§漂う恋心は深海で   5 | なんてことない非日常

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§漂う恋心は深海で    5






 「・・・・うそよ・・・・そんな・・・・」



俺の告白を聞いた彼女は、青ざめたまま頭をフルフルと小さく振るった。



「クオン様はそんなことしない!」



俺からの言葉を信じないキョーコちゃんに、俺は困ったように笑い返した。



「そうだね・・・君に見せていた『クオン様』は優しすぎたんだ・・・」



俺の言葉に彼女は涙を湛えた瞳を大きく見開いた。

凄くきれいな水晶のように、ゆらゆらと光をまとって俺を見つめていた。

その瞳に、暗い声に支配された俺はどう映っているのだろうか・・・



「やさし・・すぎた?・・・」



「そう・・・己の内に秘めた蛮族の血が沸き立つまで、俺は君をただ遠くで想い見つめるだけで満足していたんだ」



「・・・・・・・」



黙ったまま見つめるキョーコちゃんに、スイっと近づくと彼女は明らかに怯えた態度で肩を震わせた。

そのことが思ったよりも俺の心を抉ったが、予想できていたことだと自分に言い聞かせ彼女の尾ひれを捕らえていた鎖を外した。



「クオン・・・様・・・」



「・・・・逃げようとは・・思わないだろ?・・逃げたくても、逃げられない・・・俺がまたどんな手を使って君を捕らえるかわからないから・・・」



鎖を外されほっとしている彼女に、わざとそう言うと彼女は呪文をかけられたようにその場に凍りついた。



「クス・・・素直なキョーコちゃんが好きだよ?・・・さっ、こっちに来て・・君の部屋は以前から用意してあるんだ」



またその言葉に彼女は体を強張らせていく。

俺の言葉一つ一つに反応し、見えない鎖で絡められていくキョーコちゃんはこの深海に見合った瞳の色になっていった。



「・・・・・ニンゲンになる薬を君に渡した後の話をまだしていなかったね?」



彼女ように設えていた部屋に、すっかり静かになってしまったキョーコちゃんを落ち着かせるとユラユラと揺れる髪を梳いて続きを話すことにした。



「ここからは君も知っていることが大半だよ・・・君から預かった声のお陰で、君の口からアイツに想いを伝えることは出来ない・・そしてアイツはここに居た時の記憶は皆無・・・そう・・皆無だった・・はずなんだ・・・」



俺の沈んだ様子に、キョーコちゃんは首を傾げた。



「・・・・・・・・はず・・・って?」



「っ・・・」



俺は髪を梳いていた手を引っ込めた。



「クオン様・・・まだ・・何か隠してるの!?」



「・・・・・・・・アイツは・・・断片的にだけど・・・記憶を残していたんだ」



必死に表情を読み取ろうとする彼女から、俺は初めて顔を背けた。

罪悪感なんて無い。

はずなのに・・・キョーコちゃんの瞳をまともに見て話す事が出来なくなっていた。



「クオン様!?」



彼女の問い詰めるような呼びかけに、俺は固く目を瞑った。



「・・・・・・・記憶が・・・残っていた・・・・君が・・・・罠にかかって死の淵を彷徨っている姿を・・・記憶していたんだ・・・・・ただ・・・鮮明ではなかった・・君の姿を・・・ニンゲンになった君と照らし合わせる事が出来なかった・・・」



俺がそこまで言うと、彼女は何かに気づいた。

昔から勘のいい子だったからね・・・。



「・・・・キョーコちゃんの考えている通りだよ?・・キョーコちゃんが海に戻るきっかけとなった・・アイツの婚約者・・・・彼女は君がこの海にいたときの姿とアイツが勘違いをしたことだったんだ・・・」



「・・・・・・・・・・・・・」



「君は・・・本当は泡になることなんてなかったんだ・・・・勘違いとはいえ君の想いを踏みにじったアイツの心臓を銀のナイフで刺し、その血を浴びればその薬にかけられた魔力も消えたのに・・・・それに」



何も言わないキョーコちゃんに俺は、言い訳のように話を続けた。



「・・・・・まって・・・」



そんな俺の言葉を、彼女は静かに止めた。



「まって・・・クオン・・様・・・・この薬には、薬の恩恵を受けるものの一番大切なものが必要だったはず・・・でしょう?・・・・今、私は泡にもならずにどうして人魚の姿に戻っていられるの?・・代償だった声もそのままで・・・・」



・・・・やはり・・彼女は本当に勘のいい子だ。



「・・・・・それにはね?もう一つ・・・呪いがかけてあったんだ・・・・」




「・・のろい?」



首を傾げるキョーコちゃんを俺は真っ直ぐ見つめた。

彼女は少し顔を強張らせた。

それが幼かった君を初めて会った時の表情に似ていて、俺は思わず笑みを漏らした。


・・・いや・・・やっとこのことが言えるんだ・・・そんな、安心感もあったのかもしれない・・・・・



「そう・・・君が・・・海に飛び込み、泡となるほんの一瞬・・・ほんのかすめる程度でいい・・・俺のことを思い出してくれたら・・・君は元の姿に戻って、ここに来る・・・・・・・・そう呪いをかけたんだ」



「・・・・・・・・・そ・・・れは・・・もしかして・・・・・・その・・呪いの・・・代償を・・あなたが払ったという・・・こと?」



彼女の声が震えている。

それさえも嬉しい。

君がアイツではなく、俺を心配してくれていると自惚れる事が出来るから。

知らずのうちに頬が緩んで、笑みが深くなっていく。



「・・・・・・・・・代償はね?」



青ざめるキョーコちゃんの前で、俺は笑顔で両手を広げた。



「俺、自身なんだ」



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