金井啓子ブログ

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2016年1月25日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第283回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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東京以外で学生の採用活動を 地方の人材発掘は進むか

 軽井沢で今月半ばに発生したスキーバスの事故。大学で同じゼミに所属する複数の学生が亡くなったということを聞いた時、思わず自分のゼミの学生だったらと想像して胸が締めつけられるような思いがした。

 一日も早く事故の原因究明を進め、こういった事故が防止できる体制を一企業のレベルだけでなく社会全体で整えられることを強く願っている。

 そしてもう一つ望みたいのは、企業が新卒学生の採用活動を行う際に、東京を中心に行う風潮を改め、地方で学ぶ学生たちが長旅をせずとも就職活動ができるようにという点である。

 就職活動を控えた学生の多くが「就活のためにお金をためておかなければ」という言葉を口にする。就職活動に必要とされるお金の中心は交通費なのだ。

 筆者が教えている大学は大阪府東大阪市にあり、多くの学生が大阪、 奈良、 京都、 兵庫、 和歌山、三重のいずれかから通っている。就職したい企業が東京で説明会や試験、面接を行うと言えば、そのたびに出向く。就職活動を終えた4年生のゼミ生に尋ねたところ、半数近くが何度かは就職活動のために東京に行っていた。中には15回近く大阪と東京を往復したという学生も2人いた。大阪と東京を新幹線で往復すれば3万円近くかかる。そのため、2人とも夜行バスを10回以上使ったそうだ。当然のことながらバスの方がずっと安く、高くても片道6千円程度、安いものだと2千円、3千円の便にも乗ったらしい。

 「安かろう悪かろう」と単純に言うことはできないが、今回のスキーバスだけでなく夜行バスで時に死亡事故が起きている一方で、新幹線ではそういった事故が現時点では起きていないことを考えると、やはり夜行バスに頻繁に乗らねばならない就職活動には危惧を覚えてならない。

 心配なのは事故の危険性だけではない。真夜中近くにバスで大阪を発ち、浅い眠りのまま早朝に着いた東京で、数時間をなんとかつぶした後にスーツに着替えて企業に向かい、終わればまた夜まで時間をつぶして夜行バスに乗って大阪に戻り、朝にはそのまま大学での授業に向かう。そんな生活が身体にいいとも思えない。

 学生たちよりは「経済力」が高いことは間違いない採用側の企業には、学生に交通費と時間を費やさせず、地方に出向いて採用活動を行ってほしい。東京以外に埋もれている金の卵をベストの状態で見極めるためには、東京を出て人材発掘を行うことも有益だと思うのだが、いかがだろうか。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2016年1月18日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第282回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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自国批判のTV嫌われるのか 米国アルジャジーラ閉鎖で

 数年前に米国のワシントンDCを訪れた際、知人が勤務する衛星テレビ局のアルジャジーラの支局を訪問した。カタール政府が出資する同社に対して当時の筆者は正直に言って「なんとなく中東寄りでイスラムに重きを置いたテレビ局」というイメージを持っていた。それがワシントンに支局を持っていることに単純に驚いたし、しかもホワイトハウスに程近い場所にあることにさらに意外の念を抱くとともに、そんな「アメリカの懐の深さ」に感じ入ったりもした。

 さて、同社は、米国の視聴者に向けて3年前に立ち上げたニュース専門チャンネルの放送を4月末までに終了することを先週発表した。経営難が理由だと発表されている。どうやら原油安によって大きな影響を受けたようだ。ただ、いくつかの報道では、米国の視聴者の間でアルジャジーラは反米だというイメージが強かったために視聴率が低迷したという分析も伝えられていた。

 だが、前述したように「なんとなく中東寄り」というイメージを持っていた筆者も、日常的にアルジャジーラのニュースサイトに流されるニュースを見ているうちに、そういった印象は消えていった。その代わりに、幅広い分野に関して冷静な視点で伝えるという見方が自分の中で強まり、何かの事件が起きていくつかのニュースサイトを比較する際にはアルジャジーラにも目をやるようになっていた。 今回影響を受けるのはとりあえず米国の視聴者向けのニュース専門チャンネルのみらしい。今後も世界各国のニュースを集めて報じる役割を果たすメディアの一角としては頼りに思うし、取材活動に期待している。

