ウソコク【2】 | 虹色金魚熱中症

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虹色金魚の管理人カラムが詩とお話をおいています。

拙いコトバたちですが読んでいただければ幸いです。


最後に手を繋いだのはいつだったかな。

こんな寂しいこと考えたくなかったのに。



ウソコク【2】



 あの囀りはたぶん雀だ。

よく考えてみると他に知っている鳥類といったらカラスか鳩くらいしか思い出せない。鶯はどうだろう。なんとなくのイメージだけで実際見たことはないな、とぼんやりと思う。
 鈴みたいな高い音が奏でるようにおしゃべりを続けている。清々しい朝だね、とか。いい天気になりそうだね、とか。
恨めしげに電線で横並びの茶色の塊を見つめた。頭にぼんやりと膜がはられている。今ならきっと眠れるだろう。けれど学生の本分を果たすべき場所はもう目の前だ。
 ひとつため息をついてみた。このもやもやが一緒に口から出ていってくれるだろうかなんて淡い期待をしたけれど、とても及ばずますます肩が重くなってしまった。
「よ」
 突然肩を押されて眩暈がした。それは多分予想外の喜びで、でも同時に違うよねって分かっていたから表情が追いつかない。
喜びと、期待なんてした自分への罵りと、戸惑いとが滅茶苦茶にかき回されて、私の顔は悲惨なことに笑ってしまった。予想外の喜びが勝ってしまったんだ。おそらくそれは願望だからだと思う。
「上谷君」
 どうやら兄弟というものは声まで似るらしい。少なくとも上谷兄弟は似ている。
私の声はというと、必要以上にいつも通りで濁らず出てきた。喜びも期待も戸惑いも何もない、そう標準的なクラスメイトにかけるトーン。
「おはよう」
 じわじわと口角を下げながら、けれどもそれは不自然じゃない程度を心がける。
私の中には二人いて、動揺したり焦ったりを担当する子供みたいな私と冷静に分析とか計算とかをやってくれる大人みたいな私とがいる。
こういうときは後者のほうがオートで出張ってくれるけど、咄嗟の登場はまだ苦手のようだ。
「眠れた?」
 私の顔をちらりと見て言う。そんなに隈は酷いだろうか。
「あ、そう、うん。まぁまぁ」
 ほとんど話したことのない人と、二人でしか分からない含みのある会話。なんだか急に腹が立った。そもそもの原因はこの男じゃないか。いきなり告白して、いきなり、いきなり立候補して。
 だから眠れなかった。うとうとした頃には新聞配達のバイクの音を聞いた。
一晩中部屋で携帯を握り締めていた。圭吾さんの番号を開いて、でも通話ボタンは押せなかった。何度も何度もディスプレイに圭吾さんの名前を出したけど、結局、電話もメールも何にもしなかった。
深く考えることじゃないのかな、とも思った。簡単に「弟に告られたよ」って、笑った絵文字でも添えればよかったのかな。
いろいろ考えては元に戻ってまるでループだ。私の内側は輪っかになってる。その輪の一部、一定の周期で自分の手を見て思うのだ。
 上谷君の手を握ったこと。そして、圭吾さんと最後に手を繋いだのはいつだっただろう、と。
カレンダーを見ても分からない。この間、会ったとき私は手を繋いだだろうか。
こっちのぐるぐるした思いなんて無視して上谷君はにっと笑った。どう見ても寝不足なんてことはなさそうで恨めしい。
「それ何?」
 すっと逸らそうとした視線に大きな茶封筒が映った。邪魔そうに抱えている。どう見ても上谷君の私物には見えなかった。
「あ、うん。兄貴の」
 思わず逃げ腰になった。「兄貴」っていう言葉だけなのに目を逸らす。
「ふぅん」
「ああ見えてね、兄貴忘れっぽいんだよね」
 そうなんだよね、って言いたかった。上谷君は「学校ではすましてるけどね」と付け加えて笑う。
「しょっちゅうなんだぜ。今はさ、一人暮らしとか慣れてきたみたいだけど、はじめの半年くらいはおふくろに電話で起こしてもらってんの。笑えるだろー」
「そうなんだ」
 口元がほころぶ。弟がお兄さんの話をしているだけだもの。別に変じゃない。私が笑って話を聞いたって変じゃない。
「もうテスト期間じゃん。だからさ、ずっとウチ来てるの。飯の用意とかしなくてすむからって。どんだけずぼらだよって話」
「じゃあ、それ試験問題?」
「まっさか。そういうとこはちゃんとしてんだよね。そこがむかつくよ。こないだの小テスト。あ、小波は八十点越えてたよ」
「み、見たの」
「見えたの」
「もう」
 笑ってしまった。
一晩悩んで損したって思わずにいられない。普通に話せる。むしろ仲良くなれた。圭吾さんの話が聞ける。普通に笑いながら話せる。とても貴重なものを手に入れた気がした。肩の荷が降りたっていうか、とにかく呼吸を我慢するような苦しい感じは全くない。もしかしたら昨日の放課後のことは全部、夢とか冗談みたいなものなのかなとか都合よく思い始めていた。
「小波さん、笑うとえくぼできるね」
 触れるか触れないか、上谷君の指が私の頬をさす。
「上谷君だってできるでしょ」
 小さく笑って私に触れかけたその手を引っ込めた。
「できないと思うけど」
「でも」
 上谷君は笑った。いつもと違う、どちらかといえば圭吾さんの笑い方に似ていた。なんか急に苦しくなった。ちくって針の先でちょっとだけ指をさしたような、痛いというより驚いたっていうほうが近いのかもしれない。
 空気をよめない学校のチャイムが長く響いた。周りの生徒が駆け足で通り過ぎていく。なのに私は立ち止まってしまった。だから上谷君も立ち止まっている。オレンジ色の教室と同じだ。
 待っている。私を。そして、やっぱり止まった時間を壊したのは彼だった。何の躊躇いもなく目の前に手が伸びて、私の手のひらがさらわれてしまった。
 「走るよ」 みたいなことを彼の口が形どったけど聞き取れなかった。耳には予鈴だけゴーンと響いている。
なんだか頭が働かない。寝不足だからだろう。変な耳鳴りまでする。気持ちが悪い。まるで人形みたいに引っ張られるがままになってる。
 全ての原因はこの男なんだ。
目に映る彼の後姿は圭吾さんには似てなかった。学生服だし、圭吾さんは癖毛だけど、彼の髪は少し長めで真直ぐだ。首とか肩とかも比べるとすこし華奢に感じる。圭吾さんより子供だから体温も高いみたい。繋いだ手があったかい。
 彼は子供だ。いきなり告白して、いきなり手を繋いだ。昨日と一緒で昨日より悪い。
私は戸惑いもなく、また手を繋いでしまったんだから。今更なんだ。きっとこういうのを後の祭りっていうんだろうね。計算が得意な私がこれみよがしに囁いてきた。


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