韓国、「格差拡大」大企業高賃金の裏で「中小企業労働者」が呻吟 | 勝又壽良の経済時評

韓国、「格差拡大」大企業高賃金の裏で「中小企業労働者」が呻吟



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相対的に高い大企業賃金
地方経済は大きな打撃

韓国社会は不思議な構造である。日本に対しては、いつまでも恨み辛みを言う一方で、自国内の不公平や格差の拡大には目をつぶっている。日本を批判する「公正な目」を持っているならば、韓国内部の不公正についても糾弾すべきだろう。その点になると、財閥企業の労働組合は自らを特権階級と位置づけ、「既得権」を当然として受け入れている。自らにやさしく他者に厳しい。首尾一貫しないのだ。

韓国経済は、今や火の車である。大企業の景況悪化を受けて、地方経済は闇に包まれている。大企業からの下請けで生きてきた中小企業は、小は街の飲み屋や食堂から大は工場まで、ガタガタの状態にある。まさに、大企業の支配する寡占経済体制が、輸出停滞で破綻しかけている構図そのものである。

韓国の労働組織率をご存じだろうか。労働組織率とは、労働者のうち労働組合員の占める比率である。最近のデータでは10.3%にすぎない。つまり、残りの人々は労働組合に加入していないのだ。残り90%の労働者は、労働組合への未加入ゆえに過酷な労働条件を押しつけられ、抵抗もできずにいる。

こうして、賃金格差は否応なく拡大するメカニズムである。労働組合員の派手なストライキが、韓国の風物詩になっている。大幅賃上げを叫んで、組合員が高い鉄塔によじ登る姿も報じられている。大企業労組の賃上げだから、庶民からは無縁の「行事」として、冷たく見放されているのだ。

相対的に高い大企業賃金
『中央日報』(3月11日付)は、「韓国大企業の賃金は日本よりも高い」と、つぎのように報じた。

①「韓国雇用市場の二重構造が深刻だ。大企業や公企業の正規職と中小企業正規職、または非正規職との格差が大きいということだ。経済協力開発機構(OECD)も韓国社会統合報告書を通じて『深刻な問題』と指摘するほどだ。韓国の労組組織率は10.3%に過ぎない。ところが1000人以上の大企業は73%に達する。公共部門も67.6%だ。全体の労組組織率をこれらが支えている格好だ。逆に中小企業には労組がほとんどない。大・公企業の労組は強力な交渉力をベースに賃金などの労働条件を引き上げてきた」。

韓国の労組組織率は10.3%に過ぎない。その担い手は、大企業(従業員1000人以上)と公共部門である。日本で言うところ元「官公労」である。中小企業は、労働組合とほとんど無縁な状態になっている。これでは、働く者の権利は蹂躙される危険性が高くなる。日本の組織率は後で触れるが17.5%である。日本では、最大の労働組合連合体の「連合」には、大企業から中小企業、製造業からサービス業、さらに公務員(国家と地方)が参加している。日本の労働事情の方が、韓国より進んでいる。こういうことを書くと、また反論が寄せられそうだ。ただ、組織率で見れば、明らかに日本が上である。

韓国の大企業労働者は、強力な労働組合によって守られている結果、「労働貴族」と揶揄されている。企業が赤字だろうがお構いなく、大幅賃上げを要求して勝ち取るからだ。もちろん、労働者は労働組合を結成して企業側に対抗する。権利として保障されている。その正当な権利の行使だから不当ではない。問題は、労働組織率10.4%は世界的にも極めて低いという現実だ。これでは、労働貴族と呼ばれる理由も分からないではない。同じ働く仲間として、労働者全体の生活水準を引き上げる。そういう「連帯意識」が希薄なのだ。

大企業労組の賃上げが、労働生産性上昇率を上回って行われると、そのしわ寄せはどこへ行くのか。大企業の下請けである中小企業が、納入する部品や中間財の単価切り下げになる。それは、中小企業に勤める労働者の賃上げを抑制するのだ。こういうメカニズムによって、大企業労働者は高賃金を獲得する。片や、中小企業は労働組合がないこともあって、小幅賃金引き上げに甘んじてきた。韓国経済の矛盾は、大企業優先の寡占経済体制にある。

韓国では財閥大企業が、平均国民総所得(GNI=GDP+海外からの所得の純受取=GNP)をベースに比較して、日本の大企業よりも高い賃金を得ていることが分かる。このデータによっても、韓国大企業の従業員はやっぱり「労働貴族」と言うそうだ。高い鉄塔に登ってパフォーマンスしても、十分に報われるのだろう。

日本の話しが出たから触れておきたい。日本の労働組織率は、最近(2014年6月)のデータで17.5%である。毎年、じりじりと下がっている。製造業正規雇用者が減って、サービス業雇用者が増えている事情もある。サービス業では、企業側が労働組合結成を嫌う面がある。企業が、労組結成を妨害すれば当然、不当労働行為として糾弾される。実際は、その辺がうやむやになっている。労使が、「以心伝心」で適当な賃上げを行い、労組結成にまで至っていない微妙な事情が作用している。

