金井啓子ブログ

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2014年4月18日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第191回分が掲載されました。


本紙のホームページにも掲載されています。


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ハッピーニュース求めて 報道に親しむ講義を


 筆者が大学で担当している講義の中に、ジャーナリズムの実践を学ぶことを趣旨としたものがある。と言っても、受講者の全てが将来ジャーナリストになろうとしているわけではなく、むしろそういう学生は少数派である。だから、ジャーナリズムへの関心の度合いが高い学生にも、それほどではない学生にも、何かを得られる授業内容にするよう努めている。


 その一つとして、日本新聞協会主催の「HAPPY NEWS」というキャンペーンへの応募を数年前から盛り込んでいる。新聞記事の中から自分がハッピーだと感じたものを選び、短いエッセーを書くというものだ。


 キャンペーン応募の理由は、学生が新聞を手に取る回数を多くし、ニュースに触れる時間を長くしてほしいことがまずある。


 そして、もう一つ、新聞や報道に対して一部の学生が持っているらしい「暗い」「人の不幸でばかりメシを食っている」「なんだか難しい」とのイメージを和らげたいという理由がある。筆者がいま所属している学部には、マスメディア関連の仕事に就きたい学生はかなりいるのだが、ジャーナリストになりたがる者が少ない。そんな状況下、今はジャーナリストになりたいと考えていなくても、ある日突然なろうと思い立つ学生が一人でも生まれればうれしいとも思っている。


 さて、昨年9月から今年2月にかけて開講したこの授業でも、このキャンペーンに応募したところ、受講者の一人である真下大輝さん(現在は総合社会学部3年生)が大学生大賞を受賞した。台風で増水した川で流された小学生を中国人留学生が助けたという新聞記事を読んで、「ハッピー」なニュースだと受け止めたそうだ。さらに、教え子の学生たちがグループで応募したことを理由に、筆者の研究室にも特別賞を頂いた。大いに励みとなり、うれしい限りである。今年9月から開講するこの授業でも、またジャーナリズムに親しみを感じる学生が増えるよう工夫を重ねたい。


 (近畿大学総合社会学部准教授)



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2014年4月11日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第190回分が掲載されました。


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ド派手な入学式は今年も 学生生活彩る1ページに


 筆者が受験生だったころ、私立大学の受験料は2万5千円だった。それを、7校も受けて4校落ち、残り3校のうち最も自宅に近い大学へ通うことを決めた。受験料の負担を考えると、両親には申し訳なかったと思う。だが当時は、7校のうち唯一の女子大に通うことは憂鬱(ゆううつ)だったし、落ちた大学にも未練があった。「4年間好きなだけ洋服を買ってやる」という父の言葉につられて、ようやく進学を決めるほど不本意だったのだ。


 だが、いざ入学すると、古めかしいけれど粋な校舎や体育館、ステンドグラスが美しいチャペルで毎日行われる礼拝、卒業生の著書が多く並ぶ図書館など、さまざまな要素が積み重なって、「もう一度受験をしても母校に通いたい」と思うほどになった。娘が母校に進学した同級生もうらやましい。


 さて、筆者が勤務している近畿大学は、毎年ド派手な入学式を行うことで知られている。今年は卒業生のつんく♂さんのプロデュースで、オーディションで選ばれた「KINDAI GIRLS」がアイドルのように歌って踊り、卒業生でロンドン五輪銅メダリストの寺川綾さんが司会を務めた。約7千人の新入生たちが歓声をあげて手拍子を打ちペンライトを振る姿は、ライブ会場にいると錯覚するほどだった。


 この入学式を「大学らしくない」「お金をかけ過ぎ」「派手さで高校生を釣っているだけ」と批判する向きもあるだろう。


 だが、新入生たちに聞くと、「豪華なので他大学の人に自慢できる」「第一志望ではなかったので入学は不本意だったけれど、入学式で周りのみんなと盛り上がり友達ができた。近大に来てよかった」「入学式で楽しませてくれて、これからの学生生活が楽しみになった」とおおむね好評なのだ。


 もちろん入学式だけが立派ならいいわけではない。教職員一同が、学生たちの4年間を実りあるものとする責任を負っている。だが、ド派手な入学式も学生にとって大切な1ページである。来年も楽しみだ。


