混迷する“医療事故調”の行方◆Vol.7 「医師法21条自体はなくならない」-佐原康之氏 | kempou38のブログ

混迷する“医療事故調”の行方◆Vol.7 「医師法21条自体はなくならない」-佐原康之氏

混迷する“医療事故調”の行方◆Vol.7 「医師法21条自体はなくならない」

“医療事故調”のシンポで厚労省担当者が発言 橋本佳子(m3.com編集長)

“医療事故調”を担当する、厚生労働省医政局総務課医療安全推進室長の佐原康之氏。  


日本集中治療医学会と日本麻酔科学会の共同開催による緊急市民公開講演会、『「萎縮医療」、「たらい回し」をストップするための緊急提言』が2月16日、開催された。  その席上、“医療事故調”を担当する、厚生労働省医政局総務課医療安全推進室長の佐原康之氏は、「(異状死の届け出を定める)医師法21条の改正はしなくてはならないが、この条文は残る」と発言した。その上、「医療安全調査委員会ができれば、基本的に警察はこれを活用するが、遺族から告発を受けた場合、警察が絶対に動かないとはいえない」とした。


 “医療事故調”に反対する医療者の最大の懸念は、現在の厚労省案が刑事手続と連動する仕組みになっている点だ。佐原氏の発言は、厚労省案では、21条への届け出と警察の第一次的な捜査は、“医療事故調”に代わるとしながらも、その運用には曖昧さや例外も残ることを示唆する。  そのほか、医療事故をめぐる現状認識や今後の議論の進め方について、医療側と患者側、行政当局との認識の差が浮き彫りになったことも、本講演会の特徴と言える。

 この日の講演会の出席者は以下の通りだ。


1) 厚労省案と検討会での議論の説明 厚生労働省医政局総務課医療安全推進室長・佐原康之氏 

2) 患者側弁護士の立場からの発言 医療問題弁護団代表・鈴木利広氏  

3) 現場の医師の立場からの発言 愛知県厚生連海南病院集中治療部・西田修氏 

4) 日本麻酔科学会からの提言 癌研究会有明病院麻酔科部長・横田美幸氏


 4人の演者に対して、フロアから活発な質問が行われた。

 “医療事故調”と刑事手続の連動への懸念とは、以下のようなものだ。  

 横田氏は、「自己に不利益な供述を強要されない権利がある」という憲法38条の黙秘権を引用し、「死因究明と刑事手続を連動させる場合、黙秘権との関係はどう整理するのか」と指摘した。“医療事故調”の一番の目的は死因究明・再発防止にあるが、この連動があると、正確な情報が出ず、死因究明ができない恐れがある。  

 西田氏は、刑事手続との関連だけがクローズアップされているが、民事手続との関連も重要であると指摘した上で、こう述べた。「人が一人死んでいるわけだから、(実施した医療行為が)100点満点だったという報告書が調査委員会から返ってくるとは思わない。調査委員会はレトロスペクティブに見るのであり、再発防止の観点もあるので、報告書には、『○○すればよかった』『○○は問題だった』など80点くらいの評価になり、マイナス20点分は将来に向けての再発防止についての提言として出されると思う。この報告書を基に民事裁判になったり、警察に通報されらたまらない。マイナス20点分が、『専門家が出した医療側の過失の証拠』として解釈される可能性がある」


 「『死文化』『謙抑的に』は法治国家ではない」  


 厚労省の佐原氏は、“事故調”をめぐる議論の経緯、制度の骨格を解説した上で、刑事手続との関連については以下のように述べた。 

「新制度に基づく届け出(義務化される予定)を行えば、医師法21条に基づく届け出は不要にしてはどうかと考えている」

 「著しく問題のある事例、例えば故意や重大な過失、事故を繰り返したり診療録を改ざんするなど悪質な事例については、調査委員会から警察に通知する。警察は通知の有無を踏まえて捜査を開始するという形を考えている」

 「重大な過失とは何かという問題があるが、結果の重大性ではなく、『患者の死亡』、イコール重大な過失というわけではない。むしろ、医療者としてやるべきことの水準からどのくらい逸脱しているのかということ」


 各演者の講演後、帝京大学ちば総合医療センター救急集中治療センター教授の福家伸夫氏は、「調査委員会ができると、21条は死文化するのか、なくなるのか」とフロアから質問した。それに対する答えが、冒頭の発言だ。「21条の改正はしないといけないのではないかと考えている。しかし、21条自体は(路上で倒れた人なども想定されるため)なくならない」(佐原氏)。

  「遺族が告発した場合でも、警察がすぐ動くことはせず、調査委員会に調査を依頼する、と厚労省は説明しているが、遺族が告発する権利は失われるのか」との福家氏の質問には、「今はこうした仕組みがないから、やらざるを得ないが、新しい制度ができれば、警察は調査委員会を使うと言っている。ただ警察が、絶対に動かないということはない」と佐原氏は答えた。  「法に詳細を書かなくても、21条を死文化する、あるいは警察が謙抑的に動くなど、運用上で対応すれば問題ない」とする厚労省と、「運用の曖昧さ」を懸念する医療側とのギャップがある。これが、“医療事故調”と刑事手続をめぐる議論が進展しない要因だろう。  


