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 新聞広告費がついにインターネット広告費に抜かれた。そして、出版業界の雄の講談社の09年11月期の決算で2年連続の巨額赤字を出した。

ネット、ついに新聞広告費を抜く
 この2つのニュースは、今さら活字離れなんて言っても誰も驚かないだろうけれども、それがさらに深刻化していることをあらためて浮き彫りにした。
 まず、前者の新聞広告費がネット広告費に抜かれた話から始める。
 広告会社の電通が毎年発表している「日本の広告費」09年の調査結果が22日に発表されたが、リーマンショック後の大不況を受けて、広告費総額は11.5%減の5兆9222億円と過去最大の落ち込みを記録した。それでもネット広告費だけは何とか気を吐いて、前年比1.2%増の7069億円となった。
 これは後世に記憶されることになると思われるが、初めて新聞広告費を抜いて媒体別で第2位に躍り出た。活字離れに悩む新聞は、長く維持していた2位の地位を滑り落ちたのだ。

2本足経営の1本がガタが来た
 新聞広告費は、前年比18.6%も落ち込み、6739億円と7000億円割れとなった。新聞社にとって、広告費は購読料と並ぶ経営の2本柱の1つだが、その1本が大きく崩れようとしている。日本3大紙の読売、朝日、日経各社とも、毎年、100億円規模の広告費減に続いており、構造不況業種の主要因となっている。
 広告を出稿するクライアントも、広告効果がどれくらいあるのか測れないことも凋落の原因だ。
 ちなみに広告費は、新聞社にとってきわめてうま味のある収入源である。購読料は、新聞を販売(つまり宅配)し、集金して、という高いコストをかけての収入だが、広告収入はただ安価な紙代とインキ代、それに広告部局要員の人件費負担だけで足りる。これがぐらついていることは、新聞社が不動産業に転身するしかないことを意味する。
 どこの新聞社も(後述の大出版社も同じだが)、都心や都道府県庁都市の一等地に土地を持っているので、ここに近代的高層ビルを建て、テナントから賃料を取ってやっと息をついでいる。
 例えばつい昨年も日経新聞が大手町に新ビルを建てたし、有楽町西武デパートが今年末に閉店するマリオンは朝日新聞社のドル箱である。またJR線を挟んで反対側にある旧そごう、現ビックカメラの入るビルは読売新聞社が所有している。
 しかし深刻度は、新聞よりも雑誌とテレビ局の方がもっと大きいかも知れない。

講談社2年連続の巨額赤字
 雑誌の広告費は、実に前年の4分の3に縮小した。25.6%減の3034億円である。これは、昨年に文藝春秋社「諸君!」が廃刊したことに象徴されるように、老舗雑誌の廃刊ラッシュとなったのも一因だが、クライアントが雑誌に広告価値を認めなくなったからだろう。
 思えばネット広告が雑誌広告を抜いて第3位に躍り出たと話題になったのは、つい数年前の話だ。それが今やダブルスコア以上に差を付けられ、しかもその差は拡大する一方なのである。
 各種雑誌を出す出版社も、広告収入への依存度は大きいので、出版社経営を直撃する。冒頭の2番目に挙げた講談社の直近決算が、その苦境を象徴している。
 講談社の09年11月期決算発表は、電通発表の翌日23日だったが、同社も雑誌広告収入が約26%の大幅減だった。このため売上高も1245億円と、前期比7.8%減となった。書籍売上も雑誌売上も減っているが、まだ1桁%減で奮闘しているのに、広告収入の大幅減があってこの落ち込みとなった。
 同社の売上高は、出版業界全体とほぼ同期しているが、ピークは15年前の95年の2033億円だった。15年で半分近くに売上総額が減っていることになる。
 これでは、最終損益が57億円の赤字となるのもやむをえない(前期は76億円の赤字)。出版社もまた不動産事業に依存する傾向を強めつつあるが、第3の収入源であるキャラクターなどのコンテンツ・ビジネスを伸ばしていくしか生き残る道はないだろう(これについては、09年10月31日付日記「読書週間と構造不況の出版業界、ほのかに差し込む曙光に希望:講談社、小学館、集英社、コンテンツ事業」http://ameblo.jp/kawai-n1/entry-10377183082.html . を参照)。

高給与・好待遇のメディアも今や「ボランティア職種」
 新聞・出版は、かつては後述するテレビ局とともに、高給与・好待遇の3大職種だった。
 大学出たてのペイペイでも、国内出張ではグリーン車が利用できたし、海外出張となれば飛行機はビジネスクラスだった。ベストセラーを連発した某出版社の場合、かつて年間ボーナスが12カ月出たこともあった。1年に24カ月も給料が出るなんて、今のサラリーパーソンには溜息が出るだろう。
 しかし、これらの業界には、今や厳しいリストラ風が吹き荒れている。
 人口減少・少子化社会では、新聞・出版、ラジオ・テレビ業界は、日本語というガラパゴス言語を使うために、構造的に売上減とならざるをえない。
 これが製造業であれば、例えば典型的な内需企業である食品業界もアジアの発展国に進出してそこで稼ぐというビジネスモデルを描くことができる。しかしそれも不可能な新聞・出版、ラジオ・テレビは、これからこの方面に進もうという学生にとって、使命感がなければ務まらない「ボランティア職種」になりかねない。

テレビも今や落日
 前記のようにこの業界が、従業員に高給与・好待遇を用意していたのは、優秀な人材こそすべて、という基礎構造があったからだ。また新聞記者の場合、取材先で供応にあずかったりしないように、という意味も込められていたとされる。
 構造不況業種となった以上、新たに入ってくる人材は、もう並みの学生だろう。メディアの質は、確実に落ちて行くに違いない。
 さて最後に、NHK以外、受信料収入がなく、ほぼすべてを広告収入に頼るテレビ局。こちらも没落の一途だ。冒頭の電通調べの媒体別広告費では、腐っても鯛でなお首位を堅持したが、2桁減に当たる10.2%減の1兆7139億円だった。ネットとの差はまだ1兆円以上もあるが、この衰退傾向が続く限り、遠からずネットに抜かれるだろう。
 それは下らないバラエティー番組ばかりでゴールデンタイムを編成しているテレビ局自身が招いた結果である。こちらも今や制作費の大幅圧縮や従業員の待遇削減などに大わらわだ。
 せっかく大学で高尚な学問を学んでも、入社すれば、ボケタレントのご機嫌を取って低俗番組を作らされる。モチベーションを上げるには、高収入で報いざるを得なかったのだが、それももはや不可能となりつつある。
 すると、番組の質はそもそもが低俗なので、逆に番組の質の向上がはかれるかもしれない――なんてことないか。

 写真は、台北東郊の九份の狭い石段道。