韓流の元凶 | 朝倉新哉の研究室

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全ては日本を強くするために…

http://japanese.joins.com/article/072/113072.html?sectcode=&servcode=

に、

韓日の架け橋役30年、電通の成田豊最高顧問

と題して、以下のような記事がありました。

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日本最大の広告代理店、電通の成田豊最高顧問(79)が
韓国政府から修交勲章光化章を贈られた。
30年にわたる韓日文化交流事業を積極的に後援した功労だ。

権哲賢(クォン・チョルヒョン)駐日大使が24日に
駐日韓国大使館に成田顧問を招いて勲章を授与した。
修交勲章光化章は国権伸長や友邦との親善など国益増進に寄与した人に授与されるもので、
外国人に贈られる最高等級の勲章だ。

勲章を授与された成田顧問は、
「韓国の国歌であるムクゲの花言葉は尊敬だと聞いた。
 互いに尊敬する心を忘れないことこそ未来の両国民を強く結びつける基本だと確信する」
と感想を述べた。

また「韓国は私が生まれ青少年時代を送ったところで、一度も忘れたことはない」と話した。

1929年に忠清南道天安(チュンチョンナムド・チョナン)で生まれ、
中学3年を終えるまで韓国で少年期を送った成田顧問は、
鉄道業に従事する父親とともにソウルをはじめ各地で生活した。
「いまでも夏には北漢山(プッカンサン)に登り、
冬には漢江(ハンガン)でスケートをしたことをはっきりと覚えている」と振り返った。

成田顧問は88年のソウルオリンピックと93年の大田万博開催当時に
協賛企業募集に寄与したほか、
韓国が遅れて招致に乗り出した2002年のサッカー・ワールドカップと関連しても
両国の友好増進に向け韓日共同開催を主導した。
2005年からはソウルで毎年韓日サッカー大会を開催するなど
多彩な韓日文化交流事業も主導してきた。
昨年9月にソウルで開かれた韓日交流おまつりでは
日本側実行委員長を務め行事を成功裏に進める実践力も誇示した。

成田顧問は本業の広告分野でも韓日協力を主導した。
97年に国内の広告会社のフェニックスコミュニケーションズと共同で
韓日フォーラムを開催し、国内広告業界・メディアとの連係を図った。
2006年には韓日など8カ国・地域で構成されたアジア広告業協会を設立し
初代会長に就任した。
2007年の第4回アジア広告業協会総会の済州島(チェジュド)での開催も
成田顧問が主導した。
金浦(キムポ)空港と羽田空港を結ぶシャトル便の就航も成田顧問の寄与が大きく作用した。
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韓国に生まれ育ち、韓国を「一度も忘れたことはない」などと言っている人間が、

日本最大の広告代理店を支配していたわけです。

韓流ブームの元凶、日本のTV業界の異常なまでの”親韓”の元凶はこの男です!
国家戦略研究
http://japanese.joins.com/article/072/113072.html?sectcode=&servcode=より転載


電通から”成田人脈”を駆逐しないかぎり、日本のTVは正常化されません。

TV界を実質的に支配しているのは、電通なのです。

電通の体質を改めないかぎり、TVは異常なままです。

最近はTVを見ない人が増えているので、TVの影響力はだんだん弱まっていくでしょう。

ただ、お年寄りには、まだまだ絶大な影響力があります。

お年寄りにネットを勧め、TVを見ないように仕向けるのも1つの方法かもしれません。



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