中国、海外のM&Aで7割も失敗「事前調査が不十分」とは呆れる | 勝又壽良の経済時評

中国、海外のM&Aで7割も失敗「事前調査が不十分」とは呆れる

無謀な買収での失敗多発
「腹芸」による即決主義
国有企業でTPPは無理


世界一の外貨準備高(3兆3千億ドル)を背景にして、中国企業は「走出去」(海外進出)の意欲を高めている。だが、肝心の実績は惨たんたるものだ。なんと7割が失敗である。事前調査の不十分さが、最大の理由とされている。海外のM&Aで失敗ケースが多いことは、中国企業の経営手法に問題があることを物語っている。良く、中国人経営者は決断が早いと言われている。これに対して日本企業は決断が遅く、ビジネスチャンスを逃していると批判されるのが常だ。この限りでは、中国企業に軍配があがるものの、これは「杜撰」(ずさん)経営と紙一重の差であり、海外ではこの手法は通じないのである。

無謀な買収で失敗する
米華字ニュースサイト『多維ニュ-ス』(3月30日付け)は、次のように伝えた。

①「コンサルティング企業のインターチャイナの調査によると、中国企業による海外企業の買収は、全体の7割が失敗していることが明らかとなった。中国商務部の推計によると、2016年には対外投資額は5600億ドル(約46兆1000億円)に達する見通しだ。以前は大型国有企業の海外進出が目立ったが、現在では地方の国有企業や民間企業も積極的に海外投資を進めている。その意欲とは裏腹に、海外企業買収の成果は芳しくない。失敗率は70%を超えているという。欧米企業の失敗率は40%程度。その差は歴然だ。『海外企業の買収といっても、実際には海外展開が目的ではない。技術不足を補ったり、ブランド力を高めることなどが目的のケースが多いため』とインターチャイナの陳建剛(チェン・ジエンガン)氏は失敗の理由を分析する」。

②「問題は他にもある。買収した企業の価値を向上させられるかどうか慎重に検討せず、規模の拡大を目的とした無謀な買収が多いこと。現地の法律を理解していないことも失敗の理由となっている。その典型がTCLの失敗だ。03年、中国の家電大手TCLは仏トムソンと共同でTCLトムソン電子有限公司(TTE)を設立。経営不振のため、10年に生産を担当した管財人が、顧客の不当な移管や雇用保護の不履行を理由に訴えられた。最終的に、1160万ユーロ(約12億7000万円)超を支払い和解になった。これは、現地の法律を理解しなかったことが損失につながった」。

これまでも、中国企業が海外進出しても成功例が少ない理由として、前述のような不十分な事前調査のほかに、財務知識の不足。中華思想をひけらかして、現地社員とのコミュニケーションがとれない、などが指摘されてきた。いずれも「マネジメント能力」不足が原因である。この問題は、決して一過性の問題でなく、中国企業が抱える本質的な脆弱性と深い関わりがある。問題は、そういった根源的な認識がなく「行け行けドンドン」という危うさが中国企業には付きまとっているのだ。

中国人経営者が深く物事を考えない習性であることは、山田太郎氏が「日本流の資料が中国で嫌われるワケ」(『BPネット』3月28日付け)で、詳細に説明しているので、紹介したい。

③「中国企業の判断は、一般論としておそろしく速い。ほとんどの場合、トップが出てきて即決するのだ。部下たちに意見を求めることはまずしない。部下に調査を依頼することはあっても、判断させることはほとんどないようだ。ところが日本企業では、トップが商談に来ることはめったにない。あったとしても、そのトップは商談で挨拶はするが、まったく喋らなかったりする。中国企業にとって、それは信じ難いことなのである」。

④「商談で使われる資料からしてまったく違う。多くの日本企業は、事業計画書などの作成に心血を注ぎ、多くの論考やその裏付けデータをこれでもかと盛り込む。その結果として、できた計画書はとても一度では読みこなせないページ数になったりする。それを提出する相手が日本企業であれば、『その努力に応えなければ失礼』ということで、とりあえずは読み、それを説明するための長いプレゼンテーションも聞いてくれるはずだ」。

「腹芸」による即決主義
⑤「こういった資料は、中国企業からはまず受け入れられない。日本流に多量の資料を出すと、間違いなく簡潔なものに作り直すことを要求されるだろう。再度作られた資料を渡して説明を始めようとすると、相手は『もういいです、分かりました』と言う。そして、『次』はなかったりする。判断するのは担当者ではなくトップである。DVDやビデオを使った感覚に訴えるものならともかく、数式や図表などいくら多用しても見てはもらえない」。

⑥「それどころか中国のビジネスでは、パートナーシップや投資などの判断は会議の前の会食でほぼ決まっていたりする。重要なのは綿密な計画書ではなく、会食での会話からうかがえる、相手方のトップの考え方なのである。しっかり考える意見はあってもなかなか決めない日本型と、じっくり考えてはいないようでも即断即決する中国型。さて今後グローバルを制するビジネス・スタイルはどちらなのだろうか」。

