kawanobu日記/講談社がiPadなどの電子媒体で小説を売るというけれども……:京極夏彦、五木寛之、『親鸞』 画像1

 講談社が日本でも28日に発売されるiPad(写真=iPadを手に持つアップルのスティーブ・ジョブズCEO)と他の電子媒体に京極夏彦の新作小説「死ねばいいのに」を配信するそうだ。京極夏彦なんて名前をチラリと聞いただけでどんな作家か全く知らなかったので、ウィキで調べてなるほど電子出版向けだ、と納得した。妖怪、ホラーものを書く作家のようだ。

iPadは自分の読書スタイルに合わない
 講談社は、京極夏彦の冒頭の本を紙の本としても出版するが、こちらは税別で1700円、それが電子版だと最初のキャンペーン期間中は700円、以後は900円で「販売」するという。読んだことがないので、どの程度の作家か分からないが、税別1700円とはずいぶんと高い! こんなだから本は売れない、のだと思う。iPad向けのキャンペーン価格の安さを際立たせるための価格設定なのか、と疑ってしまう。
 日本で発売前なのに、iPadの話題が沸騰しているが、手に取った人の話によると、紙の本をめくるような感覚でページを開けるのがいいらしい。最初は物珍しさも手伝って、iPadも品切れになり、またその手の小説やハウツー本、際物、アニメでは、一定のシェアを獲得するだろう。特に1冊まるごと読むわけではない雑誌では、記事を1本ずつ買えるから便利かもしれない。しかし前にも書いたが、私には全然、魅力的に思えない。
 私的な読書スタイルとして、マイナーな分野の小部数本をメモをとりつつ読み、あちこちにマーカーで印を付け、必要とあらば付箋を付け、時には書き込みもする。だから私の読んだ後の本は、ブックオフでは1円の価値もつかない。
 iPadは、私が読む領域の本を配信しないだろうし、マーカーも書き込みもできない。だから全く必要としないのだ。

1冊まるごとネットで読める新刊本も
 ただiPadが普及してくると、一定程度の影響は受ける。現在の書店の市場が確実に食われるからだ。そのうち紙の本も、アマゾンでしか買えなくなりはしないか、と恐れる。ちょこっと立ち読みして、気に入ったら買うということはできなくなる。
 大手チェーン書店とブックオフは、かなり戦々恐々としているのではないか。iPadなどの電子配本となると、読み終わっても後に何も残らない。本を置くスペースに困る若者単身者には便利だろうけれど、多くの人が書店で買わなくなり、読み終わった本をブックオフに持って行かなくなると、こうしたビジネスモデルは通用しなくなるからだ。
 最近は、出版社も、例えば同じ講談社の『親鸞』(五木寛之作、上・下)のように、上巻を丸ごとネットで時限的にタダで読めるような仕掛けをして、盛んにネットに誘導しようとしている。丸ごとタダ読みと言っても、314ページもの本をすべてPCで読むのは困難だ(プリントはできないし、メディアに記録もできないようにガードされている)。出版社の狙いはさわりを読んでもらい、後は書店で買ってもらおうということなのだろう。

紙の本は高コストで非効率
 講談社のように、今や大手出版社も、書籍・雑誌が売れないことにより、恒常的な大赤字に悩まされている(例えば09年10月31日付日記「読書週間と構造不況の出版業界、ほのかに差し込む曙光に希望:講談社、小学館、集英社、コンテンツ事業http://ameblo.jp/kawai-n1/entry-10377183082.html を参照)。広告収入の激減が大きいが、赤字の要因の1つに、今や4割を越す大量の返本もある。実際、返本は極めて高コストで非効率である。
 紙と印刷代、運送費を初期負担しても、資金回収できず、それどころかさらに書店からの返送費、倉庫保管料、さらには断裁費用が発生するからだ。
 ここに例えば税別定価1000円の本があったとしよう。甚だ大まかな計算だが、用紙代、印刷代、製本費、運送費を含む管理費で、おそらく300円はかかっている。さらに約300円は取次と書店の取り分である。残りの100円が著者印税である
 つまり書店の粗利は、だいたい300円前後だ(雑誌なら、売上の他に広告収入があるが、こちらも激減していることは、2月28日付日記「インターネット広告費がテレビを抜く日はいつか:新聞、出版、講談社、電通」http://ameblo.jp/kawai-n1/entry-10469800322.html で書いたとおり)。ここから返本費用も負担していれば、赤字とならざるをえない。

電子媒体で本を読まない
 それなら紙の出版をすべてやめて、電子出版に絞れば、その負担から一切解放される、との誘惑にかられるだろう。用紙代も印刷代も運送費すらも、要らない。しかも返本リスクはゼロだ。編集・校閲・製版費用はかかるけれども、1000円の本を600円にしても、かなりの利益が見込める。もちろん著者には印税率の若干の上乗せをして、同意してもらうだろう。
 しかし繰り返すが、紙の本に全面移行するはずはない。ライトノベルやアニメ、ハウツー本、実用書、雑誌記事には、電子出版は親和力があるが、そうでないコンテンツまで電子出版には置き換わらない。刷り部数がたった3000部程度、場合によっては1000部程度の書籍を、電子出版用に編集しても採算がとれないからだ。用紙代や印刷費は節約できても、高度な知的作業である編集費用を削減できない。部数が少なくなれば、相対的に編集費用が高くなり、電子出版でも価格を安くできない。紙の本との価格の差別化がしにくい。
 しかし紙の本なら、それを必要と感じる読書家は4000円でも5000円でも買うのである。そうした読書家は、書き込みができないような電子出版にカネを出そうと思わないに違いない。

昨年の今日の日記:「連休の谷間に隅田川川下りを楽しむ:大川端リバーシティ21、浜離宮庭園、浅草」http://ameblo.jp/kawai-n1/entry-10265597142.html