他人から自分を呼ばれる時、皆さんはどんなふうに
声をかけられますか?

私は若い頃は『こうちゃん』が多かったですね。
今でも親戚の人からはこう呼ばれています。

そして、だんだん歳を重ねてくると『公平君』や『公平さん』に
なって来て、今ではこの呼ばれ方が主流です。
『田中君』や『田中さん』とは、あまり呼ばれないような
気がします。


これは、『田中』が一般的過ぎて、一人を特定するには難しく
それに比べて『公平』が凄くユニークな名前で
(この頃は、桐生公平や森公平なんかいるけど、私の若い時には
 ほとんど同じ名前の人はいなかった)
特定しやすく、覚えやすく、また呼びやすい名前
だからなんでしょうね。


そして、この覚えやすい名前のおかげで、随分人生で
得した事が多かったように思います。
良い名前を付けてくれた親には、本当に感謝しています。

たまに『不公平』とか『ハム平』とか言われるけど、
まあそれも善し。
ギャグになるからね。



しかし、この名前の後に来る名称が、自分にとっては
問題なのです。

『先生』です。

作曲家として世間に認知されるようになってから、この名称で
呼ばれる事が多くなりました。

『田中先生』『公平先生』です。

最初は(今も?)、凄く居心地が悪く、身体中がむず痒い感覚が
ありました。

だって呼ばれた方に何も教えた訳ではなく、そんなに偉くもなく、
ひどい時には面識すらない人に、このように呼ばれる時には
凄く違和感を感じます。

職種のせいなんでしょうが、この『先生』
と無条件で呼ばれる職業に、当然ながら「学校の先生」
これは本当に先生なんだから問題ない。

「政治家」「弁護士」
これは少しニュアンスが違うけど、偉いと言う点ではまあOKかも。


しかし、我々作家が、なぜに『先生』なのか良く分からない。

昔からの慣例と諦めれば良いのですが、いまだに慣れません。


お亡くなりになったヤマトの宮川泰さんは、絶対に『先生』と
呼ばれるのがお嫌いで、そう呼ばれるたびに
「先生と呼ばないで欲しい」事を相手にいちいち
伝えておいででした。

私も宮川さんを「先生」と呼んだ事があります。

その時即座に
「田中君、先生とは呼ばないでね。僕はそんなに偉くないからね」
とおっしゃいました。
(いえいえ無茶苦茶偉いんですけど)

ただ、その後に
「本当に先生と呼ばれる事が多くて、その都度、
こんな事を言うのは正直疲れるんだよね。
でも、言わないとその人はその後ずっと、先生って呼ぶのでね」

立派ですなあ。
嫌な事をなあなあにしないで、その場で相手に伝える手間を
惜しまない。
さすが宮川先生!(って先生て呼んじゃった)


私も出来れば、『公平さん』と呼んでいただけたら嬉しいです。
と言って、宮川さんのようにいちいち否定するほどでもないの
ですけどね。


良く言うじゃないですか。

『先生と呼ばれるほどの馬鹿でなし』って。