KEN筆.txt

鈴木健.txtブログ――プロレス、音楽、演劇、映画等の表現ジャンルについて伝えたいこと

【編集&執筆媒体情報】
〔サイト名〕中日新聞プラス 
〔コラム名〕達人に訊け!「鈴木健.txtの文化系名古屋プロレス講座」
〔URL〕http://chuplus.jp/blog/list.php?category_id=237
〔3月22日更新〕全日本プロレス入団2ヵ月でジュニアリーグ戦初優勝とタイトル挑戦…岩本煌史、開花!

〔書名〕月刊スカパー!2017年4月号
〔発行〕ぴあ株式会社
〔発売日〕3月24日(金)
〔価格〕500円
〔内容〕連載「鈴木健.txtの場外乱闘」第41回のゲストは大日本プロレス・植木嵩行選手。「新世代デスマッチファイターは元警官」と題し、現在開催中の「一騎当千」についての意気込み等を語っています

〔携帯サイト名〕週刊プロレスモバイル
〔コーナータイトル〕「EYEコラム」月曜更新「週モバ野郎NOW」
〔3月20日更新〕「13年続けられたDDT中継から見た20年の変遷史」

〔雑誌名〕月刊ローチケHMV 2017年4月号
〔価格〕無料(フリーペーパー)
〔配布場所〕全国のローソン、ミニストップ、HMV
〔内容〕GLIM SPANKYインタビュー記事を執筆。3枚目のミニアルバムや6月に東京&大阪で開催される初の野外ワンマンライヴについて語っています
〔WEB版〕http://www.hmv.co.jp/newsdetail/article/1703091018/



〔サイト名〕FIGHTING TV SAMURAI公式サイト
〔コーナータイトル〕鈴木健.txtの場外乱闘番外編
〔URL〕http://www.samurai-tv.com/jougai_full/
〔3月1日更新〕第20回ゲストはDDT・高木三四郎選手。「今の時点で5年先まで見据えています。世界的にもオンリーワンなのかを確認したい」と題した20年の集大成的内容です。3・20さいたまスーパーアリーナ大会前にご一読ください

【WEB出演情報】
〔番組名〕DDTプロレスアワー「男色&亜門のアモトーーク!!」
〔出演〕男色ディーノ、鶴見亜門、鈴木健.txt
〔URL〕http://live.nicovideo.jp/watch/lv293089200
〔タイムシフト期限〕3月23日(木)23:59
〔内容〕DDT3・20さいたまスーパーアリーナ大会直前スペシャル

【TV出演情報】
〔本放送〕
■J SPORTS 3「WWE特別番組日本人スーパースター特集」:3月27日(月)19:00~20:00/リピート放送:3月29日(水)10:00~11:00、3月30日(木)9:00~10:00(この回のみJ SPORTS 4)、3月30日(木)22:30~23:30、4月1日(土)20:00~21:00、4月14日(金)21:30~22:30、4月17日(月)24:00~25:00
※「スカパー!」にて無料視聴可
http://www.jsports.co.jp/program_guide/63514.html

■サムライTV「DDT4・29後楽園ホール大会生中継」:4月29日(土)12:00~15:30/リピート放送:4月29日(土)22:00~25:30
※実況:村田晴郎、コメンテーター:鈴木健.txt
http://www.samurai-tv.com/

■GAORA SPORTS「WRESTLE-1 3・20後楽園ホール大会」:3月30日(日)23:00~25:00/リピート放送:4月5日(水)20:30~22:30、4月23日(日)26:00~28:00
※実況:高橋大輔、解説:鈴木健.txt

■GAORA SPORTS「WRESTLE-1 4・19後楽園ホール大会」:4月29日(土)18:30~20:28/リピート放送:4月29日(土)27:00~5:00
※実況:高橋大輔、解説:鈴木健.txt
http://www.gaora.co.jp/wrestling/1776080

〔リピート放送〕
■サムライTV「DDT3・20さいたまスーパーアリーナ大会生中継」:3月26日(日)8:00~14:30
※実況:村田晴郎、コメンテーター:鈴木健.txt

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BGM:蓜島邦明『Drift Mind』

 

