非難集中の「事故調」第二次試案を読み解く | kempou38のブログ

非難集中の「事故調」第二次試案を読み解く

昨年10月に厚生労働省が第二次試案を発表して以降、医療界でも具体的な議論が盛り上がり始めた「医療事故調査委員会」。今年の通常国会での審議が予定されているが、議論はまだまとまりそうにない。今ここで、もう一度、その問題点と論点を整理するとともに、事故調にかかわるキーパーソンにインタビュー、解決の糸口を探る。


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厚労省の「事故調」検討会。様々な立場から委員が意見を述べるが、議論はなかなかまとまらない。
 医療事故調査委員会(以下、事故調)とは、医療事故の原因を究明し、医療の安全と質の向上を図るという目的で、厚生労働省が作ろうとしている調査機関だ。医療機関から事故報告を受け、事故調がこれを調査し、原因を究明するとともに、診療行為に問題がなかったか判定する仕組みだ。

 厚労省はこの仕組みを、「異状死の届け出制度」に代わるものとして考えている。現行の医師法21条に基づく制度では、直接警察への届け出が必要で、刑事事件につながりやすいという問題がある。そのため、警察への届け出の前に第三者機関が調べる体制を作ることが検討されてきた。厚労省は制度創設に向け、医師法などの改正案を2008年の通常国会に上程する方針だ。

医療者側は制度創設を求めていたはず
 元をただせば、この仕組みは医療者側が求めていたものでもある。厚労省が第三者機関の創設に向けて動き出した大きなきっかけとして、04年に4学会(日本内科学会、外科学会、病理学会、法医学会)が「診療行為に関連した患者死亡の届出について~中立的専門機関の創設に向けて~」という声明を発表したことがよく挙げられる。もちろん、そのような声明を出さざるを得なくなった社会的な背景はあるが、医療者側も制度の必要性を認

識していたことは間違いない。

 しかし、昨年10月にでき上がってきた厚労省の第二次試案には、医療者側が危機感を感じる大きな問題点が潜んでいた。そのため、今こうして議論が沸き起こっているのである。この制度に対する医療者の不安は、以下の点に集約できる。


■医療界全体に対する不安
「萎縮医療が進むのではないか」
「ハイリスクな医療現場から医師が立ち去るのではないか」

■医師個人として感じる不安
「刑事罰・行政処分される機会が激増するのではないか」
「いい加減な調査や判断で刑事罰・行政処分を受けるのではないか」


 なぜ、このような不安が噴出しているのだろうか。



第二次試案に示されている制度の大枠はこうだ。まず、医療機関は“診療関連死”が発生すると、すべて事故調に届け出ることが義務付けられる。届け出られた事例は、事故調が専門家を交えて調査する。そして調査の結果は医療安全対策に活用するとともに、場合によっては刑事訴追、行政処分を行う際にも使用される。ちなみに、自民党が昨年12月に示した案(いわゆる自民党案)も、第二次試案と内容はほとんど変わらない。

 この流れの中で、問題とされているのは以下の2点。1つ目は届け出の部分。「診療関連死の全例届け出を義務化し、届け出を怠れば罰則を科すことができる」とされている点。

そして2つ目は調査結果の部分。「調査委員会の調査報告書を刑事・行政処分に使うことができる」とされている点だ。


届け出の範囲があいまい


 1つ目についてだが、ここでいう診療関連死は、どのような場合が該当するのか、現状では分からない。もちろん、医療の結果はミスなのか合併症なのかなど判断が難しい場合は多く、その線引きは容易ではないだろう。

 厚労省が提案している基準には次のようなものが挙げられている。これは、現行の医療事故情報収集等事業の「医療機関における事故等の範囲」から、一部を抜粋したものだ。


(1)誤った医療を行ったことが明らかであり、その行った医療に起因して、患者が死亡した事案
(2)誤った医療を行ったことは明らかではないが、行った医療に起因して、患者が死亡した事案(行った医療に起因すると疑われるものを含み、死亡を予期しなかったものに限る)


 ここで考えてほしい。「誤った医療」とは何だろうか。事後的に見れば「あのようにすればよかった」と考えられる治療はいくらでもあるだろうが、治療した時点では正しい判断でも、患者が死んだら、それは「誤っていた」ことになるのだろうか。「行った医療に起因」と言っても、その場で医療行為に起因した死亡かどうかを判断するのは簡単ではなく、解剖しても原因不明な場合は多い。

 「死亡を予期しなかった」とは、何か。死亡率が10%のハイリスクな治療を行って死亡した場合に、届け出るべきなのか。5%なら、1%ならどうか。どこからが「予期しなかった死亡」になるのだろう。逆に、いくらでも「私は予期していた」と主張することもできそうだ――。などなど、疑問がてんこ盛りだ。

 その上、届け出なければ医師や病院の管理者に罰則が科される可能性があるという。届け出範囲があいまいな上、罰則がチラつくとどうなるか。厚労省の検討会で、こんな発言があった。「これでは、病院の管理者の肝っ玉が小さいと、患者が死ねば全部届け出るような事態になるかもしれませんよ」。全くその通りだと思う。このような基準では、膨大な件数が事故調に届け出られることが懸念されるのだ。

 なお、現行の医療事故情報等収集事業では、2006年の1年間に、152件の死亡事故が報告されている。対象となった医療機関は273病院、病床数は約14万8000床。日本全体の病床数が約160万床であることを考慮すると、単純計算で少なくとも1600件以上の報告があることが予想される。少なくとも、としたのは、上記の事業においては罰則などなく、報告義務のある医療機関が必ずしも死亡事故を報告していない可能性があるからだ。


トンデモ報告書で刑事処分?


