終身雇用制の崩壊と転職 ~ユースレスな統計 (その2)~ | 「かつのブログ」

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前回、ユースフル労働統計なるものが如何にユースレスかを、生涯賃金を切り口として述べましたが、今回は前回書いたように、定年まで同じ会社で働くということについて述べたいと思います。
前回同様、主として大卒者を対象に考えています。

まず、問題の「ユースレスな」統計によれば、転職すると生涯賃金が下がるのだそうです。その理由として、以下のように述べています。

http://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/kako/documents/21_p241-279.pdf
勤続年数が賃金に反映される傾向が強いといわれる日本では、転職により 賃金が低下する場合が多いために、標準労働者の生涯賃金の方が高くなる傾向にある ものと考えられる。 (筆者注:厚生労働省では転職しない労働者を標準労働者と呼んでいます(笑)。)

この2010年の独法の見解が、いかに愚かしいいものかについて、先ずは述べたいと思います。

さて、このデータの元になっているのは、先週述べたように厚生労働省のデータです。
http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/doukou/11-1/kekka.html
その中で述べられているように、『前職の賃金に比べ「増加」した割合は29.4%、「減少」した割合は32.3%、「変わらない」の割合は36.7%』 ですが、 『年齢階級別 にみると、30~34歳以下及び40~44歳では賃金が「増加」した割合が「減少」した割合を上回って』 います。

転職後2010

その厚生労働省のデータ(2010年)の一部をグラフ化したのが上図ですが、「転職すると賃金が低下する場合が多い」というのは、むしろ高年齢に限られ、34歳以下では、転職して給与が上がった人の方が大幅に多く、これは39歳以下で逆転しますが44歳以下では再逆転しています。因みに、いわゆるヘッドハンティングによる転職は、日本では35歳が一つの区切りになっています。転職サイトの募集を見ても、35歳以下という条項が圧倒的に多いのです。これは法律が関係しています。

日本の法律では、正社員として入れたら(少なくとも法律では)簡単に首を切れません。だから慎重になりますし、高齢の人を雇うのは(特に高給であれば)大きなリスクになります。そして肝心なのは、年齢制限をかけても(=年齢差別をしても)違法にはならないから高齢者は簡単には取らないのです。
あちらでは首を切れる(もし使い物にならないならクビにすればよい)から高齢者でも雇いますが、逆に年齢を理由にした門前払いはそもそも違法です。アメリカでは人種差別や性差別と同様、雇用における年齢差別禁止法 (ADE) というのがあり、年齢差別は厳しく規制されています。これは論理的にも当然と言えるでしょう。

これに対して日本では、こんにち「小泉改革」と呼ばれる時代に、クビを切れるように工場への派遣を認めただけで、年齢や性差別をそのまま許したのですから、現在の超格差社会が生まれたのは当然なのです。

2007年のデータを見ると、この傾向は更に顕著です。
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2007/08/h0822-1.html

転職後2007



若年層で転職によって収入が増えると言う傾向は今よりも強く、景気がよければそれが上の年齢層にも及ぶようです。
独法の2010年の意見が如何に的外れかが分かります。

ここで、いわゆる転職サイトのデータで、転職の理由について、年齢別に見てみましょう。
http://partners.en-japan.com/special/100707/4/
明らかに40台以上の年齢層では自己都合ではなく、会社の都合で多くの人が変わっています。(厚生労働省のデータでは自己都合と会社都合のみで詳細がわかりませんし、割合も違います。後述します。)
自己都合では、金額の不満が多いです。つまり変わったほうが給与が高くなるから変わるということです。これはまあ当たり前でしょう。

低年齢層では転職によって給与が増えて、高年齢層では金額が減る傾向にあるのは、誰しも容易に想像できるように、高年齢の方がリストラや肩たたきに会う人が多いからです。
私の周りでも、特に会社の状態が悪い場合の早期希望退職を除けば、ヘッドハンティングされて会社を替わるか、でなければ肩を叩かれるかでしたので、これは経験的にも言えます。

会社が傾いた時の早期希望退職は少し様子が違って、退職金の上積みとか次の会社の紹介とかを伴います。形式的には自分で希望する場合が多いでしょうが、会社だってある程度はマトを絞ってくるでしょう。形式的には本人希望でも実際はわかりません。
こうした場合には、次の就職先で同じ給与を得ることはまず難しいでしょうね。

他のケースとして、UターンやIターンの場合は、金銭的には下がる事もある程度は納得づくだと思います。

転職では業績の悪い企業(または業種)から良い企業へ替わるケースが多いでしょうから、その場合には労働者にとっては給与が上がり、企業にとっては他の人と同じかまたはより安く優秀な人材を得られる、という両者にとって幸福な場合もあるかも知れません。その場合も、会社を規準にしてみるなら「新卒者よりも安い」事にはなりますが、個人から見るなら「上がった」ことになります。

