弁護士(医療と法律研究協会副協会長)・河上和雄氏に聞く | kempou38のブログ

弁護士(医療と法律研究協会副協会長)・河上和雄氏に聞く

弁護士(医療と法律研究協会副協会長)・河上和雄氏に聞く
警察はあくまで医療事故を独自に調査
“事故調”第三次試案に異議、厚労省の権限強化にすぎず
橋本佳子(m3.com編集長)
 先週、厚生労働省は医療事故の原因究明などを行う第三者機関の創設に向けた「第三次試案」をまとめた。医療関係者が注目している第三者機関と刑事手続について、同試案では「新たな仕組みでは、警察・検察が専門的な調査を尊重する仕組みになる」と強調する。だが、東京地検特捜部長・最高検公判部長を歴任し、現在は弁護士の河上和雄氏は、「これは法律を無視したものであり、到底受け入れられない」と問題視する。(2008年4月7日にインタビュー)


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東京大学法学部卒業、ハーバード大ロースクールグラデュエイトコース卒業。1958年に検事任官。東京地検検事としてロッキード事件捜査などを担当、法務省公安・会計課長を経て83年東京地検特捜部長、最高検公判部長を歴任。弁護士、北海学園大学・駿河台大学教授。
   ――最も医師が懸念しているのは、医療安全調査委員会と刑事手続の関係ですが、この点について問題があると。

 厚生労働省の医療安全調査委員会(以下、調査委員会)の議論自体には、法務省も警察庁も関与はしていますが、十分に詰め切れていません。第三次試案では、調査委員会がまず医療事故の調査を一括して行い、故意などの事例は警察に通知し、そこから捜査が始まるという仕組みを想定していますが、果たして警察や検察は了解しているのでしょうか。

 こうした仕組みを作るためには、刑事訴訟法の改正が必要ですが、第三次試案では触れることができなかったのでしょう。刑事訴訟法上では、警察や検察が捜査権を持つと定めています。第三次試案では、調査委員会の通知がないと捜査ができないような書き方をしていますが、これは法律を無視するものであり、到底受け入れられないでしょう。

 ――第三次試案では、「別紙3」という形で刑事手続との関係を補足説明しています。「捜査機関は謙抑的に対応する」「刑事手続については、委員会の専門的な判断を尊重しつつ対応」などと書かれています。

 謙抑的に対応するのは当たり前の話です。また、警察・検察が捜査を進めるにしても、調査委員会の意見を尊重することは考えられます。ただそれは、どれほど信頼できる組織を作るかにかかっています。これまでは医師同士のかばい合いなども見られたわけです。本当に信頼できる権威のある組織を早急に作ることができれば、いずれは厚労省が考えたように、警察・検察がその調査結果を尊重する時期が来るかもしれません。さもなければ、全然相手にしないことになります。

 ――調査委員会の調査結果が信頼できる意見であるかどうかは、実績の積み重ねで判断するのでしょうか。

 そうだと思います。ただし、それまでの間に、医師や医療者が何らかの問題を起こすと、捜査機関はそれを放置していいのかということになります。結局、捜査機関は独自に動くわけです。

 さらに第三次試案では、遺族が告訴した場合にも、「警察は、調査委員会の専門的な判断を尊重し、調査結果や委員会からの通知の有無を十分に踏まえて対応することが考えられる」としていますが、「考えられる」だけであって、「考えられない」場合もあるわけです。

 要するに前述のように、厚労省は警察や検察と議論はしたのでしょうが、それが第三次試案に全然入ってきていないのです。

 ――それはどの辺りから読み取れるのでしょうか。もう少し教えてください。

 この第三次試案は、医師の故意や過失に基づいて、患者の死亡もしくはそれに近い医療事故が起きた場合に、厚労省は「今後の医学の発展のために」という大義名分を掲げて死因の調査を行うというものです。しかし、故意などを犯した医師について、その責任を追及する姿勢が全然ありません。「俺たちに任せろ、われわれの調査結果を見て、俺たちが言ったことだけを捜査しろ」という書き方をしていますが、前述の通り、刑事訴訟法を改正しない限り、それはあり得ません。

 ――第三次試案では冒頭に「調査委員会は、責任追及を目的としたものではない」と掲げています。

 それは当然の話です。厚労省には、責任追及、つまり刑事罰や民事罰を課す権限がないからです。法体系を変えない限り、あり得ないことを、あり得るように書いているのは、非常にミスリードさせるものではないでしょうか。

