金井啓子ブログ

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2014年10月17日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第217回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。


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https://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/gendaikou/141017/20141017033.html

 学生への授業だけでなく、社会人向けの講演も少しずつ増えてきた筆者だが、教室や会場で頭を垂れる居眠り姿を見つけた時ほど落胆する瞬間はない。教員になったばかりのころは、眠っている学生をつついて起こしたりもした。人の話を聞くのに眠るとは無礼だと、相手を責める気持ちがあったことも否めない。

 だが、他の人の講演や授業を意識して聞くようになると、「聞き手を眠らせない話し方」が大切だと感じるようになった。どうやらツカミが重要らしい。仮にどんなに大切な内容が詰まっている授業や講演であっても、ダラダラと「これが大切」「あれも大切」「そういえばこれも重要」とメリハリなく話し続ければ、退屈して集中力が切れた聴衆が夢の世界にいざなわれても仕方ない。

 ツカミが大切と書いたが、その内容や方法は場合による。面白い話で大笑いさせて聴衆の関心を集めてスタートする時もあれば、ややショッキングな話で驚かせるのもアリだろう。または、簡潔に重要ポイントを並べる方法もある。

 こんなことをあらためて思ったのは、2週連続で台風がやってきて、テレビでそのニュースを見ていた時だった。ご存じの通り、ほとんどのチャンネルが台風一色なのだ。台風が重大なニュースであることは分かる。だが、他のニュースを伝える時間を大幅に削ったり、他の番組を休止してまで延々と伝えるやり方に改善の余地はないのか。荒れ狂う波打ち際からの実況中継は本当に必要か。状況が時々刻々変わるから台風報道を続けるしかないという人もいるかもしれない。だが、いま多くの局がやっているように画面の左と下のL字型の部分で相当量の情報が流せるし、本当に緊急なものはニュース速報を入れればいい。

 今後の台風報道では、テレビ局には漫然と情報を流し続けるのではなく、メリハリの利いた報道の仕方で視聴者をがっちりツカむことを望みたい。十年一日だった選挙報道を変えた局もある。不可能ではないはずである。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2014年10月10日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第216回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。


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https://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/gendaikou/141010/20141010028.html

 自分が言いたいことを聞いてほしい相手に届けるには、どうしたらいいのだろうか。実はこれ、最近ある団体で筆者が行った講演のテーマだ。この問いに対するいわゆる「正解」はないのかもしれない。ただ、筆者がたずさわった記者という仕事は、情報の受信と発信のプロが行うものである。記者の仕事ぶりに対して毀誉褒貶(きよほうへん)があることは十分承知しているが、それでもあえて記者に学ぶことがあるのではないかと考えた。

 講演では「記者に必要とされるチカラ」として9項目を挙げた。それは(1)身を守れる(2)他の人の考えを聞ける(3)なんでも面白がれる(4)柔軟でとっさに判断できる(5)自分が絶対に正しいと思い込まない(6)相手を説得できる(7)話したくない人に話したい気にさせる(8)分かりませんと正直に言える(9)分かりやすく伝えられる、というものである。

 9項目のうち情報発信の能力として特に大切なのは「他の人の考えを聞ける」や「自分が絶対に正しいと思い込まない」だろう。自分が言いたいことがある時、聞いてほしい相手は異なる意見を持っている可能性がある。耳に痛い言葉もあるかもしれない。しかし、自分が正しいと思い込まずに自分を客観視できれば、それでも伝えるべきと信じる言葉を相手に受け止めてもらえるのではないだろうか。また「分かりやすく伝えられる」能力も欠かせない。情報量が多い記者ならいくらでもいるが、それを万人が理解できるように伝えられる人はそう多くない。内容もさることながら、それを伝える言葉を磨くことは重要である。

 今回の講演は社会人対象だったが、実はこの話は大学の講義でもしたことがある。就職活動で求められるコミュニケーション力の強化につながると考えたからである。今後も折に触れてこの話はしていきたい。ついでに、それをきっかけに記者に親しみを持ち、近頃つとに評判が悪い記者のイメージの回復にもつながることを祈っている。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2014年10月3日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第215回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。


