中国、インド「ミサイル」成功で「仮想敵」は日・米・印三カ国 | 勝又壽良の経済時評

中国、インド「ミサイル」成功で「仮想敵」は日・米・印三カ国

みくびってきたインド
中国全土が射程距離へ
軍事費はGDP比2%

何とも皮肉な構図になってきた。これまで中国は、インドを軍事面で「格下」扱いして、軍事の全精力を日本と米国に向けてきた。そのインドが、4月19日、長距離弾道ミサイル「アグニ5」の発射実験に成功したのだ。射程5000キロの同ミサイルは、国境問題をめぐりインドと対立関係にある中国北部までを射程圏内にとらえている。中印両国は、ヒマラヤ山脈沿い3550キロにおよぶ国境線をめぐって対立しており、1962年には国境紛争で戦火を交えている。しかも、インドには中国が圧力を加えているチベット亡命政権が存在する。中印関係がこじれる潜在的な政治要因に事欠かないのだ。中国にとっては、「前門の虎」(日米)と「後門の狼」(インド)に囲まれる形になった。

中国による周辺国への軍事的な「威嚇」は、目を覆うばかりであった。GDPが世界2位になる前から、堂々と「軍事大国」宣言をしてきた。こういう常識を疑う、軍事戦略を発表したのである。その目標は日米両国に向けられてきた。ことあるごとに、日本を「軍国主義」呼ばわりし、米国には「アジア回帰」で経済的甘い汁を狙っている。こう口汚く罵ってきた。それが背後から、インドが射程5000キロの長距離弾道ミサイル発射実験に成功して、形勢は逆転する事態に陥ったのである。「雉(キジ)も鳴かずば打たれまい」(無用のことを言わなければ、禍を招かないですむこと)を地で行くような事態になっている。要するに、中国は調子に乗りすぎてきたのだ。

みくびってきたインド
『ブルーバーグ』(4月20付け)は、次のように伝えている。

①「インド国防省報道官によると、『アグニ5』は全長17.5メートル、重量50トンで、核弾頭を搭載できる。アグニは、インドが国境地帯の軍備を強化する目的で2002年から開発してきた長距離ミサイルである」。

②「中国メディアは今回の発射実験を非難している。共産党機関紙で人民日報傘下の『グローバル・タイムズ』は、『インドは自国の軍事力を過大評価すべきではない』と警告。さらに、欧米諸国がインドの軍備拡張に対し傍観の姿勢を取っていることを批判した。一方、中国外務省の劉為民報道官は同日、北京で開かれた定例記者会見で、インドについて『ライバルではなく、協力し合うパートナーだ』と強調。『両国は、苦労の末ようやく手に入れた良好な関係を共に育み、また国境地帯の平和と安定に向けて取り組んでいくべきだ』と述べた。

③「防衛・安全保障の専門研究組織IHSジェーンズのアジア太平洋軍事アナリスト、プーニマ・サブラマニアム氏は今回の発射実験について『インドと中国の間にある、ミサイル能力の格差縮小が狙い。射程能力に優れ陸上・海上のどちらからでも発射できるミサイルの開発は、インドの核戦略で重要な要素だ』と説明した。射程5500キロ以上の大陸間弾道ミサイル(ICMB)を保有している国は現在、国連安全保障理事会常任理事国の米国、英国、フランス、ロシア、中国の5カ国だけ。今回の実験が成功したことで、インドは6番目のICMB所有国に一歩近づく形となる」。

①では、射程距離5000キロである。中国全土を射程内におさめており、核弾頭を搭載できる。これまで、中国はインドに対して「ノー・マーク」であった。日米の軍事力対抗を最大の軍事戦略にしてきた中国は、背後からインドのミサイル攻撃を受けるリスクを背負い込むことになった。自らが蒔いた種である。

②では、人民日報傘下の『グローバル・タイムズ』では、『インドは自国の軍事力を過大評価すべきではない』と横柄な態度である。中国は米国本土まで届くミサイルを擁しており、むろん日本全土が射程距離にすっぽり入っている。自国の軍備については当然だとしており、インドはダメだという姿勢は何とも中国の身勝手な振る舞いである。返す刀で、「欧米諸国がインドの軍備拡張に対し傍観の姿勢を取っていることを批判した」。インドは民主主義国である。民主主義国同士での戦争はあり得ない。これは哲学者カントが、『永遠平和のために』(1795年)のなかで力説していることである。インドの長距離ミサイルの試射実験は、民主主義国にとっては自由陣営に向けられることを想定していないのだ。

