いつの頃からか、パジャマを着る習慣がなくなりまして。
ところで、「パジャマ」という言葉は、「パパ」と「ママ」が隠れているので、何となく恥ずかしい。
というのも、私の子供時代&私のコミュニティでは、「パパ/ママ」な子供は皆無。
おとぎ話の世界でしたよ。
都会からの転校生が「パパ/ママ」だったりすると、からかわれたものです。
とくに、男子の世界では。
それと似たような感覚を「パジャマ」には持ってしまっているんです。
じゃ、なんと呼んでいたかというと、普通に「寝間着」でした。
いや、寝間着を着なくなった話でした。
これは、何のことはない、一人暮らしを始めた学生時代の名残です。
まず、寝間着と部屋着の区別がなくなりました。
さらに,ちょっとそこまで、部屋着=寝間着 で外出、みたいなことも増えて…。
てなことを、繰り返していきますと,もう、寝間着なんて要らんようになって,今に至る、と。
真夏は特にそれが顕著になりまして,たまたま目についたTシャツにパンツ、という格好で寝ることになります。
何が言いたいかというと,今朝はずいぶん涼しかったですね,この格好では寒いくらいでした,そのたった一日前は、暑くてたまらんかったですが,秋?というようなことでした。
閑話休題。
先日,郵便配達の方が書留を届けてくれたのですが,僕もある時期郵便局に勤めていたことがありまして,なんと、その時の顔見知り。
在籍中には殆ど話したことがなかったのですが,ずっと気になっていたことを尋ねてみた。
ーその後、どうですか?
この一言で通じることといえば,もちろん民営化のことですね。
彼がなんと答えたかは詳述しませんが,いったい誰が得したのかな,と。
得をしようとした人はいたらしいと、どこかで見ましたが。
そういや、見直しするとか、しないとか、最近聞きませんね。
売られ続ける日本、買い漁るアメリカ―米国の対日改造プログラムと消える未来/本山 美彦