小保方さんの「あの日」を読みました。

もし今でも小保方さんのことを悪く言う人がいたら、この本を読んでからもそう言えるのかを問いたいです。

この本には小保方さんに起きた事実がそのまま綴られていて、変な憶測や自慢や非難などはありません。詳しい実験内容も載ってますから理系の方は納得しやすいと思います。

この本でよくわかったことは、

小保方さんが非常に優秀な研究者だったということと、
STAP細胞騒動がどういうものだったのか、
マスコミがいかにひどい取材をし事実無根の報道をするのか、
保身(圧力かもしれませんが)のために学者や組織がいかにひどい仕打ちや裏切りをするのか、

などです。

では、内容を簡単にご紹介します。


再生医療で、マウスに人間の耳が再生されてる動画を見た方も多いと思いますが、それを成功させたアメリカのバカンティ教授に、「今まで指導した中でベスト3に入る学生」と言われています。
留学中に発表したプレゼンテーションは「過去15年で最高のもの」「今後の留学費用・生活費は全部面倒を見る」とまで言われたのです。
(ほんまでっかTVでも、アメリカの学者から「過去15年で~」と言われた方が出てましたので、アメリカの学者が使う最上級のほめ方のようです)

日本に戻っても担当教授やお世話になった先生に同じようなことを言われ、自分の研究室にぜひと、日米から誘われるほどだったのです。
優秀でないともらえない研究奨励金なども受けています。これによりアルバイトせずに研究に打ち込めたのです。

小保方さんは、世の中の役に立つ研究がしたいという一心で休みも返上して再生医療の研究に取り組んでいたました。
子供の頃、優秀だった親友の指が小児リウマチでだんだん曲がっていったことを目の当たりにしていたからです。

やはりSTAP細胞はあった」にも書きましたが、小保方さんは事件後のSTAP細胞の検証実験には成功していました。

それについて書く前に、STAP細胞について誤解してる人が多いと思いますので、簡単に説明します。

刺激惹起性多能性獲得細胞の英語の頭文字をとったもので、通常の細胞が刺激によって初期化された状態に戻った細胞のことです。幹細胞(何にでもなれる万能細胞)になれる可能性を秘めた細胞です。

ハーバード留学中に小保方さんはこのSTAP現象を発見し、STAP細胞を作成したのです。

当時はまだSTAPの名はついておらず、この現象についての論文を書いて科学雑誌に投稿したんですが、不採用になりました。

理由は、万能細胞となってキメラマウスを作成するところまでやってなかったから。

実はハーバードの研究室の設備ではその実験は不可能だったのです。

そこで当時理研にいた若山先生がキメラマウス作成のスペシャリストだというので、キメラマウス作成を頼んだのです。

当時は東京の女子医大大学院の博士号取得のための論文執筆と、二度目のアメリカ留学への準備と、神戸の理研での研究・解析が重なり、超多忙な日々を過ごしていました。
論文は何度かの修正の後に合格となったものの、製本に出すのが締めきり日ギリギリだったため慌てたのでしょう。修正前のデータを間違って印刷屋に持ちこんでしまっていたのです。
これが、後に博士号取り消しの原因になります。

女子医大の小島先生からも博士研究員としての就職を提案されましたが、バカンティ教授からも誘われていたのでアメリカ行きを決意します。
しかし、労働ビザ発給が遅れ、卒業後すぐにアメリカに渡れませんでした。
それでアメリカに行くまでの間、若山研で研究させてもらうことになりました。
数週間後にビザが下りた頃、若山先生からも「今まで見た中で一番優秀」だと言われ、若山研に誘われます。
でも、元々ハーバードで作成した細胞の研究なので、それについての論文発表が終わるまではハーバードに席を置いたまま若山研で研究することになりました。

ただ、杯操作というキメラマウス作成に繋がる技術は、若山研にいる人は全員できていたのに、小保方さんだけは教えてもらえませんでした。
教えてしまうと自分が不要になってどこかへ行ってしまうからと若山先生は言ってたそうです。

つまり、STAP細胞以降の作業の、幹細胞を作ってキメラマウス作るとこは小保方さんは全くタッチしていません。
幹細胞への培養の見学すら許されなかったのです。
最初はなかなか上手くいきませんでしたが、試行錯誤の末、若山先生がSTAP細胞から幹細胞を作成し、最終的にキメラマウス作成に成功したあとでさえ。