 (近畿大学総合社会学部准教授)

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2014年4月4日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第189回分が掲載されました。


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“非被災者”の苦悩に目を 被災地との境界で


 東日本大震災で被害を受けた町の人たちは、何を思っているのだろう。3年前から折に触れそれを考えてきた筆者は、発生から1年後に石巻やいわきを訪れ、最近になって川俣にも数回行った。現場に行く前より今の方が、震災を身近に感じている。


 だが、筆者に見えていたのはわずかな断片であり、震災が人々の心に与えた影響の複雑さははかり知れないものだと思い知らされた。先月、川俣を訪れた時のことである。近畿大学が川俣の復興を支援していることは既に書いた。その日は、除染・心身ケア・産業振興の支援に携わる専門家たちが、これまでの活動に関する報告を町民に対して行った。報告の後に相談会の場を設けたところ、一人の男性が筆者に話しかけてきた。


 飯舘村に隣接する川俣町は、町の一部に居住制限区域や避難指示解除準備区域を設けている。こうした区域に自宅がある人々は、そこに住めない不自由さがある一方で、補償金が支払われている。


 問題なのは、そのすぐ外側、つまり境界近辺に住む人たちの苦悩だと、その男性は語った。放射線の懸念を感じながらも「被災者」と認定されず、経済的な補償がなく、移住もできずに暮らし続けている人たちである。また、自主的に別の土地に避難したものの、費用は全て自分持ちで、経済的に苦しんでいる人もいるという。


 経済的に潤ったように見える被災者を横目に、つましい生活を強いられる“非被災者”。被災者たち自身も、“優遇”されていることに遠慮して、自分の出身地を口にできない空気が生まれつつあるのだという。両者の間に溝が生まれた状況の中で生活する人々は、どれだけの息苦しさを覚えていることだろうか。


 「境界の外側にいる人たちのことを、政府にもっと知ってほしいし、マスコミにも見て報道してほしい」と男性は筆者に訴えた。震災で被害を受けた町の人たちの思いをもっと浮き彫りにするためには、より一層目を凝らし、耳を澄まさなければならない。


 (近畿大学総合社会学部准教授)

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2014年3月28日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第188回分が掲載されました。


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ネットの影響見えた市長選 変わる選挙活動の形


 大阪市長選では“泡沫(ほうまつ)候補”が顔を並べた。彼らの得票数は圧倒的に少ないが、最下位の二野宮茂雄候補でも1万1千を超す票を集めた。街頭での彼の活動は限られ、紙に書いた文章を読み上げたぐらいである。だが、ツイッターでは饒舌(じょうぜつ)で、フォロワーも告示日はたしか3ケタだったのが2千を超えた。無名の彼が認知されたのはインターネットのおかげだ。今後ネットを使いこなす若い世代が社会の中堅になるにつれ、ネットで候補者の認知度を上げるのが普通となる可能性が示された。


 だが、知名度ばかり上がっても仕方ない。マック赤坂氏はネットで呼び集めたボランティアたちに助けられ、独特なパフォーマンスで今回も注目を集めたが、2位でなく3位に終わった。大阪の人々も「おもろいやっちゃな」とは思ったのだろうが、パフォーマンスの陰に隠れて、具体的に市長として何をするのかが十分伝わらなかったことが、票数の伸び悩みにつながったのではなかろうか。


 他には、告示日になっても供託金が集まっていなかった藤島利久氏が、ネットで呼びかけてギリギリで立候補する出来事もあった。動画サイトさえあれば、外出しなくてもリアルタイムで各候補者の生の声を聞けるのは便利なものだ。いずれにせよ、ネットがなかった時代には考えられなかった方法で、選挙が進むようになっている。


 メリットが目立つが、デメリットもある。ネットは伝播(でんぱ)力が強いので、不勉強なまま発信すると取り返しがつかないことになる。今回の選挙で泡沫候補たちは“大阪都構想”に反対していたものの、本当に理解した上で反対しているのか、心もとなく感じる場面があった。また、ネットで自分の選挙区にピンポイントでどう訴え掛けるかは、今後の課題である。今はネットで呼び掛けられる範囲が広過ぎるため、直接票に結びつかない無駄が生じる。


 このように、ネット選挙はまさに発展途上だが、この流れが止まることはもうないだろう。


 (近畿大学総合社会学部准教授)

