嘘恋シイ【18】 | 虹色金魚熱中症

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虹色金魚の管理人カラムが詩とお話をおいています。

拙いコトバたちですが読んでいただければ幸いです。

苦く、苦く、変わっていく

 

 

嘘恋シイ【18

 
 
 「何してるの?」
 

 目の前に立った小波さんは、真直ぐに俺を見ていた。その目が赤い。無遠慮にも彼女の兎目を覗き込んだ。だけど訊ねる気概は持てない。
 

 「ブランコ、乗ってる」
 

 砂塵を舞い上がらせていた風は、今は優しく彼女の髪を揺らしていた。肩の上で優しく流れている。俺に向いていた目が、何故か動揺したように泳いで、それを隠すように彼女は、公園の中央にある柱時計へ目を向けた。錆びついた時計の針は、お昼がとうに過ぎていると示していた。

 彼女の目が再び俺に向く。ゆらゆらと見せていた動揺は、たったそれだけの間に息を潜めてしまっていた。彼女は俺の横に視線を向けると、小首を傾げた。
 

 「かわってあげなよ」
 「時がきたらね」
 

 俺の傍で長く続いていたカウントが、ようやく最後の数字を告げようとしていた。
 

 「子供だなぁ……。というか、子供に謝れ」
 

 遊具は子供の為のものだよ、と彼女が咎める。順番待ちの少年たちが、口をそろえるように、 「かわれ」 を連呼し始めた。現れた救世主に便乗して、最初はびくびくしていた少年すらも威勢がいい。
 

 「そうだぞ。だって、もう百数えたからな!」
 「俺が先に座ってたのに」
 

 チェーンの擦れる音と共に立ち上がると、すかさず少年が座り込んだ。そんな姿に少し笑うと、小波さんはそんな俺を見て笑っていた。

 
 「子供だね」
 「子供ですが」
 

 上目遣いの彼女に微笑み返して、そのまま手を出した。
 

 「え? ……嫌だよ」
 

 咄嗟に手にしたコンビニの袋を背後に隠した彼女に 「いいじゃん、一個くらい」 と、にっこり笑う。彼女は溜息をひとつ転がしながら、諦めたように肩をすくめ、袋に手を突っ込んだ。
 

 「はい」
 

 バトンのように手のひらにうまい棒が置かれる。すぐさま袋を破いた俺を見ながら、 「私も食べよう」 と呟いて、小さな滑り台に続く階段へと腰を下ろした。

 ぴりぴりと音を立てながら袋を破く。上手くいかずに、ほんの数ミリの穴が開いて終わった。わりと不器用な彼女を笑って、ゆっくりと手を出した。
 

 「貸して」
 

 膨れっ面を作った彼女は、黙ってそれを手渡した。俺も滑り台に寄りかかって立つ。器用に袋を開けてそのまま口に入れた。
 

 「あ!」
 「……ん?」
 「食べちゃ、駄目じゃない」
 「いる?」
 

 食べかけのそれをマイクのように彼女に向けると、 「あげる」 と肩を落とした。公園はあまりに静かで、そっけなさを気取っている俺の心音が外に響きそうで困る。

 ブランコを手に入れた少年たちが、テレビアニメのキャラクターの名前を連呼し始めたのでほっとした。化学式並みに難解なキャラクタ名をひとつ叫んでは笑っている。
 

 「何が楽しいんだろうね」
 

 ブランコは見ていてはらはらするくらい大きく弧を描いていた。
 

 「そういうもんじゃない? 子供って」
 

 子供とブランコを取り合っていた俺が言うことでもないけれど。苦笑いしていると、 「上谷君もそうだった?」 と小波さんの目が俺に向いた。
 

 「……あんなもんだったよ」
 

 ふうん、と柔らかそうな頬が上がって微笑んている。
 

 「ここ、俺んちから近いんだ。小さいとき俺もあのブランコの取り合いしたし」
 

 今でも取り合ってるじゃない、と笑う小波さんに俺も笑った。その目の赤さが気になっても、笑うしかないじゃないか。
 

 「近いの? 西区? ああ、だから中学は別だったんだ。私、東だもん」
 「へぇ」
 

 もしも、同じ校区だったら、兄よりも先に出会っていたのに。

 

