若さを纏い精神の充実を謀る | 失敗続きの自分が見つけた成功への道しるべ

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「若い」

年齢を重ねる事に、
この言葉を自分に向かって放たれたとき、
快感を覚えるのはなぜだろうか。

誰もが平等に毎年1歳、年齢が増える。

これは避けられない事実。
だからかもしれない。

自分の「若さ」には期限があると
感じてしまうのは。

普段意識することはないが、
無意識のうちにそう認識しているようだ。

■極めた先に「美」がある

永遠には続かない儚いものであるから憧れ、
自分の手からこぼれ落ちないように、
必死にすくい上げる。

その姿は自分以外の者から見たら、
滑稽に思えるかもしれない。

しかし、そんなのは関係ない。

永遠に続かないとわかっていても、
その期間を延ばそうとする姿勢は、
この世の誰であっても否定することはできない。

手は届かないかもしれないが、
「若さ」を追い続け、極めようとする姿にこそ、
「美」があるのではないだろうか。

筋肉を成長させるため、
歩くとき、椅子に座るとき、階段を昇るとき、人と接するとき、
すべての所作に気を遣う。

背筋は伸び、スッと大地を踏みしめる脚。
動きは軽やかになり、生気に満たされる。
表情は豊かさを増し、輝きを纏う。

すべての活動が「若さ」に直結することで、
動きにメリハリが生まれ、「美」を得るのではないか。

■精神世界の充実

我々はアスリートなのかもしれない。

スポーツといわれる競技に属していなくとも、
「若さ」を探求するということに関して、
心血を注いでいる。

その活動は苦しいものではない。
むしろ楽しいのだ。

まるでタイムスリップしたかのように、
年月と逆行する容姿。

次第に視界が変わってくる。
憧れ・羨望の眼差しが注がれるようになる。

顔トレはその一環を担う。

人生を楽しむため、
精神的満足感を得るために、
自分はこの活動を続けていくのである。