金井啓子ブログ

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2015年5月4日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第245回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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橋下氏以外に聞きたい都構想 維新議員もTV討論会に

 日本で初めて政令市を廃止する住民投票が5月17日に行われる。いわゆる「大阪都構想」では大阪市を廃止して五つの特別区をつくる。大阪市が持つ港湾や交通、都市計画などの広域行政は大阪府に、それ以外の住民に接する福祉や子育て、教育などの仕事は特別区が引き継ぐ。

 しかし、有権者にはまだ分からないことが多い。大阪の経済はどう発展するのか、特別区は住民に身近な行政サービスを提供するのか、そして庶民の暮らしはどう変わるのか。これらの疑問が完全に消えたわけではない。

 その素朴な疑問を解き明かすため、賛成派も反対派も大阪市内で説明会や勉強会を開いている。大阪維新の会は橋下徹代表と松井一郎幹事長を中心にタウンミーティングを連日開催。反対派は自民党や共産党、また市民団体などが住民説明会を、これも連日のように開いている。

 しかし、なるべく多くの有権者にメリットやデメリットを紹介しようと思えばテレビの討論会に勝るものはない。そこで各テレビ局とも賛成派と反対派の論客を招いた番組作りに余念がない。

 ところが、その討論会の参加者の顔ぶれがいつも同じなのはどうしたわけか。筆者が見た範囲では維新の会からは橋下代表が、反対派の代表としては自民党大阪市議団の柳本顕幹事長が常連化している。共産党市議も出るが公明党と民主党は出てこない。取材した記者に聞くと、民主党は先の大阪での統一地方選でほぼ壊滅したから参加を遠慮。一方、公明党は支持母体の創価学会から「出るな」とくぎを刺されているらしい。政治家は言論活動が生命線なのに政治以外の要素に気兼ねして討論会に出ないというのは奇妙というほかない。

 奇妙と言えば維新の会も同じだ。テレビ討論会には橋下代表しか出ず、なぜか維新の議員の姿が見えないのである。自民党の柳本幹事長が自身のブログで明らかにしたところによると、各局のテレビ討論会には維新議員の参加を要望したが維新側に拒否されたという。もしかすると維新の会は橋下代表以外に都構想の良さをアピールできないのだろうか。維新の会は大阪府議会と大阪市議会で第一党。だが、頭数はそろっても議員として言論活動に堪える資質がないのかと変に勘ぐってしまう。

 政治とは言葉である。その言葉とは何も弁舌爽やか、立て板に水である必要はない。素朴であっても見識と誠実さがあれば聞く人の胸を打つ。同じ顔ぶれでは言うことも同じだ。たまには議員同士の討論会も見たいものである。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2015年4月27日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第244回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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「白紙委任」でない住民投票 都構想を知る手間惜しまず

 約3週間後の5月17日に、いわゆる「大阪都構想」の是非をめぐる住民投票が行われる。大阪市に住む有権者一人一人が手に持つその1票。それは、自身の生活を変化させうる力を握っている。と同時に、それは1票を超えた重みを持っていることもわかってほしい。大阪市を変えるかどうかは、数十年後に同じ場所で暮らすことになるみなさんの孫やひ孫、その他多くの人々の生活にも影響を及ぼすのだ。

 また、以前に本コラムでも書いたが、大阪都構想の根拠法である大都市地域特別区設置法では、特別区に隣接する市町村が特別区になることが可能だと定められている。また、仮に大阪市に隣接する10市のいずれかが特別区となれば、その市に隣接している市町村も特別区となることが可能になる。

 つまり、大阪市民の1票が、大阪府民全体の今後数十年の生活をも左右する力を持っているのである。だからこそ、どうかきちんと考えて重い1票を投じていただきたいとお願いする次第である。

 ちなみに、今回の住民投票で賛成票が過半数を上回った場合、大阪市は政令指定都市を返上して消滅し五つの特別区に再編されることが決まる。「賛成票が過半数を上回った場合」と書いたが、これは大阪市の有権者全体の半数を超えた場合ではない。今回の住民投票で投じられた票のうち有効票と判定されたものの半分を超えることを意味する。つまり、昨今問題になっている投票率の低さが今回も繰り返されると、大阪市民のうちごくわずかな人々が示した意思によってすべてが決まってしまう。規則上は適正だが、より多くの人々の意見を反映させるためにもぜひ投票率を上げてほしい。