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http://blog.ameba.jp/ucs/entry/srventryupdateinput.do?id=11933857253


この夏、筆者は大阪府内で自転車の集団を見掛けるたびに凝視していた。NHKのBSプレミアム「にっぽん縦断こころ旅」の俳優・火野正平さんをはじめとする一団かと思ったからである。

 番組では視聴者が心に残る風景をつづった手紙を火野さんが朗読し、自転車でその風景を実際に訪ねる。それだけなのだ。にもかかわらず、番組の人気は高いらしい。番組が長く続いており、街角で出会う人たちが「見てますよ」と声をかける様子からも、それがうかがえる。

 番組の最大の魅力は作りこまれていない自然な雰囲気だ。多くの女性と浮名を流した火野さんが、かわいい若い女性に自ら近づいたり、積極的なオバチャンに声を掛けられて困った表情を見せる場面はほほ笑ましい。大まかなルートは設定されているのだろうが、先頭を走る彼が気になるもの、人、店を見つけて自由に立ち寄る。彼はあまり愛想がいいとは言えないが、ユーモアを交えて話す様子は温かみがある。そしてもう一つ気持ちいいのが、交通ルールをきちんと守っている点だ。

 この番組はとにかく単純な作りである。しかも、莫大(ばくだい)なお金がかかっているとも思えない。アイデア次第でいくらでも面白い番組が作れることの証左とも言える。芸人がひな壇に並ぶバラエティー番組が成功すれば似たものがいくつも生まれるテレビ業界で、一味違うものを創造しようとした力に拍手を送りたい。

 筆者の周りには放送局への就職を望む者が多い。彼らは既に放映された番組を面白がり、似たものを作りたいと願っている。だが、できればまだ存在していない新しいタイプの番組を生み出してくれないだろうか。

 さて、残念ながら筆者は「ナマ正平」に会えなかった。筆者の職場や自宅の近くを通ったと番組で知って歯ぎしりしているところだ。だが、実際に会えば多くのオバチャンと同様に奇声をあげて近寄っていったであろうことを考えれば、会えなかった“幸運”をありがたく思うべきかもしれない。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2014年9月26日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第214回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。


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http://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/gendaikou/140926/20140926036.html

 筆者がコメンテーターとして出演するJ:COMチャンネルのニュース番組『関西TODAY』(11チャンネル、月~金19時58分開始)が始まって約4カ月たつ。当コラムの読者の方々にもご覧いただけただろうか。

 狭い地域に焦点を当てるという点では、地上波の関西ローカル局も役割を果たしている。だが、当番組はケーブルテレビ(CATV)が制作し、大阪の大部分、京都南部、兵庫南部、和歌山北部をエリアとする。通常よりさらに狭い地域で放送するニュース番組というのがこの番組の特徴である。

 この特徴をうまく生かした番組になっていると自負しているが、とにかく視聴者への距離が近い。全国や関西全体の番組で扱うには「小さ過ぎる」ニュースを丁寧いにすくい上げている。

 番組半ばにある特集コーナーが特に個性的である。例えば、筆者の出演時だけを挙げても、大阪で女性を対象に開かれた起業セミナーや、堺市の子育て支援、京都で発生した馬町空襲、大阪府南部の買い物難民対策、寝屋川市の英語教育などと、バラエティーに富む上にテーマが細かいのだ。大東市の市長の生出演もあった。

 もう一つの特徴が、『まちかど注意報』というコーナーだ。各府県の警察がメールで知らせたひったくり、露出、痴漢、詐欺、声掛けなどについて、地図で地点を示しながら伝える。全国ネットの番組が報じる事件は数が少なく遠いものに感じられるが、この番組では自分の周りでこれほど多くの小さいが深刻な事件が起きていることを知り、身が引き締まる。

 視聴者にとり、世界の遠く離れた所で起きた重大な出来事を知るのはもちろん大切だ。だが、それと同時にごく身近な情報も生活には欠かせない。そのニーズに応えられているのがこの番組だろうと、自信を持っている。

 さて、隔週水曜日に出演している筆者、次の出番は来週10月1日である。変わった切り口の番組を見たい方々、チャンネルを合わせてみてはいかがだろうか。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2014年9月19日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第213回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。


