金井啓子ブログ

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2015年7月14日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第255回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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適切に使われない優先席 廃止して「譲る心遣い」学べ

 ガラガラにすいている電車やバスに乗り込み、一瞬の迷いもなく優先席に座る中学生や高校生に近頃よく遭遇する。そのたびに、バカな中高生が…と舌打ちしたいような気持ちになる。若者は席に座るべきではないと思っているわけではない。席があいていればかまわないのだが、普通の席と優先席のいずれもあいているにもかかわらず、率先して優先席に座ってしまうのでは、何のためにわざわざ設けているのかわからなくなるということだ。

 ただ、よく考えるとバカなのは彼らではない。むしろ問題なのは親の方で、きちんと教えていないから、子どもは社会のルールが守れないだけだろう。親の教育のせいで恥をかく子どもに対しては、バカだとさげすむよりも哀れだという気持ちが強くなってくる。

 ただ、優先席をめぐって困惑するのは、子どもたちの利用ぶりに対してだけではない。これもまたたくさんの席があいている時の話なのだが、年配の人であっても、優先席には座らず普通の席に座ってしまうことがよくある。筆者から見れば「優先席に座ってもおかしくないほどにはお年を召している」と見える人でも、自分としてはそれほど年を取っていないという気持ちなのかもしれない。

 だが、その結果、優先席だけがあいたまま周囲には人が立っているというシーンが生まれたりする。筆者だって優先席に座ることはある。たまたま優先席があいていて、周囲に誰も立っていなければ、ありがたく座らせてもらう。だが、優先席がぽつんとあいていて、周りに人が立っている状態でその席に座るほどの勇気はわかない。そんな時、普通の席に座った年配の人に「頼むから優先席に座ってくれ」とお願いしたくなるような気持ちにもなる。

 ただ、これほど優先席が機能していない情景を何度も見かけると、本当に優先席は必要なのだろうかという疑念が浮かんでくる。むしろこの際、日本中にある電車やバスから全ての優先席を取っ払ってみてはどうだろうか。

 その代わりに、高齢者、身体が不自由な人、妊婦、病気の人には席を譲らなければならないということを、家庭のみならずさまざまな場所で幼い頃からしっかり教えるのだ。実際、幼稚園児らしき集団が電車に乗り込んできて、席があいていても全員足を踏ん張って立っている場面に遭遇したこともあった。知らないからできないだけで、知っていれば、強い立場に立った自分が弱い立場の人に席を譲ることはできるようになるはずだと信じたい。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2015年7月6日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第254回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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言論で”メシを食う”重み 百田・大西発言を考える

 「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」

 これは日本国憲法第21条である。筆者が毎週このコラムを書けるのも、表現の自由があるからこそである。

 自民党の国会議員の勉強会で報道機関を圧迫しようとする発言が出たことが注目を集めた。

 大西英男衆院議員は「マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなるのが一番。日本を過つ企業に広告料を支払うなんてとんでもないと、経団連などに働きかけしてほしい」と発言。党から処分された後も、自らの発言が「問題があったとは思いません」とし、「安全保障法制について事実無根の『戦争に導く』という報道をしている一部マスコミを懲らしめなければいけない。いい知恵はありませんかと(講師で作家の百田尚樹氏に)尋ねた」と説明、「誤った報道をするようなマスコミには広告を自粛すべきだと、個人的には思う」とも述べた。

 安保法制が内包するであろう危険性を危惧し批判するのは報道機関として当然の責務ではないか。むろん安保法制の整備で「国が安全に守れる」という考えもあるし、そう報じる報道機関もある。だからといって、自らと異なる考えを持つ者だけを「懲らしめる」という考え方は、憲法を順守すべき国会議員として持つほうがどうかしている。それは言論封殺すると宣言しているに等しいのだ。個人的な見解だとして発言を続けているが、それならばその発言が大きな影響力を持つ議員を辞してから発言してはどうだろうか。ちなみに、自民党は今後どう対応するのか。

 さて、大西議員もひどいが、百田尚樹氏にはもう目も当てられない。同じ勉強会で「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない」と発言。同氏は人気番組の放送作家で、多くのベストセラー小説も生み出した。つまり、言論で“メシを食って”いる人間だ。それが、言論機関である新聞をつぶせという。自分自身の言論が封殺される可能性には想像が及ばないのか。

