どうもー!!!!
各球団の今季からの監督の情報を書きたいと思います!!
監督の名前としては覚えていても、現役時代を知らなかったり
知っていても忘れがちな事などもあるので
勉強&おさらいとしてやりたいと思います!!
今日の監督はこちら!!!!!
緒方孝市監督!!!!
緒方監督に関しては前に緒方伝説のブログを書きましたが、今日は現役を振り返ります。
緒方監督は高校時代は走攻守揃った3拍子の内野手として九州でも有名な選手として活躍。
1986年にドラフト3位で広島東洋カープに入団。
プロ入り後はその3拍子を活かすのもあり外野手に転向。
この決断が後にセリーグを代表する外野手になるんですね。
能力の高さ《特に足》から1軍出番も多いが、打撃が安定しなかった。
しかし
95年には前田選手のアキレス腱断裂で穴があきチャンスが。
しかし、お母さんの死去により精神面での下降が予想されたが、それを乗り越え、見事にレギュラーとして活躍。
当時の三宅監督の「緒方の母は緒方を二度生んだ」は名言として伝えられる。
3割を超え、ホームランも初の二桁。そして盗塁は47で盗塁王に。
広島東洋カープの柱となる選手となる。
そこから本塁打は5年連続二桁。特に99年は36本!!!更には初回先頭打者ほーむのシーズンタイ記録の8本!!
盗塁も3年連続40個超え。特に96年は50個!!3年連続の盗塁王!!
ゴールデングラブも5年連続!!
この95ー99年の5年間は緒方監督の黄金時代と言っても過言はないでしょう。
走攻守で大活躍をし、完全に広島東洋カープの顔となった緒方監督。
しかし
00年、01年の2年間は怪我の故障により試合数が激減する。
02年には復活し
そこからまた05年まで4年間レギュラーとして活躍。
4年連続ホームランは20本超え。
打率もほぼ3割など打撃の柱として復活しての活躍。
しかし長年の怪我により、盗塁は激減し、守備でも足を見せる事ができなくなり、3拍子揃った選手としては活躍できなくなっていた。
06年にはデッドボールで骨折。
07年にはコーチ兼任選手。
そしてそこから長年の体の怪我の多さによる代償と、歳もあり、試合数は年々減少。
そして09年に22年間の現役生活を終える。
10年からは野手総合コーチ
11.12年は守備走塁コーチ
13年は1軍打撃コーチ
14年は野手総合コーチでヘッドコーチ
として広島東洋カープ一筋で指導者としての王道な経歴を経験し
15年からはついに広島東洋カープの監督に!!!
監督としての手腕は前に書いた緒方伝説で触れていて、なんとも言えませんが、、、
しかし!!
現役時代は本当にスーパースターとして活躍された緒方監督!!!
そして鉄人といえば金本監督のイメージだけど
度重なる大怪我でも負けずに試合に出ての全力プレーから、緒方監督もまた鉄人という異名がありました。
1年目は色々ありましたが
広島東洋カープ一筋でスターだった緒方監督。
あのミスターこと長嶋監督が欲しくて熱望したほどの選手。
2016年の緒方監督第2章の手腕に期待しましょう。
本日のかずきのどうでもいい情報。
緒方孝市で調べると、まず出るのが緒方孝市 無能 ってのが悲しい
でわでわ