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 ご本人は親切か親心で言っているつもりでも、言われている側からすれば、これが実に大きなお世話なのである。

 東京都議会の超党派でつくる「男女共同参画社会推進議員連盟」の総会で、会長に就任した自民党の野島善司都議が「結婚したらどうだ、というのは僕だって言う。平場では」と報道陣に述べ、これがまたまた不適切発言だとして、後になって謝罪する事態になった。ちなみに「平場」とは普通の場所のことで、野島議員いわく、この場合はプライベートの場という意味らしい。

 さて、ご存じのように、都議会では自民党の鈴木章浩都議(現・無所属)が今年6月、晩婚化対策の質問をした塩村文夏議員に「早く結婚したほうがいいんじゃないか」などとセクハラとも取れるヤジ発言をしたことが問題視されたばかり。「僕だって言う」の野島都議は、鈴木都議の発言は「議会での不規則発言は禁止されている。私生活を論評してはいけない」と一応のくぎを刺した上で、問題なのは「発言者個人に対して開かれた場(議会)で言ったこと」などとした。その上で「結婚したらどうだ、というのは僕だって言う」などと述べたのだ。

 しかし、これが余計なお節介なのである。世の中には男女を問わず、結婚したくてもさまざまな事情で結婚できない人がいれば、一生結婚しないと決めている人だっている。結婚の相談をされたのならともかくも、そうでないのなら自分の価値基準だけで「結婚したらどうだ」と言うのは独り善がりでしかない。

 ところで、新聞やテレビで野島議員の姿を拝見すると頭部が見事にはげている。この頭を見て「カツラをかぶればどうだ」「植毛もあるぞ」と言われたら、ご本人はどう思うだろうか。どの場であっても決していい気はしないだろう。それこそ余計なお世話、失礼千万な話であろう。だが、野島議員の「平場では」発言は、余計なお世話という意味でまったく同じ。謝罪は結構だが、この点はよくよく理解してほしいものである。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2014年9月12日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第212回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。



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 「維新の名は残す」「いや、新しい名前で」と双方譲らない。結局、多数決で決まったのは「維新の党」。合流を決めたのに、最後の最後になって新党名は何にするかでもめた日本維新の会と結いの党のことだ。名前の決着が付いたことで、両党は今月21日に結党大会を開き、維新の橋下徹代表、結いの江田憲司代表が「維新の党」の共同代表に就く予定である。




 ところで江田代表は今回の騒動の最中、「名は体を表す」という表現を使って維新側をけん制していた。「維新」と「結い」の名は取り払い、別の党名に生まれ変わって心機一転、民主党に次ぐ野党第二党としての存在感を示したいと考えていたのかもしれない。




 確かにモノの名は体、つまり実態や本質を表すことが多い。例えば「維新の会」という名前にしても、これまでの行政組織や議会にはびこる古くさい慣習や権益を壊し、新たな制度を一からつくり直すという意味と目的を持つのだろう。実際、名前の通りの政治活動を行っているのだと思う。これが「保守の会」では、おそらく実態に合わずしっくりこない。雨上がりの「虹」も、この名前だから美しく思う。もし「ムカデ」だったら興ざめだ。




 一方、名は体を表していないものとして、話題の大阪都構想がある。なぜなら、大阪市が持つ広域行政機能が大阪府に吸収され、代わって複数の特別区に再編されても、国で法律の改正でもない限り「大阪都」という名の地方自治体は誕生しないからだ。名称は依然として大阪府のまま。名は体を表すというのなら、本来、大阪都構想は大阪府構想と呼ぶのが正確である。




 さて、その“大阪府構想”の協定書をめぐり、大阪府議会と大阪市議会では今月からの議会で熱い論戦が繰り広げられる。協定書は認められるのか否決されるのか。大阪府民、大阪市民が関心を持って見守る府市の両議会。その「議会」は議員が集い、法律や条例などを討論によって決める場である。名は体を表すにふさわしい議論を望みたい。




 (近畿大学総合社会学部准教授)




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2014年9月5日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第211回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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待望の環状交差点導入 周知で嫌悪感除けるか


