は“天然枠”とし、佐藤さんのスタイルを踏襲していただくことになる。
 
その第1回はプロレスTODAY編集長・柴田惣一さん。新日本2・5札幌決戦生中継の解説として現地入りするとのことで、防寒対策で髪の毛が増量されていた。とはいえ、札幌は寒さだけが敵ではなく、雪が積もっているため転倒にも気をつける必要がある。どうか「滑らないように」とお伝えする。
 
 
翌日の札幌大会直前座談会にも出演し、全試合の見どころと勝敗予想をしていただいた。柴田さんはあの著しくコミュニケーションがとりづらいことで定評のある飯塚高史とも「ウガ」のワンワードで会話が成り立つ稀有なマスコミ。いわく「同じウガでもアクセントの違いで感情を伝えるんです」とのことで、要はO次郎のバケラッタのようなものだ。
 
プロレス界では飯塚さんに限らず「ウガ」で通すプロレスラーが意外といる。その中でも有名なのはW★INGプロモーションやIWAジャパン、新生FMWで活躍した怪奇派レザー・フェイス。チェーンソーの爆音を鳴らしながら「ウガーッ!」と雄たけびをあげるばかりでなく、それ以外の表現もすべてウガだった。
 
「レザーが叫ぶ以外の感情を出すことなんてあったのかよ! そんなの見たことないぞ。どうせねつ造に決まっている。こうなったら解約してやる!」という方も中にはいるだろう。ところがあったのだ。一時期、レザーことマイク・カーシュナーはある事情によって日本へ入国できなくなり、その頃に上がっていたIWAジャパンが何食わぬ顔をして“2代目”をこしらえた。
 
2代目を務めたリッキー・パターソンは素顔でW★INGに来日しており、巨体ながら場外ムーンサルト・アタックを決めてファンをどよめかせたほどのテクニシャン。ちなみに、その髭の形から「パターソンはハンセンタイプ」と週刊ゴング誌のキャプション(写真説明)で称された。
 
ハンセンタイプとの言い回しは初めて目にするもので、そんなタイプがあるのかよ!と突っ込みつつも、そのセンスは見習わなければとも思った。しばらくは、この2代目がウガウガと暴れていたが、1994年のIWAジャパン横浜文化体育館大会に初代が出現、ついに2代目と対面する。
 
当然、両者とも怪訝そうな様子で相手を品定めするかのように見る。この時のレザーが、まさに叫ぶ以外の「ウガ」で、柴田さん的な表現を用いると「ウ…ウガ?」という感じ。「レザー・フェイスは一人で十分だ。ニセモノはいらねえ。ウガーッ!」となるかと思われたが、最終的にはお互いを認め合ったようで合体の道を選んだ。
 
そしてその年の12月13日、松戸市運動公園体育館で中牧昭二&小野浩志の初代血みどろブラザーズ(現在、大日本プロレスで活躍する植木嵩行&高橋匡哉のチーム名は、2代目の中牧&山川竜司を経てこれがルーツ)と対戦。姿はほとんど変わらなかったが、便宜上“オリジナル・レザー・フェイス&レザー・フェイス組”とされた。
 
▲画質が著しく悪いが、当時のビデオより。左がオリジナルで右が2代目
 
「五寸釘・有刺鉄線・四面地獄タッグデスマッチ」でやりたい放題狂いまくった2体のレザー。初代は松永光弘との五寸釘ボードデスマッチで名をあげただけにスパイクネイルの使い方がうまく、木の板の端に無数の釘を打ちつけた“五寸釘ブラシ”を手足のように扱っていた。
 
この五寸釘ブラシだが、W★INGフリークスの中にはレザーがそれを手にした瞬間、興奮のあまり「五寸釘歯ブラシ!」と叫ぶ方もいた。ブラシが正しいか歯ブラシが正しいか…これは大きさにもよるのだろうが、いずれにせよブラシとは磨くことによってきれいにするためのものなのに、それが釘ではそもそもブラシでもなんでもないのではとも思ってしまう。
 
それはさておき、小野浩志のビッグファイアーに虚を突かれて2代目が丸め込まれたものの、腹いせに五寸釘ボードへ投げっ放し合体パワーボムで叩きつけるなどして血みどろブラザーズを血みどろにしたレザー・フェイスズ(仮)は控室へと消える直前、例によって咆哮をあげた。この時、新たな事実が明らかになった。
 
初代レザーが「ウガーッ!」と叫んだのに対し、2代目は「ウンガーッ!」だったのである。それまでは同様の雄たけびをあげていたとばかり思われていたのが、じっさいに聞くと微妙な違いがあったのだ。
 
ヤングバックスを見分ける場合、もみあげの長い方がマット、バラモン兄弟を見分けるさいは両手にオープンフィンガーグローブを着用しているのがケイといった法則がある(globeはKEIKOとすれば憶えやすい)。以後、我々マスコミは「ウガ」の言い方によって初代と2代目を見分ける絶対的自信がついた…はずだったが、翌年に初代は新生FMWへ移籍しリングネームをスーパー・レザーにチェンジ。見分けをつける必然性がなくなってしまった。
 
柴田さんの“ウガミュニケーション”から果てしなく話が飛んだが、以上のように怪奇派を語る上でウガは欠かせないことが伝わっただろう。先のエントリーでも告知したが、2月末のニコプロ「鈴木健.txtのオールナイトニコプロ」は、怪奇派特集なのでこういう話が嫌いじゃない方はお集まりいただきたい。
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