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2014年3月21日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第187回分が掲載されました。


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誕生日は母に贈り物を  出産に感謝する日


 誕生日と言えばプレゼントがつきものだ。家族や親しい人から何かを贈られる人が多いだろう。筆者もそうであり、そういったプレゼントは本当にうれしい。だが、その一方で、筆者は自分自身へのプレゼントも毎年贈るようにしている。


 筆者が一番欲しいものは常に「自分がやりたいことをのんびりとやっていられる時間」である。だから、誕生日には休暇をとるようにしてきた。ただし、急を要する仕事がなく、同僚に迷惑がかからない場合に限るという条件付きではあるが。


 そんな風(ふう)に、誕生日というのは、その日に生まれた本人を祝う日なのだと長年考えてきた。しかし、きっかけは覚えていないのだが、本当にそれでいいのだろうかと少し前から疑問を覚えるようになってきた。そして、その疑問が確信に変わったのは、永六輔さんの話を聞いた時である。


 最近大阪市内のホテルで行われた「ピーコのおしゃれトーク」というディナーショーで、ピーコさん、おすぎさんと共に舞台に現れた永さんは、病気のために少し言葉が不自由になってはいたものの、確かな記憶力と巧みな話しぶりは健在で、会場に何度も爆笑を巻き起こした。


 その中で強く印象に残ったのが誕生日の話である。永さんと、さだまさしさんの誕生日が同じ4月10日。ある年、2人は、同じく4月10日生まれの淀川長治さんのところへ行き、誕生日には3人で食事をして祝おうと持ちかけたらしい。すると、淀川さんは、誕生日というのは自分を産んでくれた母親に感謝すべき日だと一喝。母親が存命ならば会いに、もしすでに亡くなっているならばお墓参りに行くように言ったという。


 筆者の母は小柄な人で、かなり大きい赤ん坊だった筆者を産む時には大変な難産だったと聞いている。半世紀近くたった今も母がよく話すということは、忘れがたいしんどさだったのだろう。私事だが、数日後には筆者の誕生日がやってくる。離れて住む母に花束を贈る手配を終えたところだ。


 (近畿大学総合社会学部准教授)

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2014年3月14日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第186回分が掲載されました。


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“泡沫”に注目の市長選 新鮮さは投票率に影響か


 大阪市長選は現職の橋下徹氏が辞職して出直し選挙となり、大阪維新の会以外の既成政党が候補を立てるかどうかが注目を集めた。だが、関心を呼んだのはそれだけではない。橋下候補以外の候補者3人の存在である。


 彼らは、今までの選挙であればいわゆる“インディーズ”“泡沫(ほうまつ)候補”と呼ばれてきた候補者。そんな彼らを交えた選挙がどんな戦いになるのか知りたくて、告示日に淀屋橋へ足を運んだ。


 到着すると、大阪市役所の横に人だかりができている。全国各地の選挙に出馬して有名なマック赤坂候補が第一声を上げている様子を、多くのテレビカメラが囲んでいるところだったのだ。選挙の報道は全ての候補者に公平でなければならないため、第一声の姿を収めるテレビカメラが一定数あるのはおかしくない。だが、それにしては台数が多いし、ネット関連のテレビ局まで来ている。それに続く二野宮茂雄候補の番になっても、その様子は変わらなかった。


 第一声を終えた2人の後について淀屋橋から梅田まで歩くと、歩行者が立ち止まり候補者に話し掛けたり握手を求める。梅田の地下街での街頭演説は大にぎわいとなった。スマートフォンで写真を撮る人が多いが、印象的だったのは単にパフォーマンスを見て楽しむだけではなく演説に耳を傾けている人が多かったことだ。


 さらに、その2人の候補と藤島利久候補がそろって橋下候補に公開討論会の開催を申し入れることになった。“泡沫候補”が共同で現職候補に公開討論会を申し込むというのが異例なら、その申し込みがすぐにメディアで報じられたのも珍しいだろう。これが実現すれば、多くの有権者が関心を持ってその内容に耳を傾けそうな気もする。


 今回の市長選は何から何まで異例ずくめである。橋下前市長が法定協議会の進行ぶりに業を煮やしたのがきっかけだったとはいえ、思わぬ副産物を生んだ。この展開が有権者に、そして投票率にどんな影響を及ぼすのか。最後まで目が離せない。


