§心の天秤 5
監督の声にハッと我に返った蓮は、心配そうに見つめるキョーコと目があった。
先ほどから蓮はキョーコの演技に惑わされていた。
本当に演技なのかと疑う表情の告白は確かに台本にあった通りで、その事が逆に蓮の心を酷く痛めつけた。
(・・・・いつから君はそんな表情を・・・・)
動揺しながらも咄嗟に浮かんだのは頭に入れていた台詞だった。
間違えることなく台詞は言えたのに、いくら撮影中とはいえ表情を作って演技には見えないキョーコに断りの台詞を吐くほど蓮に余裕は残っていなかった。
蓮は自分の堅く握った拳に視線を落とした後、控え所にいる奏江を見つめた。
(『有理』は・・・・俺の好きな君・・・今、目の前にいる君は『美沙』・・・・琴南さんと同じただの後輩だ・・・)
蓮はふぅ・・と一つ息を吐くとキョーコに向き直った。
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蓮はキョーコからの告白を俯いて聞いた後、拳を小さく握りしめた。
そしてグッとキョーコに向かって顔を上げると蓮は言葉を選ぶようにゆっくり口を開いた。
『・・・・・ごめん・・・・俺には君に答えることはできない・・・俺は・・・峰山さんが好きなんだ』
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今度はきちんと表情も台詞も合っていた。
しかし、その蓮の言葉にキョーコはまるで本当に心を壊されたかのように表情を無くした。
それに驚いたのは蓮だった。
今すぐ駆け寄りたいのに役者の魂がそれを引き止めた。
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キョーコは蓮の言葉を聞いた後、表情を一瞬なくしたが、少し間を置いて俯くと、ふふっと笑った。
『浅田・・さん?』
キョーコは名前を呼ばれると楽しそうに目尻を下げ、口元を握った拳で隠しながら顔を上げた。
『・・・・本気にされましたか?・・・・もう、小崎さんは本当に真面目なんだから・・・・でも、これで有理を任せられるってわかりました・・・・騙す様なことしてすみません!!』
キョーコは深々と蓮に頭を下げた。
しかし、蓮はキョーコが口元を隠していた拳が小さく震えているのを見逃さなかった。
『・・・・・浅田さん・・・・・』
『・・・私・・・・近いうちに実家の旅館を継ぐことになったんです・・・』
『えっ・・・・・そう・・なのか?・・・・・』
『はい・・・・・だから・・・小崎主任が有理を任せられる人なのか試してみたんです・・・・あの子は・・・私の大切な友人だから・・・・』
キョーコの言葉に蓮は柔らかく微笑んだ。
『うん・・・・知っている・・・・峰山さんもよく君の事を話してくれているから・・・・・峰山さんにはその・・・実家を継ぐこと言ったの?』
『・・・・・いえ・・・あの子にはまだ・・・あの!私から話すまで・・黙っていてもらえますか?』
『ああ・・・・わかった・・・黙っておくよ・・・そして彼女の事は俺が必ず幸せにするから』
蓮の言葉にキョーコは寂しそうに口元だけ小さく笑顔を作ると、また深々と頭を下げた。
そして何も言わずに一つ頷くと蓮に背を向け去っていった。
その背中をただ蓮は眺めて見送るしか出来なかった。
少し離れたところに、飛鷹がいるとは知らないまま。
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「最上さん!!」
カットの声がかかってもキョーコは蓮に振り返るともしないで、セットを降りスタジオを出て行った。
それを蓮は急いで追いかけようとしたのだが、社に腕を掴まれて引き止められた。
「キョーコちゃんは俺がついていくから、お前はしっかり仕事を終えてから行動を起こすんだ!・・・・お前が演技のためにしたことはきちんと責任を持てっ・・・・・いいな?」
いつも応援してくれる社からの厳しい言葉に、蓮はキョーコの姿が消えたスタジオの入り口を見つめた後小さく頷いた。
「しっかりな・・・・」
蓮の肩に手を置きその手に少し力を込めると、社はそれだけ言いキョーコの後を追うべく走り出した。
このやり取りにスタジオ内は騒然としたが、蓮が役者の仮面をつけて戻ってくると何事もなかったかのようにスタッフ達は動き出した。
「・・・・敦賀さん・・・・あの子のこと・・・泣かせたら許しませんからね?」
少しふらつく足で戻ってきた蓮の目の前に奏江が腕を組んで仁王立ちしている姿を見て、蓮は驚いた顔をした後ふっと頬を緩ませた。
「・・・・本当に・・・・君達は・・・・・・・君達のプロ根性には頭が下がるよ・・・・」
蓮は苦笑いでそう俯きながら呟くと、奏江は大きくため息をついた。
「あの子はそんなに器用じゃないですよ?・・・・だからこそ・・・演技が本当になる・・・・・敦賀さんの方がよくわかってるんじゃないんですか?あの子のこと」
「っつ!!・・・・ごめんっ・・・琴南さんっ・・・」
蓮は慌てだすと、監督の姿をきょろきょろとして探し始めた。
「監督には少し休憩を取って欲しいとお願いしました・・・早く行って下さい」
奏江の言葉に蓮は感謝の視線を投げると、その長い足をフルに生かし猛烈な勢いでキョーコを追いかけたのだった。
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