3日はDDT3・20さいたまスーパーアリーナ大会パンフレット用に、高木三四郎&HARASHIMA両選手をインタビュー。大社長はすでに「場外乱闘」が決定版的内容となっているので話が被るだろうなあと思っていたのだが、さすがはひきだしを多く持っている方なのでビタ一文被らず。

 

最近は、プレイヤーではなく経営者としての立場から取材される方が圧倒的に多いため、20年を機にプロレスラーとして振り返ってもらう。じつは経営哲学云々以前に、その中にこそDDTの成功した理由があった。

 

1時間ほど間を置いてHARASHIMA選手と合流。この2、3年ほどでもっとインタビューする機会が多いので、そのつどそのつどポイントを決めて話を始めるのだが、毎回そこから派生していって思わぬエピソードが出てくる。

 

今回も「へえー、そんなことがあったんだ!」という人生の分岐点が聞かれた。そこで別の判断をしたら今回、さいたまスーパーアリーナのメインで20周年を迎えるなどという経験はできなかったはず。やはり人間、さかのぼるとなんらかのドラマが埋もれているものだ。

 

このあたりの話は、本来なら少し早目に出せたら…と、毎回思う。大会パンフなのだから当日売られるのは当然なのだが、試合前の限られた時間にインタビュー内容をインプットするのはお客さんとしてもけっこう大変だろう。

 

その内容をキッチリと頭に入れておけば観戦する上で深みも増し、より楽しめるのだが。これはどの団体のパンフを製作している方も痛しかゆしだと思われる。

 

取材後、いったん自宅に戻り作業し24時からはニコニコプロレスチャンネルで大日本プロレス「一騎当千」全公式戦予想会。最近は、番組枠がとりづらくなっていることもあり、リーグ戦の予想番組は久しぶり。その中でも、このデスマッチサバイバーと全日本プロレスの「チャンピオン・カーニバル」はメンバーの充実ぶりを見るにつけ、やらなければニコプロ民が黙っていないだろう。

 

予想上で台風の目となったのは、プロレスリングFREEDOMSから参戦する吹本賢児。植木巡査&関根龍一という野郎Zの申し子コンビの振るわなさっぷりには目を覆いたくなるばかりとなったので、本番で覆していただきたい。

 

予想の方はAブロックが1位・吹本、2位・伊東竜二。Bブロックが1位・宮本裕向、2位・竹田誠志。準決勝で竹田が吹本を、宮本が伊東を破り、優勝は宮本を退けた竹田という結果に。さて、じっさいはどうなるだろうか。

 

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BGM:高橋幸宏『Extra Ordinary』

 

2日はニコニコプロレスチャンネル2本立て。まずはアイスリボン1・29両国KFCホール大会中継をアイスリボン・はらあいリングアナウンサーとともに。はらさんは昨年末、アイスリボン恒例のクリスマスイベントで進行をご一緒させていただいたことがあった。

 

 

その時、会場設営の都合で我々2人はワイヤレスマイクのスピーカーからもっとも遠い位置で話さなければならず、絶えず音声がブツ切りとなるため一方が言ったことをお互いが反すうするような感じで進めた。単純計算で、同じことを2回言うのだから通常より2倍の時間を要す。

 

そういう聞き取りづらい時こそ、はらさんのような澄んだトーンだと拾いやすい。今回も本職さんの声と比べたら、いつも以上にこちらの鼻声が際立ったことだろう。

 

今大会の第2試合に大崎のゆるキャラ・大崎一番太郎とノン子が登場。ノン子嬢(こう見えて現役女子大生らしい)の大切なプリンを食べたとか食べてないとかで口論となり、その決着戦がアイスリボンのリングでおこなわれることになったのだ。

 

▲アイスリボン公式サイトより。左が大崎一番太郎氏で右がノン子嬢

 

なんともプリミティブな理由で闘いとは発生するものなのだと、改めて教えられた気がした。これを実況するというのだから、常識的な発想であれば無茶振りもいいところなのだが、2015年の「ニコニコ超会議」でゆるキャラバトルロイヤルを場内実況解説した経験がここで生きた。あの時にくまモンが見せたリック・フレアーばりの卑劣な手段は、今思い起こしても見事という以外になかった。

 

▲おびただしい数のゆるキャラがリングに集結したその時の様子。イスとりゲームによる決着戦で、くまモンは音楽が流れている最中にコーナー下へイスを移動させて巧みに隠し、止まるとすぐに座るというヒール殺法を全開させていた