 行政処分にしても、「現在、医師法等に基づく処分の大部分は、刑事処分が確定した後に、刑事処分の量刑を参考に実施されているが、委員会の調査による速やかな原因究明により、医療事故については、医療の安全の向上を目的とし、刑事処分の有無や量刑にかかわらず、医療機関に対する医療安全に関する改善命令等が必要に応じて行われることとなる。行政処分は、刑事処分が確定した後に、刑事処分の量刑を参考に実施されているが」とあります(別紙3)。

 厚労省は行政処分の独自の権限があるにもかかわらず、今まで実施してこなかったこと自体をまず問題視すべきです。調査委員会を作ったからといって、厚労省が新たにできるようになるのでしょうか。

 ――刑事処分はどう適用すべきだとお考えですか。

 医師や医療関係者から刑事罰から解放して、医学の発展のために医療事故の原因究明などを行う。そういう考え方を進めていくと、医師や医療関係者が何をしようと、犯罪にはならないことになります。しかし、それでは世論の支持は受けられません。特に医療過誤で家族を亡くした遺族にとっては納得できないわけで、あり得ないことです。

 厚労省が医学的な観点から調査などを行い、医療事故を客観的に評価して、医療の透明性を確保する、それは結構なことです。しかし、刑事責任や民事責任を追及するのは別の話で、厚労省の仕事ではありません。  

 ――それでは先生は第三次試案をどう見ているのでしょうか。

 厚労省が医師の立場に立つことは必要でしょう。それはいいのですが、医師の立場に立ち、刑事罰や民事罰から医師をできるだけ遠ざける、調査委員会が一手に引き受けるという形で厚労省の権限を強化する方向性を出したのが第三次試案だと思っています。それも法律を無視して、厚労省の力が及ばない警察・検察に対して、調査委員会の言うことを聞かなければならいないとしています。

 第三次試案の「おわりに」の部分に、「本制度の確実かつ円滑な実施には、医療関係者の主体的かつ積極的な関与が不可欠となる」とあります。この試案は、関係省庁の権限を奪う内容なのですから、「厚生労働省の広い視野からの検討と、関係省庁との十分な連絡が必要」と書くべきです。けれども、こうした観点が欠如しています。  

 ――そのほか、第三次試案の問題点があればお教えください。

 遺族のことにほとんど言及していないのも問題です。例えば、「解剖や診療経過の評価を通じて事故の原因を究明し、再発防止に役立てていく仕組みが必要である」とあります。医師と遺族が全く異なる話をすることは多々あります。医学的に調査するならば、医師の一方的な言い分だけはなく、遺族からも話を聞くべきでしょう。

 そのほか、医療事故の届け出範囲を明確化するとありますが、果たして明確化できるのでしょうか。さらに、死亡事故ばかりを想定しているのですが、身体障害を伴う事故も当然考えなくてはいけないのではないでしょうか。(異状死の届け出を定めた)医師法第21条を中心に考えているから、このような案になったのだと思います。  

 ――現行制度についてお伺いします。「医療に詳しくない警察が捜査する」などと問題視する声が多いのも事実です。

 確かに医師法第21条の届け出先は、警察の刑事課にしているので、初めから「犯罪か」という見方をせざるを得ない現在の仕組みは問題だと思います。いきなり「犯罪だ、捜査だ」というのではなく、届け出に客観性を持たせるために、犯罪捜査を目的としない組織がまず受ける。そして警察は、調査委員会の意見を参考にしたり、警察が独自に抱えている医師の意見、さらには遺族の意見などを幅広く聞いて、捜査に入るか否かを決めるといった仕組みがいいのではないでしょうか。

 ――警察も専門的な調査を行う組織を必要としているわけですね。

 その通りだと思います。ですから、しっかりとした調査機関を作るべきだと思います。その調査機関の目的は二つあります。一つは、医学的な発展のために医療事故の原因究明などを行うことにあります。これは医師が中心となって取り組めばいいでしょう。

 もう一つの目的は、医療事故が故意や過失なのかどうか、刑事責任を追及すべきかという観点から調査を行い、警察に対して材料を提供することです。こうした調査組織は、厚労省単独でできるものはなく、関係省庁が協力して取り組むべきことです。  

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