 だが、反米のイメージが強くて不人気という分析は見過ごせない。アルジャジーラが本当に米国に関しては不当なほど厳しく報じているのかどうかはさまざまな意見があるのだろうが、仮に自国に対して批判的に報じているテレビ局であっても、だから見ないというのはむしろ偏ってはいないか。

 ジャーナリズムの大きな役割の一つが、権力の監視役である。政府などが暴走をしていないかどうかを見守り、逸脱するような動きがあればいち早く報じて国民に知らせることが求められているはずである。にもかかわらず、それが嫌われてしまう。

 これは米国の問題だけではない。日本でもあり得る話だろう。ただ、耳に心地よい情報は時に事実をねじ曲げている場合がある。真実ほど耳に痛いものだ。せめて私たちは真実と向き合う勇気は持ちたいものである。

 (近畿大学総合社会学部准教授)

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2016年1月11日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第281回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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マイナンバーの民間連携に不信 情報管理の行き着く先は

 友人と割り勘で食事をしてお勘定の場面を迎えると、筆者の大きくふくらんだ財布を見て友人が笑う。「札束が入っててうらやましい」などと冷やかす友人もいるが、整理整頓が苦手なためにレシートの処分をまめにしないのが原因の一つ。そしてもう一つがポイントカードの存在である。一時はもっと入っていたが、最近は頻繁に行く店のものだけに絞るようにしている。それでも、財布はなかなか小さくならない。

 こんな悩みを抱えている人は他にも結構いるだろう。そんな人たちに朗報と思えるような知らせが入ってきた。

 高市総務大臣は先週、マイナンバー制度に関して「個人番号カードのICチップの空き領域を活用して、民間企業のポイントカードやクレジットカードなどそれぞれのサービスに連携できる仕組みを総務省で構築してみたい」と述べたと報じられた。マイナンバー制度では希望者に対して、顔写真の入った個人番号カードが無料で交付されることになっている。

 大臣のこの発言に関して、財布の中にあふれるポイントカードが1枚に集約されると前向きな雰囲気で放映しているテレビ局もあった。筆者も一瞬小躍りしかけた。

 だが、少ししてなんだか落ち着かない気持ちが湧いてきた。個人番号カードは政府が発行して管理しているものである。自分がポイントカードを利用している店舗の情報が政府ですべて確認できる社会になったら、好んで食べるもの、愛用の化粧品、ファッション、読む本、クリーニング店や美容室や外食に行く頻度などが筒抜けになってしまう。なんだか不気味ではないだろうか。

 こんなことを書くと、何も全員が強制的に個人番号カードを持たなければならないわけではないし、ポイントカードを統合したくない人はしなくたっていい、と言う人もいるだろう。そういう自由は認められているのだ、と。だが、そういうシステムが構築されることそのものが不安なのだ。国民を管理できるシステムが出来上がるということは、それをいつか活用することも可能ということなのである。

 「ぜいたく」とみなされる衣装を身につけ、周囲の人々と違うことを考えて口にすると非難される時代がたった70年前にこの国であったことを考えると、一人一人の国民が何を好み何をしているかを調べうる制度には警戒心を抱いて当然だろう。

 あれこれ考えながら、まだ申請していない個人番号カード。また考える材料が増えてしまった。申請はまだ先になりそうだ。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2016年1月4日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第280回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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女性が多様に生きる第一歩に 心身にあたたかな1年を

 今年は申(さる)年。えとに関してはさまざまないわれがあるようだが、申年に赤い下着を贈ったり贈られたりすると縁起が良いとする言い伝えもあるらしく、大々的に赤い下着を売り出している下着メーカーもある。実際の効果の程はわからないが、寒い冬にあたたかそうな色合いの下着を身につけると考えただけで、気持ちがぬくもるような感じがする。

 さて、今日が仕事始めの人も多いだろう。「ああ、お正月休みがもう少し長かったら」とため息をついている人もいるかもしれない。

 さて、その仕事だが、今年はどのような年になるのだろうか。安倍政権が昨年号令をかけた「一億総活躍社会」。うがった見方をすれば「みんながそろって活躍しろ」「活躍していない人は不要」といった響きが感じられる、と当コラムで批判した。だが、本人が本当に活躍したいと願う場合にはその限りではない。むしろその願いがかなうような社会になってほしいと思う。特に、女性が今よりも心地よく働ける社会が望ましい。

