2型糖尿病の原因遺伝子 | 生活習慣病の予防

2型糖尿病の原因遺伝子

2型糖尿病は多因子遺伝だが、特徴に人種差があることが分かっている。

日本人の糖尿病は欧米に比べ肥満度が低い(文献1)。欧米の糖尿病の平均BMIが30前後であるのに対し、日本人糖尿病の平均BMIは23台という報告もある(JDCS)。日本人の膵臓のインスリン分泌能力が欧米人より低いため、欧米人ほどの肥満には耐え切れずに糖尿病をより早期に発症すると考えられている。


人の遺伝子は4種類の塩基が連なってできており、3つずつでひとつのアミノ酸を表している。ただし全ての遺伝子がたんぱく質と対応しているわけではない。たんぱく質の構造をコードしている遺伝子部分をエクソンと言い、その間のたんぱく質をコードしていないつなぎ部分の遺伝子をイントロンという。イントロンも遺伝子発現メカニズムに重要な役割を果たしている。


遺伝子を構成している塩基の配列には多様性がある。一塩基のみの多様性が、集団内で1%以上の頻度で見られる場合、これをSNP(single nucleotide polymorphism; スニップ)という。ある人種集団のSNPを同定し、SNPを用いて特定の多因子遺伝病の原因遺伝子などを検索する研究手法をGWAS(Genome-wide association studies;ジーヴァス)という。


欧米では全ゲノム(全遺伝子)のSNPが同定され、2型糖尿病の原因遺伝子が検索された結果、およそ20個の原因遺伝子が同定された。もっともSNPがイントロンに存在する場合は、そのSNPがその近傍のどの遺伝子と相関しているかが正確に同定されているかどうかは確実ではない部分もあるだろう。


日本では、国立国際医療センター研究所などで国家予算によりGWASによる糖尿病の原因遺伝子が探索されている。まずは日本人のSNP 10万個が同定され(全遺伝子の15-30%をカバーする)、GWASによりひとつの2型糖尿病の原因遺伝子が同定された(国立国際医療センター研究所 K. Yasudaら、文献2)。その遺伝子はKCNQ1という。日本人2型糖尿病の原因遺伝子発見のニュースは新聞などでも報道された。


このSNPはイントロンに存在した。アリル頻度(このSNPが日本人のどれくらいに見られるか)は30-40%。2型糖尿病のオッズ比は1.4。中国、韓国で同程度のオッズ比が再現された。


KCNQ1は欧米で同定された原因遺伝子には入っていなかったが、調べてみると欧米人にとっても2型糖尿病の原因遺伝子であった。欧米のGWASで同定されなかった理由は、欧米でのアリル頻度が低いためであると判明した。北欧でのアリル頻度は5%、オッズ比は1.3。


KCNQ1蛋白とは、電位依存性Kチャネルのサブユニットのひとつ。今まではQT延長症候群やAfとの関係が知られていた。


日本人の全SNPを用いたGWASによる2型糖尿病の原因遺伝子の探索が進行中であり、おそらく20個程度の遺伝子が同定されるであろうと予想されている。


3年後には一人の人の全ゲノムが10万円程度で解読できるようになるだろうという予想もある。医学はいよいよポストゲノム、テーラーメード医療の時代に入っていこうとしているのですね。たとえば、TCF7L2のアリルを有すると、SU剤に反応が悪いことが報告されている(文献3)。


それにしても、2型糖尿病の原因遺伝子がおよそ20個とは。2の20乗は約100万。単純に計算すれば、100万通りの体質に応じた糖尿病治療がありえるということ(実際にはそうはならないでしょうが)。生活習慣の上では食べすぎ・運動不足に過ぎない2型糖尿病も、遺伝子上はとてつもなく複雑な病気だということですね。


文献: 

1.Energy intake and obesity in Japanese patients with typer 2 diabetes. Lancet 363:248-249, 2004

2.Variants in KCNQ1 are associated with susceptibility to type2 diabetes mellitus. Nature Genet. 40:1092-1097, 2008

3.Variation in TCF7L2 influences therapeutic response to sulfonylureas: a DoDARTs study. Diabetes 56:2178-2182, 2007


追記:


この手法で検索できる糖尿病の原因遺伝子だけで、糖尿病の発症を予測することはできないようだ。


commonな遺伝子だけでなく、特定の糖尿病グループだけに存在するより限局的な原因遺伝子を検索する必要がありそうだが、全ゲノムのスキャンをするとなるとさらなるパワーゲームになる。


遺伝的にヘテロな集団である糖尿病の体質解明は、そう簡単に解決しないのですね。