③では、射程5500キロ以上の大陸間弾道ミサイル(ICMB)に達していないが、そこまで一歩近づいている。「インドと中国の間にある、ミサイル能力の格差縮小が狙い」とされているように、「インドは自国の軍事力を過大評価すべきではない」という中国の傲慢さに一撃を加えている。

こうしたインドの長距離ミサイル開発は、中国の軍拡戦略の波紋がもたらしたものと言える。中国だけが「軍拡」を許されて、周辺国はこれを傍観していろ。こういう理屈こそ傲慢である。中国が軍拡を行なえば自衛上、周辺国もまた行なわざるを得ないのである。これは「安全保障のジレンマ」と呼ばれるものである。中国は余りにも自国中心でありすぎる。中国の軍拡がどのような影響を周辺国に与えるか。また、その反作用を計量しなければならない。「リアル・ポリティーク」という軍拡による国益実現主義の危険性は、まさにここにあるのだ。相手国の反作用を正確に計量できない結果、ますます「軍拡」にのめり込むというリスクである。これが、アーノルド・J・トインビー博士の強調する「ミリタリズムの自殺性」問題である。中国はますますこの危険な道を歩んでいくのであろうか。

中国全土が射程距離へ
『サーチナー』(4月19日付け)は、次のように伝えている。

④「インド紙『The Hindu』は4月18日、『道路・鉄道移動式のミサイルはインドの内陸部で発射しても中国全域、特に人口密度が高く、経済的に非常に重要な中国の沿海地域も射程範囲に入る』と報じた。また、『Business standard』も、道路移動式であれば、『アグニ5』の攻撃範囲は5000キロを優に超えるとし、『アグニ5』をインド東北部に移動すれば、中国最北部のハルビンまで攻撃範囲に入ると報じた。オーストラリアメディアは4月18日、インドのミサイル実験が地域の軍拡競争のリスクを高めることへの懸念を示した。豪紙『The Age』は、『アグニ5』はヒンズー教の火の神に由来するが、地元メディアの多くは『中国キラー』として取り扱っていると指摘した」。

④では、「アグニ5」が、道路・鉄道移動式のミサイルである結果、インドの内陸部で発射しても中国全域、特に人口密度が高く、経済的に非常に重要な中国の沿海地域も射程範囲に入ること。また、「アグニ5」をインド東北部に移動すれば、攻撃範囲は5000キロを優に超えるとし、中国最北部のハルビンまで攻撃範囲に入ると報じた。こうした不幸な事態が実際に起こることを願っていないが、ここで、是非とも中国は反省すべきであることを指摘したい。それは、これまで中国が日本から最大のODA(政府開発援助)を供与されながら、ミサイルの標的は日本国内に向けられていた事実だ。今初めて中国は、インドからミサイルの標的にされる。そのことの「不快さ」を知るべきであろう。「銃口」を日本に突きつけてきた。気が付いたら、後ろでインドから「銃口」を突きつけられかねない。ようやく中国も「正気」に戻るべき段階なのだ。中国は、「他人の厭がることをしてはいけない」のである。軍拡は中国一国で済むものでなく、必ず反作用を生むのである。

『チャイナネット』(2011年11月14日付け)で、著名軍事専門家の彭光謙少将は昨年11月、ネットユーザーとオンライン交流を行った席で次のように述べた。

⑤「インドが対艦ミサイル『ブラームス』の第4部隊を配備し、中国の空の安全を脅かしていることについて彭光謙少将は、インドの一部の人たちは近ごろ、臆測し、騒ぎ立てている。彼らはいわゆる中国の脅威を幻想し、中印国境において軍備を強化していると述べた。実際、中印間には国境紛争の遺留問題のほかに利益に関わる対立はなく、中国はインドを脅威と見なしたことは一度もない。インドの戦車、ミサイル、師団の増強は単なるこけおどしにすぎず、無駄ばかりで利益のない行動だ。インドの国力、軍事力がいかほどか、自身がよくわかっているはずだ」。