 社会へ送り出す教え子のほぼ半数が女性であること、そして筆者自身が女性であることもあってか、女性がこの日本でどれだけ多種多様な人生を送れるのかということに関して、常に深い関心を寄せている。

 両親などのような育児面で頼れる人がそばにいなくても、子どもを生み育てつつ、仕事を続けたいならばフルタイムで働けて、適切な能力があれば昇進もかなう。子どもが病気になった時でも、高すぎる料金を払わなくても預かってもらえる施設があるから、責任をもって必要な仕事を済ませた後に子どものもとに駆けつけることができる。家族が認知症などにかかっても、周囲の人々や施設からの適切な支援を受けながら介護をして、なおかつ自分の仕事も続けられる。

 こんな生活は「夢物語」だろうか。いや、筆者が大学生として就職活動をしていた頃は、「ひとり暮らしをしていたり、大学に現役で合格せず浪人したことのある女子大生は就職に不利」などとまことしやかにささやかれていたが、今はそんなことは耳にしなくなった。たった数十年前には当たり前に思われていたことが、変化している。時代は動いているのだ。今から数十年後には「夢物語」がおそらく実現しているのだろうし、今年がそのはじめの一歩であってほしい。

 きょうは女性のことばかり書いてしまったが、女性だけでなく男性にとっても、身体も気持ちも、そしてできればふところもあたたかく過ごせる1年となることを願いたい。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2015年12月28日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第279回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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古舘降板にTV取材ない謎 メディア多様化に逆行

 何かが起きた時にそれを伝える「メディア」が多様化する流れは、近年加速している。新聞・テレビ・ラジオなどのマスメディアだけがニュースを報じていた時代から、インターネットの発展によって、誰もがニュースの現場からすぐに不特定多数の人々に向けて発信することが可能になった。つまり、ニュースの当事者側から見ると、ニュースはどんなメディアによっても流されうるものという覚悟が問われていると言ってもいいだろう。

 ところが、テレビ朝日の「報道ステーション」の古舘伊知郎氏が来年3月末の契約終了とともに降板することについてメディアに語った場には、紙媒体の記者のみが入ることを許され、テレビ局などのカメラが入ることは認められなかったらしい。

 この件を取材したある記者によると、これは「記者会見」ではなく「記者懇談会」だったそうだ。同局が定期的に開催している記者懇談会とは、番組宣伝の記事をテレビ欄・ラジオ欄で書いてもらうため、一般紙やスポーツ紙などの記者を対象に番組取材の延長線上で行うもので、今回は古舘氏の降板の話をするとも事前に告知したらしい。記者会見と勘違いしたテレビ局やラジオ局からは「会見に入りたい」との問い合わせがあったが、テレ朝側は「会見ではなく、番組宣伝のための紙媒体の取材対応」と応じたという。テレビ局が自局の番組のキャスター交代に関して他局も入れるような記者会見を開くことは例がなく、他局の番組宣伝を取材する局があるとは思えない、とテレ朝側は考えていたようだという。

 だが、複数の局がこのニュースを報じていた。中にはスポーツ紙の記者に懇談会の模様をテレビカメラの前で語らせたりもしていた。古舘氏の発言はたびたび話題になったし、コメンテーターの発言をめぐり古舘氏が言い争う場面もあった。要するに注目度は充分高いのだ。

 今回のテレビカメラ締め出しに、誰の意向が強く働いたのかは今のところわからない。仮に局側だとすれば、これ以上「問題発言」をしてほしくないという気持ちが透けて見える。一方、古舘氏側だとすれば、それだけ彼がテレビに対する不信感を募らせているということだろうか。ただ、さんざんテレビで影響力を発揮してきた彼が、この局面でテレビを拒否するというのはおかしいという見方もできるし、テレビカメラに向けて降板する番組の恨み節を言うのはタレントとして得なことではないという計算が働いたのだとすれば残念だ。

 (近畿大学総合社会学部准教授)

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2015年12月21日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第278回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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民主主義考えさせた橋下政治 行政と議会の関係は

