金井啓子ブログ

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2014年8月22日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第209回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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報道に添える名前の重み 「世界報道写真展」を見て

 梅田で「世界報道写真展」を見た。世界の5700人を超えるプロの写真家が前年に撮影した10万点近い写真を対象とした「世界報道写真コンテスト」の入賞作品が世界中を巡っているのだ。


 技術の進歩で、誰でもスマートフォンなどで手軽に撮影できるようになったが、メッセージを伝えるという点において、この仕事で「メシを食っている」プロたちの力量をあらためて痛感した。


 また、自分の日常とは大きく異なった世界があることが実感できる力強い写真の数々に圧倒された。特に、米国のジョン・スタンマイヤー氏が撮影して 大賞を受けた写真には目がくぎづけになった。何か光るものを手に持った7、8人の人たちが暗闇に立つ写真は一見幻想的な風景に思えた。だが、アフリカから 欧州や中東に向かう移民の通過地点であるジブチで、近隣のソマリアからの弱いが安い携帯電話の電波をとらえて、祖国の家族と連絡を取ろうとしている移民を 写したものだと知った時、風景が全く違って見えた。


 ところで、ひとつ残念に思ったのは、隣接する会場でやっていた日本の新聞社による東日本大震災の写真展についてである。写真そのものは力強いもの ばかりだが、撮影者の名前が添えられていなかったのだ。プロのカメラマンや記者たちが、時には危険と隣り合わせで、またさまざまな思いを持ちつつ撮影した であろうことは、世界報道写真展の入賞作品と同じはずである。


 日本のメディアでも署名記事が増えつつあるものの、欧米メディアに比べてまだ組織名だけを出す傾向が強い。組織の一員ではあるが、それぞれの思いや責任を強調するためにももっと個人名を出すべきではないだろうか。


 さて、梅田での世界報道写真展は既に終了してしまった。だが、これから京都や滋賀を含め6カ所を巡る。仮に今年は無理だとしても、いまこの瞬間に世界のどこかで起きている出来事が撮影され、来年もおそらく新たな力強い写真の数々が展示されることだろう。


 (近畿大学総合社会学部准教授)


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2014年8月15日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第208回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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反省示す丸刈り時代錯誤  変化遂げる本物の反省を

 反省を示すポーズとして頭髪をそるのはいつから始まったのだろうか。全国的に有名になった丸刈り姿を思い浮かべると、少し前なら週刊誌で恋愛問題 が報道されたAKB48の峯岸みなみさん、そして最近では大阪維新の会の山本景府議だろう。府議の場合は無料携帯アプリの「LINE」で交流した中学生か ら「キモい」などと言われたことに腹を立てて威嚇的な言動を発し、それがマスコミに取り上げられたことで問題が表面化。政治家というより、30歳を超えた 大人とも思えない行動が世間の反感を買い、府議は頭を丸めて反省の意を示した。


 そもそも頭を丸める行為は仏教に由来する。悟りを開く第一歩として修行者が髪の毛をそったと言われている。宗派によって異なるが、日本においても 仏門に入る際に剃髪(ていはつ)といって頭を丸める。明治時代には丸刈り頭が軍人の基本となり、戦時下の学校現場でも男子の頭髪は丸刈りが一般化した。 ちょうどこの時期なら高校球児の丸刈りを目にする機会も多い。


 しかし今の時代、頭髪をそって反省の意を示すことに筆者は大いに違和感がある。仏門に入って世俗を断ち切るのならいざ知らず、ほんの少しの間の体 裁を取り繕うポーズにしか見えないのだ。頭髪をそって反省の姿勢を示すのもいいが、大切なことは二度と同じ過ちを犯さないように努力することではないの か。例えば山本府議の場合なら、誰からも信頼される政治家として研さんを怠らず、人間的にも大きく成長することだろう。


 頭を丸めるだけなら2、3カ月もすれば頭髪はほぼ元通りに戻る。だが、反省のための自己研さんと自己抑制は数カ月で終わるものではない。何年もの年月を必要とする。こちらのほうが丸刈りよりよほどの精神力が求められる。


 頭髪をそることが反省の意を示すことなら、街中にはスキンヘッドの数だけ反省中の人がいることになる。それこそ、反省だけならサルでも、いやテルテル坊主でもできるだろう。