 この点を突いたのが、参議院議員(民主党)である鈴木寛氏の発言だ。「死文化とか、謙抑的になど、行政府が勝手に法律の運用を緩めたり、あるいは厳しくするのは法治国家ではない。法律の制定や見直しの際は、現場と目指すものは同じであるはず。解釈の余地は極力解釈少なくし、現場の実態と合わせる努力をすべき。 “医療事故調”について大筋で反対する人はいない。ただ、“特効薬”には副作用も多く、使い方によっては死に至ることもある。同様に、“医療事故調”もディテールが重要であり、議論を尽くして、合意点を見い出してほしい」。  「患者側からの働きかけで真相究明が行われてきた」  


 次に、「医療事故をめぐる現状認識や今後の議論の進め方」をめぐる相違について。まず患者側の認識を紹介しよう。  患者側の弁護士を務めることが多い鈴木氏は、「事故については、航空機事故など様々な分野で、事故報告・原因究明、再発防止、被害者への対応、行政処分、さらに例外的だが刑事処分を行うのが一般的。医療現場で、こうした取り組みが始まったのは、(横浜市立大で患者取り違え事件が起きた)1999年以降のこと。医療現場では、日常的な安全対策のほか、報告・原因分析がほとんどされないままに来た」などとし、「最短で今年の通常国会で法制化ができたとしても、インフラ整備のために2年程度はかかる。早急な議論が必要」と指摘した。  

 さらに、鈴木氏は、「99年以前は起訴されるのは年2~3件程度で、それ以降も年に十数件程度と少ない。被害者は民事訴訟に訴えざるを得ず、患者側からの働きかけで真相究明が進められてきた。医師は『真相究明は再発防止にだけ使い、法的責任は追及しない』と言っているような気もする。それが行われず、患者さんが立ち上がったのが現状。真相究明や再発防止、被害救済も含めて連立方程式をどう解いていくのかが重要」と述べた。  99年の東京都立広尾病院で起きた医療事故の被害者家族の永井裕之氏は、「99年以降を見ても、交通事故については国を挙げて取り組んでおり、大幅に減っているが、医療事故はどの程度減少したのか。なぜ“医療事故調”をやるのか、日本の医療をよくするためにやるのではないか。それなのに、今の議論は、医療者の主張が通りすぎていないのか。しっかり議論してほしい」と医療者の真摯(しんし)な取り組みを要請した。


  「ヒトとカネを投入し“医療崩壊”を食い止めることが先決」 


 これに対して、診療関連死の死因究明などの必要性は認めながらも、医療者側からは、「議論の拙速は避けるべき」「今の“医療崩壊”を食い止め、事故を起こさない体制作りが重要」などの意見が上がった。 

 東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム部門准教授の上昌広氏は、「この件について、舛添厚労大臣は国会の場で『まだ議論は成熟しておらず、継続的な議論が必要』などと発言している通り、コンセンサスが得られているとは思わない」と述べ、拙速は避けるべきと強調した。  

 済生会栗橋病院副院長の本田宏氏は、「全国で今、“医療崩壊”が起きている。人もお金も少なく、医療事故が起きるような過酷な労働条件で働いている。こうした状況は放置したまま、その結果としての医療事故をどう扱うかという議論を先にやっても、問題は解決しない。事故を防ぐために医療レベルを上げる、そのために医療提供体制を充実させる方が、多くの国民にメリットがあるのではないか」と現場の窮状を訴えた。  

 さらに、国立がんセンター中央病院院長の土屋了介氏は、「自己解決能力や対応能力に欠けていた、医療者・医師に一番の原因がある。その反省がまず必要。”医療事故調〝を作ること自体が目的ではなく、医療を良くし、信頼を回復することが、一番の目的。そのためにはまず現場が自分たちで問題解決に取り組み、外部の人を入れて院内調査委員会で解決する。それで解決しない場合に初めて、外部の第三者機関にお願いするという形がいいのではないか」と述べた。 

  土屋氏の指摘のように、“医療事故調”をめぐっては、診療関連死の全例届け出を義務化するのか、医療機関内で解決しない問題を届け出て死因究明を行う組織とするのか、など、制度の骨格についてはコンセンサスが得られていない部分が多い。さらに、死因究明と再発防止、医療者の責任追及を一体化してやるのか、それぞれ別個にやるのか、そもそも“医療事故調”の目的は何かという根幹についても、関係者の意見は一致していない。

 全国医学部長病院長会議は、2月14日に反対声明を出した(『「外科医、産科医絶滅法案」に断固反対する』」。


 一番の問題は、いまだに医療関係者の“医療事故調”への関心が高いとは言えない点であり、厚労省の検討会に限らず、広く関係者が議論をする場が必要だろう。