②「大企業正規職の平均勤続年数は10年2カ月だ。半面、中小企業と非正規職の勤続平均は4年4カ月にすぎない。大企業への移動も閉鎖的だ。中小企業正規職から大企業正規職へ離職したケースは6.6%にとどまっている。中小企業非正規職が大企業正規職に移った事例は2.8%にすぎない」。

韓国では、雇用市場が大企業と中小企業が分断されている。労働市場としてこの両者は一本化されていないのだ。中小企業に就職すれば一生、中小企業に勤務するという閉鎖的な労働市場になっている。こうした不合理な背景には、大企業と中小企業の間に、あまりに大きな賃金格差の存在がある。これでは、大企業から中小企業へ転職するケースが少なくなって当然であろう。この壁を崩すには、労組の組織率引き上げが欠かせないのだ。

日本でも、労働市場は閉鎖的であった。終身雇用制度の下では、原則として労働市場の成立が妨げられる。転職が自由になるには、活発な労働市場が不可欠だ。現在の日本では、転職はかなり自由に行われている。それでも、終身雇用が前提であるから、米国ほどの労働市場の成熟度にはならない。雇用制度は労働市場と密接な関係にある。

③「賃金は隣国の日本と比較すると相対的に高い。2014年を基準として1人あたりの韓国の国民総所得(GNI)は2853万ウォン(約267万円)だ。日本は4423万ウォン(約414万円)だ。ところが韓国の大企業労働者が受け取る賃金は1人あたりのGNIの2.5~3.4倍に達する。日本の大企業労働者の場合は1.3~1.8倍程度だ」。

ここで、日韓の大企業の賃金が平均の国民総所得(GNI=GNP)に比べて、何倍になっているかを示したい。資料は、『中央日報』(3月11日付)による。

平均の国民総所得(GNI、2014年基準)
韓国  約267万円
日本  約414万円

自動車
現代自  3.40倍=908万円
トヨタ  1.79倍=741万円

造船
現代重工 2.64倍=705万円
三菱重工 1.74倍=720万円

鉄鋼
現代製鉄 3.05倍=814万円
新日鐵住金1.28倍=530万円

金融
新韓銀行 2.94倍=785万円
三菱UFJ2.36倍=977万円

上記のデータを見ると、韓国企業はいずれも日本企業を上回る倍率の賃金を得ていることが分かる。ただ、平均国民総所得に先の倍率を掛けて実額の給与を計算すると、自動車や鉄鋼では韓国企業が日本企業を上回っている。これぞ、まさに「労働貴族」の象徴であろう。韓国の自動車や鉄鋼は、国際競争力の面で日本企業より不利な立場だ。

韓国大企業の倍率の高さから見ても、韓国の中小企業の賃金レベルは、相対的に低位にあることがうかがえる。賃金格差が大きいことは、韓国経済にマイナスの影響を及ぼしている。これによって、中小企業の景況で大企業の景況悪化をカバー仕切れないどころか、さらにマイナスの連鎖を高める危険性を高める。現実に、それが起こっているのだ。

地方経済は大きな打撃
『韓国経済新聞』(3月11日付)は、「地方経済、襲った大企業発不況」と、次のように伝えた。

この記事では、大企業の業況悪化が、地方経済に大きな影響を与えている実情が説明されている。日本を例に出すと、高度経済成長時代の「企業城下町」を連想させる。大企業の経営が芳しくなければ、地域一帯の経済が停滞したからだ。韓国経済が、「企業城下町」の色彩が濃いのは、経済自体に「厚み」がない証拠である。地域経済が大企業に依存しており、大企業が転(こ)ければ中小企業も転けるという関係にある。消費が地域経済を下支えできないのは、大企業と中小企業の賃金格差が大き過ぎる結果だ。韓国はいま初めて、経済構造の歪みを自覚したはずである。

④「大企業の不振の衝撃が、中小企業と自営業者に広がっている。下に向かうほど影響が大きくなる様相だ。大企業がふらつくと、小規模な下請け会社や飲食店など自営業者は存廃の岐路に立たされる。大企業発の不況が底辺の景気を冷え込ませる一種の『逆落水(トリクルダウン)効果』が表れている。40余りのメッキ加工会社が集まる仁川(インチョン)のメッキ加工団地には、平日の午後にも生産設備の稼働を中断するところが多い。機械・電子部品のメッキをするK社長は『午後になれば仕事がなく機械を止める』とし『これまで10人ほどの人材を維持しながら仕事を受けてきたが、最近は受注が急減し、今年に入って2人にやめてもらった』と話した」。