 さて、ここまで読んで「では投票に行こうか」と考えたとしても、いずれの票を投じればよいのか迷っている人もいるだろう。

 大阪には橋下徹さんという強力なリーダーがいて、非常に人気が高い。だが、それと同じぐらい彼を嫌う人々もいる。そのため、どうしても今回の住民投票は橋下さんに対する「人気投票」となりがちである。だが、このような「白紙委任」的な態度では困る。

 住民投票の内容がわからないならば、大阪市が各区で行っている住民説明会に行く。メリットを知るためには大阪維新の会のタウンミーティング、デメリットを知るためには反対している政党の説明会に顔を出す。自分の生活に深く関わることを決めるためには手間を惜しまないことをお願いしたい。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2015年4月20日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第243回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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マグロも手伝う復興支援 必要なサポートを細く長く

 「近大マグロ」は今や一大ブランドとなった。筆者も口にしたが確かにおいしい。天然モノの魚を大切にする傾向の中で格下に見られていた養殖モノが大きな人気を博すのは興味深い。梅田と銀座にあるレストラン「近畿大学水産研究所」はいまだに予約が取りづらく、当日席を求める列も長いらしい。

 さて、先日その近大マグロを福島県川俣町で食べた。近大ではさまざまな専門分野を持つ研究者が、東日本大震災による原発事故で町の一部が放射線の被害を受けた川俣町の復興を支援するプロジェクトを実施している。その活動の報告会でマグロの解体ショーが行われたのだった。

 ちょうど1年前の報告会にも筆者は参加したのだが、その時は年配の町民が多かったと記憶している。だが、今年は小さい子どもを含む家族連れや比較的若い人たちが目立った。参加人数も昨年に比べて倍増以上の160人ほどとなった。近大を卒業した証である「卒業証書」を身につけたマグロが食べられるということで、参加してくれた人もおそらく結構いただろう。「マグロさまさま」である。その他にも、川俣名物のシャモを使った炊き込みご飯や、近大が和歌山で育てている「おいし鴨」のおつゆも昼食として提供された。参加した小学生の男の子たちに話しかけてみると、「こんなにおいしいものが食べられてうれしい」と答えてくれた。

 会場では、近大が川俣町のビニールハウスで育てているアンスリウムという花も配られた。これまでに農業で作られる食べ物で「川俣名物」を生み出そうとする提案もなされてきたが、どうしても「福島産」のものを口に運ぶことをためらう人がいるらしい。それならば食べ物ではない花ならばどうか、ということでこの花を育ててきた。

 会場には除染研究、心身ケア、産業振興の3グループに分かれた研究者たちが、これまでの活動内容をポスター形式で発表した。実は率直に言って、お目当てのマグロを食べ終えたらほとんどの町民が帰ってしまうのではないかと危惧していた。だが、予想に反して多くの人たちがポスターに書かれた内容をじっと読み、その周辺に立つ研究者たちに話しかけてくれたのだ。後から聞くと、相談内容は除染方法から、ストレスへの対策、政府の対応に対する不満など、多岐にわたっていたらしい。当事者である町民の声に耳を傾けながら、本当に求められている支援を細く長く続ける必要性をあらためて感じる一日となった。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2015年4月13日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第242回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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つんく♂さん演出の入学式 「私にしかできない事」

 つんく♂さんの声帯摘出が話題である。それを公表したのが近畿大学の入学式でだった。近年派手な演出で注目を集める近大の入学式の会場の最後列に筆者はいた。

 昨年に続きプロデュースを任されたOBのつんく♂さん。「KINDAI GIRLS」を近大生の中から昨年と同様オーディションで選び、歌と踊りで華やかに盛り上げた。学長や来賓のあいさつもあったものの、入学式というよりライブ会場のような雰囲気だった。

 そして、式典の終盤。昨年は療養のために登場しなかったつんく♂さんが舞台に現れると、さらに興奮が高まった。プロデューサーとしての彼より、ボーカルとしての色気がある声にほれ込み、特に『いいわけ』が大好きな筆者は、「もしかして歌ってくれるかも?」とまで一瞬期待した。