 次に、2つ目をみてみよう。この「厚労省は、事故調による調査結果を、刑事・行政処分に使えるようにしようとしている」という点に対する医療者側の危機感は相当に強い。

 これについて厚労省は、「刑事手続きに進むのはごく一部で、故意や重大な過失、悪質な事例に限るよう調整する予定だ」と説明する。

 しかし、故意犯はともかく、過失には事故防止体制の不備、つまりシステムエラーが背景にあることが多く、医療者個人を罰することが適切でないと考えられる事例は山のようにある。過失の重大さについても、どこで線引きするかという難問が待ち構えている。

 もっと根本的にいえば、事故調の報告が、過失や悪質性の判断に耐え得るものとなるかどうかが心許ない。なぜか。そこにはマンパワーの問題がある。前述したように、膨大な件数の届け出がくることが懸念されている。事故調がそれらを適切に判断して処理できるほどの体制が整えられるかという問題が生じるのだ。マンパワーの問題は、いわゆるモデル事業(正式名称:診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業)が実施された段階で

早くから露呈している。

 事故調が処理能力を上回る膨大な調査に追われるとどうなるか。粗雑な報告書、トンデモ報告書が作られる可能性が高まるのではないか。その報告書が医師の責任を厳しく断じるものであった場合、刑事処分と行政処分がセットになってのしかかってくるだろう。だから、「刑事罰・行政処分される機会が激増するのでは」「いい加減な調査や判断で刑事罰・行政処分を食らうのでは」という不安が出てくるのだ。

 加えて、刑事処分や行政処分に報告書が使われるなら、真相究明が妨げられるという懸念もある。なぜなら、事故の届け出を義務化して調査に協力させるのは、言ってみれば自白を強要するようなもの。刑事処分や行政処分を恐れて真相が隠蔽される可能性がある。

そうすると、本来の目的である「医療安全」につながらないことが考えられる。また、自白の強要を禁じた憲法38条に違反する可能性も高い。



問題点を解決する議論を


 これら以外にも、様々な問題点が指摘されている。とはいえ、現行の医師法21条(異常死の届け出)がこのままでよいわけはなく、事故調の設置は必要だ。患者の駆け込み先が裁判所や警察以外になく、医師と患者との良い関係が築けないという現状を、事故調が解決してくれる可能性もある。運用上の問題点を明らかにし、それを改善するため具体策を考える段階に来ている。

 厚労省は現在、上記2つの問題のうち、1つ目の届け出の基準について検討を進めている。昨年12月27日の検討会では、意見はまとまらなかったが、「院内の調査委員会を設けてそこで届け出るかの判断を行えばどうか」など、有意義な意見も聞かれ、議論が進む余地はありそうだ。

 また、膨大な届け出を処理するための方法も考えられている。厚労省の検討会とは別に、弁護士の神谷惠子氏を中心に、複数の医療関係者が集まって研究しているグループ「生存科学研究所医療政策研究班」は、膨大な届け出を処理するための解決策として、「初期判定員」が案件をふるい分けする方法を提案している。初期判定員が、不可避の死だったのか、本格的な事故調査が必要な案件なのかなどを判定して、事故調がスムーズに動くようにする仕組みだ。



生存科学研究所・医療政策研究班が主催したシンポジウムでは、医師らを中心に活発な議論が交わされた。
 あるいは、東大医科学研究所客員准教授の上昌広氏が代表となっている、「現場からの医療改革推進協議会・医療事故対応ワーキンググループ」では、遺族が死因に納得できない場合に届け出るという仕組みを考えている。目的は患者の納得であり、それまでに院内調査委員会や医療メディエーターが患者に説明を施し、それぞれの現場で解決を試みる方法だ。


医療者側の自浄作用に期待も


 こうして見ていくと、まだまだ検討すべき点は残っている。拙速な議論で設置を急いではならないことは、明らかだ。

 医師からも「プロフェッショナルオートノミー」、つまり自浄作用を発揮することの重要性を叫ぶ声が広まっている。医療者側が自らを律する仕組みを通じて、患者との信頼関係を改めて構築していくべきとする意見が、方々のシンポジウムや研究会で聞こえてくる。これからが、本質的な議論を展開する時ではないだろうか。