③では、中国企業がトップの決断で案件を処理するが、日本企業は部下に交渉を任せる委譲型である。中国企業にとって、日本企業のこういった流儀が理解不能だというのだ。これは、日中における経営文化の違いを鮮明にしている。中国では経営判断をトップが下すが、日本では組織として意思決定するという違いである。これは企業規模の差によっても違うであろうし、日本でも零細企業であればトップの判断一つにかかっている。だが、少なくも株式を公開しているような上場企業において、「トップ独断」はあり得ないはずだ。その点で、中国では企業組織が未発達といえる。

④では、日本企業が事業計画の提案に当たっては、「プレゼン」をしっかりやることが普通である。だが、⑤で示すように、「日本流に多量の資料を出すと、間違いなく簡潔なものに作り直すことを要求されるだろう。再度作られた資料を渡して説明を始めようとすると、相手は『もういいです、分かりました』と言う。そして、『次』はなかったりする」のだ。この例は、中国人社会の特色を遺憾なく発揮している。つまり、理詰めで物事を考える習慣がないことである。私が、このブログで繰り返して指摘しているように、中国社会では論理学が育たなかったのである。帰納法や演繹法といった論理学不毛の社会である。科学技術が育たない背景もこれであった、ともかく「フィーリング」という直感によって物事を決める社会である。だから「トップの独断」を不思議に思わない経営風土が形成されたのだ。

⑥では、「中国のビジネスでは、パートナーシップや投資などの判断は会議の前の会食でほぼ決まっていたりする。重要なのは綿密な計画書ではなく、会食での会話からうかがえる、相手方のトップの考え方」を重視する。私はここまで書いてきて、中国企業が海外のM&Aで失敗する理由は、すべてここにあると見る。中国人にとって欧米人は「合理的」判断の塊である。それに対して、計数によらない「腹芸」で物事を決める中国人では、歯が立たないはずである。相手をビックリさせるようなご馳走と、持ちきれないほどの手みやげを持たせたからと言って、外国とのビジネスが上手くいくわけがない。中国流の接待術は、中国国内において有効であっても、海外では通用しないのだ。結局、海外のM&Aで失敗する羽目に陥るのである。

中国企業が「腹芸」で海外のM&Aに乗出している背景には、隠された大きな後ろ盾が存在している。それは、中央政府や地方政府であり、何らかの「支援」を約束されているからだ。この間の事情を明らかにしたのは、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)のリンダ・ヤーコブソン氏とディーン・ノックス氏の共著『中国の新しい対外政策』(岩波現代文庫 2012年)の近著である。その関連部分を、次に紹介したい。

⑦「国有大企業の最高経営者と政治指導部はいわば共生関係にあり、政策決定の際に誰が主導権を握っているかは必ずしも明らかでない。その一方で、国有企業は少なくとも理論的には、大型海外投資などの案件について政府の承認が必要であり、この点では政府当局に従属している。国有企業の多くの指導者は閣僚や次官級であり、中には党中央委員会候補委員もいる。さらに言うならば、国有企業の、特に戦略部門における取引は、国や政府の支援によって多くの利益を得ている。この種の支援は、優遇貸付や信用保証の提供、最高指導者の支持、商談相手への開発援助の提供などと組合わされている」。

⑧「中国の最高指導者たちはしばしば海外訪問に出かけ、それぞれの地域の中国系企業の施設を視察し、中国と地元企業の各種の協力協定の調印式典に出席している。2005年1月から2010年8月まで、胡錦涛主席の外遊先は半分以上が、三大石油国有企業の少なくとも一つが石油・天然ガス関係の利権を持っている国々であった」。

中国経済の将来の発展において、最大の問題は国有企業のウエイトが余りにも高くなりすぎていることである。これは世銀と国務院の共同研究報告『2030年の中国』において明らかにされている。こうした問題含みの国有企業が、海外大型投資に進出しているのだ。当然に「五星紅旗」(中国国旗)を背にしているから、リスクと真剣に向き合う度合いも低くなろう。

⑦では、「国有企業の、特に戦略部門における取引は、国や政府の支援によって多くの利益を得ている。この種の支援は、優遇貸付や信用保証の提供、最高指導者の支持、商談相手への開発援助の提供などと組合わされている」。国有企業は、これだけの手厚い支援を受けられれば、リスクに対する感度が「鈍感」になって当たりまえである。要するに「お役所仕事」になるのだ。

国有企業でTPPは無理
⑧では、「2005年1月から2010年8月まで、胡錦涛主席は外遊先の半分以上が、三大石油国有企業の少なくとも一つが石油・天然ガス関係の利権を持っている国々であった」。驚くほど、胡錦涛主席は「セールスマン」役に徹してきたと言える。かつて、池田勇人首相がヨーロッパ歴訪の折、フランスのドゴール大統領から「トランジスタ商人」と揶揄されたことがある。胡錦涛主席はそれを上回る「赤い大商人」になっている。

こうした国有企業への過保護は、決して中国の将来にとって良いことではない。過保護に伴う「経営の甘え」が出てくるからだ。中国は、TPP(環太平洋経済連携協定)について口を極めて批判している。米国による「反中経済同盟」だとしているからだ。米国は中国にもTPPへの門戸を開放していると通告しているが、この国有企業のビヘイビアもネックになる。共産党政権が続く限り国有企業も存在するはず。中国のTPP参加は、共産党が続く限り永遠に不可能であろう。

(2012年4月23日)


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