 

そういったゆるキャラならではのやり口を見ているので、この試合も姑息な手段が出るかと思われたが、普通にプロレスをやると両者とも首から上に気まずい事態が起こるとの判断から()、結局はアイスリボンの選手が代理で闘うとなった。このあたりのくだりを、冷静に実況するはらさんは凄い。

 

ニコプロ民の間でも好評だったはらさんがお帰りになられたあと、続いてプロレスリングNOAH・潮崎豪選手の生インタビューに。なんでも新宿で電車が止まったらしく、開始時間ギリギリに飛び込んできた。

 

「駅から走ってきました」とゼーゼー言っている潮崎さんが、そのまま番組で晒される。選手の方がド頭から疲れているというシチュエーションは今までなかっただけに、これは新鮮。それにしても、水道橋の街でプロレスラーがアスファルトタイヤを切りつけながら暗闇走り抜ける光景というのも、なかなかな情景である。

 

3・14横浜文化体育館で中嶋勝彦選手が保持するGHCヘビー級王座に挑戦する潮崎さん。2人は豊作の年と言われた2004年デビュー組である。それ以外には高橋裕二郎、諏訪魔、飯伏幸太、鷹木信悟、フジタ“Jr”ハヤトというそうそうたる顔触れ。

 

その中の2人がビッグマッチのメインでタイトルマッチをおこなうのだから当時、週刊プロレスの中カラー特集で7人を特集したことを思えば感慨深い。後半には息も落ち着き、いつものように笑顔を振りまく潮崎さんだったが、汗をかいたことで風邪をひき、それが原因でタイトルマッチに敗れたらこちらとしても気まずいので、風邪だけはひかぬようにと伝えたのだった。

 

▲はらさんとのツーショットよりもこちらの方が笑顔なのは、別に潮崎さんとそーゆー関係なのではなく「俺たちのはらさんと馴れ馴れしく写りやがって…こうなったら解約してやる!」という一部視聴者からの声が浴びせられるのではという強迫観念によるものなので、ご了承いただきたい

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BGM:中野テルヲ『Let's Go Skysensor』

 

1日は『月刊スカパー!』連載「鈴木健.txtの場外乱闘」用取材で大日本プロレスの道場へ。次号が出る時には「一騎当千」の真っ只中とあって、エントリー選手の中から植木嵩行巡査をご指名する。

 

発売日の3月24日にはリーグ戦も折り返し地点を過ぎており、その時点で植木巡査が優勝戦線から脱落しているようであればじつに困るわけで、国家権力を行使してでも踏みとどまっていただく必要がある。月刊誌は1ヵ月先のことを想定してやらないといけないので、大変なのだ。

 

いつもなら明け透けな鴨居の道場だが、到着すると珍しくシャッターが閉まっていた。聞くとこの日は練習も休みとのことで、植木さんがやってきて開けてくれるまで前で待つ。すると、誰もいないはずの中から何やらうめき声が漏れてきた。

 

何かいやらしいことでもやっているのかと思いきや、植木さんが到着し中へ入るとそこには黙々と練習する星野勘九郎さんの姿があった。休みを返上し、一騎当千に向けてうめくほどのトレーニングを積んでいるのだから偉い。

 

星野さんが練習を続ける中、植木さんのインタビューはスタート。まあ、一騎当千煽りであってないようなものでパーソナルな面が必要以上に伝わる内容となったのだが、こちらが突っ込むと露骨に挙動不審となる。

 

昨年12月におこなったトークイベントでは取り調べアイテムのカツ丼を用意することで自白させることに成功したが、今回は取材なのでそうもいかず口を割るか確信が持てなかった。しかし、なんのことはなかった。気まずいことを聞かれると、なぜかジャージーのポケットから何度もスマホがすり落ちる植木巡査。

 

▲元警察官が取り調べでカツ丼をふるまわれペラペラと自供するトークイベント(2016年12月16日、新宿ロフトプラスワン「大日本プロレスchライヴVol.3」より)

 

インタビュー後の撮影もノリノリで、頼んでもいないのにこんな顔をしていた。数年前までは、JR川崎駅前交番へこういうお巡りさんが本当にいたのだから、世の中恐ろしい。

 