 願っても過去は変わらない。だからって、思わずにはいられない。そんなジレンマに陥ることにも慣れてしまった。
 ぎゃいぎゃいと叫び続ける二人の少年を見ていると、俺も変わったんだとしみじみ思った。あんな感じだった。一日以上継続するような悩みなんて、ひとつだって無かった。

 成長というよりも、ただ変わっただけなのだと思う。心は狭く不自由になった気がした。進化よりも退化かもしれない。

 
 「小波さんもこういうの食べるんだね」
 

 ぼそりと落ちた言葉に彼女が俺を見上げているのを感じた。俺は少年たちを見ていた。あの頃に戻れたら、こんなに苦しくは無いのだろうか。
 

 「こういうの?」
 「スナック系」
 「私、お菓子好きだけど」
 「うん……知ってる。でもなんか、うん。こういうのじゃなくて、甘いものかな、って思ってた」
 

 五月蝿いほうの少年が、ブランコから飛び降りて見事に着地する。二人は叫ぶように笑っていた。
 

 「うん。甘いのも好きだよ。チョコとか。でも普通に食べるよ、うまい棒」
 「そう……うん。チョコレートのイメージ」
 

 あの日見た小波さんは怒った顔で、もくもくとチョコレートを消費していた。目を閉じたら、その光景が浮かんで、少しだけ口元がほころんだ。だけど、同時に兄と手を繋いだ二人の後姿も浮かぶ。

 
 ゆっくり目を開いて視線を落とした。彼女が不思議そうな表情で俺を見上げている。その顔に向かって、 「だった」 と付け加えて薄く笑った。意地悪く笑えたと思う。
 

 「どういう意味なの? それ」
 

 不思議そうだった顔が、ゆっくりと頬を膨らませていく。 「今はうまい棒のイメージってこと?」 少し怒ったように呟く彼女ににやりと笑った。
 

 「いやいや。いいと思います。うまい棒」
 

 本当にそうだったらいい。あの時の彼女なんて、今の彼女だけで上書きできればいい。だけどそんなことは無理なんだ。
 

 もうひとつ頂戴と、手を出すと膨れたままの彼女は 「自分で買えば」 とそっぽを向いた。向いたままこっちを見ない。そのままにしていると、彼女の華奢な肩が震えた気がした。急に立ち上がってスカートを叩くと 「私、帰る」 とぶっきらぼうに告げた。
 

 「え、怒った?」
 

 彼女は何も言わないで、こっちも見ない。だけどやっぱり震えている。
 

 「怒った?」
 

 回り込んで彼女の俯いた顔を覗き込むと、手に持っていたコンビニ袋をぐしゃりと顔に押し当てられ、視界を塞がれた。
 

 「怒っ、た」
 

 彼女の言葉は小さく途切れた。視界を閉ざされる前に見てしまった。ぽろぽろ音もなく転がっていく雫。細い手首を掴んで握ると、彼女の力が抜けて袋がぱさりと落ちていった。俯いたまま彼女は、黙って泣いている。
 

 さっきの仕返しとばかりに、ブランコから野次が飛んだ。
 

 「女子を泣かせちゃいけないんだぞー!」
 「うるせぇよ」
 

 何も出来ない。多分、抱きしめたって仕方が無いし、言葉なんて意味もない。俺にはきっと何も出来ない。幼い頃の自分が浮かんだ。怪我をしては泣いた俺。

 
 気がつくと俯く彼女の頭に手のひらを置いていた。それは昔、兄にしてもらったことだった。

 

 

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