成功後、若山先生は幹細胞株化の特許申請を準備し、その権利を自分に51%、小保方さんに39%、バカンティ先生と小島先生に5%ずつとしていました。
「特殊な技法を使っているので自分にしか再現はできない」と言って。
(ちなみに、小保方さんはSTAP細胞の作り方は全員にレクチャーしていました)

そういう感じで、STAP細胞関連の主導権は既に若山先生が持っていたので、小保方さんは自分の仕事以降の実験の詳細までは把握してなかったのです。

若山先生は理研の契約期間が終了を迎えていて、山梨大に就職が決まっていたのですが、この特許で膨大な予算が取れるとか、「自分だけ成功してごめんね」とか言うようになってました。
周りからも様子がおかしいから小保方さんも気を付けて、と言われます。

小保方さんは若山先生から山梨大で助教授として一緒にと誘われてましたが、自分の研究したいこととはかけ離れてきていたので、アメリカに戻ることにします。
でも、アメリカに着いて数日後、理研から「PI」に応募しませんかと連絡がきます。

理研は完全なトップダウン組織で、PIになって初めて自分の実験室を持ち、自分のやりたい研究ができるのです。若山先生もPIでしたので、その下にいた時は指示に従うしかできなかったので離れたのですが、もし採用となれば凄いことです。
それでバカンティ先生も了承して、理研の試験を受け採用となります。

そこで笹井先生と出会い、若山先生へのはなむけに、彼が希望して落選していた論文を仕上げてネイチャーに投稿することを薦めます。
そのあと、自分のやりたいことをすればいいと。

笹井先生は論文のプロで何度もネイチャーに載っていたので、直接指導してくれることになります。
それまで「アニマルカルス」と彼女が名付けていた細胞名は笹井先生から欧米人の印象がよくないと言われます。STAP細胞という名を考えたのは笹井先生です。STAP細胞を元に若山先生が作成した幹細胞は、STAP幹細胞となりました。

笹井先生は、アメリカや山梨の先生との窓口にもなってくれ、笹井先生の指導で生まれ変わった論文は、若山先生もバカンティ先生も「すごい」と喜んでいたそうで、ネイチャーへの掲載も決まったのでした。

論文は2つあり、1つは若山先生、もうひとつはバカンティ先生が責任者でしたが、連絡係として小保方さんの名前も入りました。ですから、本来小保方さんだけの論文ではないのです。
もちろん、基礎にはどちらも小保方さんの研究がありますし、実際に書いたのは小保方さんですが。

ただ、若山先生の引っ越しの時期に重なっていたので、サンプルが手元になかったり、笹井研と若山研のデータが混在してしまい、後に疑惑を生むことになってしまったのです。

騒動のあと自殺(怪しいですが)された笹井先生は論文作成の指導をしただけですが、素晴らしい先生だったようです。

時々ちらっと見せてくれる美しい神の世界を人間にわかる言葉に翻訳するのが科学者の仕事。
神に仕える身として日々を過ごすんだよ。

みたいなことを小保方さんは言われていたのです。

しかし、ネイチャーへの論文発表の1週間後、小保方さんの過去の論文にPCRのゲル写真の使い回し(コピペ)があるとメールが来て、ネットにも広がりバッシングを受けました。
きっとネイチャーの論文もデータねつ造に違いないと。

でも、そのデータは小保方さんが作ったものではなく、バカンティ研で作られたもので、既に研究室から訂正が出て出版社も受理していたものだったというのにです。

しかし問題は、その知らせを受けて過去の論文をチェックした時に、ネイチャー誌に投稿した論文のテラトーマの写真が博士論文で使ったものと同じだったのに気づいたことです。

博士論文は未発表論文なのでそれを使う分には問題ないんですが、記述が違ってくるので、急いでネイチャーに連絡して修正を依頼することになります。

しかし、騒動が大きくなり、調査委員会が立ち上がりました。
投稿規定に触れる問題はなかったものの、分子生物学会ではコピペする際には白線を入れる必要があるとされてることは学会員ではなかったので知らず、見やすく加工することが改ざんと言われるとは思ってもいなかったそうです。
ちなみに、実験結果にはなんの違いもないものです。

それでも「ねつ造」とバッシングは加速し、マスコミはウソの情報まで書いて人格攻撃するようになり、なぜか若山先生以外の共著者はバッシングに応対するための再解析を止められるというおかしな事態になり、若山先生は自分の論文なのにさも関係なかったように批判する側にまわり、論文撤回を言い出しました。