▲じつはこれでもまだ序の口。この顔で「逮捕しちゃうぞ」と迫られたらどんな凶悪犯でも無条件投降するだろう

 

このショット、右手に携えているものまで写り込んでしまうと生々しくなるのでそちらはカットする。1時間ほど取材を続けるうち、星野さん以外にも何人か選手が現れ次々と練習を始める。休みだというのに自主的にやっているのだ。

 

そんな中、いかにも何もやることがなく暇だから来たという感じでアブドーラ・小林プロが登場。ちょうど植木さんが、一騎当千に出場しないデスマッチヘビー級王者をdisっていたところだったので、それを聞くや「俺はサボってんじゃない。史上最大のシードなんだ!」と言い張っていた。おそらく特別扱いされるのが好きで好きでたまらないタイプなのだろう。

 

ところでこの日、カメラマンさんが駐車した道場近くのパーキングに、このような表示が…。

 

 

大日本の道場には、それこそ旗揚げした1995年から何度も足を運んでいたが、てっきり所在地である「池辺町」は“いけべちょう”か“いけべまち”だとばかり思っていた。このような読み方だというのは、地元以外ではけっこう知られていないと思われる。

 

さて、この「場外乱闘」という連載は毎月ゲストを招いてのインタビュー記事なのだが、当然ながら誌面に載せられるのは限りがある。本来ならば8割近くは世に出ないまま終わるが、発行元であるぴあ株式会社編集部及びサムライTVの各担当さんのご理解により、本誌が発売されたあとに全編をサムライTV公式サイトへアップしていただいている。

 

ちょうどこの日、DDT・高木三四郎大社長の回がアップされた。20周年の集大成的内容となっているので、3・20さいたまスーパーアリーナ大会前に熟読していただきたい。

 

▲これほど長い付き合いなのにイベントの壇上を除くと一緒にFIRE!ポーズをやったのは初めて。マスコミは通常やらないようにしているので、カメラマンさんからの要請がなければ実現していない

 

なお、その前の回でデビュー10周年に合わせて語った紫雷イオ選手のインタビューは、ものすごいアクセス数となったそうなので、こちらもどうぞ。いや、女子プロ担当でもない人間によくここまで語っていただいたと思う。

 

その後は恵比寿での体感文法講座をはさみ、夜はニコニコプロレスチャンネル「ニコプロ一週間」へ。今回のゲストコメンテーターは週刊プロレス・井上光次長。このローテーションは週プロ編集部側から出されているので、じつは前日ぐらいまでこちらも誰が登場するのか聞かずにやっている。

 

バラモン兄弟に「あいつは手遅れ」と言われた一人はぐれ週プロ軍団の松川浩喜記者、あのKENSOさんに「泣く子も黙る鬼の宮尾記者」と恐れられた宮尾健史記者、美威獅鬼軍の沙希様に蔑まされることで興奮を覚える加藤朝太記者はどのタイミングで世に晒されるのか。今後の楽しみが尽きない。

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BGM:BOOM BOOM SATELLITES『LAY YOUR HANDS ON THE SUN』

 

あの日からブログはもちろん、ツィッターでもBOOM BOOM SATELLITESについて書けずにいた。川島道行さんが亡くなられた時になんらかの形で追悼の意を残さなければと思っても、11月に催された新木場STUDIO COASTにおけるお別れ会に足を運んでも、140文字のツィートをすることさえためらいがあり、なんらかの情報がリリースされたさいにリツイートするだけにとどまってきた。

 

理由は明らかである。どんな表現をしたところで、BOOM BOOM SATELLITESがやってきた尊敬すべきことを伝える言葉が私には持てなかったのと、もうひとつはやはり川島さんがこの世にいないという現実をずっと受け入れられずにいたからだ。

 

▲2015年5月20日、渋谷CLUB CUATTRO「BOOM BOOM SATELLITES FRONT CHAPTER Vol.4」

 

私は一ファンであって、関係者や取材する側として至近距離から目撃してきたわけではない。持っている情報は何もかもが伝聞であり、そこからひねり出される言葉の説得力などタカが知れている。

 

それでもBOOM BOOM SATELLITESとそのスタッフさんには、前向きにとらえられる機会を与えていただいたはずだった。心のこもったお別れ会は語弊のある言い方をさせてもらえるなら、BOOM BOOM SATELLITESだからこそできるエンターテインメントとして成立していた気がする。

