ウソコク【12】 | 虹色金魚熱中症

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虹色金魚の管理人カラムが詩とお話をおいています。

拙いコトバたちですが読んでいただければ幸いです。

もう嘘なんてつかないよ。

 
 

ウソコク【12

  

 普段の毎日を送る私は決して圭吾さんを忘れたわけではない。今朝は久々に夢を見て泣いた。だけどそんなことは、胸の奥深くに仕舞っていればいいと思う。

 

 長い数学の授業がやっと終わったというのに、そのチャイム音に被さるように小さく唸り声を上げた。入れた覚えがないのだから探しても無駄だと分かっているけれど鞄の中を覗き込む。ついでに机の中までも確認した。

 
 「英和、忘れたみたい」

 
 勉強でもしましょうか、と重い辞書を持って帰ったのは先週末。本当に珍しいことなどするものじゃない。大げさにため息をつきながら、誰に借りようかと他クラスの女子を思い出すように眉間を押していた。

 
 「ドジ子め」

 
 茶化すような声と一緒にドンと頭上におちた、重いようで気遣いされた一撃は英和辞典が凶器である。

 
 「いったいなぁ」

 
 膨れっ面で振り向くと笑いながら辞典だけ残して、休み時間の教室を出て行く後姿があった。直ぐに廊下から、「英和かして」 と上谷君の声が聞こえた。
傍にいた奈央と美弥がちらりと意味深な視線を交わす。

 
 「あのさぁ。まじな話、優貴たちどうなってるの?」

 
 目を細めた奈央の言葉に美弥がうんうんと頷くと、沸くようにして坊主頭が近づいてきた。

 
 「何なに? 恋ばな? 俺もまぜてぇ」

 
 「うるっさい。死ね、小金沢」

 
 すかさず上谷君の置いていった辞書が小金沢君の額にいい音を立てて響いた。

 
 「いってぇ。誰もお前の話はきいてねぇよ。この男女が」

 
 「猿が! もう一度死ね」
 

 立ち上がった奈央を避けるように慌てて私の後ろに回った彼は私の横から顔を出した。 「へ! バーカバーカ」 罵倒を奈央に投げつけては私の後ろに顔を引っ込める。ふるふると震える奈央の手にある辞書は、それでも流石に私に向かっては飛んでこなかった。

 
 彼、小金沢君は上谷君と仲がよい。私が上谷君と仲良くなったから、小金沢君と私たちも仲良くなった。

 最上級生となってからも野球部の伝統を引き継いでか、短い坊主頭で小猿のような彼の額が先ほどの奈央の一撃で赤くなっている。その額を擦りながら問い詰めるように顔を近づけてきた。

 
 「いや、俺もさ、気になるわけよ。あいつ何もいわねぇし。で」

 
 「どうなの?」 と声をそろえる三人になんて答えられるだろう。私だって分からないのだから答えようが無い。
 

 上谷君と圭吾さんはやっぱり似ていて、そんな人が傍にいたらきっと辛いだろうと思っていたらそんなことは不思議となかった。
 それくらいに上谷君は私を笑わせるし、怒らせる。そして時々フェミニスト。そこは兄弟そろってだから、上谷家のご両親はとてもよい育て方をしたんだろう。

 
 ――だから、よく分からない。

 
 もうあの告白は時効なのだろうか。 「好きだ」 と言ったことさえ忘れてるんじゃないかと思う。

 
 友達、なのかな。

 
 それでいいんだと思う。もう泣いたりするのは嫌だ。痛いのは嫌だ。嘘をつくのなんて嫌だ。今のままがいい。

 
 私は上谷君に嘘をつかない。嘘なんてつく必要がない。奈央にも美弥にもつかなくていいんだ。

 
 そんな当然のことをいちいちかみ締めてしまう自分は、どれだけ嘘を重ねてきたんだろう。振り返ると暗くて悲しい。それでもこれからはと思える。

 

 もしかしたらそれは、上谷君のおかげなのかもしれない。

 

 辞書を片手に戻ってきた彼に微笑み返した。

 

 

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