 大阪市の橋下徹市長が任期満了で市長職を辞任した。2008年2月に大阪府知事に就任してから約8年、橋下氏は二つの行政トップを務めてきた。その間、公務員の意識改革や私立高校の授業料無償化などさまざまな施策を打ち出し、大阪府民、市民から大きな喝采を浴びた。また、その発信力と行動力はずばぬけており、中央政界からも注目される存在となった。大阪維新の会が国政政党を立ち上げ、また11月22日投開票のダブル選挙で圧勝できたのも橋下氏の影響力に負うところが大きかったのではないだろうか。

 橋下氏の登場は政治史の中でも特筆すべき事柄としてこれからも語られていくことだろう。だが、橋下政治には功績が多々ある半面、負の側面も見逃してはならない。特に、改革を急ぐあまり政治手法が強引な方向へと引っ張られすぎた印象が強い。

 橋下氏の政治を一語で言うのなら「改革」であり、その集大成が大阪都構想であった。だが、この複雑な制度改革には反対も多く、議会での話し合いでは一歩も前に進まないと橋下氏や大阪維新の会は考える。そうなると、大阪都構想を実現するためには知事と市長だけでなく府市の両議会も維新の会が制覇しなければといった考え方に至るのは必然だ。事実、橋下氏は選挙戦を「現代の戦(いくさ)」と表現し、自分たちの理想を実現するための戦争だと考えているようである。

 確かに民主主義の社会において数は大切である。議会で過半数を得ないと政策は実現できないかもしれない。けれど、橋下氏のような急進的な考えでは必然的に周囲との軋轢(あつれき)を生む。多数派が大きな顔をすることで少数政党の声がかき消されることも大いにあり得る。

 さらに、知事と市長、そして議会までもが一つの政党が圧倒的な力を持ってしまうと、行政のチェック機関という議会本来の役割を果たせなくなる可能性もある。行政は予算執行という強大な権限を持ち、その暴走を食い止めるのが議会の仕事なのに、行政の言うことを単に黙認するだけの下請け機関になり下がるかもしれないのだ。

 地方の議会政治でも数の力が大切なことは言うまでもないが、それはもろ刃の剣だ。将来、行政と議会を制する巨大政党が暴走しないという保証は全くない。今は公務員や労働組合を敵視し、他の政党を無能呼ばわりしていても、その刃がいつ有権者に襲いかかってくるかもわからない。橋下氏の登場は民主主義の欠陥を考えさせてくれる良い機会になったと思っている。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2015年12月15日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第277回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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妊婦バッジ守りたい 見えない苦しさに手を

 のっけから身内自慢で恐縮だが、筆者の母親は年齢よりもだいぶ若く見えると周囲からよく言われる。ちょっとこじゃれた洋服をできるだけお値打ちな価格で探して買うのが好きなのは、若い頃から70代後半になった今も変わらない。肌も比較的ツヤツヤしている。だからいわゆる年寄りくささがない。ただ最近は、足を少し悪くしてつえをつくようになったせいもあってか、電車やバスに乗ると席を譲ってもらえる機会が増えたらしい。ありがたいことである。

 そのように、助けが必要なことが明らかにわかる人に対しては手を差し伸べやすい。難しいのは妊娠している女性に対してである。ひと頃はやったような、いかにも妊婦らしいような形や色合いのマタニティードレスを着ている人は少なくなった。また、人によっておなかの大きくなる度合いが違うし、実はおなかが大きくなる妊娠後期よりも妊娠したばかりの頃のほうがしんどい思いをしている人も多いと聞く。

 そういえば、今月出産予定の知人は、もともとが非常に細い体形であるうえに、臨月近くになっても通常とあまり変わらないミニスカートをはいているため、電車やバスで席を譲ってもらえることがあまりないらしい。

 筆者が電車などで席に座っている時に困るのは、「この人に席を譲るべきなのかどうか」の判断がつきづらい時である。特に、ちょっぴりふっくらした体形の女性が目の前に立った時に困ってしまう。悩んだあげく、席を譲らなかったことが何度かあった。