 

▲2016年11月15日、新木場STUDIO COAST「BOOM BOOM SATELLITES MICHIYUKI KAWASHIMA FAREWELL EVENT」

 

ご家族と並び誰よりも辛い喪失感と向き合っているであろう中野雅之さんは、それを表に出すことなくファンに対し何度も何度もポジティヴな姿勢を示し続けた。それでもこれまで2人から与えられたものと境遇を思うと、とてもではないが自分の思いを140文字で済ませる気にはなれず、パソコンのキーボードやスマホに向き合えなかったのだ。

 

あの日から、BOOM BOOM SATELLITESの音楽を聴けなくなった。本来それは、アーティストの本意とは違うはず。何があろうとも、作品に触れられなければ命懸けで伝えようとした思いも理解されない。

 

今、ここで“命懸け”という言い回しをしたこと自体、嫌悪感を抱いてしまう。そんなありきたりの言葉で表してしまったら、川島さんと中野さんがやってきたことが陳腐に映ってしまうという恐れがそうさせる。

 

▲2012年12月6日、渋谷CLUB QUATTRO「“EMBRACE” The 15th Pre Release QUATTRO Premium Party」

▲2013年5月3日、日本武道館「BOOM BOOM SATELLITES EMBRACE TOUR 2013 FINAL」

 

お別れ会へ足を運んだあとも聴きたいのに、耳にしたいはずなのにずっとためらっていた。ようやく大晦日、年越しプロレスの生中継が始まるまで放送席に座りながらBOOM BOOM SATELLITESの曲に触れた。哀しみに浸るのではなく、自分にとっての2016年とイコールで結ばれる川島さんの声を体内に注ぎ、その年最後の自身がやるべきことへ向かうためだった。

 

死して、なお力を与えてくれる川島さん。あの時も、そうだった――。

 

東日本大震災によって、精神的に何も手がつけられなくなった数日間。あれほど身近にあった音楽さえも忘れてしまった3日間があった。目の前に流される信じ難い現実を直視できず、部屋の中で下ばかり見ていた。

 

そして4日目、まるで救いを求めるようにiPodへ手を伸ばし、PLAYにタッチすると流れてきたのは『BACK ON MY FEET』だった。それまでロックの心地よさとエクスタシーを感じるためのナンバーだったのが、ガラリと表情と言葉を替えて耳に飛び込んできた。あれほどノリのいい曲が、このシチュエーションでは涙腺を決壊させるほどの心に染みるものとして作用したのだ。その時、私はようやくこうツイートした。
 
「あの日以降忘れていた音楽。3日も聴かなかったのはいつ以来か。ようやくiPodに手を伸ばす気になりBOOM BOOM SATELLITESの『BACK ON MY FEET』を聴く。ハイスピードのロックが涙腺に染みることもある。音楽は、時と場合によってその役割を自在に変えられる」(当時、書いたブログから転載)

 

▲2012年12月6日、渋谷CLUB QUATTRO

▲2013年5月3日、日本武道館

▲2014年3月18日、渋谷CLUB QUATTRO「BOOM BOOM SATELLITES TOUR 2014 STARTING OVER」

▲2014年7月2日、EX THEATER ROPPONGI「BOOM BOOM SATELLITES EX THEATER PREMIUM LIVE SERIES~GO LIVE VOL.2」

 

聴けないと思う一方で、リスナーとして救いを求めてしまう。都合のいいことなのはわかっているが、自分にとってBOOM BOOM SATELLITESの音楽はこれからもそういう距離感で息づいていくのだと思う。

 

今年に入り、ベストアルバム『19662016』リリースに併せてイベントや関連書籍の発刊が続いている。そのうちのひとつとして、初回特典に同梱されるライヴヒストリーを追った映像のライヴビューイングが28日、全国9ヵ所で催された。

 

上映前におこなわれた中野さんのトークセッション(会場は新宿バルト9だったが、その他の会場でもスクリーンで生配信された)を聴いたあと、ライヴを中心としたドキュメンタリー映像を1列目から見上げるように眺めるうち、喪失感が埋められていくような気がした。本来ならば構えたり恐れたりすることなく、音や映像を通じ2人の存在を感じることで乗り越えていくべきなのだと。

