今夏の電力消費量を分析する
東日本大震災の発生から今日でちょうど半年です。
今夏に予想された電力危機は、
日本国民と日本企業の節電努力でなんとか乗り切ることができました。
この記事では、統計的な観点から
今夏の電力消費の挙動を分析してみたいと思います。
分析に用いるデータは、
過去にわたってデータが数値で公開されている東京電力管内の電力消費量
と気象庁発表の東京の気象データ(1時間間隔の時系列データ)です。
電力消費量の時間変動
下図は、7月と8月の東京電力管内の電力消費量の時間変動を
示したものです。
図からわかるように、2011年の東京電力管内の電力消費量は、
5000万kWを越えることはありませんでした。
昨年と比較するとトータルの電力消費量は昨年比16.2%減となりました。
↓下図は6/27日の記事[今夏の電力需要を直前分析する] で私が行った
多変量自己回帰モデル(VARモデル)による予測結果です。
予測に必要な気象データとして酷暑だった昨年の気温データを用いたため、
各日の最小値はやや実況よりも高い値となっていますが、
電力供給のポイントとなる各日の最大値のレベルは
実況とよく一致しているかと思います。
このことから、7~8月の電力消費量の最大値は、
6月の実況データを用いることによって概ね予測できることが
立証されたかと思います。
気象状況
下図は、7月と8月の東京の気温の時間変動を示したものです。
今年の夏は7月上旬に去年よりも気温が高かったのですが、
例年もっとも暑い時期である7月下旬から8月上旬に気温が低下したことと
ここまでのところ残暑も厳しくないことは、
節電を実践する国民には幸運であったと思います。
気温以外に電力消費量に影響を与えると考えられる
風速と全天日射量は昨年よりもわずかに低い数値と言えます。
ここで、基本統計量を算出すると下表の通りです。
気温の変動量が昨年に比べて大きくなっているにも関わらず、
電力消費量の変動が大幅に低下していることがわかります。
多変量自己回帰モデルによる電力消費量低下の要因分析
ここで、いかなるメカニズムによって今夏の電力消費量が低下したのかを
多変量自己回帰モデルを利用して分析してみたいと思います。
多変量自己回帰モデルについては、[今夏の電力需要を直前分析する] で
説明しましたように、目的変数(今回の場合電力消費量)の時系列変動を
説明変数(今回の場合、気温+風速+全天日射量)の時系列変動を
用いて次式によってモデル化するものです。
電力消費量(t)=
A1×電力消費量(t-1)+A2×電力消費量(t-2)+・・・+
B1×気温(t-1)+B2×気温(t-2)+・・・+
C1×風速(t-1)+C2×風速(t-2)+・・・+
D1×全天日射量(t-1)+D2×全天日射量(t-2)+・・・+
この式の係数(マトリックス)である
A1, A2, ・・・, B1, B2, ・・・, C1, C2, ・・・, D1, D2, ・・・
を数学的に求めることができれば、過去のデータ(t-1, t-2, ・・・)から
任意の時刻(t)のデータを予測できることになるわけです。
この係数を求めるにあたっては、前回と同様に
文部省の統計数理研究所によって開発された
時系列分析パッケージのTimsacを用いました。
このTimsacを用いて、2010年データと2011年データを多変量自己回帰し、
得られた係数の違いを比較することによって、
去年と今年の電力消費のメカニズムの違いを検討しました。
最初に回帰結果を下図に示します。
両図ともに統計期間(27時間)分だけの実況曲線(電力消費量)が
わずかに現れているだけで、そののちの部分は、
自己回帰モデルによって完全に回帰されています。
つまり、極めて高い精度で回帰できていることがわかります。
表中の「ラグ」とは時間を表し、それぞれの行には、
1時間前、2時間前、・・・、27時間前までの各要因の係数が示されています。
なお、今回のケースでは、27時間前までのデータを用いるのが最適である
ことが分析の結果わかっています。
さて、この表中には、各変数ごとに過去6時間前までの係数のうち
最大値を示している箇所に黄色でマーキングを入れています。
これらの値は、電力消費量に対して最も影響を及ぼす値であり、
2010年の電力使用量については、
1時間前の電力消費量、5時間前の気温、6時間前の風速、3時間前の日射量
に最も影響を受けていることがわかります。
それに対して、2011年の電力使用量については、
1時間前の電力消費量、1時間前の気温、1時間前の風速、2時間前の日射量
に最も影響を受けていることがわかります。
このことからわかることですが・・・
去年と今年の大きな相違点として、
去年まで電力消費量は3~6時間前の気象に強い影響を受けていましたが、
今年は1~2時間前の気象に強い影響を受けているということです。
つまり、去年までは、暑いという不快感を感じると、
気温が変化したとしてもその後3~6時間は冷房をかけ続けていたところが、
今年は、気温の変化にきめ細かく対応して冷房を調整していたものと
考えられます。
この傾向は、以下に示す気温と電力消費量の関係を見てもわかります。
(2010年夏)
(2011年夏)
これらの図を見ると、2011年の方が決定係数R2が高い値を示すため、
気温と電力消費量の相関性が高く、
気温の変化に対してきめ細かく電力消費を調整した
結果と推察されます。
また、2011年の回帰直線の勾配は
2010年のそれの約半分程度の値になっています。このことは、
気温の上昇に対して過度に冷房を効かせず適正に温度調整をした
結果と推察されます。
この夏、日本人は、以上のような方法で一人一人が電力消費量をセイヴし、
電力危機を乗り越えたものと考えられます。
残念ながら無策の政府、ナイーヴな分析の公共シンクタンクのために
今夏には電力制限令と言う最低の愚策が実施され、
多くの日本企業が苦しめられました。
また政府広報能力の欠如から、心ある国民に一部過度の節電を負わせ、
健康被害を与えました。
ぜひ、日本政府には、
今冬そして来夏の電力不足解消に向けて、
今年の夏の実態をきめ細かく分析するとともに
負担を最小限に抑える対策を立てて臨んでいただきたいと思います。
さて、今日で震災から半年です。
何度も何度も繰り返しになりますが、
今回の震災で尊い命を失われた犠牲者の御家族には
今なお心からお悔やみ申し上げるとともに
今も苦しむ被災者の皆様に対して心から声援を贈りたいと思います。
また、
10年前の同時多発テロで尊い命を失われた犠牲者の御家族に対しましても
時間的な区切りの日を機会にお心からお悔やみ申し上げます。
あの朝の絶望感と悲しみは絶対に忘れられることはできません。