軍事ジャーナル(9月7日号)

 野田新政権の組閣に当たって隠れた焦点は防衛大臣に誰がなるか?であった。結果は周知の様に一川保夫氏。防衛関係では全く無名の人だ。これには米国を含めて安全保障関係者は一様に失望した。実は期待の本命は防衛通の長島昭久氏だった。それがどうしてこんな人事に・・・。安全保障に精通していると言われてきた野田新総理の見識が疑われる人事だった。
 何故、防衛相が問題になるのかと言えば、実は今の日本の安全保障にとって隠れた最大の問題点は防衛費の増額だ。防衛費は自民党政権時代から10年近く減額を続けている。一方、中国の国防費は毎年2ケタ以上の伸びを示している。8月には日本が持っていない空母まで就航させてしまった。この儘で行けば、中国の海軍力と空軍力が日本の自衛隊を圧倒するのは時間の問題だ。来年度の防衛予算で減額から増額に転じないと今後10年間は軍備の差が開く一方となり、抑止バランスが崩れることは必定である。
 日本が防衛費の減額を続けている理由は財政事情による。財務省は赤字削減のため財政支出を減額することのみに心血を注いでいる。この財務省を説得して防衛費増額に転じさせるのが新防衛相の喫緊の任務なのだが、「防衛の素人」を自慢する農水畑出身の一川氏にそれが出来るのか?首を傾げざるを得なかった。
 ところが大臣人事の三日後、副大臣・政務官等の人事が発表されて得心が行った。長島昭久氏は首相補佐官に就任したのだ。これで野田総理の深謀遠慮が見えたと言ってもいい。
 確かに一川防衛相は防衛の素人に違いないが、野田総理の第1の側近であり、総理の意の儘に動く人だ。そしてここから今回の組閣のもう一つの謎だった安住淳氏の財務大臣就任の謎も解ける。財務の素人である安住氏は防衛副大臣の経験者なのだ。

つまり長島氏が調整して一川防衛相と安住財務相を動かせば、防衛費増額は可能なのである。
 ここまで野田総理が考えているとすると他の人事も見直してみる必要がある。誰もが驚いた輿石東氏の幹事長就任と山岡賢次氏の拉致担当相就任だ。二人とも安全保障に関心がある様にも見えないが、二人の親分の小沢一郎氏は防衛費増額に強い関心を抱く人である。もっともここまで来ると防衛利権狙いの臭いがしないでもないが、ともかくも安全保障に積極的であることは事実だろう。
 拉致に無関心な山岡氏が松原仁氏を拉致担当副大臣に引っ張るなどという融通を示したのも、背後に安保に強い小沢派があればこそであろう。そして爺(じじい)殺しの異名を取る前原誠司氏が輿石幹事長の隣席の政調会長である。爺殺しとは年寄りに取り入る才能を指すが、野田氏は塾の後輩である前原氏のそうした異能にはとうに気付いていただろう。この前原氏が輿石幹事長をおだて上げれば、日本の防衛政策の転換など訳もない・・・

・・・と、まあこれが秋の夜長の寝物語に終わらなければいいのだけれど・・・