中国、「米政府」鉄鋼と華為へ強硬姿勢「大統領選」控え懲罰 | 勝又壽良の経済時評

中国、「米政府」鉄鋼と華為へ強硬姿勢「大統領選」控え懲罰



*******************

甘い顔をしない米政府
中国政府へ懲罰加える

米大統領選の民主・共和党の候補者が決まった。民主党がクリントン氏。共和党はトランプ氏である。トランプ氏のオバマ政権批判は強烈であり、どこから弾が飛んでくるか分からないという「乱射型」である。すでにその片鱗が出ており、安保問題ではアジアからの撤退論まで口にするほどの無軌道ぶりだ。

オバマ政権は、すでに「トランプ・シフト」を敷いており、対中国政策では強硬姿勢に転じている。中国鉄鋼40社のダンピング問題の外に情報窃取疑惑の解明にも着手している。そのほか鉄鋼の過剰設備問題で中国政府へ強力な申し入れをした。また、ファーウェイ(華為)へは国連決議違反で調査を開始している。アリババに対しては、SECが会計情報の提出を求めるなど、中国へは一歩も引かない姿勢である。

米国国際貿易委員会(ITC)は、米国最大の鉄鋼メーカー「USスチール」の提訴を受け入れ、中国製の鉄鋼製品に対する全面的な禁輸措置を執ることができる法的根拠について正式に検討を始めている。米財務省は、北朝鮮を「主要な資金洗浄(マネーロンダリング)懸念先」に指定し、北朝鮮と取引のある中国の金融機関に制裁を行う根拠を整備したばかりだ。今度は、中国を代表するIT企業のファーウェイによる北朝鮮との取引を問題視し、さらに鉄鋼製品の輸入中断まで検討を始めたことで、今後の米中両国の対立はさらに深まりそうだ。

甘い顔をしない米政府
『ウォール・ストリート・ジャーナル』(6月6日付)は、「米財務長官、中国の過剰生産能力、削減要求」と題して、次のように伝えた。

(1)「米国のルー財務長官は、米中戦略・経済対話の開幕に当たり、中国の産業政策や海外の非営利組織(NPO)を規制する法律について批判した。ルー財務長官は中国に過剰生産能力を削減するよう要請。中国の過剰能力が『世界の市場を歪め、悪影響をもたらしている』と指摘した。ルー長官はその上で、中国に対し、供給過剰の目立っている鉄鋼やアルミニウムなどのセクターで生産を削減するよう強く求めた。米政府関係者らは今回の戦略対話で中国に対し、行動や改革を進めるよう圧力をかけるとみられている」。

先のG7サミットの合意に基づき、米国政府は中国に対して過剰生産能力の処理を求めている。中国は現在、WTO(世界貿易機関)から「非市場経済国」という芳しくない指定を受けている。これによって、ダンピング提訴が容易であるが、この期限は今年の12月までとなっている。この期限が切迫していることもあり、過剰設備の廃棄を強硬に主張しているものだ。そうしないと、「市場経済国」へ移行する恐れが生じる。「市場経済国」になると、ダンピング提訴に種々、制約がかかって不利になるので、「非市場経済国」指定の継続が不可欠となっている。

OECD(経済協力開発機構)も、G7サミットの合意を受けて中国への強い姿勢を見せている。

『サンケイビズ』(6月3日付)は、「OECD、対中包囲網 鉄鋼過剰生産、各国連携し対策合意目指す」と題して次のように伝えた。

(2)「経済協力開発機構(OECD)は6月1日、パリで閣僚理事会を開いた。主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)の先進7カ国(G7)首脳宣言で指摘した中国の鉄鋼の過剰生産問題について協議。G7以外の各国と連携した対策方針を取りまとめ、対中包囲網の強化を打ち出す考えだ。中国を交えた協議を今後開き、対策の合意を目指す」。

中国による鉄鋼の過剰生産は、各国にとって死活的な問題になっている。各国は、中国の野放図な経済成長の尻ぬぐいをさせられている訳で、これにまさる矛盾はない。高い経済成長率を背景にした軍事費拡大で、中国が周辺国を威嚇している構図も許せざる行為である。こんな不条理が罷り通るはずがない。中国に最終責任を取らせなければならないのだ。今後の再発を防ぐためにも妥協してはいけない。