 

そのための力は、いつだってBOOM BOOM SATELLITESが与えてくれるのだから。

 

▲2015年5月20日、渋谷CLUB CUATTRO

これは2012年3月17日、富山県南砺市の福野文化創造センター円形劇場ヘリオスにてPOLYSICSとのツーマンライヴを見にいった時に、ライヴ終了後のツイートに対しありがたくも川島さんにしていただいたリプライである。一ファンのつぶやきにまで対応し、その中でも伝えることに対する深いこだわりと姿勢を表していた。

 

それ以前にも、震災後のライヴMCで川島さんは「僕らは音楽家として責任ある発言をしなければいけないと思いつつ、新しい音楽を作っています」と言ったことがあった。ロックのコンサートで“責任”という言い回しは初めて聴いたので、強く心に刻まれたのを憶えている。

 

▲2014年3月18日、渋谷CLUB QUATTRO

 

この仕事をしていると、伝えることの難しさに直面するのが常である。もちろん自分がやっている規模と同列化するのはおこがましすぎるが、アーティストとして高いところから見下ろすのではなく、リスナーと同じ目線で自分の本音を包み隠さず見せる川島さんに感銘を受けた。

 

同じ140文字でも、伝わるものは伝わる。それは日々の中でその人がどれほどのことをやってきたかによるのだと思う。

 

スクリーンを通じ今、目の前に在った川島さん。ライヴビューイングの終了とともに、またほかの手段で喪失感を埋めていくとともに力を与えてもらうのだと自分に言い聞かせたところで、目の前に驚くベきテキストが浮かんだ。

 

 

息を飲んだ。それがどんな形になるのか現時点ではわからない。ただ、川島さんの存在が感じられる場を設けてくれることへの感謝があふれるように湧いてきた。

 

「BOOM BOOM SATELLITESという存在は僕にとって切っても切り離せない大切なもの。だから今は“BOOM BOOM SATELLITESの中野雅之”として生ききろうと思い始めています。これから川島くん以外の人と音楽を作るということになっても、自分がBOOM BOOM SATELLITESの大事な片割れであることは忘れずに生きていこうと思ってます」

 

▲2014年3月18日、渋谷CLUB QUATTRO

 

トークセッションで中野さんは、そう語った。そこに川島さんがいないのではない、これからはより川島さんと一心同体となった中野さんが我々に力を与えてくれるのだろう。

 

力を与えられたり、前向きになれたりしているのは川島さんがこだわっていた“伝えること”がしっかりとなされている何よりもの証明である。BOOM BOOM SATELLITESとしての活動は終了しても、その音楽は聴く側の姿勢によってより絶大なものとなるはず。そんな力を、誰よりも中野さんが信じている――。

 

▲2014年7月2日、EX THEATER ROPPONGI

 

音の質感と意思/BOOM BOOM SATELLITES LIVE

2010年10月2日、幕張メッセにて初めてBOOM BOOM SATELLITESのライヴを見た時のリポート

ロックのライヴで聞いた“責任”という言葉と、伝わった姿勢/BOOM BOOM SATELLITES at 恵比寿LIQUID ROOM

2011年12月28日、恵比寿LIQUIDROOMライヴ

BOOM BOOM SATELLITESが緊急事態で公演延期に…その時、現場は音楽のジャンル力によって乗り越えた

2012年4月1日、新木場STUDIO COASTで開催される予定だったサカナクションとのツーマンライヴが川島さんの急な体調不良により直前で中止に。サカナクションのみが公演をおこなう

エモーショナルな音のバトルとウェットな言葉のコントラストによるバンドらしさ/BOOM BOOM SATELLITES「BRANDNEW CHAPTER~GARDEN OF DELIGHT~」
4月1日の代替公演としておこなわれた6月23日、新木場STUDIO COASTライヴ

音楽を通じた“with”の力…武道館へ疾走するBOOM BOOM SATELLITESという運動体

2012年12月6日、渋谷CLUB QUATTROライヴリポート。オフィシャルでオーディエンスによるリポートを募集する企画があり、そこで書かせていただいたためライヴ後にメンバーの話を聞いた上で執筆

 

 

 

 

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BGM:DURAN DURAN『Ordinary World』

