金井啓子ブログ

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2015年1月19日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第230回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。


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無言で見守るネットの観衆 言葉を野に放つ重み
http://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/gendaikou/150119/20150119055.html

 年末年始は、しばらく会っていなかった友人たちと久々に顔を合わせたり年賀状をやりとりして旧交を温める機会が多かった。すると、すっかりご無沙汰だと思っていた人たちから筆者の近況を知っていると言われることが何度かあった。SNSやブログ、コラムに筆者が書いた内容を読んでいたからだそうだ。

 フェイスブックやツイッターには、コメントを書き込んだり「イイね」を押す機能がある。だから、そういう機能を頻繁に使用する友人や知人だけが自分の書いたものを読んでいると錯覚しがちだった。だが、もちろんそうではない。ひっそり黙って読んでいる人が実は多いということをあらためて実感した。驚いたし、「声をかけてくれてもいいのに」と思ったが、黙って読んでいることが悪いわけではもちろんない。ネットとはそういうもの、つまり一度ネット上に載せたならば誰の目にも触れるものと覚悟を決めなければならないのだ。SNSなどには自分が書いた内容を公開する範囲を制限する機能がついているが、基本的にこういう機能が自分を守ってくれるとは筆者は思っていない。

 しかし、ネットを身近なものとして育ってきた若者たちを見ていると、あまりの無防備さに時に驚く。社名は出さないまでも自分の職場の悪口をはっきりと書く、法律違反すれすれか悪くすると違法なことをやって喜々として報告する、周囲の人間に関する不満を並べる。匿名ならバレないと思うのだろうが身元特定は可能だそうだ。いくら「友達限定」にしたり「鍵」をかけても、周囲の誰かがコピーをして外の世界に流出させることがありうる。

 ネットの世界に書き込む作業は、誰もいない広場で大声で叫んでいるけれど実は広場には無数の監視カメラが仕掛けられているようなもの、というイメージを筆者は持っている。いったん野に放った言葉は多くの無言の観衆たちに見られている。だから、時に第三者からの批判や苦情が来ることも覚悟しなければならない。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2015年1月12日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第229回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。


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暴力に寛容な日本への変容 仏紙襲撃で襲撃者擁護も
http://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/gendaikou/150112/20150112049.html


 筆者は、世界中に支局を持つロイターに勤務していた。東京、大阪、ロンドンの勤務地で出会った同僚は数多い。また、サミットやG7などの国際会議の場で、日本政府代表を取材していた筆者と同様に、各国代表を取材するためにそれぞれの支局から来た同僚とも一緒に働いた。そんな彼らとのつながりを強く意識するのが、ジャーナリズムが危機にさらされる時である。

 仏週刊紙の襲撃事件が発生した直後から、ロイターまたは他の報道機関で働いていたり、既にジャーナリズムの世界から足を洗った元同僚たちの多くが、ネット上で事件を非難する声を上げた。新聞の内容が気に入らないからと暴力で封殺してしまえば、言論の自由、報道の自由が奪われるという、大きな危機感を抱えているからだろう。筆者も同じ気持ちである。

 ひるがえって日本はどうか。テレビや新聞紙面では大きく報じられた。だが、こんな大きな事件が起きた時ににぎわうネットの世界が予想外に静かで驚いた。対岸の火事ではないはずなのだが、遠い話と感じて無関心なのだろうか。

 もう一つ驚いたのが、週刊紙側を非難する論調が見受けられたことだ。つまり、宗教を風刺した新聞が悪いのであって攻撃されてもやむを得ないという考え方である。中には、この新聞の内容がヘイトスピーチと同じだととらえる発言まであって、心底驚いた。ここまで来ると無知は害悪でしかない。現在日本でも話題になっているヘイトスピーチは、相手側に死を迫ったり物理的な暴力をほのめかす内容であり、皮肉を利かせたこの新聞の内容とは全くレベルが違う。

 しかしながら、こういった認識が現在の日本の「空気」を体現しているのかもしれない。つまり、自分が気に入らない行動・言動を取る相手に対しては、暴力で封じ込めればいいと考える人が増えているのではないか。だが、相手を暴力で倒そうとする人は、いつか自分も暴力によって倒される。そう戒めておくべきではないだろうか。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2014年12月29日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第227回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。