 だが、彼は舞台に立ったまま一言も発しない。会場の大きなスクリーンに「おめでとう」から始まるメッセージが流れ、彼が黙ったまま手を振ると、会場は笑い声も交えてざわついた。冗談めかした演出と思った人もいたのかもしれない。だが、「一番大事にしてきた声を捨て、生きる道を選びました」という文章が流れると、会場は静まり返った。

 彼の祝辞はここに全文を載せたいほどすばらしい内容だった。特に印象的だったのは「こんな私だからできる事。こんな私にしかできない事。そんな事をこれから考えながら生きていこうと思います」という部分。さらに学生に向けて「あなただからできる事。あなたにしかできない事。それを追求すれば、学歴でもない、成績でもない、あなたの代わりでは無理なんだという人生が待っている」という言葉が贈られた。おそらく涙ぐんだ新入生もいたのではないだろうか。

 入学式全体を取り仕切った近大の世耕石弘広報部長も、声帯摘出は本番まで聞いていなかったという。「プロデューサーとしてお願いした『入学生にとって一生忘れることのできないインパクトのある入学式』を演出することに徹した姿に『プロ根性』を感じた。話題となった祝辞についてもプロデューサーとして自身の体験をつづり、新入生に感動を与えることを考え抜いた上での演出だと思い、その『プロ根性』に身の引き締まる思いがした」と話す。来年の入学式について聞くと「受けていただけるのであれば来年もぜひお願いしたい」とのこと。

 つんく♂さんには、体調に気をつけながらエンターテイナーとして「彼だからできる事」で私たちを楽しませ続けてほしい。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2015年4月6日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第241回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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『マッサン』式言語習得術 驚きの日本語上達の秘密は

 朝ドラ『マッサン』が終了して1週間余り。1度も欠かさず見続けて、今はちょっとした脱力感を味わっている。中島みゆきさんが歌う『麦の唄』も重厚でなおかつ物語の展開とみごとにシンクロして、すばらしい主題歌だった。

 さまざまな伏線を後から拾っていく丁寧な脚本、広島・大阪・北海道などの異なる言葉や文化、食べ物の細やかな描写を、堪能した。また、実話と創作が入り交じったドラマだが、出演者の誰もが個性を発揮して存在感を主張し、お芝居らしさが消えて本当にその出来事が目の前で起きているかのような錯覚に陥った。

 だが、何よりも称賛したいのは、主人公の妻・エリーを演じたシャーロット・ケイト・フォックスさんだ。あの演技力には何度圧倒されたことだろう。エリーとシャーロットさんは別の人格だとわかっていても、シャーロットさんがエリーの感情そのものを体感して表現しているのではないかと思いそうになる場面がいくつもあった。また、顔や髪の毛をあまりいじっていないにもかかわらず、老いを明白に感じさせる演技にも驚いた。シャーロットさん自身はまだ若いのに、画面の中にいたのはまぎれもなく老女だった。

 しかしながら、彼女のすごさは何と言っても日本語が全く話せない状態で、日本語を話す役柄を演じる仕事を引き受けたことだった。ドラマ制作の模様を伝えるドキュメンタリーの中で、せりふを日本語、ローマ字、そして英文法を無視して日本語の語順で書かれた英語でノートに書いたものを用意して覚える彼女の姿があった。つまり、単に音を暗記するだけでなく意味も理解し、なおかつ場面ごとの感情も入れていく。さらに、非常に過酷と言われる朝ドラ収録現場で休みもなく、たえずスタッフと触れ合って日本語で話をした。最終的には、バラエティー番組に出演して時折通訳の助けを借りるのみで、日本語のやりとりをこなすまでになっていた。全くゼロの状態からたった1年でよくあれだけ上達したものだが、言葉を覚えざるを得ない状況に追い込まれれば、たった1年だけでも言語習得は可能だということになる。

 筆者は教え子から英語上達のこつを尋ねられることが多い。できるだけ多くの時間、英語を読む、聞く、話す、書く環境に自分を追い込み続けることと答えるのだが、シャーロットさんの偉業を見て、あらためてそれが答えなのだと確信を強めている。新しい言語という“武器”を手にした彼女の今後の動きから目を離せない。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2015年3月30日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第240回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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権力持つ役所がTV局撮影 取材側も知識と感性向上を