筆者の自宅の近所には、車を運転していて通りづらい小さな交差点がある。信号がなく、四方から車が来た時ににらみ合ったり、譲り合い過ぎて四すくみになったりする。事故が起きたこともあった。

 そんな状況に解決策をもたらしそうな動きが出てきた。「環状交差点(ラウンドアバウト)」の導入と新ルール運用開始である。改正道路交通法が施行され、全国のいくつかの環状交差点で新しい通行ルールの運用が始まった。「時計回りの一方通行」「環道内の通行の優先」「環道外に出る際は左折ウインカーで合図」などと決められている。

 筆者がかつて住んだ英国では至るところに大小の環状交差点があった。今回日本で導入されたものと同様、信号機がない。英国にいた時も筆者は車を運転していた。ただ、それまで10年ほど全く運転しない時期があったため、当初は運転そのものにてこずったが、環状交差点にはさらに戸惑った。交差点に入るタイミングが分からない、環道外に出るべきところで出られるのか不安、といった具合だ。だが、周囲から「右から車が来ている時は入っちゃダメ」「うまく出られそうもない時は、何回もぐるぐるまわっていればいつか出られる」と言われるうちにコツをつかんだ。と同時に、よさが見えてきた。信号機がないために停電は関係ないし、交差点に徐行して入るため事故を減らしやすい、車が流れやすく渋滞が起きにくい。

 ただ、この新しい環状交差点、日本ですぐになじむとは考えにくい。実際、数年前に英国訪問中にレンタカーを運転したという友人は「環状交差点は訳が分からず嫌だった」と今でも顔をしかめる。日本でもおそらく当面は戸惑いが大きく、嫌う声も出るだろう。そこで必要になるのが、環状交差点の使い方や新しいルールを周知徹底させる警察やメディアによる努力である。

 いつの日かわが家の近所にも小さな環状交差点ができる日が来るだろうか。そのような環境が整う日を心待ちにしている。

 (近畿大学総合社会学部准教授)

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2014年8月29日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第210回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。


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http://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/gendaikou/140829/20140829041.html

ハザードマップと初対面 英語やめ「災害予測図」に

 数日前に筆者は自分が住む自治体のハザードマップ(災害予測図)を初めて見た。これまで見ようとしなかったのは、関西地方が風雨や土砂の災害にさらされる時にも大阪は比較的被害にあいにくかったことがある。だが、今月10日の豪雨で土砂災害警戒情報の緊急速報がスマホにけたたましく入って肝を冷やしたり、先週の広島の土砂災害で想像を絶する数の犠牲者が出て、気持ちが変わってきた。

 ハザードマップを見てまず感じたのは、これまで筆者は自分の町の地形をいかに理解していなかったかということだ。町のどこに川が流れているかも把握していなかったし、川の数の多さに驚いたほどだ。

 これまで筆者は災害に遭遇した経験がない。だが、被災した人々の言葉を聞くと、「その瞬間」は強い驚きで混乱状態に陥っていることがわかる。だから、いざ災害が発生した場合にどう行動するのか、普段から計画を立てておくことが求められる。

 その一助となるのがハザードマップである。川の氾濫時に自宅や周辺が浸水する可能性はどれほどあるのか、土砂災害警戒区域が自宅の近くにあるのか、避難所はどこにあるのか、行政機関や病院、ガス・電気・水道関連の電話番号は何番かといった情報が、通常から手元にあれば心強い。災害が発生する時間帯は自分で選べるわけではない。無防備になりやすい真夜中などに起きても、備えがあれば減災につながる。

 ただ、ハザードマップという言葉には違和感を禁じ得ない。英語を日常的に使っている筆者はハザードが危険を意味することを知っているので、なんとなく危険や災害に関連する地図と推測することができる。だが、英語になじみが薄い人は何を意味するものなのか、わからないまま手に取っていないケースもあるだろう。単純に「災害予測図」と言えば済むものをあえてわかりづらくするのは納得できない。どんな人にもわかりやすくしてこそ減災につながり、より多くの命が助かるのではないだろうか。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2014年8月22日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第209回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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報道に添える名前の重み 「世界報道写真展」を見て