 今回の問題に対して、日本新聞協会や日本記者クラブが声をあげたことにはやや安堵(あんど)した。普段は安保法制や原発の問題などに関する見解ではかなり足並みが乱れるが、こと報道機関の存続の話となればそんなことは言っていられないのだろう。こういった問題は放置すれば悪い方向にどんどん転がる。筆者も言論で“メシを食う”人間のひとりとして、微力ながら声をあげ続けたい。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2015年6月29日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第253回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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住民投票で自民に聞き取り 学生が市議に聞く現場の声

 筆者のゼミでジャーナリズム論を学んでいる3年生たちが、5月に大阪市で実施された住民投票について自民党大阪市議団に聞き取り調査を行うことになった。これは、市議団からの委託を受けたものである。基本的な共通項目を中心に住民投票での活動内容について、議員20人に学生が聞き取り調査を行い、最終的に筆者が監修を行って報告書を自民党大阪市議団に提出する。

 当初この依頼があった段階では、地方自治を専門とするゼミでもないのに調査が可能なのかという不安があった。だが、今般の住民投票はこれまで各地で行われた条例によるものと違い、法律による拘束力を持つ。そういう転換点に立った出来事の歴史的な意義をまとめるというジャーナリスティックな観点からぜひ関わってみたいと考えた。

 市議団の柳本顕幹事長はブログで「この貴重な経験を記録として残さなければならない」と書いている。この思いが今回の依頼につながったようだ。

 わがゼミでは、「実践的な取材活動を通じてジャーナリズム論を学ぶ」ことを旨としている。4年生は、いま社会で起きている出来事の中から伝えるべき重要性があるテーマを選び、テーマに関係する人たちにインタビューして記事を書き卒業制作の作品として提出する。3年生も別の記事の取材、執筆を行う課題が与えられるのだが、その合間に今回の聞き取り調査の依頼が入ってきた。

 ところで、「なぜ他の党ではなく自民党の調査委託を引き受けたのか」という疑問を感じる人もいるだろう。これは「たまたま依頼があったから」ということに尽きる。今後、仮に他党からも同種の依頼があれば引き受けるのにやぶさかではない。もちろん学生たちに十分な時間があって協力を得られるという条件つきだが。仮に依頼がなくても、住民投票を取材テーマとするゼミ生は出てくるかもしれない。

 ちなみに、学生たちには「中立な立場で取材にあたること」を特に強く求めている。今回の住民投票はご存じの通り賛否が拮抗(きっこう)した。学生の中にも賛否いずれかの意見を持っている者がいるだろう。だが、あえてその意見を封印して平板な気持ちで自民市議たちの声に耳を傾けてほしいと学生たちに話した。

 さて、議員という人たちに会うのはほとんど初めてという学生たちが、強い緊張感を抱えながら精いっぱいの準備を重ね、聞き取り調査を始めた。歴史的な出来事の現場に居合わせた議員たちの生の声をどれだけ拾い集められるだろうか。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2015年6月22日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第252回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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18歳の有権者どう育てるか 若者の目が政治に向かう教育

 来夏の参議院選挙から、18歳や19歳の人も投票できる見通しとなった。参院本会議で選挙権年齢を「20歳以上」から「18歳以上」に引き下げる改正公職選挙法が全会一致で可決、成立したからである。

 これは、若年層の政治参加を目指したものと言われている。だが、政治に対する若者の関心は総じて弱く、国政選挙での20代の投票率も低い。この状態のまま、単に選挙権年齢を引き下げただけで10代の若者の目を政治に向けさせられるのか、どうも疑問がぬぐえない。

 そんなことを考えているうちに、もしかしたら、精神的に未成熟な若者世代の投票人数を増やすことによって有権者をだまくらかして、トンデモない政策を掲げた候補者でも当選できるようにしているのではないか…。そんな妄想が浮かんできてしまった。だが、今のように若年層が政治に無関心なままなら、これを荒唐無稽と笑ってもいられない。