 市職員を取材するテレビクルーに向けられた別のビデオカメラが、そのやりとりの一部始終を収録する。撮影しているのはテレビ局のスタッフではなく、取材を受ける側の市の職員。その目的は偏向報道を防ぐためだという。全国でも例を見ない“試み”を始めたのは兵庫県の西宮市役所である。

 発端となったのは市営住宅の退去に関する問題だった。引っ越しを余儀なくされた住民に対して、市は費用や住み替えに関わる相談を真摯(しんし)に行ってきたにもかかわらず、この問題を取材したテレビ東京はその部分だけばっさりとカット。そのため、西宮市は血も涙もない役所だというイメージが、視聴者に伝わってしまったという。そこで、同市は偏向報道を防ぐためにマスコミ取材の様子をビデオ撮影し、市が説明責任を果たしている証拠を残すとした。

 この問題は波紋を広げた。西宮市議会は中止を求める決議案を可決し、マスコミや有識者からも「やりすぎだ」という声が上がった。もっとも、当の西宮市はどこ吹く風。今もって止める様子はないという。

 さて、この問題をめぐってはポイントが二つある。まず一つ目は、マスコミの姿勢である。発端はテレビ東京による雑なビデオ編集にあることは間違いない。もし西宮市を悪者にしようと意図したのなら悪質だが、このようなケースでは取材スタッフが行政の知識に欠け、「これくらいのカットならいいだろう」という甘い認識でビデオを編集してしまうことが多いようだ。要は、基本的な知識を欠いたまま取材してしまうことがあるのだ。報道によって傷つく人がいる可能性があるという認識を持てない感性の鈍さも問題である。この点については、マスコミも反省する必要があるだろう。

 もう一つは、行政と報道の関係である。行政は、基本的に取材を受ける立場にある。行政は予算を執行し、税の徴収権や差し押さえ権を持ち、また人に立ち退きを要求できる権力機関なのだ。そのため、議会と同様にマスコミのチェックを受けておかないとやりたい放題になってしまう。これが民主主義国家の基本である。

 西宮市の被害者意識はわからないでもない。しかしながら、行政がマスコミによる取材をけん制するというのは本末転倒である。マスコミ側にも欠けている認識がある一方で、西宮市も自らが権力機関なのであるという認識に欠けている。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2015年3月23日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第239回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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住民投票できない大阪府民  統一地方選で都構想問う

 いわゆる「大阪都構想」の是非を決める住民投票が行われる5月17日まで、あと2カ月を切った。これに参加できるのは誰なのか、正確に知っている人はどのくらいの割合でいるのだろうか。筆者の周囲で尋ねてみたところ、「大阪府在住の有権者」と答える人がかなり多かった。だが、正解は「大阪市在住の有権者」である。

 仮に大阪都構想が実現すると、大阪市が五つの特別区に再編される。そして、大阪都構想の根拠法である大都市地域特別区設置法では、特別区に隣接する市町村が特別区になることが可能だと定められている。大阪市に隣接するのは門真、堺、吹田、摂津、大東、豊中、東大阪、松原、守口、八尾の10市。市を二つ以上の特別区に分割する場合には法定協議会を設置して住民投票を行う必要があるのだが、分割せずに一つの特別区とする場合には議会で承認するか、または首長の専決処分で決定してしまうことも可能である。

 そして、影響はその10市にとどまらない。仮に10市のいずれかが特別区となれば、その市に隣接している市町村も同様に特別区となる「権利」を得ることになるのだ。つまり「ドミノ倒し」のように府内全域が特別区ばかりとなることだって、可能性としてはありうるわけだ。

 このように、大阪都構想は大阪府民全体に影響を及ぼす可能性がある内容であるにもかかわらず、その是非を問う住民投票では大阪市民しか意思を示すことができない。なぜこんな理不尽なことが許されるのか、どう考えても納得がいかない。