 その点、妊婦であることを示すマタニティーマークの入ったバッジはありがたい。それが目に入ったとたん、迷わず席を譲れるからだ。ところが、そのバッジをつけていると、何かしらの嫌がらせにあうからという理由でバッジをつけない人も出てきているという話を聞いた。妊娠している人に嫌がらせをする人の心境は全く想像できない。まして、その妊娠していた母親からすべての人が生まれてきたことを考えると、なおさら嫌がらせの理由が理解できない。

 なんだか寒々しい思いになるが、妊婦の人たちにはこれからもめげずにバッジの着用を続けてほしい。妊婦がそばにいれば席を譲る人たちを、これまでにも何度も目にした。そんな、“妊婦サポーター”が少なからずいることを知ってほしい。目に見えない苦しさを負っている人たちに優しい社会を目指したい。でも、見えないものを感じ取ることは簡単ではない。だからこそ、目に見えるようにすることが大切なのだ。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2015年12月7日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第276回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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同性愛批判に感じる異常さ 無知が生む不毛な対立

 ここ最近、同性愛者に対する批判的な書き込みがツイッターで相次いだ。神奈川県海老名市の71歳の市議は先月末、同性愛者を指して「生物の根底を変える異常動物」などと投稿。これがネット上で「差別だ」「人権侵害」といった批判が寄せられたことで市議は「不適切な表現だった」と謝罪、投稿を削除した。

 一方、岐阜県技術検査課の30代の男性主任が海老名市議の書き込みに賛同して「同性愛は異常でしょ」と書き込んだ上、米軍普天間飛行場の移設問題で揺れる沖縄県の人たちを愚弄(ぐろう)した。この書き込みに対する情報が岐阜県庁に提供されたことで同県も腰を上げ、「県の信用を失墜させる行為で遺憾」とした。

 同性愛者同士の結婚について米連邦最高裁判所は今年6月、同性婚を憲法上の権利として認める司法判断を下し、そのため全米では事実上、同性婚が合法化されることになった。日本では同性婚は法律の関係もあっていまだ合法化されていないが、東京都渋谷区では11月5日、婚姻関係と同じ意味を持つ「パートナー宣誓書」の条例を施行。兵庫県宝塚市でも来年6月から宣誓を証明する受領書の発行を決めた。おそらくこの流れは全国的に広がっていくものと予想する。

 しかし、日米の一部自治体が同性婚に理解があっても、残念ながら世間一般ではまだまだ偏見が強い。海老名市の市議のように「生物学的に異常」と考える人も少なくないだろうと想像する。

 だが、その生物学的に見て必ずしもオスとメスだけが自然界に存在するのではない。中には雌雄同体といって、オスとメスの両方の性を備えた昆虫や植物が存在する。オスとメスの両性具有も自然界のルールなら、同性同士がひかれ合っても「生物学的に異常」だとは言えないだろう。

 また、同性婚ではないが、戦国時代の武将が男色を好んだというのは有名な逸話。これには当時の文化が背景にあり、「異常だ」と批判されるどころか武士の教養であったとさえ言われている。

 それより何より、現代において同性愛者に対して偏見を持つのはひとえに無知からくるものではないか。筆者などはロイターでの勤務時代から現在まで同性愛者の友人は何人もいて、特に不思議に思ったり異様に感じることなど皆無である。世の中には異性を愛する者がいるように、同性を愛する人がいても違和感は全くない。

 恋愛も価値観も歴史に応じてさまざまに変化する。それを「異常だ」と考えるほうが歴史や生物学に無知な異常な態度だろう。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2015年11月30日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第275回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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大阪の沈下止める4年間に 吉村新市長の”対話”に期待

 “維新VS非維新”の戦いとして、大きな注目を集めていた大阪ダブル選挙が終わった。結果は、現職の松井一郎さんが府知事に再選される一方、新人の吉村洋文さんが大阪市長選で当選を果たすことになった。2人とも大阪維新の会の公認候補である。対する自民党推薦の無所属、栗原貴子さんと柳本顕さんは大差をつけられて落選した。しかし勝負は時の運。栗原さんも柳本さんも今回の敗北をきっかけに飛躍し、いつかまた再起を目指してほしいと願っている。