⑥「1962年の中印国境紛争で、当時、中国軍の武器装備は技術的にインド軍より劣っていたが、インド軍には戦闘力がなく、質は全体的に悪かった。彭光謙少将は、今では、中国軍の武器装備のレベルは大きく進歩した。中印の能力を比べると、中国は軍隊の意気込み、指揮能力、戦略レベル、作戦意志の面でインドをはるかに上回るだけでなく、武器装備や技術レベルもインドより上だ。インドの一部の人たちはそれ以上たわごとを言わないようにと忠告したい」。

一読して、人民解放軍幹部がインド軍の武器、戦闘意欲などをきわめて低評価していることが分る。これは、絶対に言ってはいけない発言である。聞かされた方は奮起するはずである。現に、今回の射程距離5000キロ、中国全土を射程内におさめて核弾頭を搭載できるミサイルの試射成功は、中国にとって少なからずの脅威である。「雉も鳴かずば打たれまい」である。中国人は昔から「大言壮語」(ほら吹き)する癖がある。次の記事は、その典型例である。

『人民網』(4月11日付け)は、「中国は『包囲騒ぎ』にびくともしない」と大段平を切っているのだ。

⑦「中国と摩擦を抱える一部の国は他の国や国家グループを引き込んで応援を得ることに熱を上げ、『狼の群れ戦術』で中国に対処し、中国との駆け引き上の立ち位置を強化しようとしている。中国が相当『孤立』しているかのように見える時もある。中国人はこうした『包囲攻撃』に驚いて、『道義に反したために支持を失った』などと考えては決してならない。中国は何も誤ったことはしていない。突然湧いて出た『統一戦線』を西側メディアは大げさに報じているが、実際に中国に影響を与える力は全くない」。

⑧「米国が中国包囲の軍事同盟を強化するのは危険な遊びだ。だが、この危険性は各国が共に担っている。日本、韓国、オーストラリアは米国の対中圧力の手助けをすることで、自らに相応の圧力が跳ね返ってくるのを感じるだろう。中国が今日直面する大多数の面倒は自らの台頭によってもたらされたものだ。さらなる台頭を放棄すれば、われわれは肩の荷が下りたような解放感を得られるのだろうか?いや、さらにひどくなるだけだ。中国の台頭にはもう後戻りの道はないのだ」。

⑨「基本的事実として、台頭は中国により多くの力をもたらした。表面上の面倒は多いが、実際にわれわれはより安全になったのだ。中国の核心的な戦略目標は(経済的)台頭の継続であるべきだ。今後数十年で国力がさらに倍増するだけで、中国の静かな威厳はアジア太平洋全体の政治的現実となる。周辺国は中国に対する姿勢を調整し、米国のパワーも中国が外へ押し出すまでもなく自ずと東アジアから後退するだろう」。

⑩「米国やロシアは敵意を向けられることを恐れていない。中国も恐れてはならない。敵意を持つ対戦相手は、大国にとって台頭の副産物と言うことすらできる。少数の敵意や衝突は中国の台頭の根幹に触れることはできない。われわれがこうした落ち着きと圧力に耐える力を持てば、外国は中国を一層尊重し、どの国であれ中国への包囲攻撃の『狼の群れ』に加わる前に、熟考するようになるだろう」。

中国が「力の外交」である「リアル・ポリティーク」を目指していることは明らかである。GDP世界2位を背景にして、なにが何でも軍事力で紛争を解決するという姿勢を覗かせている。果たしてこれは成功するだろうか。私が最も危惧するのは、周辺国がどこも中国を「尊敬」していないという事実だ。GDPこそ世界2位になったが、それは「人海戦術」によるものである。高い科学技術やイノベーション力という先進国が用いてきた「テコ」ではなく、たまたま訪れた「人口ボーナス期」(生産年齢人口比率の上昇過程による高成長)という、幸運がもたらしたものに過ぎない。それを完全に錯覚していることがなんとも可笑しく哀れにすら思うのである。ここまで自国を過大評価してしまい、客観的に自国の潜在能力の低さを自覚しない国家も珍しいのである。それだけに、衰頽過程も早く訪れるはずである。潜在成長力低下を抑えるべき手段の準備を怠っているからである。