 ただし、一つだけ意思を示す道が残されている。それが来月行われる統一地方選挙であり、投票日は4月12日と26日である。もし大阪都構想が実現した場合に、特別区に隣接する市町村として特別区となることを選択するかどうかをめぐり、この統一地方選挙で選ばれる議員や首長にもその権利を与えられるわけだ。

 筆者は大阪府民でありながら大阪市民でないために、大阪都構想に対する住民投票で自分の意思を表明する機会を奪われている。そんな自分としては、候補者たちが大阪都構想について、そのメリットとデメリットが何であると見ているのかも含めてどう考えているのか、ぜひはっきりとした見解を選挙前に聞かせてもらいたい。将来的に「大阪都」の特別区になる可能性が出てきた時に、自分が選んだ議員や首長がどんな行動を取るのかよく知って見極めた上で、大切な一票を投じたい。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2015年3月16日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第238回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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「あの日」知らなくても 防災を学ぶ多様な試み


 「あの日から◯◯年」という言葉は大きな事件や事故、災害が起きた時間と空間を振り返る時に使う。ただ、このセリフの重みは当事者とそうでない人を分け、後者に疎外感を与えることがある。その現場にいた当事者でなければわからない「あの日の苦しみ、悲しみ」を共有していない人間にとって、安易に「あの日」と口にして事情を理解しているような気になってはいけない、と遠慮する気持ちを抱きがちである。

 筆者自身、人生の4分の1近くを関西で過ごしているが阪神淡路大震災の時は東京にいた。また、東日本出身であるにもかかわらず東日本大震災の時には大阪にいた。だから、筆者にとって1995年と2011年の「あの日」は、メディアを通じたものや、現場にいた友人や家族の言葉から受け取ったものに過ぎない。

 そんな間接的な経験しか持たない者にとって、たとえ大災害がいつかくると頭ではわかっていても、「あの日」の実感がない分、その大きな出来事を「他人事」のように感じてしまうことがある。そのために備えもおろそかになりがちである。

 阪神淡路大震災や東日本大震災を知らないのは、被災地から遠く離れた場所にいた人だけではない。当時まだ幼かった人や、生まれていなかった人も同じである。そして、これから時間がたてば「あの日にはまだ生まれていなかった」人の数は増えるばかりだ。

 そんなことを考えていた今年の3月11日、隔週で出演しているニュース番組『関西TODAY』(J:COMチャンネル)で、スタッフが取材した「イザ!カエルキャラバン!」の存在を知った。これは、おもちゃの交換会と防災訓練を組み合わせた子ども向けのイベントなのだという。10年前に神戸で誕生し、世界14カ国に広がっているそうだ。

 おもちゃで子どもたちの目をひきつけるだけでなく、防災訓練そのものも遊び心をくすぐる。毛布で担架を作ってカエルの人形を運ぶ時間を競い合う際に、毛布の端を丸めると担架の強度が増すことも習う。そのほか、消火器の使い方を覚えるためにカエルのキャラクターを狙って水を当てる訓練もある。

 防災という「まじめなこと」を必ずしもまじめに学ばなくてもいい、というこのアプローチは目からウロコが落ちる思いだった。「あの日」の直接的な記憶は大切だ。その記憶は伝えていかなければいけない。でも、過去の大災害を「他人事」と感じがちな人をも巻き込んでいくためにはより多様な試みも必要だろう。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2015年3月9日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第237回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。


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言論介入報じない放送局 都構想批判の教授めぐり

 大阪都構想に批判的な発言をしている内閣官房参与の藤井聡京都大学大学院教授を番組に出演させないよう要望する文書を、維新の会が在阪テレビ各局に送っていたことが週刊新潮で報じられ、新聞もその後に報道している。同党の最高顧問である橋下徹大阪市長がそういった文書の送付を認めた上で、「(藤井氏は)『中立』と言いながら反都構想の政治活動をやっており、まさに『中立偽装』。(統一地方)選挙の1カ月前なのに放送の中立性、公平性が害されている」と反論。藤井教授出演をめぐる議論が高まっている。

 今回の文書には露骨に「出演させるな」とまでは書いていないものの、明らかにテレビ局に圧力を与える内容だった。にもかかわらず、維新の党側はこれを言論介入だと受け止めておらず、「当然」だと信じていることには驚きを禁じ得ないし危機感を感じる。こういった政党に民主主義や言論の自由を守ってもらうよう託せるのだろうか。