 さて、選挙結果の分析については専門家に譲ることにしたい。きょう本コラムで特に考えたいのは、これからの大阪が進んでいく道についてである。私たち大阪府民、大阪市民が何よりも強い関心を抱いており、そして府知事と市長、府議会や市議会がまず最優先に考えなければならないのは大阪の将来をどうするかである。ちまたで言われるほど景気の良くない状態にある大阪を盛り上げ、たとえば全国的に見てもかなり悪い水準にある失業率をどう改善させていくのかを官民一体となって考えねばならない。

 アベノミクスが効果を上げているとはいえ、その恩恵にあずかれるのは一部の会社や個人でしかない。中国をはじめとする各国から訪れる観光客が爆発的に増えているが、そこでもうかるのは一部の小売店やホテル業界であり、彼ら観光客が落としてくれるお金は大阪全体が稼ぎだすうちのほんの数パーセントでしかないのである。大半の大阪府民、大阪市民は「景気が良くなった」「給料やボーナスが上がった」とは実感できていないのではないだろうか。

 「大阪都構想ができれば大阪は成長する」と大阪維新の会は訴えるかもしれない。しかし、橋下徹知事が登場して約8年、市長になってから約4年の間は行政と議会、また維新と他党との対立ばかりが目について、肝心の足元がおろそかになってきた印象が強い。次の4年間も府政、市政は維新の政治が続くことになったわけだが、不毛な対立ばかりに明け暮れず、まずは大阪の地盤沈下を食い止める方策を行政と議会が一緒になって考えてほしいのだ。

 幸いなことに、次の市長となることが決まった吉村さんは「議会との合意形成を目指す」と訴えている。橋下市長が得意としてきた「数こそ力」ではなく、対話路線の重要性を理解しておられるように見受けられる。その言葉が単なるポーズではないことを祈りつつ、今後4年間の大阪の行く末を見守っていきたい。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2015年11月23日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第274回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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「テロ」という言葉を疑う パリの「同時多発攻撃」を見て

 パリでの銃撃・爆発事件を報じるニュースを見ていて、筆者がロイターに在職していた時に「テロやテロリストという言葉は使うな」と口を酸っぱくして何度も言われたことを、思い出した。一方、日本のメディアのほぼ全てが今回の事件を「同時多発テロ」などと呼んでおり、海外メディアもそのように報じる場合が多い。

 ロイターも、例えばフランスのオランド大統領が「テロ」や「テロリスト」という言葉を使った時には、カギカッコの中に入れて記事中に書く。だが、それ以外の時には使わない。実際にロイターのウェブサイトを見てもらうとわかるが、今回の事件も「同時多発攻撃」などと記述している。ちなみに、ロイターのウェブサイトにも「テロ」と書かれた記事があるではないかという声がネット上で散見される。だが、これは例えば共同通信など編集方針が異なるニュース提供元の記事もまとめて載せているため、そういった現象が生じるのである。

 さて、ロイターはこの方針を長年にわたって堅持している。それは、「テロは恐怖を意味し、テロリストというのは恐怖を与える人という意味を持っていて、『主観的』な言葉だから」というのがその理由である。パリの人たちにとっては、恐怖を与えた今回の攻撃者たちが「テロリスト」であるのと同様に、たとえばシリアの市民たちにとっては空爆によって恐怖を与える各国の軍隊が「テロリスト」でありうる、という考え方なのである。

 2001年9月11日にアメリカで起きた事件を、米政府や多くのメディアが「同時多発テロ」と呼んでいたにもかかわらず「同時多発攻撃」と報じ続けたロイターは、時には異端視されることもある。にもかかわらずこれを貫いているのは、中立であろうとする編集方針が根幹にある。

 どんな事象にもさまざまな立場に立つ人がいるため、その件について報じる際には、おのおのの立場の人々の見解を記事に盛り込むことを方針としている。それは、今回のような銃撃・爆発事件だけでなく、企業の不祥事や芸能人のスキャンダルであっても変わらない。

 実はこの件についてツイッターで書いたところ、かなり多くの人たちに読まれる結果となった。こういったロイターの方針については、それこそさまざまな見解があるだろう。だが、できるだけ多くの立場の人々の考え方を取り入れようとするあり方は筆者の考えに大きな影響を及ぼしたし、今後も自分の根幹に据えて大切にしたいと考えている。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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