 

26日はニコニコプロレスチャンネルのKAIENTAI DOJO TKPガーデンシティ千葉大会生配信実況のため会場へ。MAと生だったら、現場の臨場感を感じつつ喋れるので断然生の方がやりやすい。

 

久しぶりにJR千葉駅へ来たのだが、工事が進んでおり別の駅のごとく豪華になっていてビックリ。もっと早目に来ていろいろお店をまわるべきだった。だが、そんな中でも千葉モノレール改札近くにあるミスタードーナツに寄るのだけは忘れない。

 

市役所前駅からてくてくと歩いて十数分、ガーデンシティ千葉へと到着。K-DOJOが発掘したこの会場は地元のファンの間でもすっかり定着したようで、子ども連れが多かった。

 

用意した別の映像などないニコプロの場合、休憩時間中は生のため話だけでつなげなければならない。たいていは後半戦の勝敗予想などをおこなうのだが、この日は売店でTシャツが売れず立ち尽くすリッキーさんの哀愁漂う姿が晒されていた。

 

大家健のインディペンデントワールド世界ジュニアヘビー級王座挑戦表明でニコプロ的にはバッコミが無音になり、映像だけあのテンションで盛り上がるというシュールな時間帯があったものの、いい感じでメインへ。この日は、真霜拳號vs滝澤大志のCHAMPION OF STRONGEST-K戦に尽きた。

 

開始のゴングから2分近く、場内が水を打ったように静まり返った。そんな中でチビっ子たちの「マシモー」「タッキー」という声のみが響く。この空気感を伝えるべく、その間は一切実況で言葉を発さず。シーン現象はUWF系で見られたが大人の観客が緊迫する一方、子どもは応援したい一心で声援を飛ばすというのがK-DOJOの会場らしかった。

 

▲K-DOJO公式facebookより

 

ていねいに真霜の脚を集中的に攻めていく滝澤。トップロープにかけた上にコーナー最上段からムーンサルト・アタックを放つという奇策も見せる。試合が進むに連れて消耗戦となっていった。こうなると条件反射的に頭へ浮かんでくるのが2015年2月22日、同じTKPでおこなわれた真霜と火野裕士による34分20秒の末に両者KOとなった一戦。

 

もちろん滝澤と火野のタイプは違うが、それに匹敵するやり合いによって場内にはうねりのような空気が発生し、大人も子どもも飲み込まれていった。最後は垂直落下式ブレーンバスターで叩きつけられながらムクリと起き上がってきた滝澤を介錯するような真剣(バズソーキック)で、真霜が31分12秒の果てに勝利。まるで3年7ヵ月前の過去を断ち切り、ここから改めて2人の新章が始まるかのような壮絶なる結末だった。

 

▲K-DOJO公式facebookより

 

この日の滝澤を見て、子どもたちはどう思っただろう。その中にこそ、答えはあったように思う。試合後、週刊プロレスの戸井猛道記者が「5ページあっても足りないですよ!」と興奮気味に言っていた。日曜の試合はどうしても残りのページ数が決まっているため(土曜の時点で埋めなければならない)内容によって調整をつけるのに限界がある。

 

だが、たとえ1ページであっても起こったことや何が伝わったかを最大限に表現するのが週プロイズム。戸井記者はその情熱を限られた中でぶつけるだろう。番組内でもメインは絶賛された。

 

前述した真霜vs火野戦もニコプロで中継され、2ヵ月後の後楽園ホールにおける再戦はサムライTVで放送。その年の「日本インディー大賞」ベストバウト賞では、後者の試合が上位に入るほどの評価を受けた。

 

それはサムライTVを通じ、多くの会場に足を運べなかった視聴者が見たからにほかならない。ただ両方見た一人としては、前者の方が強く印象に残った。

 

「まだ早いけど、今年のベストバウトだよ!」というコメントが真霜と滝澤に対し贈られた。もしも今年の末になってもその思いが変わらなければ、たとえ中継媒体がどこであろうとも日本インディー大賞に投票していただければ、体を張って闘った2人が一つの形として報われる。

 

もう、滝澤が報われてもいいだろう――。

 

【関連エントリー】吉田綾斗勝利の地殻変動と、真霜拳號vs滝澤大志3年7ヵ月越しの禊

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