 (近畿大学総合社会学部准教授)


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2014年8月8日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第207回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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水辺の飲酒に潜む危険 水の恐怖知って遊ぶ知恵


 暦の上では秋を迎えたとはいえ、まだまだ暑い。さわやかな風に吹かれながらアルコールを飲むのは気持ちいいものだ。筆者はよく川べりでキャンプをするのだが、そこで飲む冷えたビールは最高である。


 ただし、その際に筆者が自分に厳しく課しているルールがある。それは、いったんアルコールを身体に入れたら決して水には入らないというものだ。飲 酒したら入浴しないのと同様、身体への悪影響が予想されるからだ。しらふの時ならば動くはずの身体が、水の中で思い通り動かない事態もありうる。


 アルコールを大自然の中で飲んだ時、解放感のあまり水に飛び込みたくなる気持ちはわからなくはない。これはあくまでも自らの意思で行うものであり、万一これで事故にあったとしてもまあ自業自得としか言いようがない。


 だが、海や川に筆者が遊びに行くたび、気になる光景を目にする。それは、子どもを水の中で遊ばせながら、そのかたわらアルコールを飲む保護者や引 率する大人たちの姿である。自分自身は泳ぐ予定がなくても、一緒に連れてきた子どもが水の中でトラブルになったらどうするのか。ほぼ間違いなくその大人は 水に飛び込んで子どもを助けようとするだろう。アルコールを飲んでいてとっさに水に飛び込めば、しらふの時よりも数倍危険は増す。


 先週の当コラムでも書いた通り、水辺で遊ぶ子どもたちに関してはライフジャケットを着せるなど危険への配慮が確実に進んでいる。だが、その一方 で、大人の多くはライフジャケットがないまま水に入るし、飲酒する人も少なくない。子どもに何か危険なことが起きた際に守るべき大人たちがこんな状態で大 丈夫なのだろうか。


 楽しい水遊びに関して、あれこれ口うるさいことを言うのは野暮(やぼ)だとも思われかねない。でも野暮は承知である。楽しんでいると思っているうちに周囲の子どもたちを危険にさらしている。水のこわさ、アルコールの力強さをもっと自覚して、臨むべきではないだろうか。


 (近畿大学総合社会学部准教授)


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2014年8月1日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第206回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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大人の水難事故減らしたい 油断せず楽しむ水遊び

 筆者は泳ぎが苦手である。いまだに平泳ぎしかできないし、泳いでも25メートルがやっと。でも、アウトドアの遊びは大好きで海や川によく行く。水 に入る時に欠かせないのがライフジャケットだ。ガッチリと分厚いタイプで色が似ていることもあり、装着した姿を友人たちが見て「(『ドラゴンボール』の) 亀仙人にそっくり」と笑うが、命を守りつつ楽しむためには気にしていられない。


 つい最近も三重の銚子川や和歌山の古座川で泳いだ。いずれも清流である。水中をのぞくと、アユやウグイ、手長エビなどさまざまな生き物が活発に動 き回る美しい風景が広がる。特に銚子川は、プールの中で泳いでいるのかと錯覚するほど透明度が高い。水面をわたる風はさわやかで、水につかっていると身体 がほどよく冷えて涼しくなる。どちらの川にも多くの家族連れが来ており、小さな子どもたちが歓声をあげていた。その子どもたちの比較的多くが、ライフジャ ケットを身につけていることに正直なところ驚いた。昨今の水難事故の多さや教育の充実がその背景にあるのだろうか。だが、その一方で、かなり幼い子がライ フジャケットはおろか浮輪すらつけず水に入っているのを見るとひやひやする。


 もうひとつ気になったのが、ライフジャケットを使用している大人の少なさである。川岸から見ると穏やかな流れにしか見えないが、抗しきれないほど の強い流れのこともあるし、ついさっきまで1メートルあるかなしかの深さだったのが、急に5メートルほどまで深くなっている場所もある。筆者は、水底の石 がぬるぬる滑ってバランスを崩しそうになった。カヌーを楽しむ人たちは例外なくヘルメットとライフジャケットをつけているのだが、水辺で子どもの水遊びに つきあっている大人は「これぐらいの流れなら大丈夫」と思うのだろうか。