中国は、世界中を怒らせてしまった。経済問題だけでなく、南シナ海での島嶼奪取は軍事的な対立を深めている。フランスのルドリアン国防相は6月5日、海軍艦艇を南シナ海の海域に派遣して、定期的に航行するよう欧州連合(EU)各国に近く提案する考えを示した。アジア安全保障会議での講演で述べたもの。このように、中国の横暴な振る舞いは、経済問題で中国を追い詰める作用をもたらしているのだ。

(3)「G7サミットでは、中国の過剰生産による素材価格の下落が、先進国との間で貿易摩擦などを引き起こすと問題視。首脳宣言では『市場を歪曲する政府や支援機関の補助金を懸念している』と明記し、生産拡大を支援する補助金の廃止や、反ダンピング(不当廉売)関税などの対抗措置の可能性を示唆した」。

中国は、鉄鋼輸出問題で補助金を与えており、WTO規約に抵触していること。中国があくまでも過剰生産=過剰輸出を規制しなければ、「非市場経済国」のまま据え置かれることになろう。中国は、先進国全体から問題児として扱われている。もはや、中国の鼻息を窺って済むことではなくなった。南シナ海の軍事的な横暴が、中国の化けの皮を剥がす結果になった。中国周辺国では、これまでの親中国まで中国と距離をおき始めている。

ファーウェイ(華為)も米国政府がその輸出に国連違反の疑惑を提起している。

『朝鮮日報』(6月4日付)は、「中国ファーウェイ、米国務省が国連決議違反疑惑を提起」と題して次のように伝えた。

(4)「米国商務省が中国のIT(情報技術)機器メーカー『ファーウェイ(華為)』に対し、北朝鮮、シリア、イラン、キューバ、スーダンなど、米国が指定する制裁対象国に米国のハイテク技術が使われた製品を輸出していることに関する資料を提出するよう求めた。ニューヨーク・タイムズなど複数のメディアが6月2日(現地時間)に報じた」。

中国政府と親密な政治的な関係を結ぶ北朝鮮、シリア、イラン、キューバ、スーダンなどは、米国が指定する制裁対象国でもある。ファーウェイはこれら諸国へ、米国のハイテク技術が使われた製品を輸出していた疑いで資料の提出を求められている。「火のないところに煙は立たず」であり、ファーウェイが輸出していた公算は強かろう。米国商務省が、現時点でこういう動きを見せている裏には、米大統領選でトランプ陣営が、何を言い出すか分からないことへの防衛策と見られる。同時に、南シナ海で不条理な領土拡張策を進める中国政府への警告と言えよう。

(5)「米商務省は5月末、テキサス州にあるファーウェイの米国支社に召喚状を送付し『米国の技術が一定以上の割合を占める製品を、制裁対象となっている国に輸出した5年分の明細と、第3の企業を通じてこれらの国々に送った貨物の明細を提出せよ』と命令した。『ウォール・ストリート・ジャーナル』は、『商務省は容疑をつかんだわけではないが、関連する疑惑があるため調査を行うという趣旨だ』と報じた。ファーウェイは今回の調査について『進出先の国の法律や規定を遵守するため努力している』とコメントした」。

米商務省は、ファーウェイが確実に違反を犯したという証拠を握った訳でないとしている。だが、ビジネスの最高機密の開示をさせて、少しでも疑いがかかれば、罰しようという強い姿勢が見られる。米国は、法律に違反した場合、厳罰主義で臨んでくるから、今後の捜査次第では、大きな影響が予想される。

(6)「米商務省は今年3月、ファーウェイのライバルである中国のZTE社に対し、イランなど制裁対象国に米国の技術が使われた製品を輸出したとして、すでに制裁措置を執っている。その結果、ZTEは米国製の部品やソフトウェアを一時的に使えなくなったが、これに対して中国政府は米国に強い不満を表明した。ちなみにファーウェイは2015年の売上げが600億ドル(約6兆4000億円)に達し、その規模はZTEのほぼ4倍だ。そのため今回の調査の影響はZTEの時とは比べものにならないとの見方もある。ファーウェイはスウェーデンのエリクソン社と並ぶ世界最大のITメーカーで、スマートフォンの世界シェアも今年1から3月期の時点で8.3%と3位につけた。またファーウェイのスマートフォンは北朝鮮にも広く普及しているようだ」。