⑦では、南シナ海での島嶼帰属をめぐる紛争を指している。「突然湧いて出た『統一戦線』を西側メディアは大げさに報じているが、実際に中国に影響を与える力は全くない」と切って捨てている。ASEANが一致して、中国に軍事力非行使を要求しているが、中国はあくまでも当事国同士の話し合いを求めている。一対一になれば札束外交で相手国を押し切る方針だが、ASEAN各国はそれを見通して反対しているのだ。

⑧では、「米国が中国包囲の軍事同盟を強化するのは危険な遊びだ。この危険性は各国が共に担っている」と牽制している。いつの間にか中国包囲網ができあがった。一昨年秋の「尖閣諸島事件」直後、私はいち早くそれを提言した。「A・A・I・Jライン」(米国・豪州・インド・日本)が結束して、中国への対抗策を練るべきだとした。これが現在、民主主義国では暗黙の了解事項になっている。けっして「危険な遊び」でなく、これが唯一の集団安全保障に基づいた安全策である。中国の不用意な「恫喝」は、自由主義諸国を短時間のうちにここまで結束させたのだ。

「中国の台頭にはもう後戻りの道はないのだ」と反っくり返った態度である。中国4000年の歴史を振り返ると、中華文明はすでに「衰頽過程」に入っている。これは、アーノルド・J・トインビー博士の大著『歴史の研究』で示唆されていることでもある。GDP世界2位の座がどのような過程で実現したか、それを丹念に見るだけで十分に理解できるはずだ。「人海戦術」であって、これから本格的な「高齢社会」に入って行く。「人海戦術」の逆回転が始まるのだ。「人口オーナス期」というのが正式な呼び方である。

衰頽の予兆は中国全土に充満している。「中国史」を読むと分るが、一つの朝廷が滅びるときは必ず社会が紊乱している。現在はまさにそれである。止まらない格差の拡大、暴動の頻発、官僚の腐敗汚職の激増。これに決定的なだめ押しをしているのが「薄熙来(はく・きらい)事件」である。これまで得られた極秘ニュースを総合すると、元・重慶市党委書記の薄熙来氏は、人民解放軍を使ったクーデータを企んでいた。それが明白になってきた。こうした「世も末」になりつつある現実を、しかと見ておく必要があるのだ。周辺国を「恫喝」していくゆとりはもはやなくなりつつある。

⑨では、「今後数十年で国力がさらに倍増するだけで、中国の静かな威厳はアジア太平洋全体の政治的現実となる。周辺国は中国に対する姿勢を調整し、米国のパワーも中国が外へ押し出すまでもなく自ずと東アジアから後退するだろう」。ここまで「有頂天」になってくると、腹の底から笑いたくなるのである。人口が多ければ経済の規模も大きくなるが、問題はその中身である。「高齢人口」を抱え満足な福祉施設もない国家が、何を武器にして中国経済を牽引して行くのだろうか。「張り子の虎」になる危険性はきわめて大きいのだ。

軍事費はGDP比2%
これだけ周辺国を敵に回した国家が、すでに国防費はGDPの2%である。これは、スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が昨年の世界軍事費支出調査で明らかにしたもの。日本の2倍である。中国こそ「軍国主義」に堕しているが、それを認識していないのだ。今後さらに、国防費を増やすのだろうが、それは明らかに中国経済の負担になるだけでなく、潜在的成長力を蝕んで行くはずである。なぜなら、イノベーション力に欠ける中国が、軍事費負担が重くなればそれだけ、「タコが自らの足を食うに」に等しいことになりかねないからである。米国の軍事費は、前記のSIPRI調査でGDPの4.7%である。米国は格段のイノベーション力によって、その負担をはね返している。中国には同じ芸当は不可能である。

⑩を読むと、救いがたい時代錯覚がすでに生じているのではないか。そう思うほどである。もう少し、謙虚になれないものだろうか。世界中の笑いものになっていることは確実である。他国から見て何一つ尊敬すべき部分がない国家が、ふんぞり返って力んでいる格好は、どう見ても笑いを誘うだけなのである。そのことに気づかず、威張り散らしている姿が哀れなのだ。

(2012年4月30日)


インドの飛翔vs中国の屈折/勝又 壽良

¥2,415
Amazon.co.jp

日本株大復活/勝又 壽良

¥1,890
Amazon.co.jp

企業文化力と経営新時代/勝又 壽良

¥2,310
Amazon.co.jp