中国、いま「尖閣事件」舞台裏明らかに「国有企業と解放軍」共謀! | 勝又壽良の経済時評

中国、いま「尖閣事件」舞台裏明らかに「国有企業と解放軍」共謀!

偶発的事件でなかった
政策決定は「満場一致」
「コネ」が政策を左右
日本も二度は騙されぬ

この3月16日に出版された1冊の本が、一昨年9月7日の「尖閣事件」の舞台裏を考える重要なヒントを提供してくれた。あの事件は、決して偶発的なものではない。中国側が、練りに練って繰り出してきた「奥の手」であった。そう断言して憚らない条件がそろっている。いったんは日本側と合意していた東シナ海でのガス田共同開発を、事件後、中国側は言を左右にして認めようとしないことに現れている。「尖閣事件」は日中の共同開発協定を破棄するべく、中国国有企業の中国石油と人民解放軍が、用意周到に仕組んだ事件である。

1冊の本とは、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)のリンダ・ヤーコブソン氏とディーン・ノックス氏の共著『中国の新しい対外政策』(岩波現代文庫 2012年)である。中国の外交当局者はもちろん、中国外交の政策決定に影響を与えていると見られる70人余の人々に、直接インタビューしたうえ、文献等の資料を付き合わせてまとめた学術研究書である。これによって、ブラック・ボックスである中国外交の政策決定過程が、さわやかに浮かび上がってきたのだ。この文脈のなかで、「尖閣事件」の舞台裏が「透視」できるのである。なお本書は、「尖閣事件」そのものを研究するために執筆されたわけではない。私が、行間に滲み出る「事実」をつなぎ合わせた、高度の「謎解き」である。

偶発的事件でなかった
まず、「尖閣事件」後のガス田共同開発をめぐる日中間の外交日程を示しておきたい。事件が起きたのは前記の通り、2010年9月7日である。本来のスケジュールでは、9月9日に日中共同開発のワーキンググループ会議が、9月11日には共同開発の条約締結が準備されているのである。こうした外交日程をみれば、「9月7日」しか事件決行の日はなかったことになる。東シナ海のガス田開発は、中国の石油国有企業である中国石油が、日本当局と協議することなく、2004年から一方的に掘削に着手したものである。この地点は、日中の領海線に沿った場所であり、日中間の外交紛争を引き起こしていた。

ところが、2008年夏の北京オリンピックを前にして、チベット自治区での騒乱が持ち上がり、これを鎮圧すべく中国政府の人権弾圧事件が引き起こされた。欧米の強い反発を受けて、北京オリンピックへのボイコット問題が議論されたほか、欧米諸国の首相・大統領の開会式出席取りやめまで話題にあがった。これに驚いた胡錦涛主席は同年6月、福田首相と会談しオリンピック出席の確約を得た。このとき福田首相は、懸案の東シナ海でのガス田について日中の共同開発を提案。胡錦涛主席がこれに応じて合意が成立したものだ。

問題は、この後の中国国内の「騒ぎ」である。前記の『中国の新しい対外政策』は、こう記している。

①「研究者と対外政策幹部との内部討論会は率直かつ熱烈なものだとされている。一人の対外政策専門家は、2008年9月の週末に深夜まで開かれた非公式討議で、胡錦涛に対する不満がきわめておおっぴらに語られたことに『衝撃』を受けたと語った。彼は、この種の非公式会議に過去4年間参加してきたが、高級幹部が名指しで批判されるのを聞いたのは初めてであったと言う。この時は、2008年6月の胡錦涛と福田首相の妥協に石油企業や軍の代表たちが驚かされたのだった」。

①で重要な箇所は、「2008年6月の胡錦涛と福田首相の妥協に、石油企業や軍の代表たちが驚かされ」、「胡錦涛に対する不満がきわめておおっぴらに語られた」点である。鉄の団結を誇るとされる中国共産党内部では、こと「外交問題」では決して「一枚岩ではない」と前記著書は指摘している。その生きた証拠が、ここに赤裸々に示さされているのだ。こうした中国石油と解放軍の強い不満を背景に、「尖閣事件」は中国側の捨て身の戦法によって引き起こされたものである。

