井上清成氏の意見その2
■□ 診療関連死の届出義務 □■
―死因究明制度・厚労省第二次試案の法的「目的」は?
(その2・再発防止?)―
弁護士 井上清成
1 厚労省第二次試案の「再発防止」の位置付けは?
平成19年10月に、厚生労働省によって、「診療行為に関連した死亡の死因
究明等の在り方に関する試案―第二次試案」が出された。そこでは、医療事故調
査委員会を新設する目的として、「原因究明・再発防止」があげられている。と
ころが、MRICメルマガ臨時vol66(2007年12月25日)の「4つの原因究
明―死因究明制度・厚労省第二次試案の法的『目的』は?」で既に述べたとおり、
「原因究明・再発防止」にいう「原因究明」は、実は「責任追及」であった。
それでは、もう一つの目的である「再発防止」の位置付けは、どうであろうか。
2 診療関連死の届出範囲
厚労省第二次試案には、「届出対象となる診療関連死の範囲については、現在
の医療事故情報収集等事業の『医療機関における事故等の範囲』を踏まえて定め
る。」とある。医療事故情報収集等事業は医療法施行規則9条の23で定められ、
その第1項第2号にイロハの3つが「範囲」として定められていた。なお、これ
らの届出の違反に対しては、刑罰などの形のペナルティはない。長いものである
が、そのまま引用する。
イ 誤った医療又は管理を行ったことが明らかであり、その行った医療又は管
理に起因して、患者が死亡し、若しくは患者に心身の障害が残った事例又は予期
しなかった、若しくは予期していたものを上回る処置その他の治療を要した事案
ロ 誤った医療又は管理を行ったことは明らかでないが、行った医療又は管理
に起因して、患者が死亡し、若しくは患者に心身の障害が残った事例又は予期し
なかった、若しくは予期していたものを上回る処置その他の治療を要した事案
(行った医療又は管理に起因すると疑われるものを含み、当該事案の発生を予期
しなかったものに限る。)
ハ イ及びロに掲げるもののほか、医療機関内における事故の発生の予防及び
再発の防止に資する事案
したがって、「医療事故情報収集等事業の『…範囲』を踏まえて定める」ので
あるならば、診療関連死の範囲もイロハの3つとなるのが自然であろう(そして、
ペナルティもない)。
3 届出範囲の合目的的な整理
とはいっても、イロハの定義は甚だ長たらしくて、わかりにくい。簡潔に整理
するのが合理的であろう。当然、医療事故情報収集等事業の目的は医療安全・再
発防止であるから、その目的に沿う整理をすることになる。したがって、その本
質を最もズバリと言い切っているハの条項に集約するしかない。結局、届出範囲
は、イロは削除してハのみ残し、「医療機関内における事故の発生の予防及び再
発の防止に資する事案」のみとなるはずである。
ところが、平成19年12月27日に開催された死因究明等検討会において、
厚生労働省は全く逆の提案をした。それは、ハを削除して、イロのみを残すとい
うものである。大要、次のとおりであったらしい。
「医療事故情報収集等事業の届出範囲を踏まえて、届出範囲は、以下のように
してはどうか。
①誤った医療を行ったことが明らかであり、その行った医療に起因して、患者
が死亡した事案
②誤った医療を行ったことは明らかではないが、行った医療に起因して、患者
が死亡した事案(行った医療に起因すると疑われるものを含み、死亡を予期しな
かったものに限る。)」
4 不合理な整理をした理由は?
厚生労働省の提案の①が医療法施行規則のイに相当し、②がロに相当すること
は明瞭である。つまり、ハの「事故の発生の予防及び再発の防止に資する事案」
を敢えてカットした。そのような法技術的に見て不合理な整理をした理由は、何
であろうか。
憶測はどのようにもしうるが、少なくとも法技術的に見て明らかな点がある。
もしもハを削除せずに残していたとするならば、ハにはペナルティを課すことが
できない。
すなわち、「事故予防や再発防止に資する」などという不確定な法概念を挿入
すると、届出を義務化し、しかもその違反にペナルティを課すことが著しく困難
になってしまうのである。
憶測の領域を出ないが、厚生労働省は医師法21条の異状死届出制度を実質的
にはそのまま維持しようと考えている、と思わざるを得ない。届出主体(検案医
から医療機関へ)と届出先(警察署から医療事故調査委員会へ)という形式を変
えただけで、届出対象(異状死とイロ)と制裁措置(刑罰とペナルティ)という
実質は同一なのである。
5 「再発防止」は二次的なもの?
以上の次第であるので、診療関連死の届出義務は、異状死体等の届出義務と殆
んど変わるところがない。診療関連死の届出範囲では、事故予防や再発防止が軽
視されている。
したがって、厚労省第二次試案は、やはり「責任追及」が真の目的であり、こ
れに比して「再発防止」の位置付けは低く、せいぜい二次的なものにとどまると
評しえよう。
著者略歴
昭和56年 東京大学法学部卒業
昭和61年 弁護士登録(東京弁護士会所属)
平成元年 井上法律事務所開設
平成16年 医療法務弁護士グループ代表
病院顧問、病院代理人を務めるかたわら、
医療法務に関する講演会、個別病院の研修会、
論文執筆などの活動をしている。
現在、日本医事新報に「病院法務部奮闘日誌」を、
MMJに「医療の法律処方箋」を連載中。