あの雨は私にも必要なのだろうか
雨の音(あめのね)
「何が見えるのです」
柔らかい声が無条件に注がれる。そんな優しい響きに私はいつも答えられない。彼の問いに答えられない。
「寒くはないですか」
分からない。外気と自身の境がわからない。
「ああ……。雨」
そう。ぱらぱらと窓を打つ音。
空は斑な厚みの天井を作って、いつもの無限の高さを持たない。ねずみ色の病んだ雲は生き物みたいに緩くうねった。冷たい雫は天からまっすぐに大地を目指して落ちていく。まるで涙みたいだと思わずにいられない。苦しい、苦しいと泣いているのだ。
――私は雨が嫌い。それなのに無視できないのは何故だろう。
黙って窓の傍に佇んでいた。そんな私に彼はゆっくりと寄り添い立つ。彼と雨を見るのは幾度目だろう。気がつくといつも傍にいて、それが当たり前になっている。
冷たい雫は窓を小さく打ち続けていた。硝子に当たり、弾けて流れている。私へ届くことはない。届いたとして私に何が起こるだろう。硝子に流れる涙のような雫を指で追った。
冷たい雫は窓を小さく打ち続けていた。硝子に当たり、弾けて流れている。私へ届くことはない。届いたとして私に何が起こるだろう。硝子に流れる涙のような雫を指で追った。
「昨夜から雨の匂いがしていましたから」
そうね。湿った匂いに眩暈すら感じた。
「暫く、降っていませんでしたから」
そうね。
「草花も喜ぶでしょう」
何も答えない私を彼はちらりと伺った。その視線をいつものように気がつかない振りをしたまま、硝子の向こうの濡れた世界を見つめていた。無作法に打ち付ける雫を草花は喜んだりするのだろうか。それが生きる為に必要なものだとしても。
それは私に必要だろうか。
「明日、散歩に出かけましょうか」
突然の誘いに私はゆっくりと彼を見上げた。視線が交わり、彼は柔らかく口端をあげた。
私に向かって何かが響いた。小さな、とても小さな雨音のような波紋。それは大地に浸み込むように緩やかに私の中で広がっていく。まるで何も起こっていない振りをして。
彼は私の返事を待たず、空を見上げて目を細めた。私は黙って彼を見つめた。
まるで空のよう。
緩やかに何かをもたらす。ずっと、いつも。私にはまだ、それが何なのかわからない。――ただ。
「ああ。……ほら」
彼の言葉は私を導く。
ゆったりとした物腰で彼は濡れた硝子窓を開いた。彼の髪を揺らしながら雨の匂いが舞い込んで、私の頬にゆっくりと触れる。
ゆったりとした物腰で彼は濡れた硝子窓を開いた。彼の髪を揺らしながら雨の匂いが舞い込んで、私の頬にゆっくりと触れる。
どこか甘い。どこか懐かしい香り。
いつの間にか淀んだ雲は隙間を作り、光が一筋大地に垂れている。彼は嬉しそうに微笑んで、それを私に指差し示す。
私の中で何かが弾む。
指の先、浮かぶように現れた淡い虹は潤う大地に微笑んでいた。
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