 でも、ただ暗い気分に浸ってばかりもいられない。既に決まったことをひっくり返すのは容易ではないからだ。今回の決定を受け入れて次の手を打たねばならない。その答えは教育だと筆者は思っている。つまり、自分が投票所に足を運ぶことの大切さ、何の政策に対して票を投じているのかを知ることの重要性を、若者に理解させたうえで選挙権を与えるべきなのだ。

 そんな教育が不可欠だと実感する場面がつい最近もあった。筆者が預かっている教え子たちは政治や法律を専攻しているわけではなく、政治には疎い。だが、とあることがきっかけで、筆者が担当するジャーナリズムの少人数クラスに政治記者や政治家を招いて、先月の大阪市の住民投票についてかみくだいて話していただいたのだ。

 二人の話が始まる前はなんとなく不安そうだった学生たちの口から、話の後には質問が飛び出したのである。それも、いかにも幼い内容ではなく、結構核心を突くような疑問が出てきた。後で感想を聞くと、「まだ若く政治について考えなくていいだろうと思っていたが、将来必ず私自身に影響を及ぼす政治に無関心でいいのだろうかと考えた」「知らないまま放っておくことの恐ろしさを感じた」「この私が政治の話を面白いと感じていることに心底驚いた」といった声が出た。

 18歳の人たちが自分の票を投じる初めての選挙まであと1年余り。政府にも動き始めてほしいが、民間レベルでも、政治が自分の生活を作っているという意識が広がるように努めなければならない。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2015年6月16日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第251回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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許せない”触診”発言 医師の誇りはいずこに

 大阪維新の会に所属する井戸正利・大阪市議が酒席で本田リエ市議の胸を触っている写真などが週刊誌に掲載されたことが話題となった。くだんの週刊誌が発売されて既に10日以上たっている。常に新鮮な話題に切り込むスピード感を目指している当コラムの趣旨には反するが、この件には看過できない問題が含まれているのであえて書く。

 週刊誌発売から5日ほどたって維新市議団は、その酒席にいた井戸市議を含む4市議に厳重注意の処分を出した。報道によると、井戸氏はそれを受けて記者団に「打ち上げで飲み過ぎた」「大阪市議会の品位を汚した」と話し、市議団の大内啓治幹事長は「議員の自覚を持ち、私生活もしっかりしてほしい」と述べたそうだ。井戸市議は教育こども委員会委員長の辞表を提出した。

 だが、ちょっと待ってほしい。少し論点がずれてはいないだろうか。確かにあの4枚の写真はどれもやや薄気味の悪い写真ではあったが、酒の席でハメをはずすことはよくあることである。筆者もアルコールを飲むことや、酒席に参加することは好きだ。絡んだり愚痴ったり、やたら威張り散らすような酒乱に時には筆者も出くわすが、そういった迷惑は大きくくくれば酒の上での無礼ということで、たいていの場合は水に流して許されるたぐいのものだ。

 むしろ今回の件で最大の違和感を覚え、絶対に許せないのは、本田市議の胸を触ったことを週刊誌に尋ねられた井戸市議が“触診”と答えた発言である。

 乳がんを患って手術と放射線治療を受け、今も転移と再発を恐れて定期的な『触診』を受けている筆者にとって、これ以上に不愉快な“ギャグ”はありえない。これは、筆者自身の気持ちが逆なでされている部分もなくはないが、むしろ、乳腺関連の治療にあたっておられる医師の方々に対する暴言・冒涜(ぼうとく)としか思えないからという理由の方が大きい。

 驚くことに、そしてよく知られているように、井戸市議も医師である。医師としての視点から大阪の市政を見るという役割も担っていると期待して、彼に票を投じた有権者も少なくないはずだ。

 だが言うに事欠いて、仲間の医師たちをおとしめるような発言には、医師としての誇りも何も感じられない。このまま市議を続けるのであれば、ぜひともよくよく顔を洗って出直し、寝ぼけた頭を覚ましてほしい。そして、この発言こそ問題であると気づけない維新市議団にも、ふんどしを締めてかかっていただきたい。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2015年6月8日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第250回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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就活用ネタ作りに異論 日々の生活の観察を重ねて

