中国、「自縄自縛」住宅価格値上がりが招く「企業のコスト上昇」 | 勝又壽良の経済時評

中国、「自縄自縛」住宅価格値上がりが招く「企業のコスト上昇」



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バブル予期せぬ伏兵登場
日本企業がソッポを向く

不動産バブルの発生当初は、万事が上手くいくような錯覚を与えるものである。中国政府は、この落とし穴へまんまとはまり込んだ。土地は国有制である。地方政府は、高値で土地を売却し、その資金を使ってインフラ投資を行ってきた。すべてが好循環を描いているような錯覚の時代が長く続いた。現在の中国経済が、進退に窮している原因は、すべてここから出発している。私は、この矛盾を一貫して言い続けてきた。

英国の中央銀行であるイングランド銀行は創設(1844年)前、土地を担保にして通貨を発行するか否かが議論されたことがある。この案は採用されず、企業の発行する商業手形を買い取る形で通貨を発行することに落ちついた。土地担保の通貨発行は、経済をインフレ体質にさせる危険性が指摘されたのだ。中国政府は、土地担保で通貨を発行する。そういう破天荒な事態に自ら飛び込んだ。国有の土地さえ売れば資金調達ができる。これほど安易な資金調達=通貨発行があるだろうか。今、その罰が当たったと言うべきだろう。

中国の地方政府は、土地を担保にして資金調達をしてきた。これが、不動産バブルを引き起こし、地方政府と企業を過剰債務に苦しめている。こういう金融現象のほかに、経済活動そのものに大きな圧力を及ぼしている。地価の高騰が住宅価格を引き上げたのだ。これはまた、賃金に跳ね返えらせている。この高賃金は、製造業の生産コストを引き上げ、中国の競争力を奪ったのだ。外資系企業は、中国撤退を始めている。むろん、中国企業さえ海外へ移転を迫られる形になった。産業の空洞化が進み始めている。

こう見てくると、土地を担保にした打ち出の小槌は、中国経済をバブルまみれにした元凶である。「急がば回れ」。いい諺である。それを怠って、すべて「借り物」で済ませてきた。こういう経済の中国が、過剰債務という虚飾を捨てて「素」の状態になったとき、何が残るだろうか。疲弊した国民の悲鳴が聞こえるだけだろう。空しいことをしたものだ。

バブル予期せぬ伏兵登場
『ウォール・ストリート・ジャーナル』(6月3日付)は、「中国のシリコンバレー、深センのアキレス腱」と題して、次のように報じた。

深セン市は、「中国のシリコンバレー」を目指している。問題は、IT企業が住宅価格の暴騰に耐えかねていることだ。IT企業は、他産業に比べて高付加価値業種である。普通は、その高い付加価値率で住宅高騰=賃上がり分を吸収できる。だが、その限界を超えるほどの住宅価格高騰である。

IT企業でさえ負担できないほどの住宅価格高騰だ。並みの製造業にいたっては負担できるはずがない。中国政府は、こういう矛盾の発生を予測できず、住宅ローンの条件緩和をしてきた。すべてが対症療法である。全体の動きを見た、経済政策の発動ではない。驚くほど稚拙である。この程度の遂行能力では、山積する問題解決が不可能であろう。

(1)「『中国のシリコンバレー』を目指している深セン。有名なIT企業数社を擁してはいるものの、シリコンバレーとの最大の共通点はべらぼうに高い住宅価格だ。深センは2015年5月、北京と上海を抑えて中国で最も高い住宅市場となった。北京の不動産会社の鏈家地産によると、深センでは今年4月の住宅価格が前年同期比62%上昇した。やはりIT企業が多い北京の上昇率は28%だった」。

米国のシリコンバレーも住宅価格は高いというが、ここを離れて他へ移転したIT企業の話しは聞かない。十分に吸収できる範囲の値上がりであろう。深センは、今年4月の住宅価格が前年同期比62%もの上昇だ。常軌を逸した値上がりである。深セン市当局が対策を打たなかったことが不思議である。

(2)「中国のIT業界にとって、住宅価格の暴騰は破壊的な要素だ。深センは製造拠点から『イノベーションを主な成長エンジンとする』都市に変貌する夢を掲げており、それが住宅価格を押し上げてきた。だが、住宅価格の急上昇は、その目標自体を打ち砕きかねない。手頃な住宅が不足しているため、人材も企業も不動産が安い都市への移動を検討している。企業幹部は、従業員を引き留め退職を減らす方法を早急に見つける必要がある」。