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バイトへの不気味な忠誠心 仕事と生活の調和は来るのか
https://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/gendaikou/141229/20141229033.html

 今年もあと数日。忘年会シーズンも終わろうとしている。筆者も普段からよく会っている人たちやご無沙汰の知人たちとの時間を楽しんだ。

 その中に学生たちとの忘年会もいくつかあった。学生全員の都合が合う日を見つけるのは難しく、何人かは欠席となった。いろいろな用事があったようだが、中でも目立ったのが「アルバイトを休めないから」という理由だった。

 実は忘年会に限らずこんなケースは多い。アルバイトの予定が決まらない限り、それ以外の計画がなかなか進められない。シフト制をとっているところだと、雇用者側から「この日時に働け」と指定されたら拒否できないらしく、何をするにしても「まずはアルバイトのシフトが決まってから」と言うのだ。要するに彼らの生活のすべてにアルバイトが優先すると言っても過言ではない。

 アルバイトとはいえ、きちんと休まず働こうとする姿勢は評価したい。だが、授業には平気で遅れたり休んだり、出席しても眠っている学生が多いのに、アルバイトにだけはやたらと「忠誠心」を示すのは何か不気味さを感じる。ある時など、就職活動の大切な面接とアルバイトのシフトが重なった学生が、「アルバイトの代わりを見つけるのは難しいと思うから、面接を断ります」と言い出して、筆者が驚愕(きょうがく)しつつ激怒したことがあった。結局その学生はアルバイト先に事情を話して面接に行った。このような姿勢は、「断ればクビになる」ことが根底にあることはもちろん間違いない。

 さて、今は学生生活の一部として行うアルバイトだが、いざ社会に出て働くことが生活の中心となった時に、どんな働き方をするのだろうか。非正規雇用の多さが問題となっている現在、絶えず失業におびえながら雇用者側の言うなりに働く姿は想像に難くない。たとえ運良く正社員になれたとしても、自分の時間を大切にした働き方がどれほどできるのか不安を感じる。仕事と生活の調和が実現する社会はいつ訪れるのだろうか。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2014年12月22日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第226回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。


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今のシューカツは最適か 離職率下げ自立した大人に
https://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/gendaikou/141222/20141222032.html

 卒論を終えてほっとした表情の大学4年生たちと対照的に、3年生たちがそわそわし始めている。彼らの代から就職活動の解禁がこれまでより3カ月遅れることが影響しているようだ。

 今回の措置は、政府が主要な経済団体に対して採用広報開始を3年生の3月とするよう要請したことを受けたもの。こういった協定は長く存在しているがたびたび変更されている。つまり、いったん決めてもほとんど守られない「紳士」協定だからだろう。

 さて、今回はどうなるのだろうか。これまで3年生の夏に提供されることが多かったインターンシップが冬から春にかけても行われるようになり、今はその情報収集や応募にいそしむ学生がいる一方で、「出遅れるのでは」「どんな準備をすればよいのか」と不安にさいなまれる者たちもいる。

 たった48カ月しかない大学生活の相当長い期間を就職活動に割くことに対する異論は、昔から叫ばれてきた。今こそあらためて、こんな職探しの方法がこの時代の若者と企業に最適なのか考え直せないだろうか。

 単位をきちんと取得して大学を卒業することを採用の条件にしていながら採用活動によって授業の邪魔をする企業にも腹が立てば、当然の権利のように「シューカツだから授業休みます」と学生に平然と言われることにもウンザリ、授業に出ていても上の空の学生には落胆、というホンネは取りあえずおいておく。

 大卒の3年後離職率が約3割と高い状況が続いている。せっかく学生時代の貴重な時間を割いて就職しても、3人に1人は3年以内に辞めてしまうのだ。5月に当コラムでも書いたように、学生時代にみんな一斉に走りだして卒業までになんでもいいからと内定を取ろうとすれば、「ババ」をつかむ可能性も高まる。それならば、まずは学生生活を全うして卒業した後に、じっくりと腰を落ち着けて職探しをしたほうが、早期の退職も防げるはずであり、経済的にも精神的にも自立した大人になれるのではないだろうか。

 (近畿大学総合社会学部准教授)

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2014年12月15日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第225回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。