これに対して、いわゆる肩叩きで職場を追い出されれば、次に行く職場では相当な給与ダウンを呑まされているのは想像に難くありません(少なくとも私の知る人達はそうです)。独法のコメントは、望まない転職を強いられる場合が多くなった、という視点が見られないのです。自分たちが、何の統計をとっているのかすら分かっていないのか、と言いたくなります。

尚、肩叩きは厚生労働省のデータでは「個人的理由」になるのですが、もちろん実際には会社都合です。実はこんな所にも、お役所主義が見て取れるということでしょう。

http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001037431&cycode=0
今年のデータには、勤続年数別のデータがあったので、1000人以上の企業での大卒者所定内給与を比較するグラフを作ってみたのが下図です。0年とか、おかしなことになるので賞与は含ませていません。

勤続年数別

これまでの話を裏付けるように、34歳以下ではむしろ勤続年数が少ない人の給与が高くなっています。35-39歳と30-34歳が、勤続年数0年で給与が近づいていることからも、35歳までの転職がどういうものかを示していると思います。
これを見ても、『年功序列だから標準労働者(笑)の所得が高い』というのは幻に過ぎない事が分かります。もしそれが事実なら、このグラフは全て右肩上がりのカーブになるはずだからです。

そして、今は日本企業でも(特に大企業において)あの手この手で高齢者の追い出しを図っていると思います。
下図は、55-59歳の労働人口を事業規模別にグラフにしたものですが、実際、2010年と2009年の統計を比較しますと、1000人以上の企業では55歳以上の労働者の人数が、いきなり7%減っているのに対し、10-100人の中小企業では微増しています。古いデータには学歴別のが見つからなかったので、これは全学歴で見ています。

55歳以上の割合

勿論、いわゆる団塊世代の退職の影響もありますが、10-999人の中小企業で減っていないのを考えると、大企業からそちらに流れた(つまり有体に言えば、追い出された人が中小企業に就職した)と見るべきと思います。2011年では全体に増えていて、中小や零細企業(99人以下)では大きく増えているが、1000人以上の規模ではそこまで増えていないことからもこれは言えると思います。


大卒者の労働人口を、企業規模別にみた年齢割合は下図になります。

規模別の年齢割合

高年齢層ほど減っていくのはまあ当然でしょうが、変化の割合が企業規模で随分と違います。大企業では55-59歳の労働者が、40-44歳の4割弱しかいません。99人以下の企業ではあまり変らず、千人以下の企業では、40-44の6割弱ぐらいになっています。
大企業で35-39歳とその上が逆転していますが、現在40-44歳はバブル期就職組にあたり、35-39歳は就職氷河期に相当するので、その影響で中小に流れたからなのか、優秀な人が大企業に代わっているからなのかは不明です。

また、蛇足ですがある超有名企業T社では、技術者に転職された時のリスクを避ける為に、技術系社員には 「高い技術が身に付かないように」 仕事をさせているのだとかいう話を聞いた事があります。

これまで述べてきたことが意味するのは、「大企業で定年まで勤められる人は一部の勝ち組だけ」 ということです。
負け組みよりも出世した勝ち組の生涯賃金が高くなるのは当たり前であって、そもそもがそんなものの平均をとること自体、なんの意味も無いでしょう。

法律でもそう簡単には辞めさせられないのだし、自分から辞めてはいけない、みたいな記事を見ることがありますが、これも現場を知らない人間の空論と言わざるを得ません。

例えば技術職で入社して、設計の仕事を何十年もやっていた人を、会社が 「あなたの技術はもう古く、あなたの適性に技術職は合わない」と言って営業職に配置転換、更に勤務地も変って単身赴任、なんてことにされたら、「はいそうですか、では営業に行きます」 と居残れると思いますか?
この程度のは実際に私も見てきたし、もっとえげつない話も聞いた事があります。
裁判を起こしても勝ち目はないと思います。そういう人は必ずしも 「特別に優れた技術者」 ではないというのも、また事実なのですから。

つまり、既に定年まで勤めるのは難しいのですから、法的な整備として 「年齢差別や性差別を許さない」 以外に格差是正の方法はないと思います。またこうした分析を放棄し、冒頭に書いた馬鹿げた主張をしているような無駄な独法に税金をつぎ込むべきではありません。

かつては、生まれつき財産を持つ者と持たざる者に貧富の差がありました。それは共産主義みたいな考えを生みました。
今は、生まれつき知を持つものと持たざる者、というのが差を作っているのではないでしょうか。