中国を代表するIT業2社(ファーウェイなど)は、登記上の本社は深センに残したが、すでに実態は存在しない。これに伴い社員と関連会社が一斉に移転した。中国では、「常識」というものが通用しない社会である。すべてが極端である。

(3)「深センを拠点とする企業のなかで最大級の規模を持つ華為技術(ファーウェイ)の創業者である任正非氏は5月、新華社通信とのインタビューで住宅価格の影響に言及。資本も仕事も簡単に移動できる時代にあって、高いコストは深センの競争力を破壊する恐れがあると警鐘を鳴らし、『居住施設が高くなりすぎると、企業は耐えられなくなる』と述べた。深センの住宅価格上昇にはいくつか要因がある。例えば、国内最大級の都市と比べて面積が小さく、北京の8分の1、上海の3分の1程度の面積しかないため、建設用地が限られている。世界で最も不動産価格が高い場所の一つである香港にも近い。数年にわたり中国不動産市場で高まっていた投機熱の一例でもある」。

深センの住宅価格が高騰する前は、若者に人気の高い都市であった。それが、瞬く間に暴騰に次ぐ暴騰である。株式市場から流れてきた投機資金が暴れたに違いない。中国は、すべてが投機対象にされる社会である。株式→住宅→商品と儲かるものと見れば、手当たり次第に資金が集中する。これは、金融を緩め過ぎた弊害が、あちこちで噴出している結果である。IMF(国際通貨基金)が、デレバレッジ(債務削減)を呼びかけている理由もここにある。中国当局は、コントロール能力を失っている。ダッチロール現象に陥ったのだ。

(4)「相場を沈静化させるため、深セン市政府は購入適格者の要件を引き上げている。住宅価格は18カ月連続で上昇していたが、4月には前月比0.4%下落した。深セン市政府はまた、一定の条件を満たす人向けの賃貸住宅建設予算を組んだ。だが、住宅供給は限られており、問題の解決になっていないというのがIT業界の声だ。深セン市当局者のコメントは得られていない」。

深セン市は今さら、賃貸住宅建設予算を組んだところで、焼け石に水である。対応が遅れているのは、住宅価格高騰が深セン市の土地売却に好都合という目先のソロバンによるものだろう。土地の国有制とは、こういう欠陥をもたらすのだ。土地国有制の狙いは、大地主から小作人を守ることにあった。現在は、地方政府の財源づくりに役立ち、庶民や企業を苦しめる加害者になっている。土地国有制には、こういう問題点があるのだ。

中国の歴史的に見た土地制度は、私有と公有の両極を行ったり来たりしてきた。土地私有では、個人に集積を許して不平等を招く。これを是正すべく公有制にすると、土地が荒廃して収穫高が落ちた。こうして、私有と公有の繰り返しが中国である。いずれも極端に振れる中国社会の特色を現している。バランスの取れない点が、中国の根本的な悩みである。

『ブルームバーグ』(6月20日付)は、「中国、住宅値上がり都市数、5月に減少」と題して、次のように伝えた。

この記事では、5月の主要70都市の住宅価格が上昇率で鈍化傾向を見せていると伝えている。中国では都市の規模別分類で、一線都市から四線都市まで区分けされている。住宅価格が上昇しているのは、主として一線、二線であって、地方の三線、四線の都市では過剰な住宅在庫を抱えている。住宅価格にはかなりの跛行性が見られる。深センのような一線都市に住宅価格高騰が、弊害をもたらしている。

(5)「国家統計局が6月18日発表したところによれば、5月は調査対象の主要70都市のうち60都市で新築住宅価格が上昇。4月は65都市で値上がりしていた。5月に住宅価格が下落したのは4都市。4月は5都市だった。5月の前月比変わらずは6都市である。交通銀行の上海在勤アナリスト、シア・タン氏は、『与信と緩和措置が昨年5月以降の住宅市場回復を加速させ、一部地域では持続不可能なペースになっていた。回復は今やほぼ天井を打ちつつある』と述べた」。

5月の値上がり都市の数は60。4月の65に比べて減少傾向にある。住宅ローンの規制が強められている結果であろう。中国では、結婚の条件として男子の持ち家が前提になっている。持ち家もない男性は、結婚できないという厳しさだ。こういう特殊要因を考えれば、一定の住宅需要はあるものの、人口動態から見て、結婚需要がいつまでも続くはずがない。「回復は今やほぼ天井を打ちつつある」という観測は正しいと思う。