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海外経験で国家を裏切るか 新法が招く暗黒時代
https://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/gendaikou/141215/20141215052.html

 「希代の悪法」と1年前の当コラムで書いた特定秘密保護法が、選挙のドサクサにまぎれて施行された。後世に振り返って、12月10日が暗い時代へ転落していく大きな転換点だったと悔やむことになると危惧する気持ちは変わらない。

 時の権力者が恣意(しい)的に拡大解釈できる同法には、危うさしか感じない。特に政府が気に入らない内容を報じた報道機関がつぶされる可能性には、身の毛がよだつ思いである。

 さらに、施行直前に飛び込んできたニュースにも耳を疑った。同法の制定過程で、所管の内閣情報調査室が、海外で学んだり働いた経験があると国家機密を漏らす恐れが高まるという考えを関係省庁に示し、学歴や職歴の調査が必要と強調していたことが、政府文書で明らかになったのである。国内の外国人学校で教育を受けた経験、外国企業での勤務経験も挙げられており、「外国への特別な感情を醸成させる契機となる」「外国から働き掛けを受け、感化されやすい。外国の利益を優先し、秘密を自発的に漏えいする恐れが存在する」としている。

 筆者は海外の学校で学び、海外で働いたこともある。そして前職の勤務先は外資系企業だった。筆者の周囲にはそういう経歴を持つ人が多い。だが、そういう彼らとそうではない人を比べて、前者が国家に反逆する確率が高いと感じたことは一度もない。多様な価値観に触れた上で日本を深く愛し、日本を客観的に見る能力も有している。これは筆者のような一般人であろうが、国家機密に触れる可能性が高い公務員であろうが、異なるとは思えない。

 憂慮すべきは、こんな画一的なモノの見方しかできない人間が、これほど重要な法律の制定に関わったということだろう。偏狭な「ナショナリズム」こそが国家をむしばむという好例である。海外につながりがある人間を「差別」しようとするこの動き、今回は政府文書で明らかになった。だが、今後は悪法のせいでこれもまた「秘密」とされてしまうのだろうか。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2014年12月8日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第224回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。


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討論会にニコ動生かせず 投票日まで情報収集を
https://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/gendaikou/141208/20141208043.html

 これほど争点や理由がわかりづらい選挙も珍しい。だから、各党の主張を知る機会は貴重だ。そういう意味で、公示日直前に大阪市内で開かれた各党の代表者による公開討論会はありがたかった。

 6党を代表して参加したパネリストたちは、誰も長々と話すこともなく、基本的に話が簡潔で明瞭だった。残念だったのは、舞台上のパネリストの後ろに掲げられた大きなスクリーンにニコニコ動画の生中継の模様が映し出されていたことだ。ご存じの読者もいるだろうが、ニコ動の映像では視聴者のコメントが画面の右から左へ流れるのが、大きな特徴である。リアルタイムで流れるコメントは時になかなか辛辣(しんらつ)で興味深い。

 ただ、今回はニコ動の中継を会場で見せる必要はなかったと思う。舞台を見上げてパネリストたちが話す様子を見ていた筆者を含む聴衆にとって、パネリストの後ろで絶えず流れるコメントがチラチラして、話に集中しづらかった。インターネットにはあまりなじみがなさそうな高齢者も会場にはいたが、おそらく戸惑いを感じたのではないだろうか。

 さらに、開始前に主催者は会場の聴衆に対してヤジや拍手を禁じていたのに、ヤジとあまり変わらないニコ動のコメントを流すというのは、矛盾を感じた。また、パネリストの中には、コメントが気になるらしく後ろを頻繁に振り返っていた人もいて、正直言って印象が悪かった。会場の聴衆や討論の内容にさほど関心がないのだろうかと感じたためだ。もし大きなスクリーンでニコ動の中継映像を流すなら、それと同時に、各パネリストの前にもパソコンを置いてその内容を見られる状態にすべきだったろう。パネリストたちの後ろでコメントだけが流れ、コメントを読めないパネリストや司会者が「言われっぱなし」なのは、こっけいさが際立っていた。

 どんなに便利な道具であっても、使い方を誤れば有害になることだってある。投票日まであと6日、できるだけ効率的に情報を集めたいところだ。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2014年12月1日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第223回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。