 梅田で「世界報道写真展」を見た。世界の5700人を超えるプロの写真家が前年に撮影した10万点近い写真を対象とした「世界報道写真コンテスト」の入賞作品が世界中を巡っているのだ。


 技術の進歩で、誰でもスマートフォンなどで手軽に撮影できるようになったが、メッセージを伝えるという点において、この仕事で「メシを食っている」プロたちの力量をあらためて痛感した。


 また、自分の日常とは大きく異なった世界があることが実感できる力強い写真の数々に圧倒された。特に、米国のジョン・スタンマイヤー氏が撮影して 大賞を受けた写真には目がくぎづけになった。何か光るものを手に持った7、8人の人たちが暗闇に立つ写真は一見幻想的な風景に思えた。だが、アフリカから 欧州や中東に向かう移民の通過地点であるジブチで、近隣のソマリアからの弱いが安い携帯電話の電波をとらえて、祖国の家族と連絡を取ろうとしている移民を 写したものだと知った時、風景が全く違って見えた。


 ところで、ひとつ残念に思ったのは、隣接する会場でやっていた日本の新聞社による東日本大震災の写真展についてである。写真そのものは力強いもの ばかりだが、撮影者の名前が添えられていなかったのだ。プロのカメラマンや記者たちが、時には危険と隣り合わせで、またさまざまな思いを持ちつつ撮影した であろうことは、世界報道写真展の入賞作品と同じはずである。


 日本のメディアでも署名記事が増えつつあるものの、欧米メディアに比べてまだ組織名だけを出す傾向が強い。組織の一員ではあるが、それぞれの思いや責任を強調するためにももっと個人名を出すべきではないだろうか。


 さて、梅田での世界報道写真展は既に終了してしまった。だが、これから京都や滋賀を含め6カ所を巡る。仮に今年は無理だとしても、いまこの瞬間に世界のどこかで起きている出来事が撮影され、来年もおそらく新たな力強い写真の数々が展示されることだろう。


 (近畿大学総合社会学部准教授)


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2014年8月15日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第208回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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反省示す丸刈り時代錯誤  変化遂げる本物の反省を

 反省を示すポーズとして頭髪をそるのはいつから始まったのだろうか。全国的に有名になった丸刈り姿を思い浮かべると、少し前なら週刊誌で恋愛問題 が報道されたAKB48の峯岸みなみさん、そして最近では大阪維新の会の山本景府議だろう。府議の場合は無料携帯アプリの「LINE」で交流した中学生か ら「キモい」などと言われたことに腹を立てて威嚇的な言動を発し、それがマスコミに取り上げられたことで問題が表面化。政治家というより、30歳を超えた 大人とも思えない行動が世間の反感を買い、府議は頭を丸めて反省の意を示した。


 そもそも頭を丸める行為は仏教に由来する。悟りを開く第一歩として修行者が髪の毛をそったと言われている。宗派によって異なるが、日本においても 仏門に入る際に剃髪(ていはつ)といって頭を丸める。明治時代には丸刈り頭が軍人の基本となり、戦時下の学校現場でも男子の頭髪は丸刈りが一般化した。 ちょうどこの時期なら高校球児の丸刈りを目にする機会も多い。


 しかし今の時代、頭髪をそって反省の意を示すことに筆者は大いに違和感がある。仏門に入って世俗を断ち切るのならいざ知らず、ほんの少しの間の体 裁を取り繕うポーズにしか見えないのだ。頭髪をそって反省の姿勢を示すのもいいが、大切なことは二度と同じ過ちを犯さないように努力することではないの か。例えば山本府議の場合なら、誰からも信頼される政治家として研さんを怠らず、人間的にも大きく成長することだろう。


 頭を丸めるだけなら2、3カ月もすれば頭髪はほぼ元通りに戻る。だが、反省のための自己研さんと自己抑制は数カ月で終わるものではない。何年もの年月を必要とする。こちらのほうが丸刈りよりよほどの精神力が求められる。


 頭髪をそることが反省の意を示すことなら、街中にはスキンヘッドの数だけ反省中の人がいることになる。それこそ、反省だけならサルでも、いやテルテル坊主でもできるだろう。


 (近畿大学総合社会学部准教授)


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