(6)「住宅価格が5月に上昇した60都市のうち、36都市の値上がりは4月からペースが落ち、全体的に伸びは弱まっていると統計局は指摘。政府統計を基にしたブルームバーグの算出によると、5月の新築住宅価格は平均で前月比0.84%上昇と、4月の1.03%上昇から伸びが鈍化。昨年10月以降で初めて上昇ペースが減速した」。

5月の住宅価格の上昇率が、昨年10月以降で初めて減速した。これは、新規住宅投資へ影響するはずだ。不動産関連投資が、辛うじて中国経済を支えているだけに、いよいよ「固定資産投資」も支え棒を失う局面に来ている。

中国経済は、すでに輸出がダメ。消費も軟弱。その上、民間企業による投資が失速し始めた。1~5月累計の民間投資額は前年同期に比べて3.9%増にとどまり、固定資産投資全体の伸び率が16年ぶりに10%を割り込む主因となった。こうした状況をどうするかだ。もはや、対策はゼロである。もがいて余計なことをすれば、中国経済はさらに傷を深くする。結局、傷は自然治癒を待つしかない。つまり、不良債権の処理に全力を上げることである。中国政府は、「L字型成長」を覚悟したはずである。今後5年間、「6.5%以上」の成長率を続けられる基礎体力を失っているのだ。

日本企業がソッポを向く
こうした中国経済の実態を見れば、日本企業の対中国投資が減少して当然である。

『人民網』(6月21日付)は、次のように伝えた。

(7)「中国日本商会の田端祥久副会長は6月20日、『中国経済と日本企業 2016年白書』を発表した。16年白書は、同商会が中国に進出した日系企業8894社を対象に、その直面する問題を調査・分析して作成されたもの。白書によると、15年の日本の対中投資額は32億ドル(約3342億円)に上り、前年比25.9%減少し、3年連続の減少となった。主な原因は、中国の投資環境の変化で、人件費の値上がりや労働力の確保難などの要因が影響したという。日本貿易振興機構(ジェトロ)が、昨年10~11月に中国に進出した日系企業を対象に行ったアンケート調査によれば、今後1~2年間に中国事業の範囲を拡大するつもりがあるとした企業は、11年の66.8%から大幅に減少して38.1%になる。中国での経営規模を縮小する、中国から撤退する、第3国に移転するとした企業は11年の4.4%から10.5%へ増えた」。

日本企業にとって、中国が最大の海外進出先でなくなったことを示している。長いこと、中国は胡座をかいてきた。「反日」をやっても日本企業は中国へ進出すると決めてかかっていた。私は、その間違いを2012年以降、このブログで指摘し続けている。尖閣諸島国有化を契機とする「反日運動」は、必ず日本企業を「脱中国」に導くと言ってきた。ちょうど、「脱中国」は尖閣国有化と軌を一にしている。中国政府は、日本企業の「心情」を完全に見間違えた。派手な「反日」をやられれば、日本企業の「脱中国」は当然の結果であろう。

(8)「すべての産業が事業規模の抑制や縮小を考えているわけではない。事業拡大の意志を示した企業を産業別にみると、製造業では食品が52.4%、輸送機械工業が43.5%、非製造業では卸売・小売産業が50.9%など、国内消費型産業の割合が高かった。一方、輸出型産業である繊維は19.2%と、初めて20%を割り込んだ。同白書によると、15年は日系企業の対中投資戦略が転換した重要な曲がり角の年で、この年に輸出型の投資は減少し、国内消費型の投資が増加した。輸出型企業は中国事業の優位性が徐々に失われ、国内消費型企業は中国を潜在的な市場とみなし、今後も引き続いて中国市場の開拓を強化していく考えだという」。

日本企業でも輸出指向の製造業は、脱中国が鮮明になった。ただ、中国の内需向け製造業は、設備投資を増やしている。サービス業も同様である。こうした、日本企業の対中投資の中味の変化は、中国経済の構造変化を先取りしている。つまり、輸出よりも内需にウエイトのかかる産業構造へ転換する。中国製造業は、輸出競争力を失えば、それでお終いという運命だ。海外へ展開するという企業は限られるに違いない。進出を可能にする技術基盤に欠けている結果である。中国企業の限界がここにはっきり現れる。

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(2016年7月1日)



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