 (近畿大学総合社会学部准教授)

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2014年3月7日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第185回分が掲載されました。


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子連れ投票のススメ “刷り込み”で投票率アップ


 筆者が小学生のころ、ごくたまに、日曜日の朝に両親に連れられて自分が通う地元の小学校に行くことがあった。だが、学校に着くと、体育館に入っていくのは両親だけ。弟と筆者は校庭で待たされた。


 待ったのはおそらくわずか10分程度だった。だが、普段は自分が体育の授業を受けている体育館に“オトナ”である両親だけが入っていくのを見て、秘密めいてうらやましく、早くオトナになりたいとワクワクしたことを覚えている。


 それが「せんきょでとうひょうする」ことだと聞いても、当時はほとんど理解できていなかった。だが、選挙のたびに両親が投票に行き、筆者は外で待たされるという繰り返しが、後に、よほどの理由がない限り筆者が投票するようになったという結果に結びついたと考えている。


 先週の当コラムでは、若者がもっと選挙に行くようにする方法の一つとして、よく報道される「期日前投票制度」だけではなく、認知度が低い「不在者投票制度」をもっと宣伝すべきだと書いた。そして、それよりもっと原始的な方法として、「オトナが選挙に行く姿を子どもに見せる」のがシンプルだが、かなり効果的な気がしている。要は「投票には行くもの」という「刷り込み」である。筆者の場合も両親による刷り込みが成功した一例と言えるだろう。


 ある知人は、子どもが幼いころから投票所に必ず連れて行くようにしているという。自分自身も親に連れられて投票所に行っていたというその知人は、「親が選挙に行く姿を物心がつくころから見せると、選挙に行く人は意外と簡単に再生産できる」という考えを話してくれた。


 投票に行かないオトナに育てられたオトナが、投票に行く姿を子どもに見せるのは難しいかもしれない。それでも、少なくともいま投票に行っているオトナが、もし子連れで行っていないならば連れて行く。ついでに近所の子どもも連れて行く。そんな小さな行動が、長い目で見れば投票率上昇のきっかけとなりそうだ。


 (近畿大学総合社会学部准教授)

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2014年2月28日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第184回分が掲載されました。


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不在者投票制度知ってる? 若者を投票に誘う一歩


 大阪市長選が数週間後に迫っている。あれほど話題の都知事選でも投票率は低かったが、市長選はどうなるだろうか。低投票率の理由の一つとして、若年層が投票に行かないことが挙げられている。彼らは政治に無関心なのだろうか。


 せっかく筆者は大学に勤めており、若者たちが身近にいるのだ。生の声を聞いてみた。投票に行ったことがあるか、その理由は、などと何人かに尋ねてみた。


 すると、投票に行った学生からは、その理由として、「投票者の割合を全体的に見ると、自分たち若者世代の意見は少数意見になってしまうから。政治に少しでも新しい風を吹かせるには自分たちの世代が投票へ行き、意見をしないといけないから」「自分が政治に対してどう思っているかを意思表示するため。『白紙投票』はしてもいいと思う。それも『投票するに値しない』という一つの意思表示だから」「自分に投票の権利があって、1票が政治を変えると考えているから」「少しでも自分の住む区域が良くなることを願ったから」「ハタチになった記念と、大人という自覚を持ちたくて」など、意外に頼もしい言葉が返ってきた。


 一方で、投票に行かなかった理由については、実家から離れて一人暮らしをしており、住民票を実家に置いたままだからという声が数人から出た。「不在者投票制度を使えば里帰りをしなくても投票できるよ」と筆者が言ったが、その制度は誰も知らなかった。


 総務省のホームページを開くと、不在者投票制度について「仕事や旅行などで、選挙期間中、名簿登録地以外の市区町村に滞在している方は、滞在先の市区町村の選挙管理委員会で不在者投票ができます」と書いてある。これでは、くだんの学生たちが自分が該当者だと判断するのは難しそうだ。


 他にも打つべき手はあるだろう。だが、全国の大学にいる一人暮らしの学生たちに向けて、この制度をアピールすることも投票率上昇の小さな一歩につながるのではないだろうか。