米国がファーウェイに制裁措置を発動させると、すでに同様の嫌疑で制裁を受けた中国のZTEの4倍もの売上規模であるから、影響は大きく出てくるであろう。政治的な影響も無視できない。実は、米国政府がなぜ、現時点でこのような行動に出ているのかが重要である。すでに指摘したように、米大統領選でトランプ氏の非難に備えている面もあるが、同時に、中国政府が米国の意図にあからさまな挑戦をするならば、あえて「経済的な制裁」を課すという意思表示にも受け取れる。

中国政府へ懲罰加える
『中央日報』(6月4日付)は、次のように伝えている。

(7)「NYT(ニューヨーク・タイムズ)・WSJ(ウォール・ストリート・ジャーナル)によると、商務省の調査は華為が輸出禁止規定を破ったかどうかを確認するために行われた。米国は自国の技術が一定比率以上含まれた製品を北朝鮮など制裁対象国に販売することを禁止している。NYTは、『米国の安保と利益を侵害したという結論が出れば、華為は米国産の部品と技術を使用できなくなる』という見方を示した。この場合、米国の部品・技術を使用してきた華為は国際通信装備市場で打撃を受ける」。

米国の狙いは、「米国の安保と利益を侵害したという結論が出れば」ファーウェイに制裁措置を科すことである。これは憶測だが、米政府はすでに証拠を握っているのでなかろうか。米国は「おとり捜査」という巧妙に仕掛けてくる技を持っているのだ。あえて事件化して相手を窮地に立たせる手法である。日本は1982年、米国IBM社のコンピュータ産業スパイ事件に仕立てられた苦い経験がある。これについては後で触れる。

(8)「米国の華為調査は、米中両国が南シナ海での対立に続き、対北朝鮮制裁をめぐり立場の違いを表している中で露出した。北朝鮮の李洙ヨン(イ・スヨン)労働党中央委員会副委員長の訪中をきっかけに中国が冷え込んだ朝中関係を一部回復させる兆しが表れると、米国は中国に対して対北朝鮮制裁を忠実に履行するよう圧力を加えたという解釈だ。米国政府が華為を相手に制裁を加える場合、米中の葛藤は通商分野にも広がる可能性を排除できない」。

米国の華為調査は、米中両国が南シナ海での対立に続き、対北朝鮮制裁をめぐり立場の違いを表している中で露出したという重要な背景がある。米国は、中国に対して対北朝鮮制裁を忠実に履行するよう圧力を加える目的があると、この記事は指摘している。私もこれが正しいと思う。米国の凄まじい「神経戦」の一端を覗かせているのだ。米国の「インテリジェンス」(諜報活動)の恐ろしさを示している。

米国IBM産業スパイ事件とは、次のような内容である。『日経エレクトロニクス』(2008年8月14日)から引用した。

1982年,日立製作所や三菱電機の社員らによる,いわゆる「IBM産業スパイ事件」が発覚した。1982年6月,日立製作所と三菱電機の社員6人が米国内でFBI(米連邦捜査局)に逮捕された。容疑は、米IBM社の機密情報を不正な手段で入手しようとした,というものである。FBIは併せて,日本国内にいる関係者12人に逮捕状を出したことを明らかにした。

日立には,情報を盗むという強い意識はなかったという。結果的にそうなったのは,FBIがIBM社の協力を得て実行した「おとり捜査」によって深みにはまったからだ。事件の発端は前年の1981年夏,日立が機密文書の一部を入手したことにある。そこへタイミングよく,日立が当時使っていた米国の調査会社が同種のレポートを持ち込んだ。既に上記文書を入手済みの日立はそれを示し,残りも必要な旨を同社に伝えた。

その調査会社は、日立が機密文書を保有していることを直ちにIBM社に通報。以後、FBIにIBM社が協力して,日立の社員をおとり捜査に誘い込んでいく。その過程で日立は,情報の対価として覆面捜査官に54万6000米ドルを支払っている。さらに覆面捜査官は,これが会社ぐるみの犯罪であることを立証するために地位の高い人物による保証を要求し,神奈川工場長までも渡米させることに成功した。このようにしてFBIは,日立が違法に機密情報を入手するシーンを演出し,その現場を隠し撮りしたビデオテープなどの証拠を蓄積した上で逮捕に踏み切ったのである。

米国の用意周到な手口を見ると、今回の中国ファーウェイ問題も結論が出ている感じがする。一見、中国は強がっているものの、米国という手のひらの上で踊っているだけかも知れない。米国のインテリジェンスは強力である。
心の底から笑っているのは米国であろう。

(2016年6月17日)



日本経済入門の入門 6月27日発売