ここに描かれている現実は、まさに40年前の日本経済を彷彿とさせる。私は東洋経済時代、地方の不況実態を取材した。「親会社が転ければ子会社も転ける」。そういう現実がそこにあった。現在の日本は、多くの生産基地が海外へ移転した。中小企業でも、海外と国内での機能を分担している例が増えている。この結果、産業構造の転換(棲み分け)が進みつつある。韓国はこれから、本格的な産業転換が始まる。現実は、旧産業を捨てて新産業へ移行するのは、極めて困難であろう。新産業の種が見つからないのだ。問題なのは、韓国中小企業が脆弱性にある。海外へ打って出るような力があるだろうか。韓国経済の跛行性は、この中小企業の弱体だ。大企業の寡占体制が、中小企業を踏みつぶしたとも言える。

⑤「大企業発の不況が最も明確に表れているのは造船業界だ。国内の大企業が次々と過去最大の赤字を出し、地域経済全般に衝撃を与えている。蔚山(ウルサン)造船協力会社対策委員会によると、今まで現代重工業の社内協力会社300余りのうち64社が廃業し、下請け会社の職員1600人が110億ウォン(約11億円)にのぼる賃金を受けていないことが分かった。これら協力会社は大型造船企業とは違って独自の再建策を出すこともできず、連鎖倒産の懸念まで出ている」。

造船業は、労働集約型産業である。韓国がいつまでも中国と受注競争を演じていたことがむしろ奇異に映るのだ。韓国造船業が大赤字に沈んでいる理由は、経験も技術も乏しい海上プラントへ競って進出した結果である。余りにも無謀であり、現在の経営不振に同情の余地はない。韓国企業の特色は、研究開発に意を用いなかったことである。ここ2~3年、研究開発費をGDPの4%台へと引き上げているが、すぐに効果が出るものではない。積年のR&D軽視の歪みがもたらした不況と言える。

⑥「大企業の不況が自営業に飛び火している。大企業が緊縮すると、周囲の商店が打撃を受けている。特定業種で成長してき『企業都市』では自営業者が急速に崩れている。造船業の不況の直撃弾を受けた慶尚南道巨済(コジェ)では昨年9月から年末までに約1600店が閉鎖した。稼働率が落ちている仁川南洞(ナムドン)産業団地付近の商店も危機を迎えている。南洞産業団地の関係者は『会食が消えた食堂街だけでなく、工業団地の企業に工具類を納品する会社も注文量の減少に苦しんでいる』と伝えた」。

日本の「企業城下町」は、韓国で「企業都市」と呼んでいる。大企業の経営不振は、自営業の経営にもっとも影響を与えている。韓国では、自営業の比率が高い。定年退職者が退職金を元に手を出すのがほとんど自営業である。「一人経営」が多く、零細規模である。ここが、大企業の経営不振の影響をストレートに受けている。逃げ場がないのだ。

⑦「共働きの会社員が、主に利用する家事代行サービスも最近は利用者が急減した。統計庁によると、昨年20・30代の家事用品および家事代行サービス支出は前年比10.7%減少した。全国家事労働協会の関係者は、『3月初めは始業とともに新規顧客が増える時期だが、今年は問い合わせがかなり減った』とし『従来の客の中でもサービスを利用しないという人が多い』と話した」。

日本でも、不況下で外食を取りやめて、家庭で食事して倹約する話は珍しくない。韓国では、家事代行サービスの利用者が急減しているという。具体的には、「お手伝いさん」の需要が減ったのだろう。中国も最近、この種の需要が急減している。日本では、「お手伝いさん」を雇う家庭はほぼなくなったとみられる。中韓ではこの種の需要があるのだ。

韓国の家庭は、日本の高度成長時代と似通ったイメージが強い。日本では現在、「お手伝いさん」を雇わなくても、日常の掃除洗濯は家電製品で済むし、食事は炊飯器の利用やお持ち帰り加工食品で十分に間に合うはず。あえて、「お手伝いさん」を雇うまでもないのだ。韓国が、こうした家庭代行サービス需要があるのは、多分に「メンツ」の結果でなかろうか。

⑧「廃業する店舗が増え、店の什器類やインテリア用品を一括で買い取る『廃業コンサルティング』サービスは盛況だ。従来は一部の什器類を安く買い取っていく程度だったが、最近はこのコンサルティングを専門にする会社もある。カン・ビョンオFC創業コリア代表は、『再創業のためのコンサルティングではなく、事業をたたむためのコンサルティングが行われているというのは、それだけ自営業者の状況が厳しいということ』と話した」。

日本でも数年前、廃業店舗の什器類やインテリア用品を引き取るビジネスが盛況であった。韓国でも、こうしたビジネスが活況であるのは、長期の経済低迷を予測した結果であろう。「商売を見切る」という話だから、事態は深刻に受け止めるべきであろう。

(2016年3月24日)