政策決定は「満場一致」
ここで、中国外交の全貌について説明しておきたい。中国外交部は形の上で中国外交を背負って立っているが、政策決定権は握っていないのだ。この点が先進国と全く異なっている。日本では外務省が外交政策を一元化しており、他省が口出ししたりすれば「多元外交」として国会を初めジャーナリズムの総批判を浴びる。中国外交部が著しく実権を失うようになったのは、1998年頃とされている。国際問題が複雑化して外交部だけでは処理できなくなったのが、表向きの理由とされている。前記著書は、次のように指摘している。

②「中国における政策決定には『合意形成』(満場一致)を必要とするという特質があり、関係者全員が納得すべき妥協に達するために膨大な討論や交渉が行なわれる。胡錦涛ですら集団指導の名において党の団結を維持し、最大限党内の各派閥やエリート達の忠誠を維持するため、十分に調和のとれた『合意』を追求しなければならない。その結果、敏感な問題についての決定過程は長く複雑なものとなり、時には行き詰まることもある」。

③「権力の最上層における『合意形成』による政策決定には、時間と妥協への積極性が必要である一方、個人的な関係に基づく政治システムでは、個々人は自分の『関係』網(注:コネを意味する)の利益を擁護することが必要である。対外政策形成への影響力を争うものにとっては、この二つの要素を考慮することが必要である」。

②で指摘されている事実は、まさに「集団指導体制」と言われるものである。胡錦涛主席でさえも党の団結と忠誠を得るためには、妥協を余儀なくされている実態が事細かに指摘されているのだ。胡錦涛主席在任の10年間、「科学的発展観」という錦の御旗を得たものの、なんら実効を上げなかった背景には、この「合意形成」という高いハードルが存在したのである。「ガス田の共同開発事業」に限れば、大手国有企業の中国石油と人民解放軍が、大いなる不満を持っていた。党の団結と忠誠を得るためには、日本との約束を反古にせざるを得なかったのだ。かくして、「尖閣事件」はゴーサインが出たのである。もしも、突発的事件であれば、「合意形成」に時間がかかるはずで、あれだけ素早く「対応策」を打ち出すことは不可能である。レアアースの輸出禁止は商務部、邦人4名の拘束は人民解放軍とそれぞれ分担して手はずを整え、事件を起こしてきたのだ。

③では、「権力の最上層」を構成するのは、9人の中央政治局常務委員だけを指してはいない。外交政策では、共産党組織、政府機関、解放軍の諸部門、大学、研究機関、国有企業、メディア、ネットなどの広範囲な層が含まれている。とりわけ、共産党組織、政府機関、解放軍、国有企業の影響力が大きいとされている。特に、大手国有企業の最高トップは閣僚や次官級のランクとされているから、外交政策決定では大きな影響力を持つのは当然なのだ。しかも、「自分の『関係』網(注:コネを意味する)の利益を擁護することが必要である」というから、9人の中央政治局常務委員にそれぞれ「コネクション」を生かして働きかけるのは、十分にあり得ることである。

常務委員は外交の素人が多いと言われるから、こうした働きかけが成功するシステムになっている。かくて、「尖閣事件」は準備万端整って9月7日に決行された。漁船が日本側に拿捕されたら、すぐに対抗手段を次々と打ち出して、日本に圧力をかける。ここまでは中国の思い通りに行ったはず。だが、国際的な反響を見誤ったのが「玉に傷」だった。世界は日本側につき、米国による「中国包囲網」づくりのきっかけになったのだ。目先の利益だけを追う浅慮だったのである。

「コネ」が政策を左右
中国の政策形成過程に、関係者のコネが持ち込まれるという事実は、私が繰り返し強調するように、中国の官僚制度が「近代官僚制」になっていない証拠である。マックス・ヴェーバーが指摘する、いわゆる「家産官僚制」という専制国家特有の恣意的な官僚制度である。浜矩子・同志社大学教授が近著『中国経済あやうい本質』(集英社新書 2012年)で、「中国は21世紀と20世紀以前が同居している」とからかっている。制度的には全くの未成熟国家なのだ。外交政策に対して関係者の利害関係が反映されるとは、公私混同の最たるケースである。