 暑い夏はまだまだ続く。命あってこそ楽しめる水遊び、油断をせずにいい時間を過ごしたい。備えあれば憂いなしである。


 (近畿大学総合社会学部准教授)


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2014年7月25日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第205回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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泣いて「コミュ力」発揮? 逃げない対話に涙は不要

 コミュニケーション能力のことを近頃は「コミュ力」と略すらしい。学生の間では就職活動に欠かせない能力だとされている。学生に限らない。自分の考えや希望を相手にわかりやすく伝え、望ましい方向に進めたり妥協案を打ち出すには、誰にでも必要な能力だろう。


 「号泣県議」の話を当コラムで3回も続けて取り上げるのは申し訳ない。だが、さまざまな面で興味深い事例なので、今回はコミュ力の観点から見て泣くという行動を考えてみた。


 あの会見の現場にいられなかったことは、元記者の筆者としては残念である。通常ではありえないようなことが起きた場所に、自分も居合わせたいとい う気持ちが他の人よりも強いからだろう。と同時に、自分の嫌疑を晴らす記者会見という、コミュ力を最大限に発揮しなければならない場で泣きわめく姿を見た 時、記者としての自分がどんな気持ちになるのかということに強い関心を持っているからでもある。


 筆者自身、仕事の場では泣かないと決めているし、泣いたことは一度もない。時には涙を浮かべた方が女らしくて愛らしく、強い女は興ざめだと思われ るかもしれないが、仕方ない。泣かない理由、それは、涙を見た相手がもはや対等に論理的に話し合える人間ではないと見切りをつけた時点で、仕事が滞るから である。泣いて切り抜けようというのは、議論をせず逃げるということであり、醜くてひきょうでうっとうしい。


 だが、たまたまなのかどうか、少なくとも筆者の周辺では以前よりも泣く人がやや増えた気がしている。感動や悲しみの涙はかまわない。だが、話し合いをしようとして泣かれると、対話が成立しなくなる無力感にさいなまれる。


 ただし、今回の件はあの号泣があったからこそ多くの人々の関心を集め、政務活動費不正使用への対策が打ち出されるという思いがけない副次的な効果があった。だから、あの号泣もコミュ力を発揮したことになるのかと、ちょっと皮肉な気持ちにもなってくる。


 (近畿大学総合社会学部准教授)



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2014年7月18日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第204回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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職に要する倫理を学べ 有権者が納得する政治を

 記者が取材先から「報道する前に記事(または映像)を見せて」と頼まれたらどうするか。答えは「見せない」である。取材先にとってありがたくない 報道内容の時に、報道機関に圧力がかかりかねない。だから、ごく一部の社を除き、報道機関はそう定めている。報道機関が守る倫理規定は他にもあるが、筆者 は記者になった時から研修などで「記者としてやってはいけないこと」をたたき込まれた。


 さて、先週は、政務活動費問題の解決にはさらなる情報公開が必要だと書いた。それに加えて必要なのが、政治家が守るべき倫理を学ぶ場である。政治 にはお金がかかる。まじめに政治に取り組む議員たちにとって、兵庫県議会の野々村竜太郎元議員の一件は迷惑でしかない。彼らの活動に欠かせない政務活動費 のイメージが悪化し、政治家はカネに汚いという印象が増幅されてしまっているからだ。大金を目の前にすれば誰だって欲が出る。だからこそ、どう正しく使う かという教育は欠かせない。会派によっては新人議員向けの研修を行うところもあるらしいが、今回のように無所属の場合もあり、当選後には一律に受けさせる のが最適だろう。


 そして、いざ規範を守れなかった場合には罰則も厳しくする。今回は今のところ、県議会の各会派が、野々村氏を虚偽公文書作成・同行使容疑で県警に刑事告発するにとどまっているが、税金を「盗んだ」のだから詐欺か業務上横領でその手口や原因を捜査すべきだ。


 野々村氏以外にも怪しげな例は多い。中には不明朗な使い方をして、明るみに出た途端にお金を返す議員もいる。「バレたら返しさえすればいい」とい う感覚では、有権者は納得できない。また、前払い制度でまとまったお金をもらって後から報告するという、民間企業の感覚からすると「天国」のようなシステ ムも、もはやありえない。


 いい政治にはお金がかかる。でも、正しく使ってもらえるならば、そのための税金を納めようと有権者は納得できるはずだ。


 (近畿大学総合社会学部准教授)