 「就活のためにどんな資格を取っておいたらいいでしょうか?」「就活で『大学時代に何をしたか』を話せるように、何かしておいたほうがいいと思うんですけど」-。この二つの言葉は毎年耳にするが、今年は特によく聞くような気がする。なぜだろうか。企業側の協定で現在の4年生の就職活動開始時期が遅くなり、展開が読めない3年生がやや焦っているという面もあるのかもしれない。

 ちなみに、1問目に対して筆者は「医者や弁護士のように、その資格がなくて業務をしたら法律違反になるような仕事をしたいなら資格を取ればいいけど、そうでなければ要らないと思う」と答えている。ジェネラリストを求める傾向が強い日本では、資格は入社してから必要に応じて取れば間に合う。また、業務に必要不可欠とはいえない資格をいくらたくさん持っていても、同僚とのコミュニケーションが到底取れそうもない人ならば採用はおぼつかないだろう。不必要な資格を取るのにかける時間が惜しいということに気づいてほしいと、学生たちと話すたびに思う。

 さて、「大学時代に何をしたか」という、いわゆる“ネタ”を作ったり探したりということに血道を上げる大学生は多い。そのネタは、たとえばボランティア活動を行ったり、海外に留学したり、サークル活動やアルバイトでなんらかの役職に就くなどの功績をあげたり、といったもの。つまり「何か大きな物事」をなしとげなければならないというシバリがあるようなのだ。

 だが、採用する企業側は本当に「何か大きな物事を学生時代になしとげた人」を求めているのだろうか。筆者もごくわずかではあるが採用活動に関わったことがある。その経験に基づいて言えば、その人が学生時代にやったことが小さかろうが大きかろうが関係ない。むしろ、自分自身を客観的に観察して自分について語れるかどうかが、よほど大切に思われる。極端なことを言えば、何も目立ったことをしていない学生であっても、「何もしていなかった自分」が毎日どう過ごしていたのか、何を考えていたのか、振り返っていまどう思うのか…等々を語ることができれば、十分なのだ。

 ネタ作りに焦っている学生たちに、筆者は「毎日の生活をじっくり観察してごらん」と声をかけるようにしている。自分の生活の中のどんな小さな出来事も、自分なりのこだわりを持って選択した積み重ねだろう。それだって十分に「大学時代に何をしたか」というネタとして活躍するはずだ。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2015年6月1日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第249回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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改正道交法で自転車どうなる 警察は“点数稼ぎ”を離れて

 大阪府で1月~4月に起きた自転車がからむ事故の件数は、全国トップだそうだ。そりゃそうだろうと納得できるのは、悪名高いマナーの悪さのせいに違いない。筆者は約10年前に自転車事故で友人を亡くして以来、やむを得ない事情がない限り自転車に乗らないことに決めている。一方、歩行者として、車のドライバーとして、自転車の横暴ぶりには日々おののいている。

 そんな恐怖の日々がきょうでついに終わるのだろうか。自転車の道路交通法が改正され、罰則が強化されたのである。自転車を運転していて危険な違反行為で3年以内に2回以上摘発された場合、「安全講習」を受けなければならない。受講対象となる「危険行為」は(1)信号無視、(2)通行禁止違反、(3)歩行者用道路徐行違反、(4)通行区分違反、(5)路側帯通行時の歩行者通行妨害、(6)遮断踏切立入り、(7)交差点安全進行義務違反等、(8)交差点優先車妨害等、(9)環状交差点の安全進行義務違反、(10)指定場所一時不停止等、(11)歩道通行時の通行方法違反、(12)ブレーキ不良自転車運転、(13)酒酔い運転、(14)安全運転義務違反-と実に多くの項目が並ぶ。ちなみに、受講命令に従わないと5万円以下の罰金となる。

 これで、スマホや傘を持ち片手で運転する人たちが消えうせる日が待ち遠しい。自転車が走るのは原則として車道であり、例外的に歩道を走る場合は徐行が義務づけられているのだから、猛スピードで歩道をすり抜ける人もいなくなってほしい。