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衆院選出馬断念の後遺症は 市長の“ベストの判断”
https://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/gendaikou/141201/20141201058.html

 「とめてくれるなおっかさん 背中のいちょうが泣いている 男東大どこへ行く」

 これは小説家の橋本治さんが、大学紛争がピークに達しようとしていた最中の東大駒場祭ポスターに打ったコピーである。学生運動に熱中するわが子を心配する母親の心情をよそに学生たちは「とめてくれるな」と訴えた、当時の社会事情をよく表した名作として知られている。ちなみにポスターの絵は背中にイチョウの彫り物をしたヤクザ風の男。先日亡くなった高倉健さんの映画「昭和残侠伝 唐獅子牡丹」を模したものだといわれている。

 さて、同じハシモトでもこちらは橋下徹大阪市長の話。「とめてくれるな」とはっきり口には出さなかったが、大阪市長から衆院選にくら替え出馬する雰囲気を松井一郎府知事と共に醸し出していた。目的は公明党への揺さぶり。大阪都構想の実現に協力を密約したはずの公明党が土壇場で裏切ったことで都構想は頓挫。その復讐(ふくしゅう)に燃えての出馬であり、国政から圧力をかけることで大阪府市の公明党に再度の協力を求めるためだったと維新関係者は言う。だが、公明党は密約説を否定し圧力にも屈しないと逆に態度を硬化させ、橋下維新と戦う姿勢を見せた。思惑が外れた2人は出馬を取りやめたのだ。

 そもそも国政の立場からの都構想実現への関与などわずかである。橋下市長は出馬取りやめを「ベストの判断だった」と言うが、都構想を実現するなら市長、府知事にとどまることがベストであることは誰が考えても分かる。衆院選出馬の意志がないのなら最初から曖昧な態度を取るべきでなく、現職をまっとうする姿を府民、市民に毅然(きぜん)と見せるべきだったのに、結果、格好の悪さだけが印象づけられる騒動になった。

 「とめてくれるな大阪市民 背中の都構想が泣いている 男橋下どこへ行く」の心境だったかもしれないが、今回のドタバタにあきれた大阪市民の声が「誰もとめないから、とっとと市長を辞めてくれ」とならないことを祈るばかりである。

 (近畿大学総合社会学部准教授)

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2014年11月21日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第222回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。


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http://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/gendaikou/141121/20141121030.html

 「負けたくないね。追っかけたい。縁あって俳優を選んだんだからね」。これは先日死去した俳優の高倉健さんが、数年前にテレビのインタビュー番組で同じく俳優だった大滝秀治さんについて語った言葉である。

 それまでも筆者が大好きで最も憧れる俳優は健さんだったが、その言葉でさらに熱が入った。不本意ながら俳優の道を選んだという彼が、「縁」として仕事を受け入れて人々の期待にこたえ続けてきたことを知って心を打たれたからだ。多くの実績を積み重ねてきた彼ならではの、重みのある言葉である。筆者は直接お目にかかる機会には恵まれなかった。それでも、せんえつながら「俳優」の部分に自分の職業を当てはめて座右の銘とまでするようになった。筆者の場合、別に不本意な就職だったわけでもないが、それでも仕事で面白くないことがあるたびにこの言葉に励まされている。

 健さんに憧れ始めたのがいつだったのか、はっきりとは覚えていない。でも、「好きな男性のタイプは?」と聞かれると必ず「健さんみたいな人」と答えるようになって久しい。映画の中の寡黙で不器用で男らしい彼にひかれたのだろう。ちなみに、筆者の一押しは「駅 STATION」。酒場で紅白歌合戦の「舟唄」を静かに聴くシーンがたまらない。

 実際には不器用でも静かでもなく、ずいぶんおちゃめな人だという話を時折耳にしていた。前述のインタビューで、明るくてユーモアにあふれ、細やかな心配りの人だと知って、ますますほれ込んだ。

 死去のニュースが伝わってテレビ、新聞、ネット上で人々の発言を見るにつけ、多くの人にとって大きな存在を失ったのだと実感する。遠からずこんな悲しい日が来ると覚悟してはいたが、筆者もすっかり気落ちしている。いつの日か直接お会いしてみたいという無謀な夢はもうかなわないものとなってしまった。でも、冒頭の言葉は筆者の背中を押し続けてくれることだろう。このご縁をありがとう、そして、合掌。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2014年11月14日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第221回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。


