2014年5月9日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第194回分が掲載されました。


本紙のホームページにも掲載されています。


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年齢に挑み続ける 老後の大輪目指して


 「私、いくつまで弾けるか、挑戦してみようと思ってるの」。そう言ってにっこり笑ったTさんは72歳。髪を茶色に丁寧に染め、つやのよい肌に化粧 を施した彼女は、美しい模様が浮き上がるワンピースを着て、胸を張ってゆったりと歩き、明かりを落とした舞台袖の楽屋から照明がまばゆい舞台に出て行っ た。


 ゴールデンウイークの真っただ中に東京の郊外にあるホールで開かれたピアノの発表会。実はジャケットを羽織ったり脱いだりするのもしんどいほど右 肩を痛めてしまい、痛み止めを打っての出演だった。それでも、60歳ごろからピアノを習い始めたというTさんは、ショパンのワルツを見事に弾き終えた。


 この発表会を主催した先生の教室の生徒たちは成人ばかり。20代の若い生徒も時折加わるが、その一方で今回の発表会では60歳前後の生徒もデ ビューした。平均年齢はおそらく年々上がっているだろう。発表会の後半にゲストとして出演した合唱グループにも、中高年のメンバーの姿が目立った。


 そんな教室ではまだまだ“若手”に属する筆者がこの先生に習い始めたのは、10年ほど前。幼いころには別の先生にピアノを習っていた筆者が、長い ブランクを経て現在の先生のレッスンに通い始めたのは、定年退職した父が歌を習って友人たちの前で披露する際に、伴奏者が必要になったことがきっかけだっ た。伴奏の仕方を習ううちに、いろいろな曲を弾きたくなって、父がいなくなった今もレッスンに通っている。


 Tさんにせよ、父にせよ、スタートはかなり遅いがゆっくりと着実に練習を重ねて、大輪を咲かせた。


 先生の発表会は2年に一度開かれることになっている。Tさんはいったいいくつまで弾き続けられるだろうか。2年後はまだまだ現役でいるに違いな い。再会が今から楽しみである。そして、Tさんの言葉をきっかけに、筆者は自分が何歳まで弾き続けられるのか、初めて考えた。あと何回あのホールの舞台に 立てるのだろうか。


 (近畿大学総合社会学部准教授)