ついには博士論文がおかしいと言われ、担当教授が「自分が審査した論文とは違う」と言ってると聞き、草稿の段階の論文が印刷されてしまっていたことに気づきました。

つまり、博士論文は問題なかったのに、その後に印刷されて国会図書館に残ってるものが完成論文ではなかったという話なのです。

小保方さんのミスと不運が重なり、バッシングは激しさを増したのですが、ネイチャーに掲載された論文については、草稿も含めて若山先生もバカンティ先生も笹井先生も小保方さんも何度も目を通したのに気づかなかった点を素人がすぐに気づくなんてありえないと、中京大の武田教授は言ってました。
しかも、結果に影響するねつ造ではないのです。

通常は写真を入れ替えるか修正すれば済む話なので、バカンティ先生が論文撤回に同意しなかったのは当然ですが、なぜ若山先生は論文撤回を言いだしたのでしょう。

しかも、若山先生は小保方さんの細胞サンプルを勝手に山梨に持っていっていて、「小保方さんから渡したマウスと違う系統の細胞を渡された」とマスコミに言い出しました。

マウスの管理は全て若山先生がやっていて、渡されたマウスを使うしかない立場だったのでありえないことです。
しかも、理研が管理してるサンプルを勝手に持ち出すのは窃盗ですので、それを理研に指摘されて事後に書類を提出したそうですが、自分に都合のいいサンプルだけ選別して持っていったことがあとでわかります。

最終的に自分が小保方さんの被害者だったかのようなことを言い出します。

小保方さんに出会えたことを喜び、ネイチャー誌に論文が載ることを願い、特許で儲けられると皮算用していた方ですから、普通は名誉挽回に力を注ぐと思いますが、どういうことでしょうか。

STAP細胞の再現実験でも若山教授は協力していません。技術が必要で自分にしかできない、特殊な条件のマウスを使わないと簡単にはできない、と言ってたにも関わらずです。

ですから、再現実験で小保方さんが担当したSTAP細胞の作成は成功したのですが、その後の小保方さんが担当してないキメラマウス作成実験が失敗に終わったので、そこだけとらえて再現できませんでした、と報道されました。

残念な話です。


小保方さんはたぶん陰謀論など知らないのでしょう。だから、なぜこれほど悪者に仕立て上げられ、論文撤回どころか博士号まで取り上げられきゃいけないのかわからないと思います。

でも、W氏の変貌ぶりと虚偽の説明や、理研や早稲田や学会やマスコミの対応のひどさには、裏から糸を引く権力の存在を疑ってしまいます。


ちなみに、iPS細胞の時、アメリカは自分達も同じ実験をして同じ成果を出していたと言ってノーベル賞は山中教授とアメリカの方が同時受賞しています。
でも、あれは共同研究ではありません。情報が漏れていたのです。

日本の重要な情報はかなりの確率でアメリカに伝わっていて、画期的な発明や発見を独り占めさせないのです。

今回は不備を見つけたので潰しにかかったのでしょう。

この騒動のあと、アメリカで、小保方さんが発見したストレスによる細胞の初期化に似た発見が発表されました。

きっと特許もアメリカが独占するのでしょう。

日本のメディア、研究者、学会には逆らえない圧力や脅しがあったのかもしれませんし、もしかしたら裏切り者には報酬が出てたのかもしれません。理研内部にはリーク者がいたようですし、豹変した方もいましたからね。

昔から、世界中で画期的な発明・発見者を潰す手段はまず人格攻撃です。それから実績潰しにかかり、社会的に抹殺し、それでもあきらめない人は事故や自殺や病気を装い殺されています。

小保方さんは博士号まで剥奪されました。普通なら修正や訂正で済む話なのにです。

これで小保方さんはもう研究が出来ません。資格がないのですから。

人類の再生医療の為に貢献できる若き才能は潰されたのです。

でも、小保方さんにこの本を書かせた講談社は偉いです。
これがなければ、真実は闇の中だったでしょう。

私がマスコミでまだまともだと思うのは、ジャンプやプレイボーイの集英社と、マガジンや現代の講談社、サンデーやポスト、ムーの小学館くらいです。

マンガを出してるとこばかりですね(笑)


とにかく、TVや新聞、週刊誌の情報だけを鵜呑みにしてはいけません。
どれだけ悪質な取材とでっち上げが行われたかよくわかります。

ぜひ多くの方にこの本を読んで、事実を知っていただきたいものです。

この本からは、「あの日」あそこでこうしていれば良かったのかもと悔い、世の中のためにやりたかった研究ができなくなった悲しみが伝わってきます。

今まで数多くの有能な政治家や科学者が同じようなパターンで潰されてきましたが、もう終わらせましょう。

それだけで相当いい世の中になるはずですから。