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http://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/gendaikou/141114/20141114030.html

 アニメソング、海外ドラマ、仮面ライダー、凶悪犯罪、孤独死、シェアハウス、スポーツの機械判定、スマホゲーム、戦場報道、大学サッカー、東京五輪、バラエティー番組、YouTube、若者ホームレス。実はこれ、筆者のゼミの4年生たちが取り組んでいる卒業制作の記事のテーマだ。

 社会でいま起きている現象から各自がテーマを選び、彼らが感じる疑問を解き明かすために、参考文献を読んで複数の取材相手にインタビューをして記事を書くというのが流れである。テーマは実に多様だが、記事を書くことによってその情報を周りの人々に伝えるだけの価値があるテーマなら何でもよいとしているためだ。

 ただし、残念ながら彼らの記事はゼミ内での公開に限定している。取材相手の中には取材を受けることをちゅうちょしたり、取材内容をネットで拡散されることを危惧したり、学生であるだけに不正確な情報を書く可能性もあると懸念したり、といった人たちがいる。だから、取材を申し込む時点でゼミ内公開に限ることを先方に伝えている。

 それでも、この記事制作は学生たちにメリットがあると考えている。企画書やインタビューの依頼状を書いて見知らぬ人に郵便で送り、手紙が届いているか電話で確認し、メールでやりとりをできることになっても言葉遣いには気をつけなければならないし、取材の約束がとれたら初対面の人に適切な服装で遅刻せずに会いに行き、限られた時間の中で具体的な答えを引き出せるような質問をして、インタビュー後はテープ起こしをした原稿を読みやすいように整理する。これだけでも多くが学べることが分かるだろう。

 ちなみに4年ゼミの中で記者志望はごくわずか。マスコミ以外で働く予定の学生がほとんどだ。それでも、こういった経験は一般企業であろうと公務員であろうと、社会とのつながりを学んだことは役立つはずだ。

 締め切りは12月半ば。これから旅立っていく社会に鋭く切り込んだ記事を楽しみに待ちたい。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2014年11月7日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第220回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。


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http://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/gendaikou/141107/20141107032.html

 「やまぼうし農園」のことは本コラムで既に数回書いた。昨年度までの4年間に近畿大総合社会学部で客員教授を務めた女優の浜美枝さんの授業を受けた学生たちが、「近大農園」として立ち上げ福井県おおい町で主に活動している農業サークルである。その後、改名して現在に至っている。

 同町のコメ農家の一家に支えられながら主にコメ作りに取り組んできた彼らが、3度目の収穫期を迎えた。今年は初めてもち米に挑戦。シカに田んぼを荒らされたり、交代で大阪から草刈りに通ったり、苦労は多かったようだが、筆者にももち米ともち米粉を届けてくれた。さっそく中華おこわを作ったら、ホクホクとおいしいものができた。作った人の顔が分かるから、なおさらおいしく感じたのかもしれない。

 言うまでもなく、食べ物は命を保つために不可欠なものである。欠かすことのできないものを自分の手で作って確保する大切さを体感している彼らには、たくましさを感じる。もし筆者が近大生として浜さんの授業を受けた後にやまぼうし農園で活動していたら、どんなことを考えていたのだろうか、その後歩む道のりはどう変化していたのだろうなどと考えると、彼らをうらやましく感じたりもする。

 まもなく幹部が4年生から3年生に引き継がれるらしい。浜さんの授業を受ける機会がなかった現1年生も加わり、サークルは続いている。

 最近、今年収穫したもち米ともち米粉で作ったさまざまな料理を持ち寄って、試食会が開かれた。その中から特にメンバーの人気が高かったものを作って、収穫祭に出店するのだという。投票の結果、みたらしだんご、シフォンケーキ、スノーボールクッキーを作って売ることが決まった。筆者が試食会に出した中華おこわも作る可能性があるらしく、楽しみだ。

 その収穫祭、9日の日曜に若狭町の「かみなか農楽舎」で開かれる。大阪からでもそう遠くない。作り手が見える食べ物を求めて、足を運んでみてはいかがだろうか。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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