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2014年7月11日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第203回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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“号泣県議”に学ぶ知恵 政務活動費をどう守るか

 あぜんとした。兵庫県議会の野々村竜太郎議員の号泣会見である。まさに前代未聞の記者会見だった。

 発端は政務活動費の使い方。県議の政務活動費の収支報告書によると、昨年1年間で福岡と東京、兵庫県の城崎などを日帰りで約195回訪れ、計300万円もの交通費を請求していたが、カラ出張ではないのかという疑惑が飛び出した。


 そして冒頭の記者会見である。具体的な点を質問されても「記憶にない」と答え、最後は大泣きして記者をけむに巻く始末。これ以外にも切手を大量購 入したり、日用品を政務活動費で賄っていたりと、どう考えても正当な政治活動に使ったとは思えない事案が大量に出てきた。県議が使途を明確に説明できない 以上、不正があったと言われても仕方ない。


 ただ、今回の問題は県議の一種独特なキャラクターに目を奪われがちだが、本質はそこにはない。貴重な税金である政務活動費を領収書なしでも使えて しまう甘さが、今回のような疑惑を生んだのだ。仮に県議がカラ出張を繰り返していたとしたら、不正を許してしまう土壌が議会や議会事務局の側にもあったと いうことだろう。収支の報告に甘さがあるのは、議員は不正を働かないという性善説に立った考えがあるからだが、政務活動費をめぐってはあちこちの議会で不 正が目立つ。ならばいいかげん、不正を防ぐ効果的な方策を考えなければならない。


 一つの方法は議員の収支報告書や領収書を議会事務局での閲覧だけでなく、議会ホームページ、広報誌などで公開してしまうことだ。事実、大津市など 複数の自治体ではホームページなどで広く情報を公開しており、税金の使い道の透明性を確保している。領収書が有権者に公開されるとなると、不届きな議員も 不正使用をためらう。誰も見ない、誰も関心がないから悪事が起こるのだ。人の目が光っていれば不正は起こりにくい。これには大した経費も要らない。大阪 府、府内の市町村の各議会も考えてはいかがだろう。


 (近畿大学総合社会学部准教授)


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2014年7月4日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第202回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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戦争“当事者”は動くか 無関心が呼ぶ行く末は

 「これからみんなはどうしていったらいいと思う?」と筆者が尋ねると、教室の中をしばし沈黙が支配した。集団的自衛権行使の容認が閣議決定された 翌日、筆者が担当する授業での光景だ。今回の決定で、筆者より若者の方が影響を受ける可能性は高い。だから、“当事者”である彼らがどう受け止めているか 知りたかった。


 変更の内容や手順を理解している学生が一部にいる一方で、ほとんど知らなかったり、誤解している学生も多かった。そこで、経過や現状を説明した上 で今回の決定をどう思うか聞くと、「戦争につながるから反対」「同盟国の敵を攻撃したら、最低限の戦闘で済まないだろう」「戦争につながると思うと自衛隊 に入る人が減るだろうから、徴兵制になるのではないか」「戦争になるとは限らないし、必要な権利だ」「お金だけ出しているわけにいかない」等々、賛否両論 だった。


 だが、学生自身や家族が戦争に行くことについて尋ねると、全員「嫌だ」と答えた。ただし、戦争を賛美する雰囲気が高まった時に拒否できるか自信が ない、戦場に向かわざるを得ないかもしれないという声も出た。ある女子学生は「私は戦争は嫌だと言う教育を受けた。でも、将来もし私の子どもが戦争をよい ものだとする教育を受けたら、考えが合わなくなって、子どもは進んで戦争に行くのではないか」との不安を口にした。


 さて、冒頭の問いに戻る。沈黙の後、少しずつ何人かが話し始めた。教育現場で広島を見せるなど戦争教育をするべきという意見が出る一方で、学校では教えなくなるかもしれないから家庭で戦争の悲惨さを伝えたいという声も出た。


 戦争へ向かう流れを食い止める手だてを考えるのは容易ではない。ただし、無関心でいれば流れが早まることは間違いないだろう。自分や家族が殺され るかもしれないし、自分や家族が誰かを殺すかもしれないのだ。無関心でいてはいけないことだけは、若い世代の人々に気づいてほしいと願うばかりだ。