④「現在、中国の対外政策への関与者のすべてが中国の国家的利益という名の下で活動している。商務部は中国の繁栄を推進し、解放軍は中国の主権を守り、石油会社は中国のエネルギー安全保障を確保し、地方政府は地域住民の生活水準を向上させ、ネチズン(注:インターネット上で意見表明する者)は中国の威信を高める等々である。党中央政治局常務委員会は、国際社会の要求を考慮に入れながら同時に、こうした関与者の利害と善意を把握し整合性のある対外政策の形に作りあげねばならない」。

⑤「中国は、その国益を守るための国際的な約束事のルール作りに積極的になるべきだ、というのは少数派である。古参・新参を問わず対外政策関与者の間で、先進工業国から中国は世界的公共財に貢献すべきであると言う呼びかけが、中国の上昇(発展)を遅延させようとする試みであるという観点が主流になっている。こうした疑念は、中国の公式声明において『中国が発展する権利』を(持つと)繰り返し強調することに現れている。より広範には、今や登場しつつある利益集団のすべてで、中国は先進国の要求に『より従順でない』立場をとるべきだと要求する声がある」。

④では、「中国の対外政策への関与者のすべてが、中国の国家的利益という名の下で活動している」。要するに、国際的なルールや利益との調和でなく、その前に中国の国益を追求する姿勢である。しかも③で取り上げたように、ここへ「コネ」が介在する。これが、GDP2位の国家が標榜している外交政策の現実なのだ。中国は、世界の民主主義態勢に背を向けて、あくまでも「己の道」を貫く姿勢である。これに対して先進国は、毅然と「ノー」を突きつけるべきである。一時的な宥和政策は、かつてのドイツのヒトラーと同じで、禍根を残すだけであろう。

⑤では、④で指摘した点がさらにはっきりとしている。「古参・新参を問わず対外政策関与者の間で、先進工業国から中国は世界的公共財に貢献すべきであると言う呼びかけは、中国の上昇(発展)を遅延させようとする試みである」というのだ。ここまで、露骨に国益のみを追求する「貪欲さ」は、いったい何がそうさせているのか。それは、中国が「普遍帝国」である「中華帝国」の系譜を引く結果である。

一般に、「普遍帝国」において他国と協力する必要はない。相手国が跪いて来るべき関係であるからだ。こうした上下関係を普通のことと見ている中国は、屈辱の阿片戦争以来ようやく170年ぶりに「王座」の位置に着く、という実感であろう。まさに「20世紀以前」の感覚なのだ。キッシンジャー博士は、中国の栄光の歴史に敬意を表せば、国際関係は上手くいくという感じだが、それは「20世紀以前」に戻れと言う話である。国家の関係は対等が原則である。それを軽視している中国を特別待遇する時代ではないのだ。

日本も二度は騙されぬ
「尖閣事件」の顛末は、以上の論述の中で明らかにされたと思う。日中による東シナ海のガス田共同開発事業は、福田首相を北京オリンピックへ出席させる「エサ」であった。国家と国家の約束ごとを簡単に破棄する中国の心中は、「してやったり」という思いであろうか。これで、日本侵略による屈辱への万分の一でも晴らしてやった。そう見ているのかも知れない。だが、これで「尖閣事件」はすべて終わるのでない。日本の中国への侵略戦争に伴う「贖罪意識」は、残念ながら一段と希薄化するであろう。

中国からまた「エサ」が投げ込まれてきた。『共同通信』(4月2日付け)は、次のように伝えている。

⑥「中国政府が、沖縄県・尖閣諸島(中国名・釣魚島)の領有権やガス田共同開発をめぐり日中間の対立が続く東シナ海での協力関係構築を目指し、『海洋の環境保護』分野の日中共同事業実施を提案していることが分かった。日本側も基本的に応じる方向。複数の日中関係筋が明らかにした。中国側には、東シナ海での協力を進める姿勢を示すことで、日本側の対中不信緩和を図る狙いがある」。

⑥は、すっかり中国の足元を見透かした記事である。海洋保護の技術を日本から手に入れようという魂胆であろう。日本も一度騙されると、すぐに中国の真の意図を知りたくなるのだ。これでは、日中関係は永遠に改善しないだろう。中国の言う「平和発展論」も空虚に響くだけなのである。

(2012年4月9日)


インドの飛翔vs中国の屈折/勝又 壽良

¥2,415
Amazon.co.jp

日本株大復活/勝又 壽良

¥1,890
Amazon.co.jp

企業文化力と経営新時代/勝又 壽良

¥2,310
Amazon.co.jp