 さてもう一つ、交通安全推進のために改善してほしい点がある。それは警察による車の速度違反取り締まりである。と言っても、違反をする車が多くて危ないからもっと取り締まってほしいという要望ではない。どう考えても取り締まりには不適切な箇所で取り締まるのをやめてほしいのだ。

 先日和歌山に行く途中で高速道路を走っていると、車2台が前方の路肩に止まっているのが見えた。警察官が三角板を立てようとしている。事故が起きたのかと見ると、速度違反の車をつかまえたらしい。それが、カーブの多い箇所でトンネルの入り口にも近いのだ。路肩も広くない。事故を防ぐつもりの取り締まりがかえって事故の呼び水になっては元も子もない。

 警察には単なる“点数稼ぎ”ではない本当に必要なことをやってほしい。必要な取り締まりを適切な方法と場所で行ってこそ、交通事故の死傷者が一人でも減る社会となるはずである。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2015年5月25日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第248回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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橋下府政・市政の功罪明らかに 次期府知事・市長に望む検証

 大阪市全域が晴天に恵まれた5月17日。いわゆる「大阪都構想」の是非を問う住民投票が進む中、筆者はいくつかの投票所をまわった。そこにはビラの束を手にした賛成派、反対派の人たちが数人。若者から70代とおぼしき年配の人までと年齢も幅広い。

 通常の選挙なら、投票当日のこうした運動は禁止されている。だが、住民投票である今回はその適用を受けない。ビラ配りをする何人かに話を聞いてみたが、いわゆる「選挙慣れ」した印象は全く受けない人ばかりだった。おそらく、組織や誰かから強制されることなく、自らの意思でそこに立ったのだろう。そういった意味で、今回は真の意味で「有権者による選挙」だったのかもしれない。事実、有権者の関心の高さは投票率にも表れた。今回の投票率は66・83%。大阪市内の国政・地方選挙で見ると、過去最高だった1951年の大阪市長・市議選には及ばなかったものの、大阪府知事選とのダブルで行われた2011年の市長選などを上回った。有権者が積極的に投票や運動に関わったことは大きな意義があるだろう。

 さて、都構想の議論が終わりを迎えたことで次にクローズアップされるのは、今秋に予定されている大阪府知事、大阪市長のダブル選挙である。橋下徹市長が不出馬と政界引退を表明した今、次の市長は誰が就任するかに注目が集まっている。大阪維新の会が推す候補者か、それとも野党会派のみこしに乗る人物かの結論は秋に出る。

 ところで、大阪に住むひとりの有権者として、次期府知事、市長にお願いしたいことがある。それは橋下府政、市政の功罪を明らかにするための検証と反省である。例えば橋下市長は府知事に就任直後、居並ぶ府職員を前に「大阪府は破産会社だ」と訴え、財政改革に大なたを振るった。府庁を去るときは「優良会社です」と大見得を切った。だが、なぜかその後は毎年のように借金は増え続け、現在は地方債を発行するにも国の許可を要する起債許可団体に転落している。これでは優良会社なのか破産会社なのか、府民にはさっぱりわからない。この他にも公募区長や公募校長が区域や教育現場にもたらした功罪の影響も考えて見る必要がある。

 橋下市長は優秀な政治家で多大な功績を残したと思うが、同時に大阪に暗い影を落としたように思えてならない。その理由を明らかにしておかないと、いつか将来、また同じ歴史を繰り返してしまう。だからこそ、そのための検証が必要なのだ。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2015年5月18日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第247回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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不便なおいしさ求める旅 現場ならではの味や風景

 青い空と海。白い砂浜。入り組んだ沿岸。気持ちのいいそよ風に吹かれ、沖でサーフィンを楽しむ人たちを眺めながらコーヒーを飲む。これは、数週間前に鳥取を訪れた筆者の体験である。

 鳥取に住む友人に直接会って仕事上の打ち合わせをする必要ができたために、行くことになったのだった。どうせ話をするならばゆっくりとできる心地よい場所でということで友人が選んでくれたのが、波打ち際まで十数メートルの位置に立つカフェだった。