 (近畿大学総合社会学部准教授)

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2014年2月21日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第183回分が掲載されました。


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福島の不安どう減らすか   根拠ある情報届く体制を


 あと半月ほどで東日本大震災から丸3年を迎える。先月に続き福島県川俣町を訪れた。「ガラスバッジ放射線量測定結果に関する懇談会」に、筆者が勤務する近畿大学の同僚たちと参加するためである。1月24日付の当コラムでも書いた「『オール近大』川俣町復興支援プロジェクト」の一環で、近大は放射線量を測るガラスバッジを同町の子どもたちに配った。


 懇談会は町内の学校や幼稚園などの先生たちと大学側の参加者との間で行われた。近大の原子力研究所の山西弘城教授が測定結果の概要を話し、医学部の人見一彦教授が「災害とメンタルケア」と題する講演を行う一方で、先生たちから放射線に関する子どもや保護者の反応を聞いた。


 先生たちによると、大震災直後しばらくは子どもたちの多くが放射線の影響を恐れ、中には「ばいきんがいるから」と外に出ることを怖がる子どもがいたり、給食の全てや一部を食べたがらないといった反応があったという。だが、ガラスバッジで放射線の数値がはっきりと把握できたり、放射線に関することを学ぶ時間を定期的に取るうちに、今ではかなり落ち着いてきたらしい。


 だが、全てが解決されているわけではない。依然として給食をとらずに自宅から用意してきたものを食べる生徒や、校庭やプールでの体育の授業を拒む生徒も一部にはいるといった報告があった。また、乳幼児を持つ保護者たちの中には今も強い不安を抱えている人がいるようだといった声も出た。さらに、これはこの懇談会で出てきた話ではないが、放射線の影響を懸念して被災地から遠く離れた場所で暮らし続ける人たちもいると聞く。


 今回の訪問では、根拠のある情報が、それを必要としている人にきちんと届くかどうかが、被災者の不安の低減に大きな影響を及ぼすことを痛感した。そういった情報が信頼に足るものだと担保できた上で届けられるシステムの構築に向けて、どうすれば一歩でも前進できるのか考えていきたい。


 (近畿大学総合社会学部准教授)

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2014年2月14日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第182回分が掲載されました。


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“ブラック”は許されるか 否定的な言葉に宿る魂


 先週の当コラムでは、大阪市の橋下徹市長が連発する「民間」や「ビジネス」という言葉をめぐり、いわゆる“ブラック企業”に言及して話を終えた。ブラック企業というこの言葉、ここ数年で一気に市民権を得たようである。それと同時に、新卒で就職してから退職するまでの期間があまりに短いことも話題となっている。


 早期の離職率が高い理由の一部として、彼らが「ゆとり教育」を受けた「ゆとり世代」であることを挙げて、「イマドキの若い者はがまんが足りない」と言う人もいなくはない。だが、本当にそうだろうか。バブルがはじけた後に生まれて以来、景気の良さを実感できる時代がほとんどないまま成人した彼らは、驚くほど堅実である。筆者の学生時代の遊びほうけぶりが申し訳なくなるほどだ。


 ブラック企業に関する講座を学内で開催すると多くの学生が参加し、熱心に聞き入る。自分の身を守り、可能ならば同じ企業で長く働き続けたいという心の表れなのではないかと、筆者は受け止めている。


 ところで、この“ブラック企業”という言葉そのものについては、実は違和感を持っている。なぜならば、この言葉の根っこには「ブラック=悪辣(あくらつ)な」というイメージがあるからだ。黒人を差別してきた長い歴史を経て、アメリカなどでは「黒い」という言葉をネガティブな意味合いで使わないようにしようという動きが出て久しい。にもかかわらず、日本では新しく生まれるネガティブな言葉にまだ「ブラック」が使われているということが残念でならない。


 特定の言葉を使っただけで差別行為だとされる、いわゆる「言葉狩り」になってはいけないし、表現の自由は尊重されるべきだと、筆者も強く思っている。


 だが、それと同時に言葉には魂が宿ることも忘れてはならない。すっかり市民権を得たこの言葉の言い換えは難しいのかもしれない。だが、メディアをはじめ何げなく使っている言葉にも目を向けるべきではないかと考えているところだ。


 (近畿大学総合社会学部准教授)

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