 だが、一連の騒動でそれよりも気になってならないのは、文書を受け取ったテレビ局の対応である。文書が各局に送付されたのは2月半ばだという。そして今回の週刊新潮の報道は約3週間後。週刊新潮の記事が出て、ようやく在阪テレビ局の一部にも報道する動きが出てきた。

 言うまでもなく、テレビ局の重要な業務の一つがニュースの報道なのだが、これだけ大きな「ニュース」が自分たちのすぐ目の前で発生していながら、3週間も放っておいたわけである。問題があると認識することも、ニュースとして報道することもできないという、能力の欠如なのだろうか。それとも、維新の党の圧力に屈したということなのだろうか。

 もし問題認識能力に劣っているのだとすると、報道機関という看板は下ろした方がよさそうである。国民にとって大切な問題を報じてくれない放送局を信じてくれという方がどだい無理な話である。一方で、政党の圧力に屈したとすれば、今回はたまたま野党第2党からの要請だったが、仮に与党が国民にあまり知ってほしくない情報があった際に、今回のようなテレビ局が唯々諾々と与党からの要請をのむことは、想像にかたくない。

 今回の週刊誌報道がなければ、いつの間にか要請通りに物事が進んでいたということだろうか。コトは単純に藤井教授が出演するかしないかだけでは収まらない。一つの「前例」が報道機関に次々と手かせ足かせをはめてゆく危険に、もっと敏感であるべきである。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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2015年3月2日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第236回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。


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高齢化進む農業に解決策は 愛媛ミカンの未来に若い力

 今年もまたレモンのジャムを作った。材料はレモンと砂糖のみ。若干の酸味と柔らかい甘さがあとを引く。さまざまな農薬を使う米国産では皮をすべて使うジャムを作る気になれない。だが、今回使ったのはそういった心配が少ない愛媛産のレモンである。今月所用で訪れた愛媛で知人宅にも立ち寄ったところ、そこで育てているミカンやレモンをたくさん持たせてくれた。

 この知人宅は長く続くミカン農家で、これまで60歳を超えた夫婦が中心になってやっていたが、最近30代の息子が継ぐことを決めた。この一家と知り合ってもう数年になるが、どんな種類のミカンも絶品だし、初めてレモンをもらった昨年はその味に魅了された。気候風土に恵まれたこの土地で、長年積み上げてきた技術とすばらしい味を引き継いでいく人が決まったということは、これからもおいしいかんきつ類を食べられることを意味する。うれしさと同時に頼もしさも感じている。

 ただ、喜んでばかりもいられない。ご多分にもれずこの町も高齢化が進んでおり、跡継ぎがいない農家もあるらしい。町内の段々畑には至るところにミカンの木が植えられているように見えたが、よく話を聞いてみると、手入れができず荒れ始めている畑もあるというのだ。

 この町の出身ではない人や、もともと農業に関わっていなかった人の中にも、ミカン栽培に関わりたいと考える人がいるかもしれない。そういう人たちに託せないのか。そう思って尋ねてみたが、荒れつつあるミカン畑を持つ人たちの中には、他人には畑を任せたくないと考える人がいるそうだ。見ず知らずの人に畑に触れさせるぐらいだったら、畑をそのまま放置して朽ちさせた方がマシだと考えているのかもしれない。先祖伝来の土地を大切に守ってきた人にとって、他人の手に自分の土地をゆだねることは、先祖への裏切りといった後ろめたさもあるのだろうか。土地への愛着を考えると、彼らの気持ちはわからなくもない。だが、日本は高齢化が進んでおり、血縁関係による継続だけに頼っていては、この国の農業は衰退の一途をたどるしかないだろう。

 福井県で梅を育てて梅干しを製造販売している若い知人がいるのだが、彼は関東の生まれ、農業には全く関係のない家に育った。でも、福井で梅農家をしていた人から梅林を借りて農業を学び、現在に至っている。

 若い力が少しずつ躍動し始めた農業。日本の農業を絶えさせないため、さまざまな知恵を出し合っていってほしい。

 (近畿大学総合社会学部准教授)
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