 (近畿大学総合社会学部准教授)


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2014年6月27日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第201回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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強制的な結婚の悪夢 少子化脱出の道筋探る

 ある日、自宅に封筒が届く。差出人は住んでいる町の役所だ。中には「あなたは独身ですから、×月×日に町が主催するお見合い大会に参加してください。結婚して子どもを産むことは国民としての義務です。大会に参加しなかった場合には罰則があります」と書かれている。


 これはもちろん現実に起こったことではない。今のまま少子化が進めば起こる可能性もあると、友人と話していたジョークなのだ。でも、実はこれ、 「まだ」起きていないだけなのかもしれないと、近頃はやや背筋が寒く感じている。東京都議会のヤジ問題。傲岸不遜(ごうがんふそん)な都議の品性下劣なヤ ジは、ほんの氷山の一角ではないのか。ああいった考え方を持つ人が都議会にしかいないとは思えない。


 本当に誰もが結婚して子どもを産み育てなければいけないのだろうか。さまざまな理由で結婚できない、したくない人もいるだろうし、結婚をせずに子 どもを持ちたい人もいれば、結婚をしても子どもは欲しくない人もいるだろう。また、同性愛者のカップルは実子をもうけることはできない。それをひとくくり にして、「結婚して子供を産め」とはあまりに乱暴、あまりに時代錯誤である。


 冒頭のSFじみた暴挙に進む前に、やるべきことは他にある。経済的な理由や仕事への復帰をめぐって出産をためらっている人たちに対しては、財政的 な援助や保育施設の充実を図る。また不妊治療への財政支援も広げる。その不妊と言えば女性の問題という印象がまだ強いが、男性側が原因の場合もあることを 周知し、男性が治療を受けることは恥ではないという考えを広げることも大切だ。さらに、実の親に育ててもらえない子どもは多い。養子縁組の仕組みをもっと 柔軟にして、独身者や同性愛のカップルなどにも引き取りやすくする。


 価値観は既に多様になっている。その現実をまず認識しなければ、問題は解決しない。下品な都議の下品なヤジの背景には、社会のひずみがあることも知っておくべきだろう。


 (近畿大学総合社会学部准教授)


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2014年6月20日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第200回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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内紛に揺れる大阪維新 橋下市長のぐらつく足元

 先週のコラムに続いて今週も、大阪市の橋下市長そして大阪維新の会の話題を一つ。先週は、大阪都構想の制度設計を行う法定協議会が事実上ストップ しており、反対派の委員を追い出すことの是非をめぐって場外乱闘のバトルが演じられていることを書いた。都構想が大阪の発展につながるなら筆者は賛成、そ うでないなら反対とも記した。そのためには1日でも早い法定協の再開と真摯(しんし)な議論が求められる。


 だが、反対派委員を追い出す側の大阪維新の会が内紛に揺れていると知り、法定協の正常化より維新の正常化のほうが先だろうと思った次第である。


 内紛騒動に揺れているのは大阪維新の会市議団である。すでに一部の新聞が報じているが、複数の維新市議らが坂井良和団長の解任を求めて多数派工作に励んでいるのだという。市議会を取材している友人の記者に話を聞いても、どうやら事実のようだ。


 内紛の理由は坂井団長をはじめとする維新市議団執行部のマネジメント能力の無さ。地下鉄民営化など橋下市長が提案する数々の政策が議会で否決され たり、これまで友党関係にあった公明党とまで対立したことで法定協の先行きが不透明になったりと、それもこれも他会派と調整できない執行部のふがいなさに あると一部の市議らは憤慨している様子なのだ。


 17日に開かれた議員団総会では坂井団長の解任動議が出される予定だったが、多数派工作がうまくいかず断念。あらためて別の日に動議が提出される 予定らしく、このまま執行部との確執が続くようなら内紛から分裂へと発展する恐れまであると聞く。なお、17日の議員団総会には3分の1の市議が欠席。出 席した市議らにも何人かの執行部反対派が在籍していることから、今や維新市議団は完全に二分しているとみて間違いなさそうだ。


 法定協から都構想に反対する自民、民主系、共産の委員を排除するのも結構だが、橋下市長は自分の足元の反対派問題をなんとかした方が良さそうである。


 (近畿大学総合社会学部准教授)


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