 もともとは海を監視するために使われていた建物を改造して、他県から移住したオーナーがオープンしたこの店。リゾート地風のしゃれた外観とインテリアを見た筆者は、若者専用の店なのではないかと一瞬ためらったが、ひっきりなしに訪れる客を見ると、観光客風の若い人たちもいれば、地元の年配女性が息子とおぼしき男性と来ていたり、中年の男女グループがビールを飲みながら海を眺めてくつろいでいたり、実にさまざまな客層に愛されていることがわかった。こだわりを持って取り寄せた材料で出された料理は、友人が足しげく通うほどとりこになる理由が納得できるおいしさだった。

 ところで、各国でチェーン店を展開しているスターバックスコーヒーが鳥取にも今月ついにやって来るそうだ。これで47都道府県すべてに開業することになる。これまで「日本で唯一スタバがない鳥取県」として話題にのぼったり、鳥取砂丘とスタバにひっかけたような名前の喫茶店「すなば珈琲」が開店して注目を集めてきた。

 日本全国、いや世界各国どこに行っても、同じものが食べられるチェーン店の安心感や便利さは捨てがたい。また、流通システムが成熟した今、どこに住んでいてもさまざまなものを入手することができるようになった。そして、インターネットの発達で、各地に設置されたウェブカメラを通じて、遠く離れた場所の様子をリアルタイムで見ることも可能である。

 だが、そんな時代だからこそ、おいしいものを食べるため、あるいは独特の風景を見るため、はたまたその地方独自の気質を持つ人々に会うために遠くまで足を運ぶという、ある種の「不便さ」を大切にしたいとも思う。

 鳥取には近々また行きたいと考えているところだ。幸いなことに、筆者が住む大阪からはさほど遠くない。そして、その折にはぜひあのカフェを再訪したいと思っている。それは、あのカフェでしか味わえない食べ物や飲み物、あそこにしかない風景や空気があるからである。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2015年5月11日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第246回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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重い一票を住民投票で棄権せず 初の政令市廃止問う

 全国には政令指定都市が20市ある。最初に移行したのは大阪・名古屋・京都・横浜・神戸の5市で、1956年のことだったから、今から60年近く前のことになる。これまで政令指定都市が廃止された例はない。この日本初の試みを行うかどうか、それを問う住民投票が5月17日に迫っている。

 一般には「大阪都構想の賛否を問う住民投票」だと思われているが、「特別区設置住民投票」というのが正式な名称である。そして、今回の住民投票で問われているのもその名の通り、大阪市を廃止して特別区を五つ設置するかどうかという点なのだ。有効投票数のうち賛成票が過半数となれば大阪市は消滅する。その結果、大阪市が持つ港湾や交通、都市計画などの広域行政は大阪府に、それ以外の住民に接する福祉や子育て、教育などの仕事は特別区に引き継がれることになるのは、前回のコラムでも書いた通りだ。

 ところで、今週末の住民投票の結果が持つ拘束力の強さについてはご存じだろうか。今回の住民投票は大阪都構想の根拠法である大都市地域特別区設置法に基づいて実施されるため、賛成であれ反対であれ、その結果を必ず実行しなければならないという法的拘束力が発生するのだ。一方で、住民投票の中には条例に基づいて行うものもある。こちらの場合は、条例に「首長、議会は住民投票の結果を最大限尊重する」といった言葉が盛り込まれていることが多く、結果がどうなったとしてもそれを実行する義務は生じない。つまり、大阪市廃止をめぐる今般の住民投票は、大阪市の有権者の意向が直接的に大きな変革をもたらす、重要なものであることがわかる。

 東京への一極集中が進み大阪の地盤沈下が叫ばれて久しく、まだその進行は止まらない。かつてほどの活気がない大阪に不満をため込んでいる大阪市民も多いことだろう。では、今回の特別区設置がその状況からの起死回生策となるのか。住民に対する行政サービスが大きく改善して今よりもぐんと住みよい町になるのか。有権者のみなさんは、大阪市を廃止して特別区を設置した後の大阪の姿について、詳しい情報をきちんと得ただろうか。

 日本初の試みを問われる住民投票。「試み」と書いたが、「とりあえずやってみてダメならやり直す」では済まされない。いったん決めたら後戻りはできないのだ。非常に重い一票を、自分のために、そして将来の世代の人々のために、ぜひ投じて頂きたい。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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